注意......
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君と歩いたこの世界の 10 MYMY 2
ホシは、自分の身体にロープを巻いた。それをほどけないことを確認したのはディエイトで、気持ちは船の外に大きく飛び出したかったけれど、船のバランスを考えて、そっと下降をはじめたホシだった。
大分高い場所でホシは外に出た。怖くないのかと言われたら、落ちることを考えたら怖いかもしれないけど、落ちないと知っているから怖くはなかった。
ホシを吊るした状態で、船はスングァンを目指して高度を下げていく。
思った以上に地面は近くて、船のバランスを取るのは難しかっただろうにジュンは上手くやったし、ウジだって絶妙に指示を出していた。
やろうと思ってることはそれほど複雑じゃなくて、スングァンの身体をホシが捕まえて、助けるってだけ。ただただホシの腕と足の筋力勝負だったけど、もうそれしか手段は残ってなくてそれが一番早くスングァンを助けられる方法だった。空の上だったらできないけれど、地上と言える高さだからできること。
スングァンごと船に戻るか、スングァンを地上におろすかは、その時の船の状態次第だとウジは言った。
どちらにせよホシは、ジュンとウジを信じるだけだった。
思えば最初から、そうだったかもしれない。
船が勝手に動き出したあの日、空の上は怖かったけど流れる雲が風を感じさせてワクワクしたのも覚えてる。誰も歩けなかった船の中を、一番に歩き出したのは自分だって自信もある。
まぁでもジュンのように船の操縦がうまい訳でも、ウジのように星を見て風を読んで雲の狭間に何かを見つけたりなんて、できなかったけど。
でも昔からウジはそんな自分に、「いい。お前は基本、いるだけでいい」って断言するから、なんでか自分はいるだけでいいんだと勝手に信じてた。なんでそこまで自信をもって信じられたのかは謎だけど、変な話、ウジが空を読めるのは、自分がそこにいるから......な気もする。
気づけばデッキブラシで、船の甲板を掃除することが多かった。まぁそれぐらいしかできないってのもあるけれど、でもバシャッてバケツをひっくり返して、デッキブラシを手に船の甲板を走り回るのは思った以上に心地よかった。
家族が恋しくなかったかと言えばウソになる。だけどウジが一緒だったから。
小さい頃から一緒に育ったからお互いの家族も良く知ってて、思い出話ができるだけでも違ったのかもしれない。
お互い、辛い時も困った時も驚いた時も笑ってる時も、隣りにいるのが当然で普通で、2人でなんでもやり過ごすのが日常だったから、船の中でもそれは一緒だった。
後にも先にもウジが真っ青になって震えたのはたった一度だけで、それはホシが空の上、船から落ちそうになった時だけだった。
ふざけてた訳じゃない。船の上でいつも通りに掃除してたら、渡り鳥の団体に身体をもっていかれそうになっただけのこと。
ギリギリ船の外側のヘリにしがみついて助かった。
「ビビった〜」
這い上がってそう言えば、後にも先にもその一度だけ、ウジが猛ダッシュで走ってきてホシに抱きついた。
あぁ、思い出してもそれは良い思い出すぎて震える。って言えば、それを言うたびにウジからグーパンチを食らうけど。
それがよっぽど怖かったのか、ウジはそれ以来、鳥対策用にと色んなものを手に入れていた。それを見てホシが笑えば「お前のためじゃねぇよ」って言うけど。
もちろんすぐにウジだけじゃなくて、全員が家族と思えるようになった。どうしたって空の上、狭い世界だから喧嘩もしたし、誤解だって生まれたけど、その度話し合ってわかり合ってきた。
1番チビのくせに生意気で、いっぱしの事を言うくせに不安そうな視線も表情もうまく隠せないディノはすぐに大切な弟になった。
楽しそうに笑ってばかりの今からは想像もつかないぐらい、泣いてばかりいたスングァンは、いつだって隅っこにいた。だからホシはいつの間にか、何かあれば船の隅っこに視線が行くようになった。
マイペースがすぎるバーノンは、頼りないようでいて案外頼りになる。マンネラインの1人でいつだって誰もバーノンのことを数に入れてないからか、いざって時には思わぬ活躍をして皆を驚かせた。ホシだって何度、そんなバーノンに助けられただろう。
気づけばマンネラインの弟たちは、大切で大切で大切で、大切でしかない存在になっていた。
すぐ下の弟たちは、一見すれば何でもできてしっかりしてるようにも見える。でも気づけば3人で支えあってるような、案外不器用な弟たちだった。
ディエイトは最初、誰かに頼ることが苦手そうだった。
