妄想heaven

SEVENTEEN全員でのドラマか映画が見たいな......

孤独なヒーロー

 

ミンギュがはじめてウォヌを見た時、ウォヌは右手に杖をついていた。黒くて案外しっかり目の。だから当然のようにミンギュは荷物を抱えようとしてたウォヌに手伝いましょうかと言った。
見知らぬ人間の手伝いならウォヌも断ったかもしれないけれど、店のエプロンをしてたからか、「あ、すみません。じゃぁ駐車場までお願いします」とウォヌは言った。
当然駐車場には車があると普通は思うと思う。
なのにウォヌは「じゃぁここまでで」と言って荷物を受け取ろうとするから、「いや、車まで運びますよ」と言うミンギュに向かって、「いや、歩きなんで」ってちょっと照れたように笑ったウォヌは、無愛想に見えたのに可愛かった。
「え?」
「駐車場抜けた方が近いんで。家」
そう言ってウォヌがミンギュから荷物を受け取って歩いていく。右手には杖をつきながらだから、荷物は左手で抱えてたけど、数枚といえども結構しっかり目の板は、ちゃんと括ってあるといっても結構な重さだっただろう。しかも雲行きも怪しかった。
ミンギュは慌てて店に駆け戻って、「すみません。ちょっと今日、早めに休憩入りますッ」って叫んで、店の傘を掴んで駆け出した。
当然追いかけたのは、まだ駐車場も出てないウォヌのことで、「ついでなんで、持ちます」って声をかけたら、ウォヌはちょっとだけ考えた風だったけど、それでも素直に「えっと、じゃぁ、ありがとうございます」って言った。
思えば普通は、「ついでって?」って聞くんじゃないかと思う。でもウォヌはそこには考えが至らなかったようだった。
そもそも、ウォヌの家は店から近くなんてなかった。
確かにウォヌは「駐車場抜けた方が近いんで。家」と言っただけだから、店の近くに家があるなんて一言も口にはしてないし、勝手に近くに家があると誤解したのはミンギュだったけれど、それでもやっぱり、思うと思う。誰だって。
結構な距離を歩いてから、とうとうミンギュは聞いた。
「えっと、その、家って?」って。
ウォヌはその問に、どこどこ学校の近くでって答えたけれど、結構な高台にあるその学校は、現在地から歩いても20分はかかりそうな場所だった。さすがに休憩時間は終わる。それにそんなに遠い場所まで送っていく義理なんてない。
でもタイミング悪く、雲行きの怪しかった空からそれなりに大粒な雨が降ってきて......。店から持ち出した傘を、良かったら使ってくださいと渡してしまえばそれで終わりだったけど、ウォヌは右手に杖をついていて、荷物を渡してしまえば左手はそれで埋まってしまうだろう。

「雨だ」

見上げて、ただそう言っただけなのに。
その首筋や、顔の角度や、声。いや多分全部がミンギュのどこかにヒットした。
勝手に運命を感じたのは、きっとミンギュだけだろう。だってウォヌは雨も降ってきたしみたいな風情で、ミンギュから荷物を受け取ろうとしたから。
それをミンギュはちょっと待ってと手で制して、自分のスマホを取りだした。
電話したのはさっきまでいたバイト先で、かけた電話はちょうど事務所にいた社員さんが出たから、「すみません。チングがちょっと困ってて、俺今日、あがってもいいですか? 無理なら戻ってから最後まで残りますから」と言えば、雲行きも悪いから客足も悪いしあがっても問題ないと言ってくれた。

電話を聞いていただろうに、ウォヌは自分を手助けするためにミンギュがバイト先に嘘の電話をしたとは思わなかったようで、ミンギュが持ってる荷物を受け取ろうとする。

「大丈夫。乗りかかった船だから、手伝うよ」

そうミンギュが言っても、まだ少しだけキョトンとしてた。
「困ってるチングは?」とも聞いてきたから、目の前のウォヌを指さしてやれば、「俺?」と、驚いてるようにも見えないけれど、それでも驚いているようだった。

