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SEVENTEEN全員でのドラマか映画が見たいな......

君と歩いたこの世界の 12 MYMY 2

注意......

「MYMY」contentsページです。

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君と歩いたこの世界の 12 MYMY 2

船の操縦を、こんなにメインで自分がすることになるなんて、ジュンは思ってもみなかった。別に才能があった訳じゃない。それはロープの綱渡りのように、ちょっとしたコツがあっただけかもしれない。いつだって遠くを見て生きてきた。船を操るにも、それが役立っただけかも。
でも皆が操縦を少しずつ覚えていけば、そこはもう自分の席じゃなくなるだろう。
特に卑屈な考えでもなく、当然のようにそう思っていたのに、そこはいつのまにかジュンの場所になっていた。
足下には、ディエイトのための場所も用意された。
空に飛び出したばかりの頃は、ジュンの足下でハオはいつだって足を抱えて座っていたから。背中はいつだって何かに当たっていて、後ろは誰にも取らせないようにして、全体を見回して油断なんて絶対しないで。それはきっとジュンが操縦桿を握っていて、いつだって背中が空いていたからかもしれない。

誰も叩かない。誰も怒鳴らない。誰もジュンとディエイトから搾取しない。
一緒に船に乗ったのは全員同世代か年下で、それでも同じ場所に住んでいた訳じゃない2人のことを、いずれは区別するだろう。ジュンでさえそう思っていたんだから、ハオが心を許すはずもない。

それでもジュンが少しでも休めるように、全員が少しでも操縦ができるようにと頑張ってくれたし、ディエイトのためにはその場で休めるようにとクッションやタオルケットを用意してくれた。
ジュンが操縦しながらも片手で食べられるものを用意して、スングァンなんていつだって横で、ストローをセットしたコップを持って飲み物をくれた。

ウォヌはいつでも、通りすがりに「ジュナ」と名を呼んでいく。
ミンギュはいつでも、「ジュニヒョンは多めね」と料理を多く皿に盛ってくれる。
ホシはいつでも、そんなジュンに向かって「一口ちょうだい」と言ってきて、皆から怒られる。

楽しい日常、バカみたいに幸せな今、そんなものに触れてこなかったから、居心地の悪さは感じはしても、そこに安らぎを覚えたりはしなかった。
どんなに明るい舞台に立っても、幕が下りれば薄暗いねぐらに戻るだけ。
この生活はいつまでも続かない。
でも船が飛び立ってしまったことで、それまでの生活とは強制的に切り離されたことも事実だった。
戻りたい場所なんてなかったけれど、一度は飛び立った場所に戻る必要があるだろう。でもそこにはもう、一緒に旅をしてた人たちはいないはず。
だからそこまでは一緒に。そしてそこからはきっとハオと2人で。
ハオのように警戒心も見せずに、ジュンはいつだって飄々としてた。

船の中で暮らす以上は、関係性は悪いより良い方がいい。最初の頃はハオと2人、船を下りるチャンスがあれば消えてしまえばいいとさえ思っていたほど。
でもそんな考えを、見抜いてた人がいた。
表情にも行動にも、それこそ言葉でも、そんなことは匂わせてもいなかったのに。
何も決めてはいなかったから、少しだけでも水を持って出ようか、悩んだのはそれぐらいで、それも一瞬だったというのに。
それは何度目かの地上で、ジュンも町に出ることになった時のこと。そこには一緒にディエイトもいて、何も決めてはいなかったけど、でももしかしたら......とは思ってもいた。
一緒にいたのはジョシュアとミンギュとジュンとディエイトとウォヌだったはず。
買い物するのに別れようって話になれば、ジョシュアが座って待ってるからそれぞれ行ってきてと言い出して、ミンギュとウォヌと、ジュンとディエイトで別れたのはたまたまだったはず。

「ジュナ、ほら、これ持って行きな」

そう言ってジョシュアから受け取ったリュックは、買い物したものを入れるための袋だったはずなのに。
ディエイトと2人になってから、船で使う香辛料を買うか、この後のことを考えて水を買うか。真剣に悩んだっていうのに、リュックの中には水がもう入ってた。日持ちしそうな食料と、いざとなればお金に換えられそうな品まで。

