多分セブチの中で、一番怒らせたら怖いのはジョシュアだと、ジョンハンは思っている。
「バカなのしかいないの? うちはバカばっかなの?」
いつもは優しさの塊なんだけど、ジョシュアは時々怒る。
きっとジョシュアの中での絶対に守らなければならないものとかがあって、そこが侵食されるとお怒りモードになるのかもしれない。だけど自分のために怒ることは滅多になくて、誰かのために怒ることばかりだから、やっぱりどうしたってジョシュアはジョシュアな気がするけれど......。
ことの発端は、ジョシュアがジョンハンの部屋に遊びにきたこと。
紅茶を飲むというジョシュアにつきあってリビングでお湯が沸くのを待っていたら、ディノが突然「ヒョン、ヒョンッ。良い事って何かな? 色々あるだろうけど、あぁ、この子は凄く良い事したな......ってのが、すぐに判るヤツがいいんだけど」と聞いてきた。
もはやその質問自体がバカっぽいと言えばバカっぽいけど、ジョシュアが意味が判らずに「ん?」って顔をしてる間にも、ディノが「やっぱり募金とかかな? 高額の募金ってどうやるんだろう? そういうのはじめてだけど、ヒョン、やり方知ってる?」とか言い出して......。
ジョンハンは自分のことはバカじゃないと思ってる。思ってるけど、難しいことは苦手だし、あれとそれとこれが繋がって結果こうだ......的なものは、あまり早くない。人の気持ちには聡い方だけど、それ以外の話だとどうも理解に時間がかかる。だけどジョシュアは穏やかにニコニコしてるだけに見えて、案外そういうのが早い。人の気持ちを考えるのは苦手とか言うけれど、気持ちが絡まなければ、理路整然と考えられるんだろう。普段から口に出すことが少ないから気づかれないだけで、大抵のことは頭の中で話を理解しているっぽい。
そのジョシュアが、ディノを呼んだ。
「イ・チャン」
本名呼び。ジョシュアはニッコリ笑ってるけど、指でディノを呼び、目の前の床を指さしている。
素直なディノがまんまと近づいてきて、悪い事をしたとも思ってないくせにジョシュアの笑顔に威圧され、これまた素直に正座していた。
「で? どういうこと?」
「え? ヒョン、何が?」
「ディノは良い事をしたいんだろう? それは素晴らしいことだけど、すぐに良い事をしたのが判らないとダメってことは、誰かにアピールするってことでしょ? しかも高額の募金もするつもりなんだろ? で、そう考えたのは、どうしてなの?」
「............え、お、大人になったから?」
明らかに焦ってるディノの嘘は、全体像を理解してないジョンハンにだって判る。
「今なら怒らないけど?」
でた。必殺ジョシュアの今なら怒らないけど......。怒ったジョシュアなんてほとんど見たことがないからか、皆その言葉に結構ビビる。
「でもヒョン。内緒にしないとダメなんだけど。言わなきゃダメ? 聞かなかったこととかにならない? 俺、困るし」
ディノがゴネている。しかしジョシュアには勝てないだろう。いつもと同じように優しく笑うジョシュアだけれど、引かないと決めたら絶対に引かないようなところがあるから。
「ディノや。聞いてた? 今、なら、怒ら、ないけど?」
いやもう怒ってるんじゃないかと思わなくもないけれど、ディノがそんなジョシュアに勝てるはずもなく............。
ディノが黒い封筒を差し出してきた。「本当は誰にも見せちゃいけないんだけど」と言いながら。
「俺、この地区のエージェント候補になったんだよ」
ディノが照れている。しかし嬉しそうに笑うその姿は、どう見てもふざけてるようにも見えなかった。初めて一曲まるまる歌う事になった時と、同じような感じで嬉しそうだったから。
黒い封筒には宛名もなく、当然切手もなく。中にはちょっといい感じの白い紙に、確かに『貴方が〜〜候補に選ばれました〜〜』的な事が書いてある。
「ディノや............」
「えっと、もしかしたらヒョンには来なかったかもしれないけど、別に俺の方が凄いとかじゃないと思う」
