注意......
「No War!」は続き物です。そして長いです。
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No War! Dino's Story
見上げた空が雲一つなくて、誰かが色を塗ったかのように、鮮やかな青空だった日。
その時自分たちはアメリカにいた。珍しくも十二人だった時。
「同じ太陽の下だから。同じ太陽を、スングァニも今、きっと見てる」
ミンギュが自信満々にそう言って「時差があるじゃん」と皆からツッコまれていた。そして全員で笑ってた。
翌日には帰国するっていう日。戦争がはじまった。
最初に攻撃をしかけたのはどこだったのか、今でも正確なところは判らないらしい。どの国もどこかの国の名前を口にしたし、国を持たないテロ集団の仕業という噂もあった。
だけど国防という名の下に反撃に出たのはどの国も一緒で、戦争がはじまるなんて思っても見なかったのはどの国も一般人だけだったのか、どの国もある程度、他国を攻撃する準備ができていたんだろう。
世界から人工的な光が消えた。
ミサイルが飛んできて、次々と主要都市の主要施設を破壊していったから。そして世界中から危険視されていた北の国が、一瞬でこの世界から消えた。
青空だったのが嘘のように、世界中で雨が降りだした。
実際の攻撃は、三日も続かなかったらしい。でも全部、後から聞いた話ばかりで実際のところは判らない。つながらなくなった携帯。映らなくなったテレビ。情報の入ってこない世界。そして異国の地で、国が、世界が、どうなったかも判らないまま。スングァンの無事も判らないままに過ごした二週間ほどの時間。
泊まっていたホテルの食糧が尽きかけて、街中では暴動が起きる中、ジュンとウォヌがチャイナタウンから持ち帰ってきた食糧をわけあって生き抜いた数日。
気づけば戦争は終わってた。
良い意味でも悪い意味でも、攻撃力が強すぎたんだろう。すべてを破壊尽くす前に、終わった戦争。
だけど何もかもが変わってしまった。
だってもう、アイドルなんて必要ない世界になっていたから。
ジョシュアはアメリカに残った。今は大学で講師の仕事をしていると、風の噂に聞いた。生きているならそれだけでいい。
ジュンとディエイトは、アメリカから直接中国に帰った。全国民に帰還命令が出たとか出ないとか。その後の消息は判らない。
アメリカに残る道も残されていた。飛行機が飛ぶような世界ではなくなっていたから、帰国するのも船だったから。でも誰も、残るなんて選択はしなかった。だって家族が、仲間が、国にはいたから。
バーノンはスングァンを探し続けたけれど、見つけられなかった。そして無事だった妹を連れて、アメリカに渡っていった。もしも妹がいなかったら、きっと今も探し続けていただろう。
だってミンギュは今も、探しているから。
あの日、どこもかしこも花火のようにミサイルが飛び交う中、多くの人が逃げ回ったという。多くの人がケガをして、多くの人が亡くなって。でも生きてる人もいて。
事務所があった跡地は瓦礫があるだけだった。宿舎のマンションは、無事だったけれど窓ガラスは全て割れていた。連絡手段がない世の中になっていたから、生きてるかもしれないという希望が捨てきれなくて、病院や、避難場所になっている学校や、遠く離れた街まで、訪ね歩く日々だという。生きてたら絶対に、歩いてでも泳いででも済州に帰ってくるはずのスングァンなのに……。
エスクプスとユンジョンハンは、徴兵されていった。
救いなのは戦うためではなく、救助するための徴兵だったことだろうか。
色んな街の瓦礫を片付けながら、生き残った人たちの情報を書き記していく仕事をしているらしい。
徴兵されていく前日に、二人とも抱きしめてくれた。それが最後だった。
ホシとウジは今も一緒にいるらしい。釜山で孤児になった子供たちを預かる施設で働いている。「今もホシウジコンビは最強だぜ」ってホシが言っていたと、訪ねていったミンギュが聞いてきた。
DKは今でも歌ってる。優しい歌を、伸びやかなその声で歌ってる。色んな土地を廻りながら。もしかしたら懐かしい歌を、今でも自分たちの歌を、歌ってるかもしれない。