「水はもう、買う必要はないね」

リュックの中身を見て固まっていたジュンの横ではディエイトも一緒に覗き込んでいた。2人きりの方が楽だと、絶対にそう思ってそうなハオだったのに、「俺、船も悪くないよ」って言ったのはハオの方だった。
ジュンは香辛料を買った。ディエイトは茶葉を買った。
買い物をして戻って来た2人に、ジョシュアは何も言わなかった。

船の中での生活は、慣れてしまえば居心地はすぐに良くなった。天候が悪くなければ船の操縦を変わってくれる存在もできた。そうすればジュンだってのんびり過ごすこともできるようになった。
操縦席を離れて一番話したのはウジだった。船を操るジュンと、風や星を読むウジは暇さえあれば船の飛ばし方を飽きることなく話してた。特に上手くなりたいとか、もっとカッコよく飛ばしたいとか、そんなことは思ってなかったっていうのに。それでもいざって時にはそれが役立って、気づけばウジが言うことは多少の無理でも行けると信じてる自分がいた。
ウジだって、操縦桿を握るのかジュンだから言えることが確実にあったはず。

「ジフニの相棒は、俺なんだけどな」

そう言って、ホシが拗ねてたこともあったほどだから............。
月が綺麗だと、船の上でウォヌが言う。空を飛んでても、星はまだまだ遠いんだなとホシが言う。真っ暗に見える夜空に色があるんだなと、誰も気づかないようなことに気づいてウジが言う。
別に順番に何かを言わなきゃいけない訳でもないだろうに、全員がジュンのことを見る。
示し合わせた訳でもないのに、96ラインが揃うことが多くなったのは、97ラインが揃って何かすることが増えたからかもしれない。

ハオはいつだってジュンの近くにいて、誰にも背中を取らせないと構えていたはずなのに、デカイ図体して案外ビビリな底抜けに明るいミンギュと、ビビリすぎて動きが逆に面白い優しさの塊みたいなドギョムと、いつだって冷静なディエイトは仲良くなってみれば、いつだって一緒にいた。
出かけた際に、ジョシュアがジュンにこっそりと荷物を持たせたのは、3度で終わった。
ディエイトが楽しく笑うようになって、そのうちケンカまでするようになってしまえば、とりあえずは元の場所に戻るまでは一緒にいようと、話し合った訳でもなくそうお互いに思えたから。
その頃にはいつだってホシが、「クユズ集合」と言うことが多くなって、誰かが呼ぶ「ジュナ」って呼び方も声も音も、全部が好きだなって思える自分がいた。

そして何より、たった1つしか違わないのに、なんでか愛を惜しみなく与えてくれるヒョンたちがいた。
それはただの優しさだったのかもしれない。普通ならありがとって言えば終わり程度の。
最初は、ジュンとディエイトはそんな普通の優しさにも触れる機会が少なかったから、だから大げさに捉えてるだけなのかもって思ってた。
優しさにはいつだって何か裏があって、気づけば誰だって自分の都合の良いように話をすり替えて行く。優しさに油断したら傷つくのは自分たちの方だって、育った過程でジュンもディエイトも嫌ってほどに判ってた。
バカみたいにその優しさに感動して油断したら足下をすくわれる。
見返りを求めない優しさなんてきっと猿芝居でしかない。
そう思ってたのに......。

背中をトントンと叩かれる。驚いて振り返れば、そこにはエスクプスだったり、ジョンハンだったり、ジョシュアだったり。
無理なんてしてないのに、まだまだ平気で、耐えられないことなんてこれまで山とあったのに。
お腹の調子がちょっと悪いとか、今日はなんだか気分がすぐれないとか。全部気にせずにやり過ごせるものばかりなのに、ヒョンたちはなんでか、それらにジュンよりも早く気づく。
操縦席に1人座ってたって辛くなんてないのに、ヒョンたちの誰かはいつだって一緒にいてくれる。慣れてきた頃にはなんでか3人で横で酒盛りとかしてたけど、それでもジュンだけが辛くないようにと、いつだって誰かはいて、それはジュンが操縦席を丸々一日離れてたって大丈夫になるようになるまで、当たり前のように続いた。

