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SEVENTEEN全員でのドラマか映画が見たいな......

君と歩いたこの世界のおわり MYMY 2

注意......

「MYMY」contentsページです。

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君と歩いたこの世界のおわり MYMY 2

「昨日はごめん。言い過ぎた」

謝ったのはミンギュで、謝られてたのはディエイトで。その間で、「そうだよお前は言い過ぎだよ。でもディエイトも許してやるだろ? な? な?」と誰よりも必死なのはドギョムだった。

97ラインの3人は、よくケンカしてる。その分仲直りもしてる。
ミンギュとディエイトは色んなことに自分の美学があるのか、よくぶつかって揉める。
だけど意気投合してることもあるから不思議で、その間に入って苦労してるのはドギョムだったかもしれないけれど、本人はそんなこと気づいてもなく、ただディエイトが「俺もごめん」と言えば、誰よりも嬉しそうに笑ってた。

船の中では、誰もが平然と歩くし、結構揺れてても気にせず眠れるようにもなった。
それは気づけば空に飛び出た日から、数カ月が過ぎた頃。

一番船を器用に操るのはジュンだったけど、それでもエスクプスを含め、ミンギュやジョシュアだって時々は操縦桿を握る。

「嵐に巻き込まれたらトイレはどうするの? 外にあるのに」

そう言って不安がっていたディノもいたけれど、慣れてしまえば嵐は避けられたし、大抵空は穏やかだった。もちろんそれは、空や風や雲を読むウジがいたからでもあった。

「夜はどうするの? 夜中にトイレだって行きたくなるかもよ?」

そう言って不安がってたスングァンもいて、最初のころはエスクプスは夜中にトイレに行きたいと起こされもしたけれど、空の世界では、月明かりがかなり明るくて。

気づけばスングァンも、1人でヒョイヒョイとトイレに行けるようになっていた。

慣れるまでは必死だったけど、慣れてからは、何度か全員で話し合いを持った。
この旅を終わらせるための、話し合い。

ジュンとディエイトは、旅芸人の一座に世話になり、元から色んな土地を流れてきたから故郷と呼べる場所なんてなくて、いつか2人で新しい世界に出て行きたいとも思っていたから、強くそこへ戻りたいとも思っていなかった。それに多分、仲間たちはもう別の場所に流れていったはず。長くても同じ場所に数週間といなかったから。

それでも一緒に旅を続けてるのは、2人しか、帰る場所を特定できる人がいなかったから。
エスクプスをはじめ、自分が住んでる場所が、この広い世界の中でなんて名前の国なのか、大陸なのか、島なのか。そんなことをちゃんと知ってる人間はいなかった。
せいぜいが町の一番端っこで暮らしてる人を知ってるっていうレベルで、もう少し成長したら父親とともに港町ぐらいまでは行ったかもしれないが、それだって誰もが「港町」と呼ぶだけの場所だったから、ちゃんとした名前があったのかも判らない。

でもジュンとディエイトは色んな土地を流れてきて、その町に辿り着く前の行程を覚えていた。大きな教会が立っていた有名な町の名前も、そこから船で3日かけて辿りついた港町から、数日かけて旅をして、たどり着いた町がエスクプスたちが暮らす町だったと。

空を超えて旅をした。
遠くの空や風を読むウジと、どんな嵐だって切り込むようにして船を操るジュンと。そんな2人だって、最初からそれができていた訳ではなくて、当時は風が強ければ流されて、分厚い雲を見つけたらそれから逃げるようにして向かう先を変えて。

そんなことばかりをしてたから、向かう先が判ったってまっすぐに向かえた訳じゃない。
着陸することだって最初はおっかなびっくりな上、「今日はこれぐらいにしとこう」って言いながら、着陸することを諦めること数十回。
船の中の食糧が尽きかけて、もう一か八かで着陸してやっと成功するって感じだったから、今がどこで、向かう先がどこで、あってるかどうかも判らない地図を手に入れること。たったそれだけのことに数週間から数カ月かかって。

やっと大きな教会が立っている町を見つけた時には、空に飛び出たあの日から、1年以上が過ぎていた。
確かその頃、ジャムを作ってたのはバーノンじゃなくてジョシュアだった。
マンネラインの3人は泣くことも少なくなって、毎日楽しそう笑うようにもなっていたけど、それでもまだまだ、幼かったかもしれない。

あまりひと目につかない場所に船を下ろす。
誰に教えられた訳でもなく、それが当たり前になっていた。
空からおりてくる彼らを、誰もが歓迎してくれる訳じゃないってことも、経験して知ったから。

エスクプスとジュンとホシが、町へと降りていく。
普段なら操縦桿を握るジュンが船を下りることは滅多になかったけれど、そこは教会が立っていた町で、それを覚えてたのはジュンだけだったから。

その教会は大きくて、ピカピカしてて、異国っぽくて。
そんな印象が強かったというのに、今は普通の教会に見えた。それほどピカピカはしてなくて。あちこちに大きな建物が立っていたからか、それほど目立ってもなかった。

