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SEVENTEEN全員でのドラマか映画が見たいな......

天使が空に DINO side story

注意......

多分。続きモノです。
はじめて「天使が空に」を読まれる方は、contentsよりお進みくださいませ~ 

sevmin.hateblo.jp

天使が空に DINO side story

ディノにとってスングァンは、ヒョンでもあるけど、兄弟でもあって友達でもあって、負けたくないライバルでもあって、でも一番尊敬してる人間でもあって。
練習生の時は凹むことが多くても、いつだって「いつかでも、これもあれも全部、とっておきのエピソードになるよね」って言いあって、助けて貰ったことの方が多い気もするけれど、それでも助けて助けられて助け合って頑張ってきた仲間で。
あんなに悲痛な声で叫ぶスングァンなんて、ディノは知らなかった。

 

 

楽屋は広くて、でもちゃんとした楽屋でもなくて、撮影があるかどうかも判らない状態で、運が良ければ仕事にあずかれるかもって感じだと聞いていた。
そらなら練習してた方がずっといい。そう思って入り口近くの大きな鏡の前で、覚えたばかりの踊りを練習してた。

同じ鏡にディエイトが写ってたから、近くにいたんだろう。気づけば見知らぬ人がいて、ディエイトがお酒臭いと口にして、ディノはしっかりしたマンネらしく見知らぬ人に対応しようとした。その時何を考えていたかなんて覚えてないから、何も考えてなかったのかもしれない。

「イ・チャンッ」

自分の名前を呼んだのはジョンハンで、そこらのヨジャドルよりもカワイイ見た目なのに全然男らしいヒョンは、でもオンマみたいにみんなのことを大切にしてるっていう、ディノにしてみたらちょっとややこしいヒョンだった。

「ハオッ! XXXッ!」(ハオッ! 下がれッ!)

全部目の前で、それこそ一番近くで見てたはずなのに、その次に聞こえたのはジュンの声だった。
気づけばディエイトに強く腕を引かれて、それまで居た場所から飛びのくようにして移動していた。次の瞬間には目の間を椅子が飛び、さっきまで自分を写してた鏡が盛大に割れて、色んな音が溢れかえっていたはずなのにディノは何も聞こえていなかったのかもしれない。

「ディノやッ。廊下にある非常ベルを押してこい」

そうミンギュの声がした。自分の名前を呼んでるその声がするまで、ディノの目の前では色んなことが起きていたのに、全部見てたはずなのに、やっぱり全然見てなくて。
廊下に出たらすぐに非常ベルは目に入って、それを押したのは確かに自分なのに、廊下に鳴り響いたベルの大きさに、それから、なんで押したかを説明しなきゃいけないのはもしかして自分なのかも......ていう謎な動揺に、遠くから聞こえてくる足音の大きさに、色んなことにビクついていた。ずっと側に自分を守るようにディエイトがいたことにも気づけていなかったくせに、でもその背中に安心だけは勝手にしていた。

警備員さんやマネヒョンや、テレビ局の人たち。さっきまでは自分たち以外誰もいなかった場所に人がたくさんいて、気づけば救急車も来てて、いつのまにかホシヒョンに捕まってたけど、ディノは驚きが興奮に変わってたことにも気づかなかった。
ただ怖くはなかった。

普通では起こらないような出来事に、突然の暴力に遭遇して血だって流れたっていうのに、なんで怖くなかったのかは不思議だけど、ディノは全然怖くなくて、でもその分ふわふわしてたかもしれない。ホシに抱きしめられてなかったら、自分でも自分がどこかに行ってしまっていたかもしれないと思うほど。
でもディノにはいつだって誰かがいた。
場所も時間もタイミングも違えど、それぞれのヒョンたちが一度は必ず、「お前ケガは?」と聞いてきたから。聞かれるたびに、「大丈夫。ケガなんてしてないよ」と答えたけれど、ホッとするヒョンもいれば、疑うヒョンもいれば、抱きしめてくれるヒョンもいれば.........。
それを言ってこなかったのは、唯一スングァンだけだった。

