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SEVENTEEN全員でのドラマか映画が見たいな......

君と歩いたこの世界の 11 MYMY 2

注意......

「MYMY」contentsページです。

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君と歩いたこの世界の 11 MYMY 2

「万が一にも船が落ちたら」
そう口にしたら目の前でドギョムが驚いていた。
見上げる先には崖に近づく船と、そこから少しずつ下りてきてるホシと、ホシと反対側からはディエイトが身体を船から出して、船のバランスを取ってるように見えた。

少し先にはエスクプスとミンギュが見えて、2人はスングァンのことだけを必死に見てた。ジョンハンが持ち出したシーツなのか、布を広げて、万が一に備えてるようにも見える。
だからジョシュアは船を見上げる。
万が一の時にはジュンのことを自分が助けに行くから、お前はウジを探せと言えば、ドギョムは理解するのに大分時間がかかっていたけど、それでも最後には「わかった」って口にしたから、理解したんだろう。

きっとそんなことは起こらない。最後には、ギリギリセーフだったと全員で笑ってる未来があるはず。そう信じてるし願ってるけど、万が一を考えるのは自分の仕事のような気がしてた。

空に飛び立ったあの日から、よくできた弟たちと優しいチングに囲まれて笑ってばかりいた。
95ラインの自分たちが船の中で一番年上だと知った時、正直荷が重いと思ったのを覚えてる。船を見て、珍しくテンションが上がって山を駆け上った。1人だったら絶対に船の中になんて乗ってなかっただろうに、他にも子どもたちがいて、皆が楽しそうに船の中を見てるから、ジョシュアも乗っただけのこと。そうしたら船が飛び立って、気づけば船での生活がはじまっていた。

一番年上だと言ったって、何ができる訳でもなければ、何かが判ってる訳でもない。
考えることや悩まなきゃいけないこと、それから決めなきゃいけないことが起きるたびに、胃の辺りがずっと痛かった。それは自分に何ができるのかをずっと考え続けた結果、何もできないんだと気づいて、でもだからこそ何かすることを続けるしかないんだと納得したのか諦めたのか、自分の中で何かがストンと落ちたその時まで続いて、大分長いことジョシュアは「船酔いが酷いんだ」と誤魔化し続けたほど。

95ラインの3人で、視線を何度交わしただろう。
自分たちは良くやってるけど、でも役立たずだよなって笑って言えるようになるまで、どれぐらいかかっただろう。

「ひとりっ子なのに、俺、ワガママに育たなかったんだよ」

95ラインだけが揃った時にそう言えば、「ひとりっ子に偏見持ちすぎだろ」と笑われた。
クプスは「ここでは一番ヒョンだけど、家では俺はマンネなんだよ」とよく言っていたっけ。
ジョンハンはひとりっ子でもないのにワガママに見えて、我も強そうに見えて、キツくて、自分の意見を絶対押し通しそうに見えて、なのに誰よりも弟たちに優しいヒョンだった。
そう言えば、「いやお前、俺のことどう思ってんの」って呆れてたけど、すぐ怒るように見えて滅多と怒らない男でもあった。

「お前らで良かった。95ラインが、お前らで」

エスクプスがそう言った時、ジョシュアもそう思ってた。だからきっとジョンハンだってそう思ってたはず。
なんでも力で抑え込みそうに見えて、争いごとが苦手なエスクプスは一番苦労したかもしれない。本当ならジョンハンとジョシュアがもっともっと支えてやらなきゃいけなかったはずなのに。

「ヒョン、俺らがもっと頑張るよ」

95ラインの頑張りを知ってもなお、いろいろ見かねたのかホシがそう言ってきたことがあった。俺らっていうのは、96ライン全員のことだろう。

「適材適所って言うじゃん」

ホシの横ではウジがそう言って、操縦桿を握り続けてるジュンも振り返って、「そうそう」って笑ってた。黙ってついてきただけのように見えて、ウォヌが最後に「それでなくても船の中なんだもん。無理しないでおこうよ、ヒョン」って、一番多く話した。

95ラインがそうだったように、操縦桿を握り続けるジュンを囲んで96ラインだって良く話し合ってた。きっと自分たちにできることをしようと話し合ってたんだろう。95ラインの自分たちのように。