教会の前には大きめの広場があって、そこにサーカスはテントを張ったはずなのに、広場なんて見つけられないほどたくさんの小さい店がそこにはあって、市場か何かなのか、多くの人たちがひしめき合っていた。

船で待つ仲間たちのための買い物をしながらも、港の場所と、その港から出る船について調べて回った。
ジュンは当然のように、サーカスが向かった次の町を訪ねたというのに、サーカスそのものを覚えてる人の方が少なかった。
もう1年以上も前のことだからかもしれない......とは思ったものの、話を聞いたうちのおじさんが一人、「サーカスなんて、俺が子どもの頃に来たのが最後じゃないか?」って言った一言が気になった。

それでも、それはそのおじさんの記憶なだけ......と信じてたのに、ピカピカだったはずの教会が今はもうピカピカではなかったことも、気になってしまえば堪らなくて、とうとう近くにいたお店のおばさんに、「あの教会の前に、大きな広場がありましたよね? 1年ぐらい前には」って聞いてしまった。

でも返ってきたのは、「そんな訳ないよ。この店をここに出してから、20年は経つんだから」と自慢げにおばさんは答えてくれた。
もしかしたらサーカスの時だけ場所をあけてくれたのかもしれない。そう願って、「1年ぐらい前に、この広場にサーカスが出たはずなんだけど」と訪ねたというのに、「サーカスなんて、もう何十年も見てないねぇ。流行りが変わったのか、最近流れてくるのは、芝居小屋ばかりだし」と言う。

でもまだ信じられなくて、「ここと同じ教会が、別の場所にもあるとか」っていう最後の願いを口にして、そこにいた人たちに笑われた。あれはここにしかない特別な教会で、できた当時はピカピカだったけど、今はもう大分落ち着いてその代わりに威厳を放っているという。

「ジュナッ」

ピカピカだったはずの教会を見上げていたら、大分先に進んでたエスクプスが呼ぶ声がして、現実に呼び戻されたジュンだった。
でも何が現実なのかは、判らなくなりかけていたけれど.........。

港から出る船の航路は3つあった。それぞれの向かう先も判った。新しく、この辺の地図も手に入れた。船の扱いも慣れた頃だったから、これで後は順番に航路の先の町を3つ回れば良いんだと、エスクプスもホシも喜んでいたけれど。

「この航路は、もうずっと昔から、同じですか?」

港に行く道を教えてくれた人にそう聞いたのはジュンだった。まだエスクプスもホシも、その意味も理解してない頃で、「お、ナイスなこと聞くじゃん」と喜んでいただけだったけど。

「もしもサーカスがこの街に来たとして、次に向かうとしたら、どの航路が一番可能性が高いですか?」

そうもジュンは聞いた。当然エスクプスもホシも、「お前凄ぇな」と喜んでいたけど。
その聞き方の意味にも、気づいてなかっただろう。

航路については、「自分たちが子どもの頃から一緒だ」と答えてくれたけど、その人はまだ若く、もっと年老いた人の意見じゃないと役には立たないだろう。それからサーカスについては、一番人が多いという航路を教えてくれた。あぁでもそれもきっと、役には立たないだろう。

この街はもう、ジュンが訪れた頃の街じゃない。
それに気づきはじめたのはジュンだけで、確信のないまま、それを口にすることも憚られて、帰り道。前を行くエスクプスとホシが楽しそうに話すのを見ながら、何も言わずに歩いたジュンだった。

「ごめん」

船に戻れば今度は謝ってるのはバーノンで、「俺が悪いのは言われなくても判ってるよ」って謝られてるっていうのに拗ねてるのはスングァンで、「ボノニヒョンも謝ってるんだから、許してやりなよ」って宥めてるのはディノだった。

マンネラインの3人は、それこそよく衝突する。
それでも怖がってるのか寂しいからか、どんなに衝突したって3人でくっついて眠ってる。

スングァンには姉が2人いて、可愛がられて育ったからかベッタベタに甘えたがり。
バーノンには妹が1人いて、その妹を可愛がる変わりなのか、スングァンには甘い。
一番マンネなディノには弟が1人いて、だからかしっかりしてて、頑張り屋で。
3人とも最初は帰りたいと泣いてばかりいたのに、今では笑って、帰った時には色んな冒険の数々を、姉や妹や弟に聞かせてやるだと、楽しそうに笑ってた。

ミンギュには妹がいて、生意気だけど可愛いんだと教えてくれた。
ドギョムには姉がいて、ケンカばかりしてたというけれど、きっとドギョムのように優しい人なんだろう。

ジュンはみんなから聞いた、親兄弟のはなしをたくさん思い出して、哀しくなった。
自分が気づいた事実が本当だったなら、兄弟にはもしかしたら、ギリギリ、会えるかもしれないけど............。

初めのころは、よく泣いてたマンネたち。夢を見て飛び起きた時には、それはそれは哀しそうに、「オンマ」って口にして泣いていたはず。
元気によく笑うようになった今だって、何かトラブルがあってテンパると、スングァンなんかはよく「オンマーッ」って叫んでる。