操縦席から離れられない間は、ディエイトがどこにいるか、何をしてるかも、ちゃんと教えてくれた。何かあった時、ディエイトは確実に守られる側じゃなくて戦う側だったけど、それでもジュンが誰よりもディエイトを気にしてることを知っていたから。

お互い、何かをちゃんと学んだ記憶はない。ただ生きるために覚えた芸があるだけ。それは綱渡りだったり玉乗りだったりナイフ投げだったり。ミスはすべて自分の身体に痣となり傷となり戻ってくるだけで、成功すれば拍手は貰えるけれど、夕食のおかずが増える訳でもなかった。
守ってやりたくても、庇えば2人して食事が抜かれるだけで、してあげられることなんて夕食の一部をこっそりと服の中に隠して持ち帰ることぐらいで。
それでも一緒にいるだけで、それだけで、生きてこられた。

少しずつだったのかもしれないし、一気にだったのかもしれない。でも気づけば、ハオとはまた違った形だったけど、信頼できるチングができて、安心できるヒョンができて、守りたいと思える弟たちができていた。
船を動かす時には、いつだってハオの場所を気にしていた自分が、いつの間にか全員の配置を気にするようになったから。
誰かの姿が見えなければ、「全員いるかッ?」って当然のように確認する自分がいたから。
同じように、自分のことを気にしてくれる人たちがいて。
なんでも器用にこなして生きてきたはずなのに、気づいてみればそれは、なんて不器用な生き方だったんだろう。

必死にハオと2人、頑張って生きてきた自分のことも当然嫌いじゃないし、なんなら愛おしいけれど。
守る人間が増えた今の自分も悪くない。
そう思えた頃には、いつだって目の前には旅の終わりが見えていた。

スングァンはよく泣いていた。口にするのはオンマって言葉ばかりで、母親をそれほど慕う理由が最初は判らなかったけど、今なら判る。きっとスングァンに似て、優しい人なんだろう。
いつだって頼ってきてくれる。「ジュニヒョン、なんか今日の雲は怖い感じするね」って言いながら、操縦桿を握るジュンの後ろに立ってすり寄って来る。
怖がりで寂しがりで泣き虫で、弟らしくて。
でもすり寄ってるだけのようでいて、ジュンの背中をいつだって優しく擦ってくれたり、気持ちを寄り添わそうとしてくれるのは、無意識かもしれないけれど、確かにスングァンの優しさだろう。

嵐が来ると知れば、絶対にやって来る。早くバーノンやディノと一緒に隠れてろと言えば、「ごめんね。俺もいつか、こんな時にも一緒に頑張れるようになるからね」と言って、泣きそうな顔で去って行く。
でも基本怖がりだから、そんないつかはきっと、来ないだろう。
一度突然の砂嵐に巻き込まれた時、逃げる間もなくてスングァンはジュンの側にいた。
その時はその場で踞るのすら怖くて動けなくなってるスングァンを抱き込んで、操縦桿を握ったから。

思えばスングァンは自分にとって、はじめてできた弟だったのかもしれない。
守って守られて生きてきたハオはどちらかと言えばともに並び立つ感じだったけれど、スングァンはどこまで行っても守るべき相手だった。
そしてバーノンはぽやぽやした見かけに寄らずしっかりしていて、ジュンにはなかなか近寄って来なかったし、一番マンネなくせにいつだって色んな仕事を手伝おうと頑張っていたディノもまた、ジュンの側でただ座って、一緒にいることを楽しむようになるまでは時間がかかったから。

「ジュニヒョンはいつも、とびきりカッコイイよ」

そう言って、スングァンは褒められることにも慣れてないのに、ジュンのことを当然のように持ち上げてくれる。一番カッコイイって。一番強いし、一番なんでもできるって。
まぁでも途中から、「ボノニの方が時々はカッコイイ」とか言い出したから、一番ではなくなったようだったけど............。