でも96ラインは驚くほどにデキが良くて、頼りがいがありすぎて95ラインなんてすぐに霞んだほど。それなのに何故か、ヒョンヒョンと嬉しそうに声をかけ続けてくれたけど。

「でも俺たちだって、頑張ったよ」

そう言ったのはエスクプスで、ジョンハンとジョシュアが頷く。
何もできないなりに頑張ったのは確かで、船の操縦ができるようになったのも、風や空を読めるようになったのも、勢いよく船の中を動けるようになったのも、いつの間にか船の中で寛いでいたのも全部全部96ラインの方が先だったけど。

「アイツらがデキすぎるんだよ」

そう言ったのはジョンハンで、エスクプスとジョシュアが頷く。
全部自分たちでやってしまえるっていうのに、ちゃんと95ラインの意見も確認しに来る。それすらもデキがいいが故だろう。
ちゃんと相談してくれて、ちゃんと頼ってくれる。
そんなの本当は全部しなくても大丈夫なはずなのに、当然のようにヒョンたちがいてくれて良かったと言ってくれる。

95ラインのヒョンたちは、いつだって優しい。全員がそう言ってくれるけど、変なはなし、自分たちには「優しさ」ぐらいしか残ってなかった気がする。
ジョシュアはよく、母親と交わした会話を思い出す。
優しい人になって欲しいと母親はよく言っていたから。
でも優しい人は損ばかりする気がする。まだ幼かったジョシュアは必死に考えて、だから嫌だって言ったら、母親は笑ってた。
いつか、損してでも優しくしてあげたい人に出会ったら、誰かに優しくすることも悪くないと判るはず。母親はそう言ったけど、まだ幼かったジョシュアには当然その時は意味なんて判らなかった。

だって今でも、優しいだけの人ではいたくないと思ってしまうから。
誰かに優しい自分は、逃げてるだけの人のような気もするから。
でも判ったことだってちゃんとある。損をしてでも、自分のことを後回しにしてでも、優しくしたい人たちはちゃんと見つけたから。

きっと船の中っていう、限られた場所だったから気づけたことは山とあって、距離をとってしまえばその姿も見ないような場所だったなら、優しさなんて必要なかったかもしれない。
誰もが怖がっていて、誰もが緊張していて、誰もが先が見えなくて誰もが震えてた。
それが毎日で、緊張が緩和する時の方が少なくて。
そんな時だからこそ、優しさは必要だったのかもしれない。

際立っていたのは当然ながらマンネラインの3人だった。
ディノは子どもにしてみればしっかりしていたけど、それでもまだまだ子どもに見えた。バーノンは異国の子のように見えるその風貌もあいまって、気持ちを汲んであげられないような気にさせられる。それからスングァンは、とにかく泣いていたから。

船はいつまでたっても安定しなくて、落ちることを考えて低空飛行をした方がいいんじゃないかと誰かが言い出して、だけど高度を下げる方法が判らなくて。
ロープでお互いを縛って移動して、怖いからなかなか眠れなくて、それでも疲れれば気を失うようにして眠って。
どうにか操縦できるのがジュンだけだった間は、きっと長くても二十分ぐらいしかジュンは眠らなかったかもしれない。

その足元に蹲るようにしてジュンの側を離れなかったディエイトは、大人しそうに見えた。それは静かで、自分の意見を口にすることだって最初は稀だったから。きっとジュンしか信じてなかったんだろう。でもいつだってその目は冷静で、色んなものを見てた。
寝床を整えたって、ディエイトはそこから動いたりはしなかった。
普通に見えて、ジュンだってそれを当然と思ってるようだった。
ジョンハンが「お前からも、みんなと一緒に布団で寝ろって言えって」と言った時には不思議な顔をして、「ヒョン、でもそれじゃぁ、いざって時にハオのことを守れないじゃん」とジュンが言ったから。

ジョシュアが毛布を持ってくれば、ディエイトは毛布を手にする前に、じっと考えていた。毛布1枚差し出しただけなのに、そこにどんな意味があるのか、対価が求められるんじゃないかと、考えたんだろう。

親切にも優しさに対しても頑なだったディエイトのその態度は、色んなことを95ラインに教えてくれた。本当は布団でゆっくり休んで欲しかったけど、ジュンの側でないとディエイトは休めない。ディエイトが変わってる訳でもなんでもなく、それこそそれは人それぞれ、育ってきた環境や価値観の違いなんだと、船の旅のはじめに学べたことはきっとその後の旅に物凄く役立ったはず。