怖くなかったはずなのに、怖さを実感したのは病院で、ウジが目覚めないと聞いたから。それからスングァンが「逃げろ」と叫んだから。そしてジョンハンが戻って来て、ドギョムが泣いたから。いつもなら絶対に側にいてくれるはずのウォヌが扉の近くに座り込んで動かない。気づけば病室の中には、自分たち以外にはマネヒョン1人しか入れない状態だった。

「スングァナ......」

スングァンを呼んだ自分の声が思った以上にか細くて驚く。一番最初にケンカした相手は、一番最初に「ヒョンなんていらないって」と言ってくれた相手でもあって、基本は優しいのに負けず嫌いで、案外弱味も見せるのを嫌う。もっと相談してくれたり頼ってくれてもいいのにといつも思っていたのに、目の前で何かに怯えるスングァンは、ディノが知らないスングァンだった。

それぞれのヒョンたちが自分は何もできなかったと思ってる中、非常ベルを押した以外は本当に何もしなかったディノは、後悔も反省も、落ち込みすらしてなかった。
自分がケガ一つ負わなかった理由が、あの時ジョンハンが呼び止めたからで、代わりにケガをしたからで、その後もケガをしなかったのはディエイトが常にディノのことを守っていたからで、1人で落ち着きなくしてた間も失敗しなかったのはホシがずっとディノを抱きしめていたからで。そんなことにも気づけずにいて、ウジが戻ってスングァンに怒鳴りつけるその時まで、ディノはただただ、何もできないのにスングァンの側を離れられなかった。
叫んだって抱きしめることもできないっていうのに。

たった4つしかベッドがない病室に、ジョンハンとエスクプスとミンギュとウジがいなくて、ジョシュアも出たり入ったりで、狭いはずなのに広すぎて、それが物凄い心を寒くした。

12人もヒョンがいて、多すぎるよと笑って言うことの方が多かったのに、1人だって欠けたらダメなのなんて判ってたはずなのに。
戻ってきたのはエスクプスとジョンハンが最初だった。ベッドごと運ばれてきたジョンハンは、頭に包帯を巻いていて、血が流れた分だけその顔色は悪く見えた。麻酔が効いてるからまだ目覚めないっていう。

「大丈夫だよね?」

誰に言うでもなく言えば、たまたま戻ってきていたジョシュアが笑って頭を撫でてくれた。
本当ならずっと側にいて、ずっとその手で頭を撫でていて欲しかった。でも病院の人も警察の人も事務所の人だって病室に入れない状態で、さらにエスクプスとジョンハンも動けないとなるとジョシュアが動くしかないってことは、言われなくたって判ってた。

物凄く頼りない表情をしてたんだろう。ジョシュアが思った以上にその場に居続けてくれた。だからディノは自分から「シュアヒョン、俺大丈夫だよ」って言ったら、ジョシュアはしっかりとハグをしてから、「すぐ戻ってくる」っていなくなった。

ジョンハンが目覚めて、ディノは怒られた。
それが物凄い嬉しくてホッとして、あぁもうこれで何もかも大丈夫って無条件で思えたのに、スングァンはやっぱり叫ぶことをやめなかった。
落ち着いてみれば、そんな雰囲気は全然なくて、「チャナ? なに? お前どうした?」って、スングァンは言ってくるほど。不安気な表情だって空気だってすぐに察してくれる、いつも通りの優しいヒョンなのに、まさか本人を前に、「ヒョンが叫ぶのが怖いんだよ」とは言えなかった。
廊下の遠くから見知らぬ人の足音がする。
普段なら気にも留めないようなその小さな、でもちょっと硬めの音にスングァンはビクつく。
そうなれば後は、周りを気にし出す。それはきっと、そこに全員がいるのかが気になるんだろう。落ち着いて周りを見渡せば、誰がいて誰がいなくてなんてすぐに判るはずなのに、スングァンは恐怖に囚われるとあの時のあの場所に戻ってしまうようだった。
タイミング悪く病室のドアが開く、それはほんの少しだけで、外からは小声で看護師さんが話しかけてくるだけなのに、耐えられなくてスングァンが叫ぶ。

