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SEVENTEEN全員でのドラマか映画が見たいな......

君と歩いたこの世界の 13 MYMY 2

注意......

「MYMY」contentsページです。

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君と歩いたこの世界の 13 MYMY 2

エスクプスは家ではマンネで、兄がいた。
大して面白くもない話だっただろうに、必死に何か話せば、そうかそうかと聞いてくれるような兄だった。父親も母親も、エスクプスには甘かっただろう。
あのまま家に居続けてたら、弟たちを守って戦うなんてこともなくて幸せだっただろうけど、今の幸せは手に入っていなかっただろう。
時々考える。あの船が空へと飛び出した日のことを。よく乗り切ったよな俺らって今では全員で笑って話すぐらいになったけど、あの日、どれだけ怖かったことか。

スングァンに負けないぐらいエスクプスだってオンマって叫びたかった。
どうしていいか判らなくて、泣きたくて、でも歯を食いしばって、毎日必死だったけど、気づけばボロボロになっていた。
誰かが自分に向かって「ヒョン」って言うたびに、俺のことをヒョンて呼ぶなって思ってた日だってあったほど。
今でこそふざけてジョシュアもエスクプスのことをヒョンと呼んでくるし、ジョンハンなんて時々オッパとか言ってくるけれど、あの頃はそれこそ3人でどうしたらいいか必死だった。

ジュンの体力が尽きる前に船の飛ばし方を早く覚えなきゃいけなかったし、船の中は全員スタスタと歩けないし、食べものがどこにあるかも判らないから飢えることも心配しなきゃいけなくて。
家に帰ることを考えられるようになるまでも、大分かかったほど。
もっとしっかりしたヒョンだったなら、かかった時間はもっと違っていたかもしれない。
ほとんどの時間は落ち込んだり反省したりに使ったけど、それでも「お前が一緒で良かった」と言いあえるチングたちがいて、「ヒョンがいてくれて良かったって本気で思ってるよ俺ら」なんて言ってくれる弟たちがいて。
頼りないなりにも、俺は、俺たちは成長した。
一人一人、どこかしらは。

狭い船の中で見知らぬ人間がやっていくんだからって、最初は色んな決まり事を作ったけれど、そのせいで余計に息苦しくなることは多かったかもしれない。
でも全員が、そんなの全部やってみなきゃ判らないんだからしょうがないよって言い合って、決まり事はある意味コロコロと変わり、中には曖昧に消え去ったものも数多くある。時には誰かと誰かがギクシャクして、時には誰かが狡いと怒って、時には誰かがゴメンと謝って。そのどれもにエスクプスは立ち会ったかもしれない。
ただ、たまたま一番ヒョンだってだけで。

失敗はそれほど山のようにした。
ウジが空や風を読めるようになるまでは、運と勢いと雰囲気でエスクプスが向かう先を決めたことだったあったほど。
「お前が失敗したって言うなら、俺たちだって同じだって」
当然のようにそう言ってくれるジョンハンとジョシュアに、どれぐらい救われただろう。
弟たちには見せられなかった涙を、2人と一緒にどれぐらい流しただろう。
いつの間にか弟たちにも、「クプスヒョン泣きすぎ」とか揶揄われるようにもなったけど。

船の中を自然に歩けるようになって、空の上でも気にせず眠れるようになって、いつだって細心の注意を払ってたけど、それでも自分たちの意思で地上に降りれるようになって。
ミンギュの背がぐんぐん伸びたように、成長期の自分たちの成長は、自分たちでも驚くほどだった。まぁウジはほとんど成長しなかったけど......。
地上に降りて何度目かには、大陸の地図を手に入れた。でもそこに自分たちが暮らしてた場所があるかどうかも判らなかったけど。
今いる場所をどうやって特定するのか。
そんな当たり前のことすら簡単にはいかなくて、ただ彷徨い世界を見るだけの日々がどれほど続いたか。
船の中に13人いると知った時には多すぎる気もしたけれど、思い返せば誰1人欠けてちゃダメだったかもしれない。
「とりあえず何か食べよう」
そう言ったのは、いつだって前を向いてるミンギュだった。
ミンギュはいつだってそう言う。誰かが泣いてても、怒ってても、堪らないぐらい辛くても。
その態度や笑顔や考え方に、どれぐらい救われただろう。料理の腕だってなんだって、ミンギュはいつだって一番なんでもできて、頼りになった。