ミンギュは何でもできるのに、情けない顔をしてることが多かった。
ドギョムは楽しそうに笑ってるのに、そんな自分をバカみたいだと真剣に思ってるようで。
「俺がアイツらなら、自信満々で生きるのにな」
ある時ウジにそう言えば、「じゃぁそう言ってやれよ」と言われて、それもそうだな............って気がついた。
だからいつだって、お前なら、お前たちならできるに決まってるじゃんって、言い続けた。
なんの根拠があってそんなこと言うんだよって言われたこともあったけど、根拠がないと言っちゃダメなのかよ、俺はそう心の底から信じてるんだよって言えば、誰も反論なんてしなかった。
求めるものがあっても与えられることなんてほとんどない。そんな自分にできることなんて、ドンッて勢いよく背中を押してやることぐらいだから。
「いいじゃん。誰だって始めればなんとかなるのに、その最初の一歩が一番難しいんだから」
やっぱりウジがそう言って、「お前はよくやってる。お前にしかできないことをやってる」って褒めてくれるから。自信満々に弟たちの背中を押してやる。
いつのまにかディエイトは豪快になってたし、ミンギュはなんでもできちゃう奴になってたし、ドギョムはいつでもどこでも煩いぐらいに、だけど物凄く楽しそうに歌うようになった......。
そしていつの間にかみんなから、「ホシが無暗に褒めるからだろ」とか、文句も言われたりするようになったけど............。
でもそんなホシのことは、ヒョンたちもチングたちも褒めるから、気づけば色んなものが噛み合って、色んなことが良い方に向かってグルングルンと回っていく。
「なんでお前、そんなこともできないの?」
時折船の中でそんな言葉が聞こえてくるから視線を向けてみれば、ディエイトがナイフ投げを披露してたり、ミンギュが麺打ちを見せてたりして、周りから一斉に「いや、できるかよッ」ってツッコミが入ってたりして。
みんなそれぞれ気遣ってたし、踏ん張って頑張ってた時期も確かにあったけど、気づけば意識しなくても全員が大切で当たり前に愛おしくて。辛い思いをしてる誰かを見過ごすことも無くなって。
「俺ばっかり、いつまでも泣いてる」
スングァンはよくそう言って凹んでたけど、「お前だけな訳ないじゃん」ってウジが言う。
そりゃそうだ。オンマの作る料理はなんだって美味しくて、オンマが笑ってくれるとそれだけで幸せで、失敗したって何したって、子どもの頃はオンマがいればそれだけで問題なんてなくて。
きっと母親の記憶がないというジュンとディエイト以外は全員、会いたくて泣いたはず。夢に見て「オンマッ」って叫びながら目覚めたはず。
帰ったらいい子になろうって、絶対思ったはず。
オンマがいつの間にか終わらせてくれてた色んな家の中のことが、どれもこれも地味に大変なことはもう知っているから、戻ったら家の手伝いは頼まれなくたってするんだって、皆が思ってたはず。
なのにもう会えない。まだ、何もしてあげてないのに。産んでくれて、育ててくれてありがとうともちゃんと言ってない。
強く育った今の姿を見せて、安心させることもできない。
ジュンは嘘なんてつかない。だからそれは事実なんだろう。
でもその目で確認したくて山を下った。
いつもなら絶対許してくれなかっただろうけど、ウジと手を繋いで歩いた。
泣いてるウジは珍しくて、でも「お前なんで泣いてんの?」とも聞いて。ホシの感覚では、当然のように船に戻ってくるつもりだったから。
ウジの家はそこにあった。
でも家族はもういなかった。
ホシの家は、もうなかった。
だけど謎に、ホシの石像が経っていた。
どっちの方が両親の愛情は深いだろうかとちょっとだけ考えた。
ウジは自分の家の前で号泣したけど、ホシだって号泣した。ヒーヒー言って笑いもしたけど、親の愛はちゃんと感じたから。
一瞬だけ姉を探そうかとも考えた。でも辞めた。石像の裏に、「好きなだけ、好きなように生きろ」って彫ってあった文字を見たから。
優しかった姉は一つ違いだからよくケンカもしたけど、でもホシと同じ、楽しそうに笑う人だった。だから姉だって好きなことを好きなだけして生きただろう。きっと好きな人を見つけて結婚して、子どもだって生まれたはず。
時々はホシのことを思って泣いてくれたかもしれないけど、それでも絶対、両親も姉も幸せに笑って生きたはず。
帰りの道は、ウジが手を引いてくれた。別にそれほど弱ったりした訳じゃないけど、確かにいつもの元気はでなかったから。
これからだって、やりたいことをして生きる。
隣りにウジがいれば、大抵のことは楽しい。
