時々スングァンは、「俺たちがもしも子供の頃からずっと一緒だったら」っていう話をする。
きっと中学も高校も一緒で、同じものを見て笑って、同じ話をして笑って、同じ場所に行って笑って、同じ出来事を思い出して笑って......と。
どうだろう。
そうかも。
スングァンの最初の印象は、明るくて騒がしくて表情がクルクル変わって泣き言も多くて、でも頑張っていて。いつだって一生懸命で、怒ってても笑ってても頑張ってる感じの子。
人見知りをしないスングァンのおかげで、すぐに仲良くなった。
宿舎でメンバーたちと一緒に暮らすようになっても、休みの時には時々家に帰った。家に戻ればいつも母親が、どんな感じ? と聞いてきた。楽しかったこと、嬉しかったこと、難しかったこと、悔しかったこと。色んな話しをしたつもりなのに、「それで、スングァンってどんな子なの?」と聞かれた。
多分自分が語る話題のほとんどがスングァンだったんだろうと、今なら判る。
どんな子と聞かれて口から出たのが、「so cute」って言葉。
今も印象は変わらない。
はじめてケンカしたのは、ダンスの振りを間違って教えてしまった時。
わざとじゃないし、自分だって間違えて覚えてたから覚え直しをしなくちゃいけないのは一緒だったけど、「どうしてくれるんだよ。もうそっちで覚えちゃったよ」と、一日中文句を言われたから。
「じゃあ二度と教えない」
何度目かの文句にそう答えたあの時、スングァンは、なんて言い返してきただろう。
大抵いつもスングァンは、寝る前の一時間ぐらい、宿舎を抜け出していく。マンション下でいつも母親に電話してると知ってたから、誰も心配なんてしてなかったけど。
ケンカしたその日もスングァンは一人で出て行って、絶対自分の悪口を言うはずと、コッソリ後をつけて行ったのはたまたまで、本当に偶然で……。
「遅くにごめんね」
盗み聞きしてしまったその電話は、哀しいぐらいに優しい電話だった。
「………うん、大丈夫。みんな優しいよ。今日も楽しかったよ。………うん、また新しい振りも覚えたはじめたんだよ。大変だけど楽しいよ。大丈夫。………うん、大丈夫」
バーノンの悪口なんて、耳を澄ます必要もなかった。今なら当然判ってる。スングァンは人の悪口なんて、絶対言わないってことを。
「明日も……、電話していい? ………うん。大丈夫。おやすみなさい。またね〜」
電話だと言うのに、またねと言いながら手を振るスングァンに思わず笑ってしまったけれど、電話は五分もかからなかった。それなのにスングァンが戻ってくる気配がなくて……。
「ォンマ」
どこにも繋がってない電話を握りしめて、電話では一度も口にしなかった言葉を呟きながら、スングァンがポロポロと泣いていた。
電話では楽しそうに、何度も大丈夫って口にしてた。電話の相手は母親だから、きっと大丈夫じゃないこともバレてるかもしれないけれど、それでも心配かけたくなかったんだろう。スングァンの家は、たまの休みだからって簡単には帰れるような距離じゃないから。
泣いてるスングァンを盗み見しながら、どうしていいかも判らずに、バーノンもまた立ち尽くしていた。
今日はたまたま、ケンカしたから。だからかもしれない。でもスングァンは流れ落ちる涙をぬぐいもしなかった。それはまるで、ちょっとぐらい拭いたって意味がないと知っているからなのかもしれない。
その後、スングァンはマンションの前の道を泣きながら何往復もして、時々は立ち止まって夜空を見上げてた。
その日バーノンは宿舎の自分の部屋に、自分のベッドに、逃げ帰った。
今なら絶対スングァンのことを一人でなんて泣かせないし、そもそも泣かせたりしないと言い切れるけど、その当時の自分はまだまだ子供で、自分が悪かったことが判ってても自分だけが謝ることが納得できなくて、俺だけが悪い訳じゃないよって思ってた。
でもなんとなく胸の奥がもやもやして、重たくて、自分もそのままだと泣いてしまいそうで。
『やっぱり俺は悪くないし……』
何度もそんな事を考えながら、どうにもできなくて、本当に逃げ帰ったバーノンだった。
先に謝った方が損だとか、負けだとか。当時だってそんなこと、思ってた訳じゃない。そもそも謝る謝らない以前のやりとりも沢山あることに、まだまだ判ってるようで判ってないほど、子供だっただけ。
だからスングァンが「俺たちがもしも子供の頃からずっと一緒だったら」と言うたびに、うまく言葉が出てこなくて躊躇する。