うっかりが過ぎるとみなは言うけれど、それぐらいなんだって思えるぐらい、エスクプスはミンギュのことを頼りにしてた。
いやまぁでも、操縦桿を握って前を見てたはずなのに、気づけば目の前には山しか見えない時には正直ビビったけど。
船の中でマンネラインが火事を起こした時だって、結局原因はミンギュだった。油を温めてるバーノンとディノに向かって、「火は沸騰したら止めたらいいから」と言ったらしいから。
「油が沸騰するなんて聞いたことないけど」って、料理をしないウォヌですら知っていた。
なのにミンギュときたら、「あれ? 油ってブクブク言わないっけ?」と言って本気で理解してなかった。普段から料理を作るくせに、全部感覚で作ってしまうからだろう。

絶対に音を出しちゃいけない場面では音を盛大に鳴らすし、絶対に失敗できない場面では失敗する。しかも予想の斜め上を行く
でも何度も色んな場面でミンギュは全員のことを助けてきたから、たまの失敗ぐらい許されるはず。それにミンギュの失敗で全員で爆笑することになるんだから、問題ない気がする。と、本人が率先して言う。
それもまた面白くて、全員からツッコまれたりするけれど。

最初は眠ることもできなくて、空の上はいつだって死と隣り合わせな空間だったのに、いつのまにか楽しいばかりの場所になっていて、気づけば全員、大切な弟になっていた。
色んな世界を見たと思う。夜が来ない街があったり、昼が来ない街があったり、水の上を歩ける街があったり、小さな虹がたくさんな街もあった。
それから幸せしかないような街もあって、いつか年老いた時にはこんな場所で落ち着きたいよなって、95ラインで話したことだってあった。

トラブルだってあったし、戦うことだってあった。
それでも全員で必死に頑張ったのは、いつか帰るためだったのに。
ジュンとディエイト以外はだけど、それでも2人とも帰りたいと願うみんなの気持ちを理解してくれた。だから一緒に頑張ってくれたのに。
地上と、空の上では時の流れが違うと言い出したのはジュンで、帰るためにはジュンとディエイトの記憶が頼りだというのに、そんなの嘘に決まってるって思ってた。
口に出さなかっただけで、ジュンの言葉を信じなかった。
ジュンは絶対に嘘なんてつかないと知っているのに。

だから本当は全員を集めて話さなきゃいけなかったはず。そうすれば誰も傷つかずにすんだのに、自分もまたそれを嘘だと思いたくて、何があったとしても3日以内に一度は戻ってくること。その言葉を伝えなかった。

船を飛び出して行ったディノに、バーノンにスングァンに。気持ちの上では自分だってそうしたかった。
懐かしい家へと続く道、景色は同じに見えたのに。
一緒にジョンハンも歩いてたはずなのに、堪らなくなって走り出したのは自分で、「転ぶぞ」って後ろからジョンハンの笑ってる感じの声もしたけれど、走り出したらもう止まらなくなった。

いっぱい話したいことがあって、いっぱい聞きたいことがあって、いっぱい伝えたいこともあって。
今の自分も見て欲しかったのに、やっぱりジュンは嘘なんてついてなかったと、知っただけ。
さっさと気持ちを切り替えて弟たちを迎えに行ってやらなきゃいけなかったのに、エスクプスは動けなかった。誰のことも思い出さなかった。辛いのも悲しいのも自分だけじゃないって、そんなことすら考えなかった。

ジョンハンが現れた時だって、縋り付いて泣きはしても、ジョンハンだって悲しんでることなんて考えもしなかった。
情けない姿しか見せたことがないのに、ジョンハンはエスクプスがジョンハンのことを好きな気持ちよりも、もっともっと好きな気持ちが俺にはあるんだよと笑って言う。
でもお前は弟たちのことだって同じぐらい愛してるじゃんって少し拗ねて言えば、俺の愛はでっかいから、弟たちに少しぐらい分けてやったって全然大丈夫なんだよと言ってたはず。