優しいスングァンは、操縦桿を握るジュンがいつも1人で寂しいだろうと考えたのかもしれない。皆が寝静まった頃とか、夜明け前とか、思い出したかのように起きてきてジュンの側にいる。そんな時はオンマが好きだった曲だと、懐かしい歌を歌ってくれる。
母親も2人の姉も歌うのが好きで、でも一番好きなのは自分だったと、なんてことはない姉たちとの日常を語ってくれもする。

それはジュンにとってしてみれば、お伽話のような幸せな物語。
ここにはスングァン以外はいないんだから、自分の都合の悪いことは黙っておいて、話を盛ったってバレないというのに、自分が我儘を言って上のヌナが我慢してくれた話やら、下のヌナと大喧嘩して、言っちゃいけない言葉を口にした話まで。
スングァンはその素直な性格のままに、楽しそうに悔しそうに、時には泣きそうになりながら、色々教えてくれた。

誰もがそこら辺にいる子どもたちで、たまたま船に乗り合わせたってだけだと思ってた。
でもスングァン1人とってみても、奇跡みたいにキラキラと輝いて見える。

「ジュニヒョンなんでそんなにカッコいいの?」

毎日のようにそう言って、ジュンが何でもできて、そのどれもが完璧で、嘘みたいにカッコイイとスングァンがジュンのことを褒めてくる。
褒めたって何もないのに。でもその目が、もう本当にカッコイイって言っているようで。くすぐったくて笑っちゃうほど。

「俺、世界一カッコイイんだって」

そう言ってハオに自慢すれば、「それだけスングァニの世界が狭いってことだろ」と鼻で笑われたけど。
でも誰に対してもスングァンはジュニヒョンが一番だよって自慢してくれるから。
ある意味ジュンの世界はスングァンによって広がったかもしれない。
何でもできるのに、それを特別なことだとは思ってもいなかったから。

歌だって歌えるし、踊りだって踊れる。民族的な踊りから、官能的なものまで。それはジュンの数多ある仕事のうちの一つだっただけで、歌いたいと思ったことも踊りたいと思ったこともなかったけれど、スングァンは聞かせて見せてと、いつだって目をキラキラさせてくれたから。
いつからか、一緒に歌ったり踊ったり。それから笑ったり。
操縦桿をうっかり手放して船がグラつくこともあったほど。

そうしたらもう、大事な存在なのは当然で、色んな空と街。色んな食べ物に飲み物。色んな歌に踊り。色んな新しい思い出に2人だけの秘密。
そんなものがいっぱい積み重なっていく。
毎日毎日、似たような空を飛んでるって言うのに。
毎日毎日、飽きもせずに「ジュニヒョン今日もカッコイイ」って言ってくれる。
毎日毎日、楽しそうに笑う。

絶対に譲れない、誰も入れない領域には、いつだってハオだけがいたはずなのに............。

空の上は色んな色がある。色んな風が吹く。こっち向きの風が、少し行くとあっち向きの風になる。ずっと一緒にそれを見てるはずなのに、スングァンはまったく空も風も星も読めない。
流れ星が流れれば、喜んで必死に願い事をする程度で。

これはもう愛で、守るべき存在で、笑っててくれないと困る弟で。
それを改めて知ったのは、自分の命をかけてでも守りたいと思ったというか、思う以前にそう行動している自分がいたから。

キッチンにいたのは、バーノンとスングァンとディノのマンネラインで、まだジャム作りはジョシュアしかできなくて、キッチンにも慣れてないのに3人で何をしてたのか。
突然の爆音は、何かが爆ぜた音だった。
ディノとバーノンはいた場所が良かったのか、それとも反射神経が良かったのか、気づけば飛びのいていて無事だった。その場に残されたのはスングァンだけで、船の中なのに火の手があがり、どん詰まりにいたスングァンには逃げる場所もなく。

「スングァナッ!」

ジュンが聞いたのは、爆発音の後のバーノンの叫び声だった。
操縦桿を握ってなければ、もっと早く駆けつけただろう。
ミンギュとウォヌが走り抜けた後に、「どうしたの?」とやって来たドギョムを捕まえて、操縦桿を押し付けた。