それに不健康に見えても、その考え方は正しかったかもしれない。
たった毛布1枚だというのに、ディエイトはその分だけは何かに貢献しなきゃいけないとでも思ったのか、船の中を器用に動き始めたから。

エスクプスもジョンハンも早々に諦めて、操縦席の横にはディエイトが休める場所を作ってやっていた。
船の外にあったトイレに誰もが安全に行けるように、船の外にロープも張った。
船の中の物を整理して、休める部屋も幾つか用意した。
何があって何がないのか。そんなもののリストも作った。
どこに向かっているかも判ってないのに、元の場所に戻るために必要なものは何かを考えもした。

何もできないなりにも、ジョシュアもエスクプスもジョンハンも、いつだって何かは頑張っていた。

いつから船の中に偶然乗り合わせただけの彼らのことを、かけがえのないチングで弟で家族でって思い始めたかは正直覚えてないけれど、何かが変わったきっかけだけは忘れることなく覚えてる。
何度か陸地におりることを試みて、それでもダメで。とうとう食料が無くなるって時に、墜落覚悟で陸地におりた時のこと。

船の中のいらないものを売って食料を手に入れて、それからここの場所を誰かに聞いて、できれば地図を手に入れたいとも思っていたのに、最初の試みはすべてが失敗だったから。

はじめて降り立った場所は、人の暮らす場所の近くだった。もちろんそれはなるべく近くにと頑張ったから。
見知らぬ人たちだったとしても、親切にしてもらえるとなんでか疑いもしなかった。
船が空にあった時から見てたんだろう。大人たちはかなり近い距離にもういて、誰かが「ガキだけだ」って呟いた声は船のドアを開けた時に聞こえてきたから、その距離の近さが伺える。
「閉めろッ」って言ったのは多分エスクプスだったけど、「ジュナッ」ってウジが叫べば、ジュンは「5分ッ!」って叫び返した。まだジュンの運転技術もそこまでじゃない頃で、再度飛び立つまでに時間がかかった頃で、タイミングがあうまでの何かが必要だったんだろう。

「ダメだヒョンッ! すぐには飛べないッ! まさかの時は迎え撃てスニョアッ!」

ウジの叫び声をはじめて聞いた時で、すでにまさかを想定してたのか、そこにはデッキブラシを構えたホシがいて、「閉じこもってるより、船にあげないのが一番いいと思う」と冷静に言ったのはウォヌだった。

救いだったのは、船をはじめて見た人たちだったことだろう。向こうだって、襲われるなら戦うって風情だったから。それから船も囲まれてなかったこと。

それでもその場の緊張感は凄かったかもしれない。誰も動かないことを願いながら、誰からも目を離さずにその緊張の中にいたはずなのに、その時なんで自分が船の中を振り返ったのか、それはたまたまで何かが気になったとかではないはず。
振り返ったのは一瞬で、船の中はいつもと変わらなかったはずなのに、意識する前に自分の口から「ディノがいない」って言葉が出た時に、多分一番驚いたのは自分だった。

横にいたジョンハンがその言葉に物凄い勢いで振り返って、それからその場にいる全員を数えはじめた。
多分ミンギュやウォヌの方が、早かったはず。

「スングァニは?」

姿が見えないとウォヌが言えば、「あいつは奥に押し込んだ」とミンギュが答える。
バーノンが走った。スングァンと一緒にそこにディノがいることを確かめに行ったんだろう。すぐに戻ってきて「大丈夫」って聞けると信じてたのに、戻って来たバーノンが口にしたのは「いない」って言葉で。
まだ船が飛び立ててない状態で、状況もどっちに転ぶかも判らないなか、大声でディノを呼ぶ訳にもいかなくて。

物凄いゾッとしたのを覚えてる。次の瞬間、反対側のドアからディノが入って来なければ、どうしても耐えられなくてディノの名前を叫んでいたかもしれないほど。
その思いは同じだったのか、「なにやってんだよッ」ってジョンハンがディノのことを捕まえて問いただした。でもディノの手には武器になりそうな長めの棒とかがあったから、それをわざわざ船の外にある倉庫に取りにいっていたんだろう。

「なんでお前が、そんなこと」

ジョンハンがディノの手からそれらを取り上げて、「お前がヒョンたちの目につくところにいてくれないと、ヒョンたちが安心して戦えないだろ」って言いながら、ディノを抱きしめた。