手紙を持つジョシュアの手が震えてた。ジョンハンはしっかり『あ、シュアが怒ってる』と気づけたのに、ディノは何故か『あ、ヒョンが自分には手紙が来てないのにとショックを受けてる』と勘違いをしたらしい。
「ディノや、この手紙、誰から貰ったの?」
「え? 差出人は、ほら、一番最後に書いてあるけど、支部だよ支部」
「............ディノや」
「ん?」
「テハンミングゥ支部って書いてあるけど、これのこと?」
「そうだよ。ほら、ちゃんと書いてあるでしょ? 日頃の行いが良くて、たくさん良い事をしてる人がエージェント候補に選ばれるって」
「........................」
その手紙には、それっぽいことが確かに書いてある。
身近なところから良いことをしていきましょうとか。人に優しくとか。自分たちの暮らす場所を守っていこうとか。
そして最後の方に書いてあるのが、テハンミングゥ支部の、ソウル市の、~~地区の、~~駅の、~~町の、~~通りの............と、結局は宿舎の前の通りの名前が書いてある。下手すりゃそこらの町内会よりも小さいエリアのエージェント候補らしい。
「ディノや。ところでエージェントって何するの?」
「え? そりゃ、世界の平和を守ったり、宇宙人と戦ったり......じゃないの?」
手紙には「~候補に選ばれました」と書いてあるけれど、それが何をするのか、候補からどうすればホンモノになるのかは書いてはおらず、何やら日頃の行いを見守っている的な、盗撮でもする気なのか......的なことが書いてあるのみ。
よくこれで高額募金までしようと考えるもんだ......とは思うけれど、目の前の『凄いでしょ?』って顔をしてるディノを見てると、ジョシュアが怒り続けるのも難しいかもしれないと思うジョンハンだった。
マンネなディノは親元を離れるのも早ければ、この世界で働きはじめるのも早かった。だからこの世界のことはよく判っているというのに、逆に普通の子どもや若者が当然のように考えることが抜けてる時がある。
それでもウリマンネの偉いところは、必ず誰かに相談するところ。ダンスの事ならホシの所に行くし、音楽の事ならウジのところに。自信がなかったり、悩んでたり、何かに困ってたり、誰に相談していいかすら判らない時にもちゃんと、誰かには聞きに来るから。
時々は今回のように黙ってる時もあるけれど、それだって嬉しそうなのも辛そうなのも困ってるのも全部、顔にも声にも行動にも出るウリマンネだから、誰かは絶対に気づくんだけど......。
一番良いのは色んなことを判断する力をつけることだろうけれど、ディノは素直すぎるからか、まだまだちょろい......気がするジョンハンだった。
まぁでも、騙す側の人間になるよりは、騙される側の人間でいてくれる方が良い。
ジョシュアも詐欺に引っかかっている訳じゃないと判ったからか、怒りは静まったようで、「高額な募金はやめた方がいいと思うよ。変に悪目立ちして、点数稼ぎしたと思われるだけだから。とりあえず身近なことから、はじめてみたら?」と無難なことを言いながら、黒い封筒をディノに返してやっていた。
ディノはそんなジョシュアの助言に、「ヒョンさすが! 俺、とりあえず廊下の掃除でもしてくる!」と、嬉しそうな顔で出て行った。
とりあえずマンション内の美化に協力するつもりらしい。喜ぶのは管理人さんぐらいだろうけど。
「あの手紙、いいの?」
あのままで。そしてディノに返してしまって。怪しすぎるのに放置で。
色んな意味を込めて問いかけたら、「とりあえず夜までは放置しとこう」とジョシュアが言うから、素直に頷いたジョンハンだった。
多分全員揃ってから、この話をするつもりなのかもしれない。それまでの間にディノがやっぱり......と募金をしてしまうかもしれないが、まぁしかし、謎な組織に振り込めとか書いてあるなら問題だけど、ディノが自分から良いことをするだけなら問題ないし、多少高額な募金をしたとて、ディノの暮らしが困るわけじゃない。せいぜいが新しい洋服やゲームを我慢するぐらいだろうが、どうせウジあたりが全員分の服を買ってたりするし、ウォヌがいればゲームには困らないし、練習着だって練習用の靴だって、今ので十分だろう。何かあれば誰かが貸してくれたりするだろうし、それに仕事場では衣装だし......。