「えぇ、ジュニヒョンッ、無理だよ。無理に決まってるじゃん」

慌てるドギョムに「とりあえず握っとけ」と無理なことを言って走る。
それを見た瞬間、ジュンは動いてた。炎の向こう側にスングァンがいて、怯えてるのも判って、無事かどうかなんて関係なくて、側に行ってやらなきゃっていう気持ちよりも身体が先に動いて。

「ジュナッ」

ウォヌが叫んだ。ジュンが一瞬で火の横を通り過ぎたから。
腕を振り上げるようにして火を飛ばして躱す。動物たちを火の輪に潜らす時もあれば、それは自分自身の時もあったから、火には恐怖心はなかったから出来たことかもしれない。

怖がるスングァンを背にするようにして、スングァンに迫る火に対峙する。これで火が風に煽られようが、これ以上勢いよく燃えだそうが、スングァンの肌を焼くことはないだろう。
そこが船の中じゃなけりゃぁ、火を消すことに注力するだけで良かっただろうが、船の中だし、その船は飛んでたし、操縦桿をいつも握ってるジュンはスングァンのことを守って火と対峙してるし、その間も誰よりもデカイ声で「嘘ッ! ウソウソウソウソッ! 嘘じゃないヤバイ落ちる。何かにぶつかるッ!」って叫んでるドギョムがいた。

「水は使えないよッ!」

冷静にそう叫んだのはミンギュで、船の上だから水は貴重だからだろう。
空の上だから、滅多に何かにぶつかることはない。立っている感じからすると高度が落ちてる気配もない。だからドギョムが叫んでるだけで、もうしばらくは船は大丈夫なはず。
冷静に考えてる間にも、いざって時には絶対にどうにかしてくれるヒョンたちも駆けつけてきたから。

「砂だッ! こないだ船に持ち込んだだろッ!」

駆けつけた瞬間火を見たジョンハンが叫ぶ。水が使えないなら砂で消そうと思ったんだろうけど、正確にはあれは土だった。
船の中で何かを育てたいと言い出したのは確かウォヌで、癒しになるような緑を育てるつもりだったらしいのに、食材になるような種や苗ばかりを買ったミンギュが確かいたはず。

「ジュナッ! 投げるぞッ!」

ちょっとだけ考えごとをしてたら、エスクプスの声とともに目の前にフライパンが飛んできた。
それで火を少しでも防げってことだろう。いるかな?っ一瞬考えて、それを自分の胸の少し下に構えた。
背中に庇ってるスングァンが怖かったのか後ろからしがみついてきて、ジュンの胸の少し下にはスングァンの手があったから。

いつもはのんびりしてるのに、物凄い速さで土の入った袋を持って戻ってきたのはジョシュアで、結構な重さがあったはずなのに、気づけばそれをぶちまける寸前だった。

「ジュナッ! バカお前、顔を守れッ!」

エスクプスはそう叫んだけど、守りたい顔でもない。それよりも、話しながら一緒によく動くスングァンの綺麗な手の方が、ずっとずっと守りたかった。

ジュンの考えを一瞬で読んだのはジョンハンの方で、「スングァナッ! 目だッ! ジュニの目を守れッ!」と叫ぶ。
なるほど。顔はどうでもいいけど、確かに目は守る必要はあるかもしれない。

ジュンがぼんやりそう思った次の瞬間には、スングァンの必死に伸ばされた手がジュンの目の前にあった。怖いんだろうに、その手はブルブルと目に見えて震えてるっていうのに、それでもジュンの目を守るために必死に伸ばしてる。
だから当然、ジュンもフライパンをスングァンの手の前、つまりは自分の顔の前にあげた。

ジョシュアが勢いよく土をぶちまけて、火は一瞬広がりはしたものの、酸素を絶たれて朽ちるようにして消えた。多少残った火もあったけど、それはミンギュとウォヌが踏み消した。
スングァンは広がった火の熱さに驚いたのか泣いて、でもジュンが守ったから火傷はもちろんのこと、ケガ一つしなかった。