「飛べるッ! みんなどっかに掴まってッ!」

もしもジュンがそう言わなければ、ジョシュアはディノに向かって「何やってんだよッ! バカじゃないのかッ!」って叫んでたかもしれない。
誰も怒鳴ったことなんてなくて、諭したり苦笑しながらも丁寧に何かを教える感じで、いつだって優しいと思われていて、自分だってそれをちゃんと認識してるのに、それでも思わずジョシュアは堪らなくなったから。

爆発的に心の中を何かに支配される感覚ははじめてで、それだけディノのことを特別だと思っていたのかもしれない。
それはディノだけなのか、その後しばらくは、ジョシュアは黙って1人ずつ心の中に浮かべて考えたほど。
別に大切な存在ができたことが悪かった訳じゃない。それは嬉しいことでもあったはずだから。でも平穏に過ごすためには、何かが起きた時のことをもっと真剣に考えておく必要があると気づいただけ。
それこそ96ラインの4人のように、なんでも器用にできる訳でもないから。
ジョシュアからも、ディノには言い含めた。「俺はだって役に立つよ」って言うディノに、「そんなのは判ってる。でも」って。
それからはより増してマンネラインは固まって行動してた。それも95ラインだけじゃなく、ほぼ全員が同じようなことを言ったからだろう。
ウジが最初の汽笛を作ったのもその頃だった。何かあれば鳴らすから、そうしたら3人で固まることっていうのが最初の約束事だった。それが少しずつ変わってきたのは、かろうじて飛んでた船が着陸も離陸も問題なく熟せるようになったからだろう。

行動できる範囲が広がれば、当然ながら危険も増えたから。
一緒にいることで家族になるのなら、船の中で彷徨ってた時間は、短いようでいてやっぱり長かったんだろう。

自分たちが戦うことなんて滅多にないはずだから......。そんなことを言いながらも、いざって時のためにジョンハンと一緒に作った武器は、本当にいざって時のためだったから結構な脅威になるものだったけど、誰かを傷つけたとしても守りたい存在ができてしまえば、躊躇いはなかった。

でもどんなに対策をしたって、いざって時にディノはやっぱり動こうとする。それが、自分にできることを探してのことで、自分にはこれぐらいしかできないと思ってるからって気づいた時にはもっと愛しくなって、ただ同じ船に乗り合わせただけなのに、いつの間にか大切になっていて、それは不思議な愛情にまで育ってた。
それはディノが見せる優しさや、気遣いや、頑張りに、気づかないうちに自分が救われていたからかもしれない。
ディノが頼ってくれるのもまた、自分が何かできてると思わせてくれてるってことにも気づいたから。

そんなことに気づいてしまえば、小さな衝突はあってもそれが大きくならなければギスギスもしないのは、そこには優しさがあって、気遣いがあって、どうせなら笑って過ごそうっていう明るいエネルギーがあって。

やっぱり救われてるのは自分たちの方だって判ってるのに、95ラインのヒョンたちがいてくれるから......だなんて言葉を皆がくれたりする。
そんなの、愛さないはずがない。
大切な存在に、ならないはずがない。
差し出せるのなんて優しさしかなかったのに、何もしなくても優しい気持ちになるようになってみれば、弟たちは平気で「ヒョンたちはもうあっちでワチャワチャしてていいよ」とか、95ラインの3人を邪険に扱うようにもなっていたけど............。

自分の知ってることなんて僅かだけれども、それでも何も知らない弟たちに少しでも何かを教えようと思ったのは、何もできないからこそ自分ができることは何でもしなきゃと思ってるディノに、お前はなんだってできるんだよって教えたかったから。
午前とか午後とか、言葉では当然理解してるのに、メモに書いた文字は読めなかったディノは、頼まれたことは全てを覚えようとしてた。