ジョンハンも納得して、やっと紅茶をいれはじめようとしたジョシュアの綺麗な手元を見ていたというのに......。
「ヒョンッ!」
部屋から飛び出てきたホシの勢いに驚かされて、ジョンハンはビクッとなったし、ジョシュアも注ぎ始めたお湯が止まってしまった。
「俺は今日も元気だよ!」
いやまぁ、言われなくてもその勢いだけで判るだろう。
「それから俺、今日も頑張るよ!」
まぁ、頑張れ......としか言えないような宣言をしたホシに、ジョシュアと二人して頷いて返したジョンハンだった。
「俺は今から、下行って、みんなに元気に挨拶してくるから」
謎に宣言して去って行ったホシの手にも、さっきディノが持っていたのと同じ黒い封筒があったことにジョンハンも気づいたぐらいだから、ジョシュアだって気づいただろう。
「いや、言いたいことは色々あるけど、ホシの中での良い事が、元気に挨拶することって、なんで考えが園児なみなの............?」
ジョシュアの呟きに、まぁ確かに......と思ったジョンハンだった。
もっとこう、自分の部屋の掃除するとか、せめてリビングや風呂場やトイレを掃除するとか。良い事なんて、身近でもたくさんあるというのに、なんで元気にみんなに挨拶するだけなのか。
ある意味ディノよりも、問題な気がしないでもない。
美味しい紅茶をいれるには、お湯の温度が低くなりすぎた。そして微妙に注いでしまったお湯のせいで、紅茶の美味しい部分が逃げてしまったような気がする。ジョシュアがため息ついて、最初からやり直すと言うのに、ジョンハンもそれがいいかもと頷いた。
なのに、結局二回目の紅茶も失敗に終わった。
スングァンが「わーーーーッ!」と叫びながら部屋から出てきたから。手には見覚えのある黒い封筒を持って。
リビングにいるジョンハンとジョシュアを見て、ハッとなって慌てて口を閉じていたけど、完全にニヤニヤしていた。言いたいけど、どうしようって顔で、いやいや、内緒だから我慢我慢って顔で。
いやもう何も言わずとも、ジョンハンもジョシュアも全部お見通しだったけど......。
それでもスングァンはバーノンにだけは黙ってるって考えなんてさらさらなかったのか、「ハンソラッ、ハンソラ大変ッ」と廊下を走って消えてった。
と思ったら、結構すぐに戻ってきた。さっきの勢いはどこへやらってぐらいにトボトボと。バーノンにさてはバカにでもされたのかと思いきや、どうやら黒い封筒がバーノンには届いてなかったようで、自分だけがエージェントになる訳にはいかないと思ったからだったようだ。
何故それが判ったかというと、ジュンも黒い封筒を手に部屋から出てきたから。そしておもむろにそれを、リビングにあった大きめなゴミ箱に捨てたから。
「ヒョンッ!!」
スングァンのその声に驚いたのはジュンだけでなく、ジョンハンもジョシュアもだった。
「いらないの? それ」
「ぉ? ぉお」
「じゃ、じゃあ、も、貰ってもいい?」
「俺は捨てたから、好きにしていいけど」
「ありがとうジュ二ヒョン! 俺には来たけど、ボノニの分が無くて。あげてもいいよね?」
ジュンが頷いた時には、素早くゴミ箱からそれを拾って、またしてもテンション高くスングァンが、「ハンソラッ、ハンソラ大変ッ!」と叫びながら廊下を走って消えてった。
他人宛のエージェント候補の手紙を貰って権利があるのかは謎だけど、とりあえずスングァンは良いと思ったんだろう。
ひとまずスングァンの行動も気にはかかるけれど、とりあえずはさすが、いざとなったら冷静に行動するジュンは騙されなかったんだと「ジュンは偉いね」と褒めたというのに............。
「偉い? あれ?」
「読んだんだよね?」
「まぁね。でも、正義の味方は疲れそうだし、悪の結社からの誘いなら楽しそうだからやったかもしれないけど」
「............」
冗談なのか。冗談なのか。いや冗談だろう。信じたい............。
ジョンハンとジョシュアが地味にクラクラしてる間にも、挨拶が終わったのか、ホシが意気揚々と戻ってきた。