「オンマもアッパもヒョンも、俺、間に合わなかった」って言えば、ジョンハンは笑おうとして失敗したかのような顔で、「うん」とだけ言った。

「帰ろう。船に」ってジョンハンは言ったのに、返した言葉は「もうちょっとだけ待って」で、だって涙はまだまだ止まらなかったから。
もうちょっとで泣き止むから、そうしたら前を向くから。今度もジョンハンは「うん」と言って、涙が止まるまで横に居続けてくれた。

それから2人で山を登った。下りはそんなに辛くなかったくせに、登りの道は結構険しくて、途中で「なんでこんなに本気で山の上なんだよ」と文句を言ったほど。
いつもならエスクプスよりも早くバテるはずのジョンハンが、笑って「もう少しだって」と言う。

自分が弱気の時にはジョンハンは強気で。自分が前ばかり向いてる時にはジョンハンが後ろもちゃんと見てて。
エスクプスがマンネラインを気にしてる時には、ジョンハンは他のラインをちゃんと見てて、ジョシュアもそこに混ざったら、大切な弟たちを守りながら進み続けることだって、問題なくできるようになっていたのに。

船に戻ったのは1番じゃなかった。まぁあれだけ泣いてたらそりゃそうだろってジョンハンに笑われたけど、でも最後でもなかった。
それを最初は喜んでいたってのに、マンネラインがなかなか戻ってこなくて、きっとアイツらもどこかで泣いてるんじゃないかって思えて、もしも汽笛を鳴らしても戻ってこなかったら、迎えに行こうと思ってたのに。

船はいつも通りだった。
ただディエイトが、土産を嬉しそうに広げてただけ。
大きな市場がある訳でもないような村で、月日が経ってもそれはそれほど変わってなかった。だから手に入るもので特別なものなんて、何一つなかっただろう。でもディエイトは嬉しそうだった。
もちろん土産なんて持たずに帰ってきた奴だっている。エスクプスだって泣き過ぎてて忘れていたし。
だからってディエイトは怒ったりしなかった。
誰に対しても、帰ってきてくれただけで嬉しいのにと、幸せそうに笑う。
でもジョンハンはしっかりしていて「エイサ。前に買って隠してた奴。本当はお前の誕生日に渡すつもりだったんだけど」って言って、ディエイトのために用意したハンモックを取り出してきて見せていた。
ディエイトのテンションはそれで爆上がりして、船の中、それを広げるスペースはどこにあるのか......っていう問題は忘れてるのか気づいていないのか。まぁ細かいことは気にしないのかもしれない。

ディノが必死に戻って来て、ジョシュアが珍しく叫んで、それからエスクプスはディノの服が目印にかけてある場所を目指して必死に山道を駆け下りた。
自分だって転がり落ちるんじゃないかってぐらいの勢いで。
だから知らなかったけど、その後、船を出す準備をはじめた時に、ディエイトが喜んでたお土産の数々は船の外に並べられていたとかで、それをディノは見たんだろう。
その中にあったボロボロの天使の姿をした人形も。

帰り道、ジョンハンは何も言わなかった。でもその手の中にそれがあることはエスクプスだって気づいてた。まさか本当に妹と会えてたなんてその時は知る由もなかったけれど、落ち着いたら話そうと思ってた。

ジョンハンだってエスクプスに遅れること僅かで駆け下りてきたはずだから、その人形のことは、誰かから聞いたのかもしれない。

「ディノ? ディノはッ?」

ジョシュアのその声にエスクプスだって辺りを見回した。
ホシに抱きしめられたまま船に引き上げられていくスングァンから目を離せなかったから、ディノがその場にいたことすら判っていなかったのに、ジョシュアが口にするからにはいたんだろう。
船が驚くほどの速さで下りてきたと思ったら、まだかなりの高さがあるのにホシが飛び降りてきた。

「ヒョンッ。スングァニの血が止まらない。ジュニが急いで空に帰ろうって。よくわかんないけど、あっちならどうにかなるかもって」

時の流れが違うからか、空の上の方が長く生きられるのなら、ケガにも傷にも何か作用するのかもしれない。
ウジもディエイトも動けない訳じゃない。船を地上に下ろさなくてもどうにか乗り込めるだろうから、すぐにでも飛び立てるはずだったのに。