船になんて乗らなければ、学校に今もちゃんと通っていたかもしれないスングァンやバーノンも誘って、勉強をしようと言えば、楽しそうだからと参加したいと手を挙げたのはジュンだったけど。
でもその意図も、すぐに判った。
ジュンに誘われて一緒に勉強をはじめたディエイトが一番、学ぶことに熱心だったから。
嬉しそうにしながらもすぐに我慢ができなくなるディノや、「俺、やればできると思う」とか言いながらもやろうとしないスングァンだとか、熱心そうに見えてすぐに寝ちゃうバーノンだとか。そんな3人にジョシュアが説明する言葉を、ディエイトは何一つ聞き逃すまいって感じで必死に聞いている。
でも特に質問するってこともなくて、長時間じっとしてることが苦手なマンネラインに苦笑しながらも「じゃあ今日はここまでにしよう」って言えば、ディエイトはそっと離れて行く。
そっと離れて行く理由が、今教えてもらったことを一つたりとも忘れないようにするためだとは、後から知ったけど。

何でも聞いていいよと言っても、ディノは判らないところが判らないと言うし、スングァンはいつの間にか可愛らしく、シュアヒョン今日はこれぐらいに......とか言うようになるし、バーノンは判ってないようでいて案外判ってるのに、頭の中で色んなことがつながるまでに物凄い時間がかかるようで、急にテンション高く判ったっていう内容が3日前に教えたものだったりして、マンネラインの3人は良い意味で自由でそれぞれ違った。
そんな横で、いつも必死に本に齧りついてたのはディエイトで、マンネラインが揃わないことの方が多くなったってもディエイトだけはいつだってそこにいた。

それは何の意図もなく、ただ普通に「何か質問は?」って言っただけなのに、ディエイトが思った以上に真剣な顔で声で、「なんで、色んなことを教えてくれるの? なんでそんなに優しいの? なんで、俺にも優しいの?」って聞いてきた。

物凄く切実に見えて、それはきっとディエイトにとっては物凄く大切な何かだったんだろう。
それは少しだけ昔の自分を見てるようでもあったかもしれない。
あの時の母親は、そんな気持ちだったのかも。
知らずに口を出てたのはだから、「カワイイなぁ」っていう言葉だった。

ディエイトは自分は可愛くないと言うけれど、「いや、お前だってカワイイよ。全然カワイイよ」って力強く言えば、困ってた。

「誰かを大切にするのも、親切にするのも、教えるのも、全部自分のためなんだよ。俺が幸せになるためだから」

きっとそんなことを言われても、生きるのに必死だったディエイトにはまだ判らないだろう。昔の自分が何も判っていなかったように。だからって今の自分が何もかも判っているかというとそうでもなくて、まだ判り始めたばかりで。

「いいんだよ。こういうのは、そのうち判るようになれば」

自嘲も込めてそう言えば、ディエイトは曖昧に頷くだけだった。
でも文字が読めるようになれば、ディエイトは船の中にあった文字という文字を、果ては缶の後ろの注意書きまで全て読みつくしたほど。
最初は質問なんてほとんどして来なかったのに、気になることは全部聞くようになってみれば、ディエイトの探求心は底がなかった。

気づけばディノの笑い声が、船の中にいても外にいても聞こえるようになっていて、いつだってその声につられて笑顔になって。
スングァンは楽しそうに歌ってた。伸びやかなその声もよく響いて、気づけば幸せな気分になっていて。
バーノンがジャム作りをはじめたのもその頃で、自分にできることを探して取り掛かりはじめたのに、ジャム作りなのになんでかキッチンを爆破しそうになって全員が度肝を抜かれたけれど、優しい匂いはやっぱり幸せを連れてきてくれて。

船の中での暮らしに慣れてしまえば、思った以上に心地よくて、笑ってばかりで過ごしてた。
弟たちが育ったんだから、自分たちだって育ってたんだろう。
気づけば頼られることに負担を感じなくなっていて、何かを決める時に自然と96ラインに任せられるようになっていて、3人でいつだって笑ってた。
一番年上なのに一番年下みたいなエスクプスと、どんな手を使っても勝とうとするジョンハンと、優しそうに笑ってて本当に優しいのにどうしてだかジョンハンと似てるとか言われる自分と............。

陸地に下りる時には、夕やみに隠れて人目のつかない場所に。いつだって飛び立てる準備はして、何かあれば汽笛を鳴らす決め事をして、95ラインと96ラインから4人を選んで人里へとおりることにして。
何の問題もない時もあれば、ただ見知らぬ人間ってだけで追われる時もあれば、時には船そのものが狙われることもあった。
それは船に魅力を感じる人間と、空に魅力を感じる人間と、ただただ襲おうっていうだけの人間に分かれたけれど、その対処方法だって経験を積むごとに上手くなっていった。