そして何故か「ヒョンッ! いつもありがとう!」と謎に感謝の言葉を口にした。
黒い封筒の存在を知らなければ喜んだか、もしくはいきなりすぎて戸惑ったかもしれないが......。
それにしても挨拶の次はお礼の言葉。もちろん感謝の言葉を口にすることは良いことだけど、良いことなんだけど............。
思わず『いや、お前は高額募金とかの考えはないの?』と、言ってしまいそうになったほど。
素直に育ってると喜べばいいのか、バカすぎると嘆けばいいのか、悩むところ。
「でもボノニは気づくと思う」
ジョシュアが結構真剣な顔で、「俺はボノニを信じてる」とまで言い出した。
でもジョンハンは知っている。バーノンは、興味のないことは真正面から説明されたって頭には入らないし、三回聞いても、「で、それって、どういうこと?」とか聞いてくるから。時々は何も判ってないのに「へー」とか言うし。適当さを隠しもしない。特に同じラインのスングァンに対してはそれが顕著だから。
そして「ヤー、だから、さっきから俺が言ってるじゃんッ」とスングァンの怒りかけた声が聞こえてくる。多分全然、話が通じてないんだろう。
「だからッ。何回同じこと言わせるんだよッ」
明らかにイライラしてるスングァンの声に対して、バーノンの「もういいからあっちいけよ」っていう、イラついた声まで聞こえてきて、二人のケンカがはじまる三分前ぐらいの感じに、思わずまだリビングにいたジュンも含めて、ジョシュアと三人で見つめあってしまった。
ジョンハンもジョシュアもジュンも、どちらかというと平和主義で、誰かとケンカなんて基本しないし、自分じゃなくても誰かが誰かと揉めてるのも苦手だったから。
そしてホシがどこに行ったかというと、自分の部屋に戻っていた。ということはつまり、ケンカがはじまりそうな、キーーーーってなってるスングァンと、そんなスングァンにイライラMAXになりかけているバーノンと同じ部屋の中............。
しかしホシは一人鼻歌でリズムなんて取りながら、次はどんな良い事をしようか......なんて考えていたりして。
集中力がハンパない……と褒めればいいのか、やっぱりバカすぎると嘆けばいいのか……。
「ディエイトは? 部屋にいないの?」
ジョシュアがジュンに尋ねた。多分その時にはもう、美味しい紅茶を飲むのは諦めていたのかもしれない。お湯はやっぱり冷めてしまっていたし、紅茶を楽しむには騒がしすぎたから。
だからジョシュアはディエイトが気になったんだろう。落ち着いた空間や静けさを愛してるディエイトが、この騒がしさに文句を言いに出てくる気配もなかったから。
「ミンギュんとこ。一緒にウォヌのパソコンで、映像編集するって言ってたかな?」
「なるほどね」
何が「なるほど」なのかは判らなかったけれど、ジョシュアの中では何かが決まったのか、次には「はいじゃぁもう、下に全員集合しよう」って言いだしていた。
そしてジュンもホシも、スングァンもバーノンも、当然ジョンハンも、笑ってるのに笑ってないジョシュアに勝てるはずもなく......。途中廊下の掃除を本気でしてたディノも回収されて、全員集合SEVENTEEN。
まぁ残念ながら、珍しくもウジはいたけれど、エスクプスがいなかった。
会社に行ってるって話だったから、どうせ副社長のところだろう。もう少しで帰ってくるって話だったけれど、待ってはいられない。
「ヒョンなに? 集合って」
ゲーム中だからと、ウォヌが瞬殺でいなくなりたいって感じを隠しもしない。
「一瞬で話して」
眠たいからか、ウジまでもが無理を言う。
ジュン宛にきてた、そしてバーノンの手に渡りそうになっていた黒い封筒を見せれば、ウォヌとウジとミンギュとディエイトとドギョムが一緒に覗き込んでいた。
そしてほぼほぼ同時に手紙を読み終えたそれぞれの、態度はてんでバラバラ。
「俺には来てない」と落ち込んでいるのはドギョム。
「正義の味方は趣味じゃないけど」ウォヌはどうやらジュンと同意見ぽい。
「ふ~ん」興味なさげなのはディエイト。
「俺はテンションあがるけど」そう言ったのはミンギュで、ホシとスングァンとディノが「だろ」「だよね」「でしょ」とそれぞれテンション高く喜んでいた。