「スングァナ、スングァナ」

バーノンに、ヒョンの誰かが常に名前を呼んで抱きしめて。それから背中をさすってやって、「ケンチャナケンチャナ」って言い続けて。
ディノだって叫びそうだった。「やめてよ、もうやめてよッ」って。
どうしていいか判らなくて、不安で、それが全部怒りに変わってしまいそうだった。
傷ついてるはずのスングァンに「なんでそんなに弱いの?」って、言ってしまいそうにすらなった。実際に血を流したのはジョンハンで、痛みを伴ったのはウジとミンギュで、戦ったのはジュンとウォヌで、誰かを呼びに動いたのはディエイトと自分で。
怖かったのはみんな一緒だ。でも助かったんだから......。

言わなかったのは、言葉を飲み込んで我慢したのは、ディノが大人だったからでも、偉かったからでもない。

「人それぞれだって。つらいことも悲しいことも、楽しいことも幸せなことも」

むかし、ディノにそう言ったのはホシだった。
緑の練習室で、踊れなくて悔しくて泣いていた。誰よりも努力した気でいて、でも全然努力してないのに会社から認められる人がいて、月末の評価ではディノはまだ1番にはなったことがなくて。

あの時も確か、「ブスングァンより俺の方が踊れるのに」って言ったはず。
ホシは「だな」って言ったくせに、「でも評価は踊りだけじゃないんだろ」とも言った。

当時を振り返れば、今もそうだけど、どれだけ踊れたってほどでもなかったはず。ただ少しみんなよりステップを踏んだ回数が多くて、小さい頃から踊ってたってだけだったのに。

「上を目指すのに、誰かと比べて頑張れるなら別にいいけど。それで凹んで落ち込んでクサるだけなら、時間の無駄だからやめとけ」

まだまだ子どもだったディノにも、ホシは真正面から言葉をくれた。年下の弟だからって甘やかしてはくれたけど、でも踊ることに関しては決して甘さを許さなかった。

「でもなんでホシヒョン、俺にだけまだまだって言うんだよ」

そう言えばいつだって、「だってお前はまだまだ踊れると思うんだからしょうがないじゃん」と言って、ディノのことを喜ばしてもくれたけど。

「人それぞれなんだから、誰かと比べたりするなよ。誰かよりも自分の方がマシだなんて言ってる間に、大切なものを見失うからな。それならもっと、頑張って踊る方がいい」

判ったつもりでいたけれど、まだ幼かったディノは正直判ってなかったかもしれない。
今もまだ、誰かよりも上手く踊れるってことで、喜んでしまいそうになる自分がいるし、褒められればやっぱり嬉しいし。
でも、比べたって良いことなんてきっとない。
それでも評価が下されて順番がつけられるのは、自分が目指してる世界がそうさせているだけだってことも判ってる。どんなに完璧に踊ったって、戯けたように歌って踊ったスングァンの方が評価が高いことの方が多かった。

「俺はお前の踊り、カッコイイって思ったけどな」

凹んで悔しすぎて眠れなくても、いつのまにかディノの側に寄り添ってくれたヒョンたちがいた。
ライバルなはずのスングァンですら、「一緒に頑張ろう」と何度も言ってくれたはず。