もっともっと子供だった頃なら、もっともっと上手くできなくて、きっともっともっとたくさん、しかも何度も、スングァンのことを泣かせることになると思うから。
あの日、スングァンがいつ戻ってきたのかは判らない。バーノンはいつのまにか寝てしまっていたから。
でも次の日、起きてもバーノンの胸の奥はもやもやしたままだった。自分は悪くないと思うたびに苦しくて、自分から謝りたくはないけどスングァンには泣いて欲しくなくて。
宿舎のリビングと台所の境目で不意にスングァンに出会った時、バーノンは我慢できなくて泣いてしまった。
びっくりしてるスングァンの目が、やっぱりいつもより赤かったから。いつもなら寝不足だろうぐらいしか思わなかっただろうけど、目が赤い理由を知っていたから。
「あ、謝りたくないけど、な、仲直りしたいよ」
泣きながらもそう言えば、スングァンも「俺も悪くない。だ、だから謝らないよ。でも一緒にいたいよ〜」と言いながら泣き出して、二人してガン泣きしはじめたら、慌ててエスクプスやウォヌがやって来て。
二人して自分は悪くないと言いながら泣くもんだからケンカしてるとでも思われたんだろう。別々に話を聞くからと言われてるのに、「嫌だ。一緒にいたいん、いたいん、もん〜〜、ヴゥゥ〜」と二人して言葉が不明瞭ながら離れないという、バカみたいな状態。
でもなんとか二人から、振りを間違って教えてケンカした話を聞き出せた時には、ウジも来ていて。
「ヤー! クォン・スニョン!」
珍しくウジが怒って叫んだ。意味が判らなくてスングァンと二人でビックリしてたら、「二人とも悪くないんだよ」とウォヌが説明してくれた。
「ボノニが踊りを間違えて覚えて教えた訳じゃなくて、ホシが急に踊りを変えただけだから」
ウジの怒鳴り声に慌てて走ってきたホシは状況が飲み込めずにオロオロしてたけど、話を聞いて理解した瞬間、二人の前に勢いよく土下座して「ごめんッ」と頭を下げてきた。
ビックリしすぎて一瞬で泣き止んだ、はじめてのケンカだった。
その後たくさんケンカはした。物凄くバカみたいなことで。
別々の料理を頼んでわけわけしようと言ってたのに、「俺がキライなもの入ってるじゃん! 信じらんない!」とスングァンが怒ったり。
一緒に見ようと言ってた映画を先に見ちゃった時も、「なんで先に見ちゃうんだよ! 信じらんない!」とスングァンが怒ったり。
どれもこれも、大したことじゃないこと。
自分が悪かった時には当然「ごめん」って謝った。
自分が悪くないと思った時には、「謝りたくないけど、今日中に仲直りしたいよ」って話しかけた。
いつだってスングァンが、寝る前の電話をしに出ていく前までには必ず......。
「もう怒ってないよ」
大抵スングァンはそう言ってくれる。
時々はなかなか許してくれなくて「意地悪しないでよ」って言うこともあったけど。
「意地悪なんてしてないよ」
言い返されてまたケンカする時もごくごくたまにはあったけど、それでもそんな時だって、「ハグしたい」って言えばスングァンも、「許した訳じゃないから」って言いつつも両手を広げてくれたから。
でもスングァンが泣くのは、バーノンのせいだけじゃない。
先輩の仕事の見学って理由でテレビ局に行った日。まだデビューも決まってなかった頃。
もうすぐデビューするってほかの事務所のグループが挨拶まわりをしてて、何故かそんな彼らにバカにされた出来事があった。
多分最初に何かを言われたのはバーノンで、「ハーフだからだろ」とか「どことのハーフかにもよるだろ?」とか。そんな声が聞こえてきたのを、バーノンは気にもとめずに無視してた。
先輩の仕事の見学だからっていうのもあったから、エスクプスやウジも、何も言わなかった。でもスングァンは許せなくて、そんな彼らを睨んでしまったのかもしれない。
「なんだよ。なんか文句あるのかよ」
そう言って近づいてきたから。
生意気そうだとか、お前らなんてデビューも無理そうだとか、お前なんてアイドルっぽくもないし、顔もブサイクすぎるじゃんとか。全部なんの意味もない悪口でしかない。根拠もなにもないもの。
「アイドル目指すなんて高望みしすぎなブサイクもいるし、チビすぎる奴もいるし、女みたいのまでいて、なにコイツら」
あの時は確か、クプスヒョンが「すみません。俺らまだ、ただの練習生なんで」と言いながら前に出て、代表して謝ってくれたはず。謝る理由なんて何もなかったけど。