ジュンには親兄弟なんていなかった。強いて言えば一緒に育ってきたディエイトが家族と言えたけど、ディエイトは今も一緒にいるから、失うものなんてない。

「どうした?」

船に戻れば、エスクプスとホシの荷物を皆が楽しみに待っていて、街がどんな様子だったかも楽しそうに聞いていた。問題なさげなら、明日から少しずつ順番に、皆が街に出られるからだろう。

それなのにジュンに「どうした?」と声をかけてきたのはジョンハンで、何から言えばいいのか、何を言えばいいのか。何もかも話すには話が膨大すぎてまとまってなくて。ただの印象を延々と話し続ける時間は多分なくて。

次の日。エスクプスとミンギュとドギョムとバーノンが出かけて行った。
午後からは、ホシとウォヌとジョシュアとスングァンが出かけるという。

だからその間に話そう......という話になっていたのに、結局そんな時間は取れなかった。
それは見知らぬ人たちが、船に近づいてきたから。
空の上にいたって陸地にいたって、基本ウジは船からは降りない。いつだって警戒を怠らないからなのか、案外そこが居心地良いと本気で思っているかは判らないけど、大抵の場合、異変を一番に察知するのはウジだった。

「スニョアッ」

小さいけれど、それは緊張感を孕んだ声だった。
いつもなら「ぉ~?」ってのんびりとした返事をするはずのホシが、掃除でもしようかって顔をしながらも、いざとなったら武器になるデッキブラシを持って、出て行く。
いつもと違うと気づいたのは、そんなホシが「ジュナ」ってジュンのことを呼んでから出て行ったから。

名を呼ばれれば、ジュンはいつもの癖で操縦席に戻り操縦桿を握る。
それからジュンは、伝声管に手を伸ばして「ハオ?」と落ち着いた声を出せば、案の定エンジン室からほぼ出てこないディエイトの、『いるよ』とだけ声が戻って来る。

何かあればいつだって飛び立てる。
でもその体制を整えてから、今は飛べないことに気がついた。
だって今船の中には、エスクプスとミンギュとドギョムとバーノンがいないから。

空への憧れからか、船を狙う人たちは、少なからずいた。
船の中にあるものを、狙う人たちもいた。
自分たちがそうだったように、ただ興味本位で近づいてくる人たちもいた。
真っ正面から、乗せて欲しいと言ってくる人たちもいた。
ただ一度でいいから乗ってみたいって人もいれば、一緒に連れて行って欲しいって人まで。

誰にとっても空は、なんだかカッコよくて、自由っぽくて、憧れなのかもしれない。

その時にはもう、船の中にいた他の面子だって、異変に気づいていた。
何も声なんてかけられてないのに、ウジやホシの様子だけで察したジョンハンとジョシュアが、そうと悟られぬように動いたからだろう。

「ダメだ」

ジュンは小さく呟いただけなのに、それもちゃんと聞いていたのはジョンハンで。
何も言わず、首を傾げて『どうした?』と訪ねてくるのに、「ダメなんだ。今は飛べないんだ」と言えば、「ウジやッ。今は飛べないッ」とジョンハンが叫ぶ。

いざとなれば、飛んでしまえ......と思っていて、これまでだってそうやって色んな危険なことから逃れてきたというのに。

「チッ。ヒョンッ。一番タチが悪い奴らだッ」

ウジが舌打ちしたと思ったら、そう叫んだ。見ればこっちが気づいたことに気づかれたのか、船に向かって走ってくる男たちの姿が見えた。

船そのものを奪おうとしているのか、武器を手にはしてたけど、それは船そのものを壊せるタイプのものじゃなくて、どちからというと接近戦向きのものばかりだった。

「ハオッ。接近戦だ出てこいッ。スングァナッ、お前が操縦桿を握れ」

ジュンはそれだけ言うと船の外へと走り出た。
飛べないなら戦うと決めたんだろう。

「お、俺? な、なに? 無理だよ? 俺飛ばせないよ? 浮かせることだって無理なのに」

突然操縦桿を任されたスングァンが慌てていたけれど、「だからお前なんだよ。いいか、もしも誰かが中に入ってきたら汽笛を鳴らせ」と言い聞かせて、ジョンハンも走っていく。船の外へではなく、中へだったけど。

「チャナッ。後ろを見てジフナをフォローしろッ」

船の奥からジョンハンがまた叫んでる。その間にも日頃はエンジン室からほぼ出てこないディエイトが、両手に鋭い何かを持って出て行った。
きっと日頃はエンジン室で使うものだろうが、なんだかディエイトが持つと剣のようにも見えなくはない。

「ホシとウォヌは船に人をあげるなッ」
「あいよッ」

ホシが自分の持つデッキブラシをウォヌに投げて渡せば、「デッキブラシの替え、ないけどいいの?」って謎な心配をしてるウォヌがいた。

「いい。思いっきり振り回せ」

それに冷静に答えたのはジョシュアで、優しそうに見えて覚悟を決めたら一番強いかもしれないその人の手には、どこから取り出したのか弓矢っぽい武器があって、でも先には布が巻き付けてあった。