「ダメだ。ディノがいない」
「は?」

ホシは言葉を失っていたけど、それでもエスクプスに支えられて立っているウジの側に駆け寄って、自分でウジの無事を確認してた。

「山だ、アイツは戻ってったんだッ」

今度も叫んだのはジョシュアで、「は? なんでだよ」って言ったのはジョンハンで、でもエスクプスはそんな2人の声を遮るように、「船に乗れッ。ウジとディエイトはそれぞれフォローしろッ」って叫んだ。

スングァンが山を滑り落ちてから助け出すまで、かなりの時間が過ぎていた。
それでもまだ血が止まってないなら、きっと考えてる時間なんてない。

「チャニを置いていけない」
「当然だろ」
「スングァニの状態次第だ」

ジョシュアがディノは置いていけないと、当たり前のことを言う。それにジョンハンは当然だと答えたけれど、エスクプスはその当然なことをその場では決められなかった。

船が大分下りてきていて、ドギョムとミンギュがディエイトの身体を持ち上げて、それから自分たちも飛び乗って、それからウジへと手を伸ばす。
エスクプスもジョンハンもジョシュアも、同じように助けて助けられてと、一瞬で船の中へと身を躍らせた。

「ジュナッ。山の上だ、船を隠してた場所へ向かえッ」

エスクプスの声に、ジュンは一瞬迷う表情を見せた。
理由は聞かなくても判った。ほぼ同時に船に一番に飛び乗っていたバーノンが、「スングァナッ、スングァナッ」って叫んだから。
見ればスングァンがぐったりしていた。長く続いた緊張が途切れたからなのか、それとも血が流れ過ぎたからなのか。判断は難しかった。

「きっと船の方が早い」

そう言ったのはジョシュアで、「なんであいつは、わざわざ山をまた駆け上ってんだよ」と聞いたのはジョンハンで、答える言葉のないエスクプスは首を振っただけ。

「船の外に、みんなのお土産を並べといたんだよ。ミョンホが船の中でハンモックを広げかけてたから。船を出す可能性が否定できなかったから、それを、全部船の外に出して並べたんだ」

ジョシュアに言われるままに、それらを運んだのはドギョムとディノだった。
その中に、ボロボロの人形があった。

「これがお土産?」

ディノの当然の疑問に答えたのはドギョムで、「ハニヒョンのだよ。俺がホンモノの天使の証拠だって言ってた。きっと全員揃った時には、その話をしてくれるよ」と言っていた。
泣きながら戻ってきたドギョムはもうその頃には笑ってて、そんな2人のやりとりを見て、ジョシュアはふと思ったことを呟いたという。

「もしかしたらジョンハニは、妹に会えたのかもな」

ホンモノの天使なら、それぐらい容易だろう。そう思って適当に口にしただけなのに、ディノはその人形をじっと見てた。
今思えば、きっとディノはジョシュアのその言葉を信じたんだろう。

「あれだけは、絶対に置いていけないと、思ったんだと思う」
「たかが人形だろうがッ」

ジョシュアの言葉にジョンハンが怒ってる。
ジョンハンにしてみればそんなもののためにって気持ちだったかもしれないが、ずっと黙ってたミンギュが「妹に、会えたの?」って、泣きそうな声で聞いた。
ミンギュにも妹はいて、生意気だけど可愛いって、確かそう言っていたはず。困った時だけ甘えた声で擦り寄ってくる生意気な妹だって言いながら酷く優しい笑顔を見せていたから、大切な妹だったんだろう。

家族には会えなかった。でも平気だ。俺にはウォヌがいるからってミンギュは笑ってたのに。
いつもなら笑って、「良かったねヒョン」と自分のことのように言うはずのミンギュなのに。

「ミンギュや」

ウォヌがミンギュの事を呼んだ。
色んな感情があり過ぎて、ミンギュだって処理しきれなかったんだろう。呼ばれるままにウォヌのそばに近づいて、ミンギュはウォヌに縋り付く。

「山頂に出るッ。誰かディノが見えるかッ?」

ジュンのその声に全員がハッとして、それそれ船の下を覗き込んだけれど、そこには人影なんて見えなかった。だからディノはまだ、山の中腹かもしれない。

意識を失うように倒れてるスングァンと、今ここにはいないディノ以外の視線がエスクプスに向いていた。
ディノは置いていけない。でも迷った時間の分だけ、スングァンの命が削られていっている気もした。
失えないのはスングァンも一緒で。