誰かにはできても自分にはできないことがあって。
自分にはできても、誰かにはできないことがあって。
今となっては適材適所、助け合って補いあって動くことも覚えて。

ディノはいつだって、間違いそうになるたびに、ホシがそう言ってくれたことを思い出す。一緒にいてくれたヒョンたちのことも。そこにスングァンがいたことだって。

「大丈夫。大丈夫だよ。すぐに、大丈夫になるよ」

だからディノの口から出た言葉は、それだった。
落ち着いてしまえばスングァンは笑う。
ディノが心配そうな顔で「大丈夫」って言ったって、「何言ってんだよ。大丈夫に決まってるだろ」と言い返されるけど。

結局ディノはそれでもスングァンのそばから離れられなくて、マネヒョンから手に入れた寝袋で、スングァンが眠るベットの横で居続けた。

ウジとミンギュも戻って来て、4人部屋の中に13人が収まった。
きっと夜が明けたら、朝が来たら、目覚めたら。もう少しスングァンだって落ち着いて、それぞれ満身創痍だったけど、それでも無事だったことを喜んで日常に戻っていくと思っていた。

それなのにスングァンはまた叫んだ。真夜中の病室にスングァンの声が響く。それが本当に辛そうで、ディノはもうそんなスングァンを見たくなくて、寝袋の中でギュッと目を閉じて耳も塞いでたかもしれない。
助けられないのに自分だけ助かろうとも、したかもしれない。もしもウジの声が病室に響かなかったら、きっとディノの方が叫んでた。

「五月蠅いッ黙れッ。今何時だと思ってんだ」

そんなこと、言っちゃいけないと思ってた。怖がって震えてるスングァンに、五月蠅いなんて言っていいはずがないと思ってたけど、そう言ったウジの声に、誰も「何言ってんだよ」なんて言う人はいなかった。それに、その声も言葉も言い方も全部、全く嫌じゃなかったから。
それはまるで、歌撮りの時にふざけてて怒られた時のようだったり、練習室の中でなかなか練習がはじまらない時のようだったり。驚くほどにいつも通りのウジの声だった。

真横にいるバーノンのことを必死に呼んでいたスングァンは、数えても数えても、数があわないって、物凄く心細そうに言った。
いるよ。全員いるよほら。ディノは言えたとしてもその程度だったかもしれない。でもやっぱりウジは今度も、「ほんとに今何時だと思ってんだよ。あぁもう、番号ッ!」って言って、テレビ局の廊下にいる時のような感じでエスクプスから順番に数を数え始める。どうしたって慣れてしまった固有番号は、流れるように続いてく。でもスングァンのところで、番号は止まったけど。

「ほら、お前だろ」

ウジが言った。スングァンが呟くように「ジュウイチ」って言えば、バーノンが「ジュウニ」って続いて、当然ディノはいつも通りに「ジュウサンッ」って言った。
13人いる。ちゃんと13まで数えられたことに、ディノだって感動した。それはスングァンだって同じだったようで、「13だ......」って言ったスングァンは、酷くホッとしたように見えた。
それからスングァンは朝まで一度も叫ばなかった。

だからディノだって朝までぐっすり眠れそうなものなのに、なんでか起こされること数度。
半分以上寝てたから、それがホシだったのかウォヌだったのかはしっかり覚えてないけれど、寝袋から追い出された椅子に移動して、そこでもまたしばらくしたら追い出されて誰かのベットの横に移動して。
気づけば全員が順番に、場所を譲り合っていた。
そんなのもう、いつもと変わらない。
ヒョンたちの優しさと、当然のような大人数が故に起こる出来事と、やりとりと、忙しなさと。
でももうそれにも慣れてるから言われるがままに半分以上やっぱり眠ったままで対応できる自分がいて............。
気づけば朝だった。

スングァンは病院から出された朝食を食べていたけど、横からバーノンが手を伸ばせば、当然のように自分の分をわけてやっていて、やっぱりディノは泣きそうになった。
小さな器に入ったイチゴは3つしかなくて、それをスングァンが1つ、バーノンが1つ。そうしたら最後の1つはディノの前に差し出されて、零れる涙を誤魔化しながら食べた。