指示された通りにスングァンは操縦桿を握りつつも、そんなジョシュアの様子を視線で追っていて、「ハ、ハニヒョン? シュ、シュアヒョンも、ほ、本気?」って驚いていた。

日頃から豪快なジョンハンに、いざとなったら無敵っぽくなってしまうジョシュアが2人してタッグを組めば、向かうところ敵無し......って感じになってしまうとは判っていても、目の前の光景が信じられなかったのかもしれない。

船の奥から走り戻って来たジョンハンが取り出したのは油で、ジョシュアが準備した武器の先にある布にそれを振りかけたかと思ったら、当然のようにそれに火をつけたから。

それはもうどこからどう見ても完全に武器で、攻撃は最大の防御とは確かに言うけれど......。

「ジュナッ。避けろッ」

ジョンハンが叫ぶ。その横で、ジョシュアが何の迷いも見せずに弓を引き、その手を離した。
火がついたそれは、空を切って飛ぶ間もその勢いで消えることはなく、襲って来た男たちを怯ませた。そこにジュンとディエイトが襲い掛かるし、ジョンハンとジョシュアはそれこそ躊躇なくじゃんじゃんと火を飛ばしまくるし............。

それでも全部で何人いるかが判らず、またバラけられて船の後ろに回られたら、形勢は簡単に変わるだろう。

「スニョアッ! そっちに行くぞッ!」

船の上からウジが叫ぶ。全体を見てるウジの声に従って、ホシが動く。
デッキブラシはウォヌに渡してしまったから、ホシが手にしてたのは網だった。それは船外に置いた荷物をまとめておくためのもの。それをただ、船に手をかけた相手に向かって投げかけるだけっていう地味な、でも確実に足を止められるもの。

「ヒョンッ! こっち、こっちからも来るッ!」

そう叫んだのはジョンハンから後ろを見ろと指示されていたディノで、その声を聞いて走ったのはウォヌだった。

「こっちは俺がどうにかするからッ。チャナッ、下がれッ!」

なんだかんだとあちこちで、誰もが必死な中、すべてを切り裂くように響いたのは船の汽笛だった。
当然それを鳴らしたのは舵を任されていたスングァンで、船の中に誰かが入ってきたら汽笛を鳴らせとジョンハンから指示された通りに鳴らしたんだろう。
そこまでは絶対に、誰一人として行かせないと思っていたというのに......。

「シュアッ!」

ジョンハンが船の中を振り返りながら叫べば、「行けッ!」とジョシュアも叫び返した。 

それでなくてもスングァンは怖がりで、誰かと戦ったりなんて無理なことは最初から判ってて、だからこその配置で、絶対に守られる場所に置いたはずなのに。

「ぅわぁヒョンッ! ハニヒョンッ! ボノナッ!」

ジョンハンが船の中に飛び込む前には、スングァンの叫び声が聞こえてきて、汽笛が鳴り続けていた。
逃げればいいのに、怖すぎてもう舵を握りしめたまま動けなくなっているんだろう。
それでも咄嗟に自分の名を呼ばれたことが、嬉しかったジョンハンだった。
だって最初の頃は船が揺れるだけで、スングァンは泣きそうになりながら「オンマ~」って言ってばかりだったから。誰かとケンカしたって、誰かに泣かされたって、特に何もない日だって、船の中から色んな陸地を見たけれど、あれは自分たちの住む町だと勘違いしたことが何度かあって、その時はおいおいと泣きながら、ずっと「オンマ」って言っていたから。

だからやっと、何かあった時に自分の名前を出してくれるようになったことが、嬉しくて。
ちょっとだけニヤリとしつつも勢いはそのままに船内に飛び込めば、そこにはスングァンと対峙した少年がいた。
子どもだったからこそ、このどさくさに紛れて船に上がって来れたのかもしれない。
でも手には小刀のような刃物を持ってもいて、それがスングァンに向けられていた。
相手は子どもと言えども外にいる男たちと関係があるのかもしれないし、何よりスングァンにそれが向けられているなら、ジョンハンにとっては排除すべき存在で、子どもと言えども油断したりはしない。

操縦桿を握っているのがジュンならば、そこらにある椅子を投げつけてジュンに「避けろ」と言うだけですんだけれど、下手をすればスングァンに当たる。
それでも威嚇には使えるだろうと、近場にあった椅子を手にして、一歩進んだ時。