「ん? 何? だから、どういうこと?」
スングァンからも散々聞いていたはずなのに、その手紙を改めて、いやバーノンの感覚だとはじめて見たからか、バーノンは全然理解していなかった。
「お前は部屋を掃除しろってことだよ。この手紙はお前にも絶対来てるから」
手紙をチラ見しただけなのに、瞬殺で理解したのはウジで、「俺は寝る〜〜」と去ってった。そして去り際にミンギュの肩にパンチを食らわせてった。
その様子に理解したのか、ウォヌも「あぁ」と納得して去ってった。
そんな二人の動きが目立たなかったのは、ウジの言葉にテンション爆上がりしたスングァンが、「ボノニのもあるの?!」と驚いて、次の瞬間にはバーノンの腕を掴んで「カジャッ」とか言い出したから。
そして「いやそこ、喜ばない。これは嘘だから」と、ジョシュアが冷静に指摘したというのに、ホシとディノからすぐに反論があがり、さらに騒がしくなる。
「ウソだ! なんてウソだ!」
ややこしいことを言い始めたのはホシで、でもそれに乗っかったのはディノ。
「そうだよ! ヒョンは自分に手紙が来なかったから、そんなこと言うんだよ」
「そうだそうだ! 俺らが正義の味方になったら、都合悪いことがあるんだ絶対!」
ホシとディノが騒がしい。そして勢いでジョシュアに対して暴言を吐いていた。
「はいそこうるさい」
ジョシュアが静かに怒ってた。
気づいてるのはまだジョンハンだけかも......と思ったら、エスクプスが帰ってきた。
「ぅあ? な、なんでシュアが怒ってんの? 俺もう、無条件でシュアに賛成」
遅れてやって来たエスクプスが、何も知らないのにジョシュアに賛同した。
さすが同ラインでジョシュアの怖さを知ってる男。まぁ、完璧尻にしかれるタイプだからでもあるだろう。
エスクプスがとりあえず手紙を読んでる間にも、騒がしさは続いてた。
「俺たちは騙されないぞー」とホシが言えば、「そーだそーだ」とディノが乗っかる。
「俺たちは権利を放棄しないぞー」とホシが言えば、「そーだそーだ」とディノが乗っかる。
「俺たちは世界平和のために戦うぞー」とホシが......以下同文。
そしてスングァンは必死にバーノンに「早く部屋に戻って、手紙探そう」と言いながら、腕を引っ張っても動かないバーノンのことを今度は押してどうにかしようと頑張っていた。
「俺宛てのは? 俺のは? どこ? ミンギュも来てるの? まさか、俺だけ来てないとかじゃないよね?」
すでに泣きそうな顔で必死なドギョムもいたけれど、残念ながら誰もドギョムの問いには答えてくれない。それぞれ必死だからだろう。
そして何故かミンギュが全体に乗っかって、「ワーワー」とか「ヒャー」とか、「ェエ~イ」とか。そんな言葉ばかり口にしてザワザワ感を出していた。
ジュンはというと、気づけば消えていた。ウジとウォヌ同様に、きっと全てを悟ったんだろう。
「で、ところで、何になるの? これ」
エスクプスの手から手紙を受け取って、バーノンが再度、じっくり手紙を読んだ後に一言。
「えーい! だから、エージェントだよ! エージェント!」
何回説明したと思ってんだよって顔で声で態度で、スングァンが怒りながら言ったというのに。
「エージェントなんて、一言も書いてないけど?」
バーノンはバカじゃない。ただちょっと意識散漫で、自分が興味のないことには、脳がなかなか反応しないだけ。ちゃんと頭が働いていれば、すぐに「ん?」となっただろう。
「さすがボノニ」
そう言って喜んでいたのはジョシュアだった。まぁ「俺はボノニを信じてる」とまで言ってたぐらいだから、嬉しさはひとしおだろう。
「ほら、だから、嘘なんだよ。これは。エージェントの綴りが間違ってるだろ。エージェントの綴りは、ABCのAから始まるAgentだから。これはEからはじまってるだろ」
ジョシュア的には、それだけ言ったらもう全ては嘘だと認識してくれるだろうと思っていたんだろう。やれやれっていう感じで笑っていたけれど、そんなことでは終わるはずがないと、ジョンハンは思っていた。そしてほんとに終わらなかった。