驚くことに地上から大砲で狙われたこともあった。
ウジの判断力とジュンの操縦力がなければ、その時に撃ち落されていたかもしれない。
だからそれからは、何かあれば全速力でその場を離れることにしようとまた話し合った。
戦うのは船に全員が揃ってない時だけで、基本は敵からも自然からも何かあれば逃げると決めた。

時には船がたくさん下りる街もあって、何も知らなかったのに、少しずつ色んなことを知っていく。なのになんで、空の上だけ時の流れが違うことを知らないままだったのか。
それはあまりにも当然で、話すことのほどでもなかったのかもしれない。
どんな場所でも舐められないようにと、旅慣れた様子を装っていたからかも。

「ヒョン、ごめん」

なんでか、ジュンが謝って来る。だから「なんでお前が謝るんだよ」って頭を撫でてやれば、「だって......」とジュンは下を向いてしまった。
慣れてみればふざけてばかりでいつだって楽しそうに笑ってるけど、誰よりも優しいからだろう。

でももうみんな優しくて、みんな愛おしくて、みんな笑ってて欲しくて。
なのにジュンとディエイト以外の全員が、息を詰めている。ジュンは嘘なんてつかないと知ってるのに、信じたくなくて、マンネラインたちは溜まらずに「絶対ウソだッ」って言い張って、船に乗った最初の頃のように端っこで固まっていたほど。

もう父親にも母親にも会えないのかもしれない。
ひとりっ子だったけど、年の離れた兄弟でもできてたら驚くけど笑う。でも凄い嬉しいんだけど。そんなことを言えば、やっぱりジュンとディエイトは「ヒョンは悲しくないの?」って聞かれた。
哀しくないはずがない。きっと泣くだろうし、耐えられないかもしれない。
でも......。

「オンマがね、俺がもう少し大きくなったら、勉強をし直すんだって言ってたんだ。子どもがいたって自分の夢は諦めないって。だからきっと、自分のために生きてくれたと思うんだ」

優しい母だったけど、強い母でもあったから。
いつだって笑ってたけど、案外妥協とかはしなかった人でもあったから。
ジョシュアと良く似てると、父親はよく笑ってた。
笑顔で色んなことを押し通そうとするところとか。

もう一度母親を抱きしめたい。それはもう叶わない願いかもしれない。
もう一度父親に抱きしめられたい。それはもう、思い出の中にしかないかもしれない。
船の旅の中で成長した自分を見せたい。
何もできない自分が、何ができるようになったかを語って聞かせたかった。
諦めと、でも奇跡のようなことが起きるかもしれない期待と不安と、同じように不安になってる弟たちの心配と、残されるジュンとディエイトの心配と、船を下りる前、ジョシュアにはやることがいっぱいあった。

だからマンネラインのフォローが足りなかったと気づいた時には、もうディノは飛び出してった後で、バーノンもスングァンも必死に山を駆け下りて行った。
大人になってみればきっと、たった3つか4つ下なだけ。
でもまだ幼かった頃の3つ4つは大きくて。
母親の気持ちを推し量るよりもまだ、母親を慕う気持ちの方が大きくて。
家族と会えると強く信じてるマンネラインに、その後の、船に戻ってくる話はできなかった。だけどそのせいでマンネラインは山の中を必死に駆け戻ることになって、スングァンが滑り落ちたと思えば、やっぱり最初から話をしなきゃいけなかったはず。

ディノが駆け戻ってきてから船を出すことになるまでには、それほどの時間はかからなかった。いざとなったらどんな決断だろうとちゃんとくだせるジョンハンがそう決めたのなら、それは最善だったんだろう。
もう何かを言い聞かせる必要も問いただす必要もなく、当然のように信じられる仲間になっていたことを喜べばいいのか。
だからきっと、ジョシュアが考えることもジョンハンは判るだろう。
一瞬でジョンハンの横を駆け下りた。視線が絡んだかどうかも判らない。

「クプスとミンギュが下りてったッ」

そう叫んだジョンハンに、「わかったッ」って叫び返しただけ。
そして駆け下りた場所では、崖ギリギリに船が寄って行くところだった。船からはロープを身体に撒いたホシが身体を乗り出していて、反対側にはディエイトがいて。
それを見ながら、追いついてきたドギョムに言ったのは自分でも不穏だと思える一言だったけど、もしもの時に動けないなら意味がない。