ミンギュが笑いながらも、「キムミンギュ」って名乗ったってのに、ウォヌは「名前は?」ってミンギュが聞くまで名乗り返してもくれなかった。
しかもミンギュの親切を何故か誤解して、「え? 俺お金持ってないけど」とか言い出す始末。
「いや、詐欺でも宗教でも、変な押し売りでもないけど」
そうミンギュが言っても、ウォヌは疑っていた。
だから素直に「ほら、雨も降って来たし。親切の押し売りだったら申し訳ないけど、これも何かの縁だろうし、運ぶの手伝うよ」と言えば、やっとウォヌは自分が持っている杖を見て、それから空を見て、それから結構な量の荷物を見て、そして最後にミンギュのことを見た。
「あ、この杖ね。ほら、取っ手のところが傘みたいだから、買った時も傘と間違えて買ったんだけど、今日も傘と間違えて持ってきたんだよ」
「............え?」
「せっかくだからついてるんだ」
何がせっかくなのかは良く判らなかったけど、どこかが不自由な訳ではなかったことだけは理解した。ならミンギュの親切は全く不要だろうに、なんだか面白くなって、ミンギュはそのまま荷物持ちを手伝った。
並んで歩きながら、「いらないなら捨てればいいのに」ってミンギュが言えば、「いやでも、いつかは使うと思うから」とウォヌが言う。
いや、どんだけ遠くのいつかだよ......とミンギュは思ったけれど、それは黙っておいた。モノが捨てられない人なのか、ちょっと変わってるだけなのか。それとも案外高かったのか。間違えて手に取ることはあっても、それは買う時にさすがに気づくんじゃないかとか。
色々考えすぎたせいで結構な沈黙が流れたってのに、ウォヌはそれを気にすることもなく歩く。その空気感が嫌いじゃないなと思いながら「でも買い物するには遠くまで来たね」と言えば、「あ」と言いながらウォヌが止まった。
「キレイでしっかりした端材が貰えるって聞いたからだけど............。あ、だから俺、実は買い物してないんだった」
買い物したかのような店の袋も、聞けばレジのおばさんが親切でくれたらしい。多分ウォヌが杖を持っていたからだろう。
さすがにサービス泥棒じゃないかと気付いたのか、ウォヌがミンギュのことを今さらのようにジッと見てきた。

なんか面白い。いや面白すぎるかもしれない。なかなか出会えない存在に出会ったんじゃないかと思う。なかなかないわにあわと笑いが止まらなくなったけど、「別にいいと思う。買い物しなきゃ貰えないものでもないし。で、これで何するの?」と聞けば、「あぁ、玄関のドアが破られて」と、さらになかなか聞かない理由を教えてくれたウォヌだった。
玄関のドアって破られるものだろうか......と考える。童話の3匹の子豚の最初の子の家は確か藁でできていたから破られたりはするだろう。でもそれ以外では想像しにくい。
「もしかして、道場破り的な?」
一応ないとは思ったけど聞いてみたけど、ウォヌは首を傾げるだけだったから、理解できなかったんだろう。
「元々ベニヤ板を貼っただけのドアだったから」
なかなかに貧乏な家なのかもしれない。とは思うものの、この僅かな時間でミンギュはちゃんと学んでいた。ウォヌ相手に勝手に何かを思っても無意味だってことを。確実なのは聞くことで、知り合ったばかりだからと遠慮なんてしていたら謎が謎を呼んでしまうだろうってことを。
「家のドアがベニヤ板だったってこと?」
「うん。ネコの出入り口を作るのに、ドアを半分切ったから」
ちゃんと理解しようと思って聞いたことが仇となり、さらに意味不明になった。いやでもいるかもしれない、世の中にはネコのために家のドアの半分を切ってしまう人間だって。
「あぁ、じゃぁネコの出入り口のとこが壊れたとか?」
そう聞いたら、「出入りしてくれるネコはいないから」とさらに驚く返しがあって、いやじゃぁ何のために家のドアの半分も切ったんだよ......となったミンギュだった。
「ネコが、もしかしたら死んじゃったとか?」
長生きするといっても所詮はネコだから、ドアの出入りをしてくれるネコはもういない......ってことかもしれないと聞いたというのに、「いや、ネコは飼ってないよ」と返される。
謎が謎を呼び、さらに謎が謎を呼ぶ。
じゃぁどこのネコのために玄関のドアを半分も切ったんだよ、うぅぅぅぅぅっとなったミンギュだったけど、自分の発言でミンギュがモヤモヤしてるだなんて気づかないのか、ウォヌは歩くテンポですら変わらない。