「俺が船を降りるよ」

エスクプスがどうしていいか悩んで言葉が出せなくなっていたのは十数秒もなかったはずなのに、「ジュナ、船を下ろす必要はないけど、俺が飛び降りられるぐらいは高度を下げてくれ」と言ったジョシュアは、まだその言葉をちゃんと理解できてない弟たちに向かってあっさりと、「ディノは大丈夫だから」と言った。

何言ってんのお前って、言わなきゃいけなかったのに、ジョンハンはジョシュアを抱きしめて、「愛してるって、あいつに伝えて」とか言うから。

「ヒョン、嘘でしょ? ダメだよ。待ってよ」

理解したのかドギョムがそう言いながら、ジョシュアのことを捕まえようとしたのに、普段はのんびりしてるのに、ジョシュアはいざとなると意外と早い。

「でも、ディノ一人だけは置いていけない」

そんな言葉でドギョムの動きを止めると、「ジュナ、もう行ける。ジョンハナ、人形を投げてやるから、受け取ったら真っ直ぐ行けッ」って言いながら船からあっさりと消えていく。

これが本当に別れなんだとしたら、抱きしめたって抱きしめたって抱きしめたって、足りないってのに。

「シュアヒョンッ。ダメだよ。クプスヒョンッ、ハニヒョン、みんなも、こんなのダメだよッ」

ドギョムの悲痛な叫びは、エスクプスの叫びでもあった。
自分が判断しなきゃいけなかったのに、優し過ぎて甘過ぎる自分には無理だと思ったんだろう。
だって震えてる。
スングァンも失えないけど、ディノとジョシュアだって失えないってのに。

時と場所が許された時にだけするボール遊びでは、いつだって斜めにボールを飛ばしてくるような奴なのに、こんな時だけ物凄いコントロールで、ボロボロの人形を投げて寄越す。
それをジョンハンはしっかりと受け止めながら、「こんなの、俺は無くたって、全然、全然大丈夫なのに」って泣いていた。でもその人形をしっかりと胸に抱えてもいたからやっぱり大切なものなんだろう。

11人が乗る船はそのまま加速して、空の彼方へと向かう.........はずだった。
エスクプスはドギョムと一緒に「嫌だ。ダメだ。置いてはいけない」って叫ぶのを我慢したし、ジョンハンだって珍しく弟たちの前なのに泣いていたから。
でもウジが「ジュナッ! 旋回しろッ!」って叫んだ。どこかが痛むのか、立ち上がるのだってホシの手を借りてだったのに、その声は誰よりも力強くて頼もしくて、諦めてなんて当然なくて。

「2人を回収したらリミッター解除して倍速で飛ぶぞ。チャンスは1度だからなッ」

そのウジの言葉を正確に理解したのは96ラインだけだっただろう。
時折4人が話し合って、もともと船の上にあったでっかい避雷針とかを、改良したりしてるのは知っていた。
空や風を読むウジと、誰よりも巧みに操縦桿を握るジュンがいるんだから、そりゃ船のことには詳しくなるだろう。詳しいことは何も判ってないのに時折適当なことを口にするホシの意見が役立っているだとか、冷静にことを進めるウォヌがいるからこそ色んなことが現実になるだとか。

そんなこと、エスクプスはもとより95ラインの3人は、全く知らなかった。
でも本当に倍速で飛べるなら、2人を船の中に入れるぐらいの時間は、取れるかもしれない。

「旋回してるのを、シュアヒョンなら絶対に見てる」

そう言ったのはウォヌで、その声は沁みてくれば希望になった。
そうだ。ジョシュアなら船を見送るためにずっと見てるはず。真っ直ぐに行けと言ったのに、旋回するのを見たら、何かはあると気づくだろうし、気づけば行動に移すだろう。

「ドギョマッ! ハオを連れて潜れッ!」

そう叫んだのはジュンで、泣いてたドギョムは96ラインの動きに何かを感じたのか、何が起こるか判らないなりにも協力する気になったんだろう。
ウジと同じように動きがまだぎこちないディエイトに手を貸して、エンジン室へと降りてった。