色んなものを分け合ってきた。幸せだって辛いことだって全部。イチゴは酸っぱくて、でも甘くて、ディノは幸せだった。もう後は笑うばかりなはずで、目の前では「おかわりって貰えるかな」ってバーノンが呟いたのに、「食堂じゃないんだから」ってスングァンがツッコんでいて。
いつもなら大声で笑うようなことなのに、涙が止まらなくなった。
顔を隠して泣くのも変で、「俺はもうちょっと寝るから」って言って、枕で顔を隠して誤魔化した。

「なんかミンギュヒョンがしんどいふりして、薬とか湿布とか、色々貰おうとしてたから、おかわりだって頼めばどうにかなると思う」

ディノが寝たふりをした後も、そんなバーノンの声が聞こえてきてた。ある意味いつも通りで、泣かずにスングァンと話せるだけでも尊敬する。そう思ってたのにバーノンはスングァンに向かって、「もう叫ばないの?」とも聞いた。
驚いたけど、それにスングァンがどう答えたらかは判らない。なんでかディノは本当に寝てしまったから。
きっと疲れてたんだろう。色々ありすぎて。
毎日毎日途切れずにあった練習もないなんて奇跡みたいで、こんな時に日頃の睡眠不足をどうにかしようと身体が眠りを要求したんだろう。
ディノは死んだように眠ったかもしれない。
そして起きたら、なんだか全部夢だったんじゃないかってぐらいに、全員がいつも通りだった。
まだ病院にいたから、それにジョンハンの頭には包帯が巻かれていたから、やっぱり夢じゃなかったんだろうけど。

部屋に唯一入れるマネヒョンが、大量にお弁当やらお菓子やらパンやらを抱えて病室にやって来るけれど、それはほとんど、持ってきてくれた側からなくなった。
誰かが「俺らヤバくない? 踊ってもないのに」と言った時に全員がギクッとなっていたけれど、「そりゃいいだろう。病院にいるのに、踊れないのは不可抗力だろ」とウジが堂々と言うもんだから、全員で「そうだそうだ」と頷いた。
でもディノは知ってる。病院の駐車場でホシが踊ってたことも、それで病院の人に注意されていたことも。
身体が踊りたくて疼いていたのはディノも一緒で、ついつい病院の中で鏡を探しそうになる。
気づけばリズムを刻みそうになるし、伸ばした腕は勝手に覚えた振りの動きをなぞっていく。

見れば病室の端っこで、ベッドに後ろ手をついて、腰を落としてストレッチをしてるジュンがいたり、寝たままで足を延ばしてるジョンハンがいたり。
もう毎日踊るのが当たり前で、少しでもサボろうとか休みたいとか言ってたはずなのに、そんな生活から離れられるはずもない。どうしたって踊りたいのも歌いたいのも盛大にふざけながら騒ぎたいのも、自分たちなんだから。

スングァンはよく笑った。いつもならベタベタすると嫌がるバーノンが、ずっと側にいるから嬉しそうでもあった。病室の扉が開かれるとビクっとするのは相変わらずだったけど、叫ばなくなった。訳も判らず怯えることもなくなった。
もう大丈夫だってディノは安心したのに、包帯を巻いてるジョンハンを見てスングァンは、「ハニヒョンのあれどうしたの? 何やったらあんなことになるんだよ」と言った。
それを問われたバーノンは驚きすぎて固まっていて、ディノは「ふざけないでよ」と言ったけど、「俺のどこがふざけてるんだよ」って言い返してくるスングァンは、本当に、ジョンハンが頭に包帯を巻く理由を知らないようだった。