エスクプスが色んなものを乗り越えて来て、泣いてるスングァンの無事を確認する。それから抱きしめて、「ケンチャナ」って何度も何度も言ってやっていた。
忘れてた訳でもないけど、ドギョムはずっとわーわーと叫び続けてた。だから急いで戻ろうとしたのに、ジュンのことを捕まえたのはジョンハンで、エスクプスと同じよう「ケンチャナ?」って言いながら、ジュンの身体を回転させた。腕も指も多少は赤くなっていたかもしれないけれど、全然大丈夫なのに、ドギョムから操縦桿を取り戻したジュンの横で、薬をずっと塗ってくれもした。

スングァンは落ち着いてからやって来て、「俺、どこもケガしなかったよ」って言いながら抱き着いてきた。それから「ジュニヒョン、なんであんなに俺のこと、守ってくれんの?」とも言った。

「あそこにいたのがディノだったとしても、ボノニでも、助けたって」

そう言ったけど、あそこまで必死になったかは正直ジュンにも判らない。
マンネラインは3人とも可愛いでしかないけれど、ディノとバーノンはそれなりに対処ができそうな気もする。でもスングァンだけはいつまで経っても、「オットケ」って言うだけなイメージもある。

「お前のせいで、ドギョミが死にそうになってたよ」

そう言ってやれば、スングァンは「ドギョミヒョンにも俺、謝ってくる」と言ってジュンから離れて行った。
ドギョムは操縦桿を握ってる間の緊張が激しすぎたのか、ジュンが戻った時には船の中で盛大に倒れて、しばらく目を回してた。
今も「しばらく寝込むと思う」と宣言して、ベッドに潜り込んでいる。側には「全然大丈夫だっただろ」と言いながらジョンハンがいたけれど、体調というか、機嫌は当分直りそうにない。

土まみれになった場所は、ミンギュが文句を言いつつも掃除をはじめてて、ウォヌも手伝うって言ってたのに早々に邪魔にされて見学だけしてた。
一度も現れなかったウジとホシは、相変わらず船の上で騒ぎだけを聞いていたらしい。
さっきは大活躍だったジョシュアはもうのほほんと笑うヒョンに戻ってて、やっぱり一度も現れなかったディエイトも、その頃からエンジン室に籠ることが多くなっていた。

船は飛べなくなる訳でも、落ちる訳でもなく、いたって普通に飛び続けた。
スングァンはそれからもよく、眠れないんだって言いながら星明かりの下で操縦桿を握るジュンの側に来たけれど、大抵の場合一瞬で眠る。
幸せそうに眠るその姿を見ながら過ごす時間は優しさに満ちていて、嫌いじゃなかった。できるなら、幸せに笑ってばかりいて欲しいと願うほど。

旅は続いて、でも終わりに向かってて。それを誰もが感じるようになると、スングァンはジュンの側にいることが増えた。

「ヌナが2人いるから、ジュニヒョンがどっちかと結婚したらいいよ」

そんな事を時々真剣な顔で言ってきたけど、そうしたら遠くからジョンハンが、「ヤー、スングァナ。お前こないだ、俺とジョシュアにヌナ2人を薦めてただろッ」と叫んでたから、寂しくなると誰彼なく自分のヌナたちを......と言ってるらしかった。

「だってサヨナラは嫌だよ」

素直なスングァンは、目をウルウルさせながら言う。

「お前が困ってたら、俺が絶対、駆けつけるよ。いつだって、そうだっただろ?」

ジュンの言葉に、スングァンは頷いた。
でも、離れ離れになったら無理だとも思ってたはず。ジュンにだって、どうしようもない時はあるはずって。

船の中には、操縦桿を握るジュンと、スングァンを助けるために準備してるハオとホシがいるだけだった。船の上には相変わらずウジがいて、ギリギリを攻めろと言うはず。
エンジン室には珍しくウォヌがいて、「いざとなったら俺も出るよ」と言った。