ウォヌは元気に、働いてないという。ゲームなんかも全部ゴミと化した世の中で、何故か囲碁やオセロや将棋やチェスといった、昔ながらの、そしてどこでも遊べるゲームにはまったらしく、そんなことをしながら暮らしているという。多分だけど、ミンギュがせっせと世話をしてそうな気がする。
ディノのところには、二度ミンギュが訪ねてきてくれた。だから知ることのできたあれやこれや。
ディノは今、北の地にいる。あの戦争で一瞬で消えてしまった国。そこは自分たちの国だからと、今後は守るべき国だと派遣されてきたけれど、ここが故郷だと、自国だと思ったことは一度もない。
掘れば死体が出てくるような土地。
殺しあうような戦いはないけれど、北の地は誰もが狙っているのか、時々他国の人間が入ってくる。だから時々威嚇音が聞こえるなか、追って、追われて、追い払って。
太陽が沈めば真っ暗で、どれだけ近くに人がいても火を炊かなければ判らない。だからディノは時々今も、漆黒の世界で一人踊る。
十二人も兄がいたのに、今は一人。どれほど時が流れたって、身体が覚えてるから不思議と踊れてしまうのが、嬉しかったり、哀しかったり。
でも生きてるだけマシだ。何もかも失ってしまったけれど、それでもやっぱり、生きてるだけマシだ。あの僅か数日で、この世界からいなくなってしまった人がどれだけいたか。もしもこの先、笑うことも泣くこともなく、心が動かなかったとしても、それでもきっと、マシだった。いつか、いつか、いつか。そう夢見ることができるだけ……。
近くで破裂音がして、考えるよりも早く身体が近くの側溝に滑り込んだ。
ここで死ぬのは嫌だな。思ったのはそれだけ。怖くもなかった。
足音がしたと思ったら、見下ろしてくる影が見えた。肩に担いだ武器の形まで判って、それが自分の国のものとは違っていて味方じゃないことは明白だった。それでも不思議と怖くなかった。
最悪殺されるか、捕まるか、無事だったとしても殴られてケガぐらいはするだろう。腕の一本ぐらいは、諦めなきゃいけないかもしれない。
自分の腕にも武器はあったけれど、それを使おうとは思わなかった。
ただもう一度、優しい兄たちに会いたいと思っただけ。誰でもいいから、名前を呼んで、抱きしめて欲しいと思っただけ。
少し遠くから、数人が近づいてくる足音がした。
それと同時に、ディノのすぐ真横に銃弾が撃ち込まれた。見下ろしてくる影が、「制圧した。武器は俺が回収する。先に行け」と仲間たちに指示を出す声が、耳鳴りの向こう側で聞こえていた。
ディノの身体は震えていた。
怖くて。死にたくなくて。生きていたくて。助かりたくて。いや、違う。聞こえてきたその声が、懐かしかったから。聞きたかった声の、一つだったから。
「ディノや。ケンチャナ?」
暗がりなのに、なんで自分のことが判るのか。見下ろしていたはずの影がすぐ真横に来ていた。それでもディノにはまだその顔も見えないのに、不思議だった。でもムンジュンフィはいつだって不思議な人だったから、そんなことも可能なのかもしれない。
「ヒョン............」
言えたのはそれだけ。気づけば涙が、止まらなくなっていた。
「ケガはないな。荷物は最小限、水と食料と、小銃だけで南に下れ。二十二キロ。走れるか? それだけ走れば防衛線にたどり着ける。後は体調不良のふりして三日凌げ。その間にカタがつく。ハオと会いにいく。いつか、絶対」
相変わらずの早口で、近づいてきたその顔は相変わらず驚くほどに整っていて。抱きしめてくれた。
何も言えなかった。誰のことも、伝えられなかった。ただ頷いただけ。
いつか。いつか。いつか。
そう思える幸せをかみしめて、ディノは走った。
遠くで聞こえる破裂音も気にせずに、そうしろとジュニヒョンが言ったから。
泣きながら、ディノは走った。
荒地にいつか、花が咲くだろう。
瓦礫の山は少しずつ、平地になっていくだろう。
優しい歌声が、恋の歌が、聞こえる世の中が。いつか戻ってくるだろう。
「久しぶり」
そう言って誰かがやって来てくれる日が、いつか来るだろう。
「ただいま」
「おかえり」
そう言って、それが幸せだなんて気づかずに暮らしていた毎日が、いつか、いつか、いつか、戻ってくるだろう。
The END
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