「え? Eじゃないの? エージェントなのに?」
ミンギュが素で驚いていた。
「え? じゃあ俺ら、何ジェントなの?」
ホシが謎なことを言いだした。
「イージェントなんじゃない?」
律儀にディノが答えていて、さらにそこにスングァンが「じゃあ、イージェントは何するの?」とか言いだして。
「いやほら、英語にも、訛りとかがあるんじゃない? 訛ってるだけだって」
ホシがさらに謎なことを言いだして、「あ~ぁ」とディノが納得しはじめて。
「バカなのしかいないの? うちはバカばっかなの?」
ジョシュアがとうとう、怒ってた。
ジョンハンとエスクプスは二人して、ちょっとだけ離れて固まっていた。
別にジョシュアは怒ったって、手を出したりはしないんだけど......。
「主犯はディエイトで、実行犯がキムミンギュだろ。だいたい、エージェントの綴りをEではじめるなんて、英語が苦手で日本語が得意なミンギュがやりそうなことだし。手紙が届いてるのは下のフロアだけだし、もともとキレイ好きで汚したりしないハニには届いてないし。だからボノニにも手紙は届いてるはずだけど、部屋が汚いからどうせ洋服の山の下とかに潜り込んでるだけだろ。だいたい、謎な手紙一つで良い事アピールのために高額募金まで考えるディノもディノだけど、良い事が元気に挨拶することだけってホシも微妙だし、他人宛ての手紙でどうにかできるとか思ってるスングァンもどうかもだし、手紙に気づかないボノニもボノニだし、それ以前に、正義の味方に興味がないっていうジュンもジュンだし。あぁもうほんとに、うちはバカばっかなの?!」
物凄い一気に言い切って、思わずホシもドギョムもスングァンもディノも、犯人と言われたディエイトもミンギュも、ポカーンって感じ。
とりあえず構えていたジョンハンとエスクプスだけが助かった感じ。さすがチング。
色んなものを吐き出したジョシュアだって、一気に言い切りすぎて呼吸が荒かったかもしれない。急いでジョンハンが近づいて、背中を擦ってやれば、エスクプスも近づいて「お疲れ」と謎に労っていた。
そしてエスクプスが謎に「とりあえず俺ら飯を食いに行こう」と言い出して、95ラインで出かけることになった。
多分エスクプスの驕りだろう。
まぁまぁ、まぁまぁまぁまぁ。そればかり言い続けることになりそうな気配はするけれど、このまま放置する訳にもいかない。
「俺ら飯外な」と言えば、誰も反対しなかった。いつもは「ヒョン、ヒョンッ。お土産、お土産ね」と叫ぶメンバーたちも、大人しかった。
でも95ラインのメンバーは、出かけてしまったのでその後を知らなかったけれど、残されたメンバーの中で一番最初に、「ウソってやっぱりウソだと思う」とか、諦め悪いことを言いだしたのはホシで。
「ウソだったとしても、俺にも手紙は届けてくれなきゃ」
そうイジケはじめたのはドギョムで。
「一緒が良かっただけだもん」
そう言いつつ地味に落ち込んでたのはスングァンで。
「俺が必要なものは、俺が思う場所にあるから、困ってないし」
バーノンもそんなことを言っていたりもして。
「えぇい。なんで綴りを間違うんだよ」
地味にミンギュの失敗に怒ってたのはディエイトで、「エージェントってEだって」と諦め悪くネットで調べ始めたのはミンギュで......。
「お前ら。いい加減にしとけよ。ヒョンたちが戻って来てもそんなこと言ってたら、シュアヒョンが本気で怒るぞ」
部屋から顔だけ出して声をかけてきたウォヌの言葉に、全員がさっきのジョシュアの勢いを思い出したんだろう。それぞれがそれぞれ、まだブツブツ言いながらではあったけれど、ひとまず解散した面々だった。
諦め悪く、数日はホシは元気に挨拶していたし、ディノも謎にゴミ捨てとかをしていたけれど、特に誰かがイージェントになったりもせず。まぁ当然だけど。
そのうち誰も、イージェントは目指さなくなった。
これはそんな、もう少しで謎な組織になるところだった、Egent Seventeenの......おはなし............。
The end
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