この恋のはじまり
「俺男もイケるけど、大丈夫?」
ミンギュのそれはある意味常套句だった。
大学の寮に入った時に2人部屋だったけど、絶対合わないタイプの人間が同室と知って、にっこり笑って言ってみたら寮監に部屋を変えて欲しいと訴え出てくれて、見事ミンギュは2人部屋を1人で使えたから。
それ以来、誰かが来るたびにさらりとそう言ってみることにしてる。
もちろんだからって誰かを襲ったことなんてないけれど、2人部屋を一人で使えるのはなかなかに快適だったから。
なのにある日やって来た男は、驚きもしなかった代わりに笑いもせずに、「あ、俺も」と言ってミンギュをビビらせた。
はじめて2人部屋を2人で使うことになって、もっと鬱陶しくて色々あるかと思ったのに、同室者は異様に静かだった。
ミンギュよりは小さいけれどそれなりに身長だってあるっていうのに、小さく丸まって眠る。夏でもブランケットを手放さないのはミンギュが暑がりだからだろう。
時々耳を澄まさないと寝息すら聞こえない時がある。
洗濯は一週間に一度しかしない。時々昨日と同じ服を来てる。腹が空いてても、面倒な時は食べずに寝る。
ミンギュが出かける時にゲームをしてて、帰ってきても同じゲームをしてる。そしてそのまま夜中までしてるから、ちょっとビビる。
ゲームは一日一時間までと、母親に言われて育たなかったのか......。
学年は一つ上なはずなのに見かけたこともなかった。不思議に思ってたら、友達が兵役に言ってたんだろと教えてくれた。
そういうこともあるかと勝手に納得してたけど、今でもあまりウォヌのことは大学で見かけなかった。
まぁいつだって家でゲームばかりしてるからだろう。
話しかけたりはしないけど、何度「単位は大丈夫なのか」と言いたくなったことか。
ミンギュは自分の性格をちゃんと把握してて、実は世話好きだしキレイ好きだし、可愛いものも好きだし。
自分よりちょっとだけ小さい程度のデカい男なんて可愛い訳がない......と高を括ってたのに、実際には可愛かった。
大抵は無表情でパンとか齧ってるのに、時々好きなものだったりすると、一口食べるたびに口角があがる。その小さな満足感をあらわす表情を見つけてしまえば、ウォヌの好きなものを把握するのは簡単だった。
自分の指がノートパソコンのキーボードを的確に叩いていくのを見て、ウォヌは時々自慢げになる。特にゲームで勝った時には。
でも時々ゲームしながら手で自分の口を抑えてるから、同室者のミンギュに気をつかって我慢してるのかもしれない。
負けた時や勝った時にどんな声を出すのか。次に気になったのはそんなことだった。
恋がはじまったと気づいたのは突然で、部屋に戻ってきた時にウォヌが誰かと電話してるのを聞いた時だった。
「自分勝手なお前の都合にあわせてたら、飯だってなかなか食えないだろ」
そう言いながら、今週末には絶対にと誰かに約束を取り付けてる、珍しくも強気な発言をするウォヌの声だった。
「誰?」
思わず電話を終えたウォヌにそう聞いてしまって、驚いたのは聞かれたウォヌよりも聞いた自分だった。
「え、弟だけど」
そう答えられて物凄いなんだ弟かよ......と思いつつも、「敢えて聞くけど、実は血がつながってない同い年の弟だとか。マンガの世界にいそうなハイスペックで次元の違う弟だとか。兄離れができない弟だとか。そういう感じの弟じゃないよね?」とか言って、「敢えて?」って聞き返されたほど。
でもウォヌは弟の写真を見せてくれた。
金髪碧眼でもなかったし、キラッキラでもなかったし、「俺よりは頭は良いかも」とは言っていたけど普通の弟らしい。もう兄弟喧嘩する年でもないからほどほどに仲は良いけど......。
「念の為聞くけど、週末の食事は弟2人きりなの?」
「念の為?」
やっぱりウォヌは何かに引っかかりつつも、「父親から弟の様子見てきてくれって頼まれたから、2人だけど」って素直に教えてくれた。
「じゃぁ俺も行く。安い店と美味い店と静かな店と、どれにする? 予算は? 食べられないものある?」
2人部屋になってからの間の会話量をトータルしたとしても、今話した分もなかっただろう。
それからミンギュはおもむろに、「俺、好きな人には誠実なタイプだから」と言った。
ウォヌはそれに、「へー」と答えた。まぁそれ以外には言いようもないだろう。
韓国ナムジャらしくミンギュはそれから熱烈にウォヌのことを口説いたつもりでいたけれど、数日経った頃、「お前まさか、俺の弟が好きなの?」と言われてひっくり返りそうになった。
まぁウォヌにしてみれば、弟との食事会に突然割り込んできて、そこから嫌に積極的になったって印象だったからかもしれない。
突然ウォヌに親切になったのだって、弟の兄貴に取り入ろうとしてるとでも思ったのか。
ミンギュの恋はとっくにはじまっているのに、ウォヌの恋はまだはじまりそうにはなかった。まぁそれも、「俺が好きなのって、あんただけど」とミンギュがウォヌを押し倒したから、多少はスタートラインに近づいたかもしれない。
The END
その恋のやりとり
「俺と別れてくれない?」
サプライズ的にミンギュが言ったのに、「いいよ」とあっさり返されてひっくり返りそうになったのはミンギュの方だった。
「ヤー、何言ってんだよ!」
そう言わせたかったのに、自分でそう言うことになったミンギュは、「別れる訳ないじゃん。そう言われたら、ちゃんとなんでだよって言わなきゃだろ」と五月蝿い。