「スングァナッ!」

ジョンハンとは反対側の入り口から飛び込んで来たのはバーノンで、その勢いのまま、バーノンは子どもを掴んで船の外へと引きずり出した。

「ボ、ボノナ............」

スングァンは腰を抜かしたかのように座り込んでいたけれど、バーノンがいるなら、一緒に出てたはずのエスクプスやミンギュ、それにドギョムだって近くにいるんだろう。

「ジュナッ! 戻れッ!」

ジョンハンが叫ぶ前に、そう叫んだウジの声が聞こえてきて、「スニョアッ! 全員乗船させろッ!」とも叫んでた。

船外に飛び出たとの同じ勢いで、船内に飛び込んで来たのはジュンとディエイトで、「ハオッ! すぐに出るぞッ!」とジュンが叫べば、ディエイトが何も言わずに船の奥へと消えてった。
きっとディエイトのことだから、エンジンを止めたりはしてないはずで、思った以上の速さで船は飛び立つことだろう。

「ジョンハナッ!」

外からジョンハンを呼ぶエスクプスの声がして、見ればミンギュと一緒に、ジュンとディエイトが消えた穴を埋めてあまりあるほど、暴れてた。当然のようにジョシュアは遠慮もクソもなく、火のついたそれを放ち続けてた。

「ドギョミをフォローしろッ!」

エスクプスがそう叫ぶから辺りを見渡せば、買いこんだ荷物を抱きかかえたまま、逃げながらも船に近づこうと頑張ってるドギョムがいて、ジョシュアがそれを見つけて、当然のようにドギョムの周りに火のついた矢を放つ。ただしジュンやディエイト、エスクプスやミンギュと違って、ドギョムはその火に驚いて足を止めたけど......。

「わぁぁぁぁぁぁッ! シュアヒョンッ! 俺が燃えるじゃんッ!」

誰よりも驚いて、賑々しく叫びながらドギョムが火を避けるのに必死で船になかなか近づいてこれない事態に陥っていた。

そこにバーノンが軽く飛び出していく。操縦桿を握るジュンの横にスングァンがいることをジョンハンだって確認していたから、そこはもう大丈夫だと思ったんだろう。

「ヒョンッ! 荷物ッ!」

バーノンのフォローで、荷物が甲板に押し上げられれば、気づけばいつの間にか降りてきたのか、ウジがそれらを船の中に押し込んでいた。
そうこうしてる間にも、船が浮かびはじめた。飛びあがってしまえば、後は早い。
今ではジュンが、どんな状況でも巧みに船を操ったから。

ドギョムが一番に船にあがり、バーノンがそれに続く。

「戻れッ!」

ジョンハンがそう叫べば、エスクプスもミンギュも船に向かって走り出す。

「ヒョンッ! あがられちゃうよッ!」

ディノの声がした方を見れば、確かに船にしがみつこうとしてる男たちが見えた。

「いい、無理するな。後で空から落とせばいいからッ!」

その言葉にディノも驚いたけれど、今まさに船に手を伸ばしかけた男たちもまた驚いて、怯んだからか動きが鈍る。そこにすかさずウジが、鳥を脅かす為ようの爆竹を大量に振り撒いて、さらに男たちを怯ませていた。

「ジュナッ! 行けッ!」

そうウジが叫ぶ。エスクプスとミンギュが船にあがったのを確認したからだろう。

「全員いるかッ?!」

ジョンハンがそう叫べば、ジョシュアが「95ラインは全員いるッ」と叫び返して、それに倣うかのようにホシが「96ラインも大丈夫ッ! 見えてるッ!」と叫ぶ。そこにドギョムが少し慌てたように「97ラインはミンギュと俺しかいないよッ」って叫んだけれど、ジュンがすかさず目の前の伝声管に「ハオ」と言えば、そこからはちゃんとディエイトの声で「いるよ」と返事があった。

最後にはディノが、「マンネラインも全員いる。大丈夫ッ!」と叫んだ瞬間、船が驚くほどに加速した。

「捕まれッ! 落ちるなよッ!」

そう叫んだジョンハンだって必死に何かにしがみついていた。遠くの方ではディノの叫び声が聞こえていたけれど、そんなディノのことはウォヌがしっかりと捕まえていた。

かなりの加速で飛び立ったのは、しょうがなかった。船を狙ってた男たちは船を奪いたかったからこそ船には手を出さなかったけれど、飛び立たれてしまえば、今度は逃げられるくらいならと船を落とすことを考えるかもしれないから。
どんな武器があって、その武器の射程距離が判らない以上、逃げるならそこからどれだけ早く離脱するかにかかってる......。

飛来物がないかを目視で確認する。その間にウジは空を読んだのか、「ジュナッ! 左斜め上、雲の切れ間に入れッ!」と叫んでて、ジュンは言われた通りに舵を切る。

視界を遮る雲の中に飛び込んでしまえば、無事に逃げられる確率があがる。そのまま気流にでも乗れれば、船の速度は増すだろう。

速度は上がったものの船は安定し、全員が船内に戻ってきて落ち着いたのは、それからしばらく経ってからだった。

「お前がいて何やってんだよ。全員揃ってない中、なんで戦ってんだよ。一旦空に逃げるとかあっただろ」

エスクプスがジョンハンに詰め寄ったけど、それに対して「ごめん、俺が飛べないって言ったんだ」と謝ったのは、操縦桿を握って前を向いたままのジュンだった。

ジュンの言葉を聞いて、ジョンハンは理由も聞かずにウジに向かって「今は飛べない」と叫び、それを聞いたウジは戦うことを覚悟したし、ジュンとディエイトはさっさと接近戦に出て行った。