ホシが駆け戻ってきて「船を出すぞッ」と叫んでから5分も経たずに船は飛び立った。身体にロープを巻き付けながらもホシがスングァンの状況を叫ぶようにして知らせた。
ホシがスングァンの所まで降りて、その身体を掴むと言う。そんな不確かなものと言う文句は誰からも出なかったのは、時間がないと判っていたからだろう。
引き上げるのが理想で、次点は地面に下ろすことで、最悪の場合、スングァン1人を落とす訳にはいかないから、その時は2人で飛び降りるとホシが強気の笑顔を見せて言う。
いつもなら「お前バカだろ。何言ってんの?」って文句を言うはずのウジが黙ってたから、選択肢は本当にそれしかないのかもしれない。
飛び立って僅かで「減速、下だッ」ってウジの声がして、ギリギリの場所でかろうじて耐えてるスングァンの姿が見えた。

勢いよく飛び出していきそうな雰囲気のホシが、驚くほどに慎重に下りていく。空を飛ぶ船だから、今ぐらいだと地上すれすれと変わらないと判っているんだろう。
最悪船は落ちたとしても、スングァンだけは助ける。それだけは決めていた。
ギリギリまで下がったのに、まだ足りなかったのかもしれない。
でももう船を下げ過ぎたせいで、ジュンの視界にはホシもスングァンも入ってなかった。

「ジュナッ」

船の上で、片手で身体を支えて身を乗り出してたウジが叫ぶ。
見ればもう片方の手で、もっと下げろと指示を出していた。何も見えないけれど、ウジのその手の動きだけを信じてジュンは船の高度を下げる。
見えなくたって怖くはなかった。ウジはそれだけ、ジュンにとっては信頼できる相手だったから。

船のバランスが一瞬崩れた。それはホシがスングァンを掴んだ証拠で、ホシとは反対側で船の外に身体を出していたハオが、黙ったまま、ジュンの視界から消える。
それでも2人分の体重を引き戻すほどではないんだろう。

「離すなッ」

ウジが叫ぶ。
いつだって全体を俯瞰して、滅多と船の上から降りてこないウジなのに、「ジュナッ、ウォヌを呼べ。俺とミョンホは大丈夫だから」と言った瞬間には船から飛び出して行った。
その身体は真っ逆さまに落ちるのかと思えば、ホシとスングァンとは反対側から船が引っ張られたから、ウジはその体重全てを使ってホシとスングァンのことを呼び戻すことにしたんだろう。
時間はだからこそ余計になかったのかもしれない。
ハオにぶち当たったりはしなかったのか、一瞬そんな不安もよぎったけれど、ジュンはそんな素振りも見せず、伝声管に向かって叫んだ。
「ウォヌやッ! 出ろッ!」
エンジン室から普段のおっとりした様子からは想像できないぐらいの速さで出てきたウォヌは、船の中に張られたロープの意味を正確に理解して、自分の体重をかけながらそのロープを手繰り寄せていく。
ホシとスングァンが引き込まれるまで、それほど時間はかからなかったかもしれない。
そこからは、ジュンの腕の見せ所のはずだった。船のバランスは悪すぎて、せめても高度あげなければ立て直しも難しいほど。せっかくスングァンを引き上げたのに、そのままでは船ごと墜落することになる。
でもそんな船の状態を理解してたのはウジも一緒だったようで、傾いていたはずの船がふわりと浮いた。
「ウジが飛び降りた」
ウォヌの呟きに、今の高さを考えてゾッとする。でも船のことを思うならば、被害を最小に抑えるならば、それは最適な判断だっただろう。
目の前でウジがロープから手を離したなら、ハオがそれに続かないはずがない。
「ハオッ」
だから慌てて高度を下げた。せめて地上までの距離が少しでも短くなるように。
間に合ったのか、間に合わなかったのかは判らない。でも確実に船のバランスは戻ったから、もうロープの先には誰もいないんだろう。
ジュンは歯を食いしばって操縦桿を握り続けた。
そして船の高度を一気に上げる。空に出れば一瞬で安定は取り戻せる。急いで、でも安全に急旋回して戻って、全員を回収すればいい。
きっとウジもハオも無事なはず、そう信じて最速で戻ったのに、そこにはディノがいなかった。
ウジとハオは完全に無事だったかと言うと多少はボロボロだったけど、それでも無事だったのに............。

The END
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