「万が一にも船が落ちたら」

きっとジュンは最後まで船を操縦し続けるだろうし、ウジはギリギリまで見極めるためにその場に居続けるだろうから。

「ジュニのとこには俺が行くから、もしもの時はウジを探して」

エスクプスとミンギュはもしもに備えてスングァンの下にいる。それから離れて、ジョシュアとドギョムは立っていた。もっと船の様子も含めて全体が見られる場所で。

全部が一瞬だった気がする。
ホシがスングァンに向かって突っ込んだのも、そのままスングァンの身体を抱きしめるようにしてその場を離れたのも、ホシの身体に回されていたロープが引かれていくのも、船の反対側でディエイトが降下をはじめたのも。
だけど2人の体重を持ち上げるには、足りなかったんだろう。
ホシの腕の中でスングァンの身体がずり落ちそうになったのも見た。
バランスを保ちながらも船が高度を下げ始める。それはホシとスングァンを地上におろすためかと思ったのに、次の瞬間にはホシとスングァンの身体が引き上げられていく。
見れば船の上にいたはずのウジが、船から飛び降りる勢いで、その身体をディエイトが捕まるロープへと移していた。
そしてウォヌがホシとスングァンとは反対側で、全体重を船の外に出すようにして、必死にロープを引いている姿も見えた。
だから思った以上に早くホシとスングァンは船の中へと吸い込まれるようにして消えてったのに、その分船の傾きは酷くなったかもしれない。
落ちるのかってぐらいに船がその船体を斜めにしたままの状態でおりてきたけれど、船はバランスをどうにか持ち直した。ディエイトと一緒にロープに捕まっていたウジが、その手を離したから。

「ジフナッ」

エスクプスの叫ぶ声がして、地面に叩きつけられるようにして落ちたウジのもとに走る姿が見えた。
でもジョシュアはまだ船から目を離さなかった。
ディエイトがまだ残ってる。身体にはロープを巻き付けていたから、その手を離したって落ちたりはしない。でもディエイトが、どこに隠していたのかナイフを取り出したのが見えた。
確かにディエイトの重さがなくなれば、船のバランスの悪さは一瞬で解消されるかもしれない。「辞めろッ!」って叫んだのはミンギュだった。でもディエイトは迷ったりしなかった。

これがもう少し上空だったなら、船はディエイトの体重ぐらいじゃどうにもならなかっただろうけど、今は地上に近すぎて、少しの不安定さが命取りになりかねないから。
ロープが思った以上に簡単に切られて、ディエイトの身体が重力に引かれるようにして落ちた。もしもその身体にロープが巻かれてなかったら、ディエイトはもっと綺麗に落ちたかもしれない。
船がディエイトの身体がなくなった分だけバランスを持ち直し、空へとあがる。きっと急上昇して急旋回して急降下してくるんだろうって感じの動きを見せたけど、ディエイトのそばにはもうミンギュが駆けていくところだった。

ジョンハンとバーノンが、ジョシュアの横を駆けて行く。
ドギョムがそれを追って行く。
船が戻ってきていた。多分最速で下りてくる。

「動かせるかッ」

ジョンハンの叫び声が、船の音に消されそうになっていたけどエスクプスには届いたのか、エスクプスが手を挙げる。ウジは落ちた衝撃で動けなくなってはいたけれど、手も足も無事だった。
ディエイトは船によって振り回されるようにして落ちたからか、思った以上に飛ばされて衝撃は強かったのかもしれない。それでも腕を庇うようにして起き上っていたから意識もあって、ミンギュに支えられて立ち上がろうともしていた。
2人とも、頭は打ってないという。
だから結局は船に戻ってるはずのスングァンが一番、酷い状況のはず。

船の中には今、ジュンとウォヌとホシとスングァンがいる。
ウジのことはエスクプス支えてて、ディエイトのことはミンギュとドギョムが支えてて、ジョンハンとバーノンもいる。

「ディノ? ディノはッ?」

全員が驚いたようにジョシュアのことを見て、逆にジョシュアが驚いたけど、その視線で自分が思いのか大きく叫んでたことを知る。
船がおりてきたら、全員で乗り込んで空へと飛び立つだけなのに。
見渡しても振り向いてもディノは、どこにもいなかった。

THE END
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