誰もその場で何も聞かず、よく戦った方だと思う。
ジョンハンが「の、乗り切った~」と言いながら、床の上に倒れこんでいた。軽い感じの言い方だったけど、正直エスクプスたちが戻ってくるまでにまだまだ時間がかかれば、どうなっていたかは判らない。
でも飛べない以上、戦うっていう選択肢しかなかっただけ。

「飛べなかった理由は?」

エスクプスが問う。
一瞬そこに全員いることに、ジュンは迷ったけれど、いつかは全員が知ることになるから......。

「どれぐらい飛んだら、どれぐらい地上から離れたらかは判らないけど、流れてる時間が違うんだと思う」

ジュンはそう言っただけ。
何を言ってるのか意味が判らないって顔をして、でもまだ何か説明が続くんだとその先の言葉を皆が待ってる中で、ウジが真っ先に「証拠は?」って口にした。そしてジョンハンが「昨日出掛けた先で、何を見つけた?」って続けたから、2人は少なからず理解したんだろう。

それから、操縦桿を握ったままのジュンが、ポツポツと昨日見て、聞いて、そして感じたもの全てを語ってくれた。

その場にいないのはディエイトだけで、でもディエイトだって伝声管超しに話を聞いていただろう。

1年ほど前に見たときには輝いてたものが、歴史を刻んだかのようにそこにあったって話は、見てないだけに簡単には信じることができなかったかもしれないけれど、全員の中に染み込んでみれば、待つ人のいないジュンとディエイト以外は絶対に信じたくない話だったんだろう。

「嘘だッ! 嘘つくなよッ!」

最初にそう叫んだのはスングァンだった。
絶対に帰れると、会えると信じてるからこそ乗り越えてこれたのに、帰り着いた先に会いたい人がいないなんてことは、信じられるはずがない。

「どれぐらい? どれぐらい時の流れが違うの?」

いつもは落ち着いていて、誰かを宥める側のジョシュアがそれを問うのは、ジョシュアだって会いたい人がいるからだろう。いつだって誰かに「大丈夫」って言いながら、心の中では自分だってそれを信じて乗り切ってきたはずだから。

「この町にサーカスは、もう何十年も、来てないって............」

ジュンが前を向いたまま呟くように口にしたその言葉の意味が、全員に浸透するまでどれぐらいかかっただろう。
ずっと誰も何も言わなくて、そのうちスングァンが泣き始めて。

「でも、戻ってみないと、判らないよそんなの」

そう言ったディノの言葉に、縋る人間もいなくて。
こんな時、この船は13人には不自由すぎたかもしれない。
1人になって考えたくても、完全に1人になれるような場所は、なかなかなかったから。

エンジン室から滅多と出てこないディエイトが、気づけばジュンのそばにいた。
見渡す限り空の中、ディエイトがジュンの肩に手を置いて、「俺たちの方がマシなんてこと、滅多になかったのにね」と言うから、一瞬で色んなことを思い出したジュンだった。

気づけばお互いしか大切なものがない人生だったから、盗まれて困る財産だとか、邪魔なだけだろうけどきっとあれば幸せだったんだろうなっていう家族とのしがらみだとか、夢なんて見る環境になかったから夢破れることもなかった人生は、きっと普通とはかけ離れたものだっただろう。

だけどジュンにはディエイトがいて、ディエイトにはジュンがいたから。
きっとそれは、2人にしか判らない。幸せな人生だったかもしれないから。

一番最初に立ち直ったのはジョンハンで、その次はウジだった。ジョンハンがエスクプスとジョシュアを連れて、それからウジがホシとウォヌを連れて戻ってくるまで、結構長い間、ジュンとディエイトは2人で不自由すぎる船の中で昔を思い出していたかもしれない。これまで生きてきた場所に比べれば、この船の中は驚くほどに広くて、夜になれば外から鍵を閉められることもない。それこそ大きくなってからは手足を伸ばして寝ることにも不自由して、でも寒さを耐え凌ぐには1人では寝られなくて。どんなことだってできるようになった代わりに、不出来だと叩かれ続けて出来た傷と痣。お互い庇えば傷と痣が倍に増えることを知っていたから、助けてもやれなくて。それが普通だった生活が終わってみれば、そこには驚くほどの自由しかなかった。

きっとこの自由は、ジュンとディエイトにしか判らないだろう。
搾取されない人生の、寒くも痛くもない人生の、帰りたい場所なんてない人生の、自由は。

皆が集まってきたからか、ディエイトがジュンの肩をトントンと叩いて、エンジン室へと戻っていく。

「誰にも言ったことはなかったけどさ。みんなのことを帰りたい場所に送り届けたら、俺たちはこの船を貰って、旅を続けるつもりだったんだ」

ジュンが操縦桿を握りしめたまま、前を向いたままでそう言うのに、「そんな気はしてた」と言ったのはジョンハンで、そこにいた全員が頷いていた。
もとより、サーカスは移動していくものだから、同じ場所に1年も留まっているはずもない。
色んな技は覚えて便利使いはされていたけれど、それでも主要メンバーってほどでもなかったはずだから、逃げ出したと思われて、捨て置かれて終わりだったはずだから。