「ハニヒョンそこ邪魔ッ! こっち来て、ボノニと一緒にスングァニのこと守っててッ!」

まだ船のへりにいて、人形を胸に抱いたまま状況を把握しきれてなかったジョンハンが、ホシに押しのけられるようにしてスングァンとバーノンの横に移動してた。

「ミンギュやッ! クプスヒョンもッ! 力作業だよッ!」

そう言いながらもホシが船から身体を乗り出して下を覗く。

「ジュナッ。まだシュアヒョンも見えないぞッ! あとどれくらいだッ!」
「あと10秒ぐらいで右斜め前方に見えるはずッ!」
「見えたッ。シュアヒョンはまだ1人だッ!」

ディノの姿はまだない。それは重たい事実だった。
ジョシュアを引き上げても、ディノが回収できないなら意味はないのに。

「スニョアッ。ディエイトが喜んでた土産の中にハンモックがあった。覚えてるか?」

それはジョンハンとエスクプスからの土産だった。本当は少し前にジョンハンが買って隠していたもの。それをディエイトは凄く喜んでいたは。

「判る」
「出来たらそれを使え。お前を下ろしてから、きっかり20秒で引き上げるから」
「25秒」
「............わかった。25秒で」

ホシがそう言いながら、目を守るためのゴーグルをつけた。それからあちこちに金具やベルトがついたベストを装着していく。
それは船の上や、時々は船の下に潜って作業する時につけてるもので、絶対に落ちないようにと用意されたものだったはず。

船はあっという間に高度を下げて、多少は減速した。でも停まるようなスピードでは全然なくて、「ホシやッ! 左に出ろッ! シュアヒョンは右でどうにかするからッ!」とジュンが叫べば、ホシは「あいよッ」って軽く言って、船の外へと身体を出してしまった。きっともう腕の力だけで自分を支えているんだろう。

ホシと船を繋いでるのは金具でできたローブで、切れない代わりに重い。なのにホシはギリギリ減速した際に、そのまま船を飛び降りて、その重さに耐えて地面に着いた瞬間から猛然と駆けて行く。

反対側では普通のロープが降ろされて、見ればジョシュアがそれに向かって走ってる姿が見えた。
きっと船が旋回したのを見た時点で、自分たちを諦めてないことを知ったんだろう。
ウォヌが何か、ジョシュアに向かって叫んでた。ミンギュとエスクプスが握るそれに、重さが加わったのは、その直後で、それはすなわち、ジョシュアがそのロープを掴んだ証拠だった。

自分から覚悟を決めて船を降りたっていうのに、それを再度掴むのは、どんな気持ちだろう。まだ側にはディノだっていないていうのに。
そこまで考えて、ジョシュアはそんなことは気にしないって簡単に答えは出た。
驚くほどに潔くて、本当に簡単になんでも決めてしまう癖に、その答えに執着することもない。

いつだって優しく笑ってるチングは、悩むことの多かったエスクプスの背中を、いつだって平気な顔してドンと押してくれる男だった。
言ったことを翻したって、全員が反対するようなことだって、ジョシュアは「それの何が悪いの?」って本気で普通に言ってみせる男だった。

何かがあると思ったら、きっとそのチャンスに賭けるだろう。そして本当に無理だったら、その時はやっぱり潔く、船を降りていくはずで。
そう思えば、ロープを掴んだ手には自然と力が入る。

「ジフナッ! 引き上げていいのか? シュアのことをッ」

そう叫べば、ウジは「いいッ! なるべく早く引き上げないと、シュアヒョンが木に突っ込むよッ!」と叫び返された。

ミンギュとエスクプスとウォヌと、力の限りにロープを引いて引いて引いて、船のヘリにジョシュアの手が見えた時、本当にギリギリで、ジュンの操縦する船はまるで山の中に墜落するかのような状態で、山に向かって突っ込んで行った。
その船の下を、船に引っ張られるようにして駆け降りるホシがいて、思い出せる限り忠実にさっき駆け降りた道をおりていく。
ホシの手には飛び降りた直後にどうにか掴み取ったハンモックまでちゃんとあって、それがあればディノの姿さえ視界に捉えることができれば、どうにかディノを拾えるはずだった。