「なんだ。じゃぁ別れないのか」
ウォヌはあっさりそう言って、「別にそれでも俺はいいけど」とゲームの画面に視線を戻す。
だいたい、付き合いはじめてからこっち、場所は大学の寮から2人だけで暮らす家に移ったけれど、ずっと2人は一緒にいる。
思わずウォヌが「お前に倦怠期ってないの?」と言うほど、数年経てどもミンギュは鬱陶しいぐらいにウォヌのことが好きだという。
「普通、釣った魚にエサはやらないって言うのにな」
そう言えば、「いや、ウォヌヒョンはまだ釣れてない気がする」とか言い出して、やいのやいの五月蝿い。
出かける準備をしていても、横から手を出してくる。もちろんその手は叩き落とすけど、何度かに一度ぐらいはそのままなし崩し的なこともある。
そんな日常なのに、「別れてくれ」なんてサプライズが成立するはずもない。
「あぁでも俺、5年後とか、10年後とか、20年後とかもだけど、ウォヌヒョンに再会したいんだよな」
ミンギュが馬鹿なことを言い出したとウォヌはふる無視していたけれど、「久しぶり。どうしてた?」とか言いたいと、なんでか身悶えている。
ウォヌが数分先にあるコンビニに行っても迎えに来るようなミンギュと、どうやったら数年後に再会できるのか......。仕事帰りに待ち合わせもしたがるし、時々は勝手に、しかもウォヌの会社のほぼ前にあるカフェで待ってたりするようなミンギュとは、きっと数ヶ月先に再会するのも無理だろう。
なんか久しぶりに出会ったら、お互い思い出の場面とか曲とかが頭の中にざぁぁぁって走るの。流れるの。それから最後の場面とか。ドラマとかでよくある絶妙なタイミングですれ違ったところとか。
なにやらミンギュは必死に語っているが、それっぽいドラマでも見たんだろう。
「じゃぁ俺ら、別れ話しでもする?」
別れることなんて考えたこともなかったけれど、再会したいならひとまず別れなきゃならないだろとウォヌが言えば、「絶対イヤ」と言いながらデカい図体でウォヌにしがみついてくるミンギュがいた。
「それでどうやって再会するんだよ」
「いい。再会は諦める。そっちは妄想でどうにかする」
バカなことを言い出したミンギュだったけど、ウォヌはそれが面白かったのか、ミンギュにまだしがみつかれた状態で楽しそうに笑ってた。
「再会どころか、久しぶりのセックスだって無理じゃんお前」
しがみついてたミンギュの手が勝手に動き始めたのを感じて、ウォヌが言う。
「うん。そうかも」
そうかもじゃねぇわ......とウォヌが言う前に、その口すらも塞がれる。
こんなの、久しぶりのキスだって無理じゃん......とは、多分同時に考えただろう。
The END
どの恋のおわり?
「この恋は終わった」
家での食事はミンギュが作る。ウォヌは基本片付けしかしない。
だから「たまには外で」と言われると、ウォヌには拒否権はない。それを知っていて、たまには外でと言うのをミンギュは楽しんでいる。
それってデートじゃない?と思ってるのはミンギュだけだとしても。
美味い中華料理の店をチングに聞いたからとカトクしたら、「パス」とだけ返信が来た。
「なにパス?」
仕事が終わらないのかもしれないし、急遽仕事で食事をとるのかもしれない。それなら社会人として我慢だってしなきゃならないし......。
でも万が一体調不良だとか、胃もたれするだとか、何かあるなら胃に優しい料理を作らなきゃいけないし、早く帰って家を整えてやらなきゃいけないし......。
それなのにウォヌからは「気分がのらないパス」と返信が来た。
「中華料理に気分がのらないパス?」
別にミンギュは中華料理にこだわってる訳じゃない。だからそうも送ってみた。
2人でご飯を食べるんだから、美味しいものを食べたらいい。特に記念日って訳でもないから特別な何かを求めてたりはしない。ただご飯を食べる時にウォヌが一緒にいてくれたらいいだけで......。
「食べる気がしないパス」
しかしウォヌからはそもそも、食べる気がしないと返信が来て、ミンギュはまだ仕事中だというのに「俺のヤル気が失せた」と机に突っ伏していた。
横の席ではディエイトが「お前、仕事のヤル気を何で失ってんだよ」と呆れていた。
「俺の恋が終わりそうなのに、仕事なんてしてる場合かよ」
オトコマエなのに結構なザンネンなことを言う。でも出来るヤツなのも判ってて、仕事でヤル気を失われると残業が発生する危険性もあるとばかりにディエイトは「でもさ」と言う。
「でもさ。お前の鬱陶しいカトクにちゃんと何パスか連絡してくれるだけ、愛情はあるってことだろ。それにだいたい、夜の飯のはなしを昼飯後のこの時間帯に聞くからだろ。食べた後なら次の食事のことなんて、普通は考えられないし」
そう言ったらミンギュは一瞬で復活して、えへへと笑いながら「後でまたカトクしてみる」と嬉しそうだった。
そして3時間後、「食べる気しないパスに、変化はあった?」とカトクしてた。
どうなったかは知らないが、きっと約束は取り付けたんだろう。
いきなりミンギュが「とろとろ仕事してんなよ」とか言い出して爆速で仕事を片付けだしたから。
時々「この恋は終わった」とか言って仕事も放り出す奴とは思われないが......。
The END
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