「事実かどうかは、俺たちが帰ればわかる。だからやっぱり、とりあえずは帰ろう」

話し合いというほどの話し合いもしなかった。ただエスクプスがそう言って、「そうだな」ってジョンハンが答えたぐらい。

空の上を優雅に船は進んでいたけれど、気持ちは焦っていたかもしれない。
あの教会があった街から出る船の航路は3つもあったし、それも昔からずっと同じなのかどうかは判らなかったし、恐らくその1つは皆が暮らしてた町に通じる航路だろうけど、もう1つはジュンやディエイトたちがほかの町からやって来た航路だったはずで。

だから結局、「あの山を覚えてるッ」ってミンギュが船から身体を乗り出して叫ぶその時までには、さらに2ケ月ぐらい、過ぎていた......。

最初に船を降りて行ったのはディノだった。
船が地面に着くよりも前に飛び出して行った。

「あいつ、俺たちにサヨナラも言わなかった」

ボソリと呟いたディエイトを見れば、ディノの背中を見ながら優しく笑ってた。
いくらここが懐かしい場所だからといったって、やっぱり船は人がいない場所におろした。それはもう決まり事だったから。

だから道なき道をディノは駆けて行くんだろう。
懐かしい道や、懐かしい景色や、懐かしい家は、ディノを優しく迎えてくれるだろうか。

船がちゃんと地面に着いてから飛び出して行ったのはスングァンとバーノンで、「行ってくるッ」ってスングァンは叫んで行った。それはまるでこれまでと同じような感じで。だからついつい、「いってらっしゃい」っていつもみたいに送り出してしまった。

ジュンもディエイトも、船に残ることが多かったから、それは本当にいつもと同じ景色だったから。

ミンギュとドギョムは、船から降りる前にディエイトのそばに来てくれた。
3人でよく笑ったし、ケンカもしたし、バカみたいなことで言い合って、時々楽しく歌ったり踊ったり。そのテンションが謎に高すぎてヒョンたちからは3人でコッソリ酒を飲んでるんじゃないか疑惑も持たれたりもして。

振り返ってみれば楽しい思い出しかなくて、これが最後なら、言わなきゃいけない言葉はたくさんあったはずなのに、3人とも何も言えなくて。
ドギョムがディエイトをギュッと抱きしめてきて、その上からミンギュがさらに抱きしめてきて、ディエイトだって2人のことを抱きしめ返して。

3人の別れは、それだけだった。
ドギョムが船を降りて走ってく。ミンギュは船の外には降りたものの、振り返った。
多分ウォヌを待っているんだろう。

ウォヌはジュンの前に来て、「ジュナ」って小さく呼ぶ。
そう呼ばれるのが好きだったから、「ん」って言えば、どんな時にも落ち着いて見えていつだって冷静に見えるのに、実際にはわちゃわちゃしてて怒ったり笑ったり叫んだり泣いたり。たくさんの感情を見せてくれたウォヌが、堪えきれない涙を零して、不細工な顔で泣いていた。

「お前不細工になってるぞ」

笑って言えば、拳で胸を殴られた。痛くはなかったけど。

その後ろにはウジとホシがいて、ホシが嬉しそうに笑って「クユズ揃ったじゃん」と言う。
最初の頃、その言葉になんの意味があって、何がそれほど嬉しいのかも、ジュンは全然判らなかった。
でも少しだけ、ほんの少しだけ今ならその言葉が持つ意味が判って、そしてジュンもまたその言葉が好きで、なんとなく自慢で、嬉しくて。

「泣けよお前も」

ウジが目を真っ赤にしながらジュンに詰め寄って来て、そのまま抱きついてくる。
でも泣かないって、笑って別れようって決めていたから。

「ウジの言うままに飛べば、どんな無謀な指示でも、いつだって怖くなかった」

そう言えばウジが「当然じゃん」と言いながらボロボロと泣く。

「ジュナッ! ジュナッ! ジュナーッ!」

その後ろではホシがテンション高く叫んでて、ウォヌから「クマネ」と止められていたし、ウジから本気でグーパンチを食らっていたけれど、ホシは最後までテンション高く楽しそうに叫んでた。

「俺は行くな。ミンギュを待たせてるから」

そう言ってウォヌは船を降りてった。
振り向きもせずに、それでも手を振りながら。

ずっと抱き着いたままのウジの背中を叩いたのはホシで、「ほら。行こう」と腕を引かれてようやく、ウジはジュンから離れて行った。

「またな」

そう言えば、ウジが頷いた。
飛び立ってしまえば、きっともう次はないとお互い判っていただろうに、ジュンはどうしてもそう言いたくて、それが伝わったのか、ウジが「おぉ、またな」って、泣きながらも笑ってくれた。