だから何も問題ない。だから何も、ホシの足を止めたりはしない。
でも時々泣いたって、きっと誰も怒らないだろう。時々は家族を思い出して泣く。でも同じだけ家族を思い出して笑いもするはず。
ホシにはウジがいて、ホシの家族のことも、ウジは覚えていてくれるから。
戻って来てみれば、思ってた以上に船は落ち着く場所だった。もう家だったのかもしれない。
ジュンもディエイトも当然のように喜んでくれた。
結構泣いたはずなのに、ウジは当然のように船の一番高い場所に座って、もう空の向こう側を見てた。
「俺ら、まだ当分は空の上で暮らすんだな」
そう言えば、「船の暮らしも悪くないしな」って、ウジらしい言い方で言う。
機械は苦手だけれど、船の操縦桿を握ってその間ジュンが仮眠が取れるぐらいには、船を飛ばせるようにしよう......。そんな新たな目標だってコッソリたてたのに、まさかの船から下りることをすぐに考える羽目になるとは、思っても見なかった。
遅かったマンネラインたちがようやく戻ったのかと思ったら必死に走って戻って来たのはディノだけで、スングァンが落ちたという。
必死に山道を駆け下りてみればスングァンはギリギリのところで引っかかっていて、その足からは血が流れ続けてた。
「ホシや、上まで戻って船を出せってウジとジュニに伝えろ」
ジョンハンの言葉に、ホシは何も言わずに下って来たばかりの山を駆け上る。
疑問も反論もなかった。
長いようで短かった。あっという間だったようで長かった船の旅の中で培ったユンジョンハンへの信頼は、どんな言葉だろうと黙って従うだけの価値があると判っていたから。
いつだって楽しそうに笑ってるヒョンたちの愛の深さは、もう十分に知っていたから。
「船を出すぞッ」
そう叫びながら戻れば、ウジもジュンもディエイトも、当然のようにいつでも行けるって顔で待っていた。
ウジに指示されて自分の身体に必死にロープを括り付ける間にも、ドギョムも一緒に行くと言ったのか、珍しくジュンやジョシュアに怒鳴られていた。
カワイイ弟だから当然連れていってやりたいけれど、いざとなったら船から飛び降りることになるかもしれなくて、ドギョムは怖がりだから勢いで飛び出すなんてことはできないだろう。その一瞬が命取りになるかもしれない。
「イケるッ」
ホシのロープの結び目をディエイトが確認し、問題ないとそう叫べば、ジュンは一瞬で船を浮かし、その次の瞬間には加速して、思わずホシが吹っ飛ばされそうになったほど。
本当は文句の一つや二つは言いたかったけど、珍しくも真剣な顔したジュンに「黙って捕まってろッ」って叫ばれた。
それに数分もかからずに、ジュンにまた「ホシやッ、降下ッ」って叫ばれたから。
怖くなんてない。だから大空に向かって一気に飛び出して行きたかったけど、実際にはソロソロと降りた。船のバランスはジュンが絶妙に取っていたけれど、ホシが外に出るのと同じタイミングでディエイトが反対側に身体を迫り出していた。それもまた船のバランスを取るためだろう。そしてホシがスングァンの身体を確保した後は、ディエイトが反対側に降下をすることによってホシのロープは巻き戻される。
背中とロープ越しに船を感じはしても、見上げたりはしなかった。
ホシはただ、スングァンのことだけを考える。その頼りない場所で、ギリギリな感じで耐えてる姿を視界に捉えてからは、スングァンだけを見続けていた。
「ホシヒョンッ」
泣きそうな顔でそう言ったのが判った。でも声はちゃんと聞こえなかった。船が低く飛びすぎて、風が凄かったから。
ホシは必死に手を伸ばしたけれど、スングァンには届かない。船が作る風でロープも揺れるからか、ホシの手がスングァンを掠めてく。
「ジュナッ」
目の前のスングァンの声すら聞こえないのに、ジュンのことを呼ぶウジの声が聞こえた気がした。
次の瞬間には、身体がスングァンに向かって突っ込んで行く。覆いかぶさるようにして抱き締めた次の瞬間には、スングァンがいたはずの地面が崩れた。
スングァンのことを抱きしめながらも、遠く離れていく地面にエスクプスとミンギュが見えた。身体がスングァンごと船へと戻っていく。
死んでも離さない。そうは思ったけれど、身体が引き上げられるのと、スングァンの身体が自分の腕からすり抜けてしまうのと、どっちが早いかを冷静に考えた。
「離すなッ」
やっぱりウジの声が聞こえた。
でもホシの腕の中でスングァンの身体がガクンとズレ落ちたのも同時だった。
THE END
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