人の記憶は簡単には消えないはずなのに、スングァンの中に、気づけばあの時の記憶は残ってなくて、じゃぁ今なんで全員で病院にいるのかっていう、辻褄のあわないことには全部目を瞑っているかのようだった。
思い出してしまえばまた叫び続ける状態に戻るのかと思うと、思い出せとも言えない。でも忘れてる状態が正常とは思えなくて、それはそれで喉に何かが引っ掛かったような思いだった。
色んな思い出があるのに。同じ景色を見てきて、あの時はあの時はって、いつだって笑って言いあえたのに、数年経った時に、あの日は凄かったよねとは言えないんだと思うと、ディノの中で何かが欠けてしまう気がした。

「我慢しなきゃダメかな」

哀し気に呟けば、「なに? どうしたんだよ。お前が何を我慢するんだよ」ってスングァンが言う。いつだってケンカばかりしてるのに、それでも「何かあったら俺は絶対お前の味方をするからな」と言った時のように、誰がお前を困らせてるんだって感じで覗き込んで来てくれる。

「大丈夫。全然大丈夫。こんなの、全然大丈夫だよ」

目の前でディノを心配そうに見てくれるその人が、苦しくなくなるなら、たった1日の思い出が消えたって我慢できる。
それにディノにはそれでもヒョンが11人もいる。いつか遠い未来にその時の話がしたくなれば、11人もヒョンの誰かを捕まえればいいだけだから。
ディノが飲み込んだ色々は、他にもあった。
最後にウジとスングァン以外が集められたその場所で、事の経緯を聞いた。丁寧に、それから包み隠さず話してくれたかもしれないけれど、だからってなるほどなんてなるはずがなかった。

いつもなら、絶対に何か言うはずのヒョンたちが黙ってる。一番に怒るはずのホシは何も言わず、事務所よりもメンバーを取ると言い切ったエスクプスも黙ってる。頭の回転の速いミンギュも、いつもなら「どういうこと? どういうこと? どういうこと?」って言ってるはずのドギョムも。

ヒョンたちに、何か考えがあって黙ってるのかは判らない。その考えも、気持ちも、ディノには何も判らない。
だから「納得できない」って言った。
そこには日頃から一緒にいるマネヒョン以外にも、普段滅多と話さないような会社の人もいたっていうのに、ディノは思いのほか強く、そう言った。
絶対に納得なんてしないし、絶対に流されない。正義は成されるべきだとか、思ってる訳じゃない。それでも今回だけは絶対............。そう思ってたのに。

「俺が決めた」

たった一言。エスクプスが全員に向けてそう言った。それは反論を認めない風で、いつだってメンバーを第一に考えてくれるはずなのに、怒ってて、でも泣きそうで、絶対に許せないって思ってるディノのことだって、気づいてたはずなのに。
何をそんなに許せないと思っていたのかは判らない。だから多分一番に病室に戻ったはず。
病室にはスングァンとウジがいて、窓から2人で外を見ていた。2人で何かを話してた風だったけど、何を話してたかは判らない。でも2人ともなんとなく笑ってて、楽しそうにも見えた。なにより2人の空気は穏やかで。

許せないなんて言うよりも、スングァンが笑って過ごせることだけを考えなきゃいけないような気がした。
それから少しだけ、もし、もしもスングァンが色んなことを覚えてたらどうしてただろうかとも考えた。それなら一緒になって「許せない」と言ってくれたかもしれない。それともディノのことを子どもっぽいと、盛大に文句を言ったかもしれない。

 

 

退院が決まった日は雨だった。
ウジとスングァン以外が集められたその場所で孤立したディノだったけど、なんでか後になればなるほど皆から褒められた。
帰り支度は簡単に済んだ。
長く借りたままだった寝袋を畳んで移動車に持って行くだけ......のつもりだったのに、「ディノや、お前はこれとこれとこれな」とミンギュに渡された荷物は結構あった。
それを大人しく持って移動をはじめれば、当然のようにスングァンが一つ貰ってくれた。「コマウォ」って言いつつもう一つ差し出してみたけど、「は?」って顔をされた。
それがいつも通りのスングァンで、ディノは笑って、それからやっぱりちょっとだけ泣いた。

The END
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