高い木々の先端を船がバキバキと音を立てて折りながら進む。破片が降り注いでホシはあちこちに傷を負っていたけれど、ゴーグルで目だけは守ってて、痛みになんて構ってもいなかった。

きっとこの様子をディノだって見てる。
船が山の斜面を舐めるように飛ぶその姿に、その意味だって判ってるはず。

それはギリギリだった。
ヒョンたちを信じて飛び出す勇気がディノに足りなかったら、間に合わなかっただろう。
ディノは木々を薙ぎ倒す勢いで船が降りてくる場所に、状況も判らなければどうしたらいいかも判ってないくせに飛び出した。
ホシはそれを視界の右端に捉えて、もうほとんど無意識で持ってるハンモックを握りしめたまま、それを右側に向かって投げた。

ディノがそれを掴んだと判ったのは、持ってたそれが引っ張られたから。

「絶対に離すなッ」

そう叫んだけど、きっと聞こえなかっただろう。
自分だって何も聞こえなかったから。
ディノがそれを掴みながら一緒に走ってるのか、それとも引き摺られてるのかも判らなかった。
ただ走り続けることだけに集中していた意識を少しだけ逸らして、両手でハンモックを掴むことに集中する。そのせいで避けられるはずだった何かにぶつかりはしたけれど、痛みも衝撃も気にしなかった。

25秒。きっかりそれだけで、ウジはホシを引き上げるはずだから。
死んでも離さない。だからディノ、お前も死んでも離すなって思いながら、耐えた数秒後には身体は空に浮いていた。

「離すなッ」
「もう少しッ」

誰かのそう叫ぶ声に、重たい鉄の鎖を必死に手繰り寄せてくれてる感覚に、でも指と腕の感覚はとっくの昔になくて.........。

ディノともども助かったって判ったのは、目の前にウジがいて、「バカッ! だから俺が20秒って言っただろうがッ!」って怒りながら泣いていたから。

「ディノも無事だッ! ドアというドアを全部閉めろッ! 全員いるかッ!」

ジュンが叫ぶその声に、ウォヌとミンギュが船のドアというドアを閉めてまわって、いつものようにそれぞれがそれぞれの場所で全員いることを確認して。

「リミッター解除! 全員何かに掴まれッ!」

泣き声だったけど、ウジがそう叫んだ瞬間、全員の身体が一瞬浮いたのか、後ろに飛ばされた。固定されていないものは確実に後ろに跳ねて行った。

「ジュニ、倍速で進める限界まで行くぞッ」

きっと下から船を見ていたら、本当に一直線に飛んでいく姿が見えただろう。
飛行機雲だって、できていたかもしれない。

エスクプスがやっと立ち上がれるようになった時、そこはもう地上も見えなくて、なんなら雲の上の世界で、きっともう時は流れ方が違う場所で。

皮の剥けまくって血が滲んでる自分の掌を見る。
ミンギュもウォヌも、それは一緒だろう。
でもホシはもっと酷くて、ディノは案外酷くなかったけどそれでもあちこち傷だらけになっていた。

ジョシュアがもうすでに復活してて、全員の様子を見て回ってた。
一度は別れを決めたはずのチングと、最愛のマンネと、もう1人傷が深いはずのスングァンを見てみれば、ずっと側にいたジョンハンが、「血が止まった」とだけ言った。

空の上の世界の何がそうさせるのかは誰にも判らない。
ただ判っていることは、船の中には13人いるってことだけで。

大分立ってから、「リミッター解除ってなんだよ」って話を全員でした。96ラインはというよりは、ウジが物凄い嬉しそうにニヤリと笑って、「カッコいいだろ?」と言っていた。
やることは恐ろしいほど天才的なのに、考えはただのガキの発想でしかない。
でも、それが全員を救ったけど。

スングァンは無事だった。長い間足を引き摺ることにはなったけど。
ディノはジョンハンに盛大に怒られた。
ドギョムはしばらくジョシュアから離れなかった。
ホシはウジに抱きしめられて、有頂天になっていた。
船の中は結構ぐっしゃぐしゃになったけど、ミンギュがせっせと片付けていた。

The END
11617moji