雨が降る中、傘は1つ。まぁ、杖もあるけど。大分歩いて、2人の前にはダラダラと長い坂があった。
「坂だ......」
そう言ったのはウォヌの方で、ミンギュはまたしても、首を傾げる。
聞いた家の場所は高台にあったから、そりゃ坂を登らなきゃ帰れないだろうに。
「あとどれくらい?」
そう聞いたら、「立ち止まらなきゃ」って言葉が頭についた状態で、かかる予測時間が告げられた。
立ち止まるのか......。いや、なにゆえ?
もう疑問しかない。
まぁでも坂だ......って呟いたウォヌの足は確かに止まってる。杖を持ってるその姿を信じたままだったら、立ち止まり立ち止まりしながら帰るんだろうと誤解しただろう。
「なに休憩?」
でももう違うと知っているから、とりあえずミンギュは聞いてみた。
「早く歩くとネコは逃げるから」
そんな返事に、思わずミンギュはキョロキョロと、どこかにネコが?と探してみたけれど、ネコなんて気配もなかった。
雨の勢いも少しだけ増して来て、普通なら足早に家路に急ぐはずなのに、濡れながらもウォヌはゆっくりと歩く。どこにもいないネコが逃げないようにと気をつけて。
何かに騙されているのかもしれない。そんな気にもなるけれど、でも考えれば考えるほどやっぱり面白くて、ミンギュは気づけば笑いそうになるのを我慢してばかりだった。
きっと何も聞かないままだったら、家の場所はさすがに特定されたくないんだろう......とか、誤解してたはず。
でもさすがに『手伝いたい』とまでは言い出せなかった。どう考えてもそれは不審者だって気がするから。まだ出会ったばかりで、ただの親切な人ってだけなはずなのに、家の玄関を治す手伝いまでは言い出せない。
でも何でも起用にこなすミンギュの方が、絶対素晴らしい結果になるとは思うけど......。
坂をゆっくりと登って行く。パパっと歩いてしまった方が絶対に疲れない。そんな事実をミンギュははじめて知った。
登りきるんじゃないかと思うぐらいにはあがってきた。そして少しだけ横道に逸れた。さすがに家の前まで行くのは失礼だからと「もう少しなら、俺はここまでにした方が」って言ったのに、ウォヌはなんでか驚いていた。
いやもう言葉にするなら「え、楽だったのに」って言ってる感じで、ウォヌは荷物をじっと見た。でもミンギュがただの親切な人だってことも思い出したんだろう。
キョロキョロしはじめたかと思ったら、自分が持ってる杖をじっと見つめて、それからミンギュに「良かったらこの杖、貰ってください」と差し出された。
いや、杖なんて貰っても..................。
やっぱり謎が謎を呼ぶ。
なかなか杖がお礼代わりになると思う人も珍しい。でももう面白くなってたから、ミンギュはその杖を受け取って、代わりにと自分の傘を差し出した。
差し出された傘をウォヌがじっと見る。
さすがにお礼にさらにお礼が返されるとは思ってなかったのか。自分の杖に対して傘は物々交換だったとしても等価交換的にはかなり差があるとでも思ってくれたのか。
「え、いらないけど? 持ち物は黒で統一したいから」
やっぱり想像を超えてくるというか、謎が謎を呼ぶというか。まさかの色で断られた。確かにミンギュの持つ傘は店の傘で、そんなものを勝手に人にやろうと思ってるミンギュもどうかと思うが、傘を開けば店名が書いてある。ちょっと派手目だけど事故にはきっとあわないだろう。
そしてウォヌはどちらかというと、事故にあいやすそうに見えた。
ミンギュの手から荷物を受け取るとウォヌは「じゃぁ」とだけ言って歩き始めた、やっぱりゆっくりと。そしてミンギュの手には店の傘とウォヌから貰った杖が残された。
本当ならさっさとその場から離れなければ、ミンギュだって不審者と思われるだろうに、ミンギュの予想通り、ウォヌは一度も振り返らなかった。
5分経っても、10分経っても、ミンギュはその場にいて、ウォヌの歩いたり時々立ち止まったりする姿を見ていたってのに。
だから結局ミンギュはウォヌの家だって突き止めた。まぁ見てたらウォヌが消えてったドアがあって、後から近づいてみれば本当に穴があいていて、なんでかそこにはクリアファイルが釘で止められていた。
恐らくネコが自由に出入りできるように......っていう、配慮なんだろう。だけどクリアファイルですらその穴よりは小さくて、冬には寒さに負けるだろう。
それに、飼い猫ならまだしも、警戒心の強い野良猫が入るだろうか......。

ミンギュの店からもらってきた木材は、ドアの横に置かれてた。穴を塞ぐには足りないから、恐らくクリアファイル部分以外を塞ぐつもりで、ネコの入口そのものは諦めてないんだろう。

どうしようか......。悩んだのは一瞬だった。
ミンギュは来た道を戻る。立ち止まり立ち止まり......だった行きしのことを思えば、帰りは爆速に早かっただろう。店に戻れば「あれ? 今日はもう戻らないんじゃなかったの?」と皆に言われたけれど、「ちょっと忘れ物」と笑って誤魔化した。それからネコ用のドアのパーツを買って、ウォヌの家へと急ぎ戻る。もちろん今度も爆速だった。歩いたりせずに、バイクにも乗ったからだったけど。そして他人様の家の玄関だというのに、ミンギュは勝手にそのネコ用のドアを取り付けた。
はめ込み式のそれは、トンカチとかでドタンバタンとする必要もない。すでに穴が空いてるから特に問題もなかった。まぁそれでも多少の隙間は残ったけれど。

ミンギュの気分でいうと、孤独なヒーロー......だったかもしれない。密かに世界の平和を守ってたって、誰にも気づかれないような、そんなヒーロー。だって絶対ウォヌは気づきそうにないから。もしも気づいたって、特に何も言いそうにもないけど。

次に会った時には、ネコの真相を知りたい......と思ったけれど、そんな次がいつ来るかも判らない。でも家の場所が判るからいっか......とミンギュが思ってたっていうのに、ウォヌは次の日また、ミンギュの店へとやってきた。
苦労して持って帰った木材がいらなくなったから、返しに来たという......。
相変わらずとぼけてる。自分の家の玄関にしっかりしたネコ用のドアが勝手についたことについてはどう考えているのか......。
それが知りたくて、ミンギュはまたしてもウォヌについて店を出た。
バイト先を近々首になるかもしれない、孤独なヒーローだった。

The END
6013moji