「チングや、またな」

ホシが笑う。ウジはまだ泣いてたけど、ホシは楽しそうに幸せそうに笑って、嫌がるウジの手を取って船を降りてった。

一番最後に、ジュンとディエイトの前に立ったのは95ラインのヒョンたちだった。

「ありがとな」そう言って抱きしめてくれたのはエスクプスで。
「ごめんな」そう言って抱きしめてくれたのはジョンハンで。
「2人とも、愛してる」そう言って抱きしめてくれたのはジョシュアで。

いつだって誰かは褒めてくれて、怒ってくれて、一緒に笑ってくれて、助けてもくれて。当然慰めてもくれて、抱きしめてくれて、泣かないジュンとディエイトの代わりに泣いてもくれたヒョンたちだった。

まだ、旅がはじまってすぐの頃、ジュンもディエイトも、当たり障りなく笑っていても誰のことも信じていなかった頃。
ディエイトが最初に自分たちの話をした時、「旅芸人の一座にいた」と言ったのに、次にジュンが自分たちの話をした時には、それは「サーカス」に代わってて、その次にディエイトが話した時には「芝居小屋」で、確かその後は「喜劇一座」だったり「荷物運びを請け負う旅団」だったり。

そのどれも正解で、行く街たどり着く街で、必要とされてるものに名前や形を変えただけのこと。
でもきっとそんなこと、誰も気に留めないだろうと思ってたのに、極たまに会話の中に零れ落ちてすぐに流されていくだけの話だったのに、どうしてだか95ラインのヒョンたちは、そんな話題を覚えててくれた。知っていてくれて、気づいてくれて。時折会話の中で「あの話、面白いから俺は好きだけど」って言ってくれた。

操縦桿からなかなか離れられなかったジュンの足元でしか休むことをしなかったディエイトのために、そこに座る場所を作ってくれたのもヒョンたちで、操縦席の横でディエイトが寝ても大丈夫なようにもしてくれた。

95ラインのヒョンたちは当然のようにマンネラインのことも気にかけていたから、それはジュンとディエイトだけに向けられた優しさではなかったんだろうけど、それでも誰かにいつも気にかけて貰えることの仄かな幸せは慣れるまではひどくこそばゆかった。

笑うことに、食べることに、自由に眠ることに。それから自分の興味のあることだけに意識を向けることに。
空の上の世界だから狭苦しくて慣れるまでは息が詰まると皆が苦労してる中、ジュンとディエイトの世界はどれだけ広く、明るく、爽快だったことか。

だからいつか来る別れの時には、笑っていられると思っていたのに。悲しいとか、辛いとか、寂しいとか、そんな気持ちになるなんて、想像もしていなかったのに。

「じゃぁな」

そう言って、95ラインのヒョンたちが一番最後に船を降りていった。
2人残されて、「思いのほか、寂しくなったね」とディエイトが言うから、気持ちは同じだったんだろう。

「13人もいたから」

そう言いながらも、船の中で2人きり、手を握り合う。
いつだって暗がりの中、そうやって色んなことに耐えてきたから。大丈夫。今度だって、きっと............。大丈夫。

船の中がいきなり広くなったけど。
2人きりでも船は動かせることはすでに確認済だった。
ウジのように適格に空や風を読むことはできないかもしれないけど、旅立つ時には汽笛を鳴らそう。汽笛を鳴らせば、どこにいても聞こえるはずだから。
それぞれの家にたどり着いて、本物の家族と再会して、ジュンとディエイトのことなんかすでに過去の出来事の一つでしかなくてすでに忘れかけてるかもしれないけれど、汽笛の音を聞けば皆、少しはジュンとディエイトと、それから船での出来事を思い出してくれて、空を見上げてくれるはずだから。

自分たちの船が飛ぶ姿を見るのは、もう遠い昔、船がこの町にやって来た時以来だから、ある意味それは感動するかもしれない。
あの時は自分たちも、はじめて見た空を飛ぶ船に興奮して見知らぬ町の中、そして道なき道を山の上へと向かって走ったのを昨日のことのように覚えてる。

空の上には自分たちの知らない世界があるような気がしてて、でもそれは本当だった。

「行こう」

ディエイトが言う。
ジュンも頷いて、慣れ親しんだ船の中で定位置に着く。
何も問題が起きなきゃ、目を閉じてても飛び立てるかもしれない。
普段ならジュンが操縦桿を握れば、ディエイトはエンジン室に籠ってしまうというのに、今日はジュンの横に立ったままだった。

新しい2人の旅立ちだから、かもしれない。
もう行く当てもなく、ただ空の上を好きなように飛ぶだけの日々。帰りたい場所などない2人だから。

「ちょっとだけ、ちょっとだけだけど、寂しいね」

ディエイトがそう言うから、「俺はお前がいてくれたら、それだけで大丈夫」って返したジュンだった。

 

The END
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