クプスヒョンが前に一歩出れば、バーノンはディノとスングァンと三人揃って後ろに追いやられて、目の前にはミンギュヒョンの背中があって、その前にはウォヌヒョンとジュニヒョンがいて。なんだか完璧に守られる体制だった。
「顔をあげろブ・スングァン」
小さい声でウジヒョンが言った。その声が今でも耳に残ってる。
もしも自分たちの仕事であの場にいたら、先輩たちの仕事の見学じゃなかったら、どうしてただろう。
帰りの車の中でもスングァンは珍しく静かだった。「疲れたから」って言って、音楽を聴きながら眠ってるふりをしてた。
寝る前に、スングァンが部屋を出ていく。
スングァンはまた泣くかもしれない。だから後をつけた。もう一人では泣かせたくなかったから。
追いついてみればスングァンは、マンション入り口の小さな段差に座り込んで、スマフォを握りしめてもう泣いてた。
バーノンが無視してたのに、自分がうまく立ち回れなかったから、みんなを傷つけて、エスクプスには頭まで下げさせたと、悔やんでいたんだろう。でもその日の出来事で、スングァンのことを責めたり注意したりなんてことは、誰もしなかったのに。
『俺の何を理解してるんだよ。俺の何がお前らにわかるんだよ』
学校に通ってた頃、バーノンはいつだってそう思ってた。
当時は当然のように思ってたけど、今なら少しだけ判る。自分だって自分のことしか考えられないただのガキだったんだから、周りにいる子供たちだって、自分のことに必死だっただけだろう。
ただ同じ学校に通ってるだけで、理解されるはずがない。
勝手に傷ついて、勝手に嫌気がさして、勝手に飛び出したのは、ただのガキだった自分の方で。
でもこんなに理解したいと、理解して欲しいと思った友達も、いなかった気がする。
少しずつ通わなくなった学校。もしもあの頃から一緒だったなら、きっと毎日のようにスングァンは様子を見に来てくれただろう。傷ついてたら癒してくれただろうし、時には代わりに怒ってくれて、時にはバーノンにも怒ってくれたはず。
「ハーフだからってなんだってんだよ! それも含めてお前じゃん! ボノニがカッコイイのは、もうしょうがないじゃんッ」
そう言って、目に見えない何かにも、一緒に立ち向かってくれたはず。
でも自分はスングァンに、何ができただろう。傷つける以外に、助けてもらう以外に。多分何もできなかったはす。今だって何もできてないんだから。
だからその時も泣いてるスングァンの隣りに、バーノンは座り込んだ。かける言葉も、慰めの言葉もなかったけれど………。
スングァンはちょっとだけ驚いたけど、拒否はされなかった。でもその後、泣き方はひどくなってしばらく落ち着かなかったけど。
その後二人して、マンションの前の道を歩いた。
電話はできそうにないからと母親にメールしてたスングァンに、「今度の時は、俺にも挨拶させてよ」と言ったら頷いてくれた。
その日、スングァンは空を見上げたりはしなかった。隣りにバーノンがいたからかもしれない。
次の日、スングァンはいつも通りに笑ってた。
その次の日も、その次の日も、そのまた次の日も、スングァンはいつも通りに笑ってて、気づけば寝る前の母親への電話からも、すぐに戻ってくるようになっていた。
テレビ局に行けば、誰にでも自分から挨拶をして、楽しそうに笑ってた。ミンギュが謎に失敗しても、ドギョムが騒音のごとく歌っていても、スングァンがいつの間にか「うちのがすみません」って頭を下げてまわってた。
少しずつ知り合いを作って、少しずつ味方を増やしていって。気づけば一緒にテレビ局の廊下を歩けばどの局でもスングァンを知ってる人がいて、色んな人が話しかけてくれるようになっていた。
今でも時々スングァンは、「俺たちがもしも子供の頃からずっと一緒だったら」っていう話をする。
きっと中学も高校も一緒で、同じものを見て笑って、同じ話をして笑って、同じ場所に行って笑って、同じ出来事を思い出して笑って......と。
どうだろう。
そうかも。
たくさん傷つけて、たくさんケンカして、たくさん謝って、たくさん一緒に泣いて笑って。きっと楽しかったはず。
でも知らなかったスングァンを少しずつ知っていく過程も楽しかったから............。
そう言えば、謎にスングァンが照れていたけれど......。
The END
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