バーノンが迎えに行くと、スングァンはしっかりと持たされた水を胸に抱えながら、「エヘヘ」って笑いながら手を振っていた。
たぶんそれで、こないだはゴメンねとか、久しぶりとか、今日はよろしくとか、そういう気持ちを全部まとめていたんだろう。
今日は、はじめてのお泊りで、しかもジョンハンにもジョシュアにもちゃんと認められたお泊りで。スングァンのテンションは爆上がりで、あちこちに目をやりながらも話しながらもバーノンのリアクションも確認しながら歩くもんだから、すぐに何かにぶつかりそうになる。
だから手を繋いでやれば、「デートだデートだ」ってそれもまた嬉しかったようで、繋いだ手をぶんぶんと振り回して目立ってた。
それから2人で買い物に行って、お揃いのパジャマ変わりのシャツを買った。そうしたらやっぱり「おそろだおそろだ」って飛び跳ねていた。
それからハブラシも買った。あんまりにも喜ぶから、自分の分は必要ないのに2人分買ってしまったほど。
「俺ハミガキなんてはじめて~」
そんなことをスングァンが言うもんだから、思わずお子様用のイチゴ味の歯磨き粉も買ってしまったけれど、それが失敗だったのかもしれない。
美味しく一緒にチキンを食べて、アニメだけど映画も見て、さぁ寝ようかって時になってハブラシと歯磨き粉を渡したけど、スングァンはイチゴ味の歯磨き粉を嬉しそうにペロペロと舐めはじめたから。
「食べ物じゃないって」
慌てて取りあげてハミガキの方法を見せると、スングァンは嬉しそうにマネをして新しいハブラシを動かしていたけど、ハミガキがはじめてな人の行動を舐めていたかもしれない。
「んんん、んんんん?」
口の中にハブラシがあってハミガキ中でアワアワでもあるもんだから、話そうとしても話せない。それが当然なのに不便だとでも思ったのか、スングァンはハブラシを口の中から取り出すと、そのままゴックンと口の中のあれやこれやを飲み込んだ。
「ヤーッ、なんで飲み込むんだよッ」
「え? だってなんか、話せなかったんだもん」
やっぱりバーノンは慌てて、子ども用の歯磨き粉のパッケージを見て、飲み込んでしまっても問題ないとか書いてないかと小さい文字を追い始める。
「水でクチュクチュしてペッって、最後はペッって吐き出すんだって」
動きまで見せて説明したっていうのに、「わかった」って言ったスングァンは、そのペッがうまくできなくて、クチュクチュまではできても最後は口を開けるだけだから結果ダーーーーってハミガキの残骸が口だけじゃなくてシャツもろとも、床までをも濡らす。
「ヤーッ、何やってんだよ。ペッっだよ、ペッ」
「やってるよ。やってるけど......。なんか、ハミガキって難しいな」
たぶん普段は水の中で暮らす人魚だからだろうけど、水をペッっと吐き出すことなんてしたことがなかったんだろう。
結局うまくできなくて、服も床もびしゃびしゃにするもんだから、スングァンのことを風呂場に押し込んだバーノンだった。
まだパジャマ変わりのシャツに着替える前で良かったって思ったのもつかの間、風呂場から出てきたスングァンは、嬉しそうで恥ずかしそうで幸せそうにお揃いのシャツを着ていたけれど、なんでかそれ以外は何も着てなくて、バーノンが思わずひっくり返りそうになったほど............。
「なんでシャツ以外全部脱いでんだよ」って聞けば、「だって濡れたんだもん」とか言う。
いやそれなら濡れたから貸してとか言えよって思いつつも、パンツを貸してやればやっぱり嬉しそうに「エヘヘ」って言いながらパンツを履いていた。
なんだかスングァンは失敗したって全部楽しそうに笑ってるから、かなり疲れたのはバーノンだけのようだった。
「いや、ハミガキの仕方とか、人魚のヒョンたちは教えてくれないのかよ」
2人でベッドで横になりながらそう聞けば、「教えてくれないよ」とスングァンは言う。
教えてと言えばなんでも教えてくれるけど、人魚の人生はどうしたって長いから、はじめての経験は自分でして楽しめってことらしい。
なるほどって思わないでもないけれど、「おやすみのキスはしないの?」とかスングァンが聞いてくるから、なんでそういうことは教えるんだよ......と頭を抱えるバーノンだった。
The END
1750moji
このおはなしは、Twitterで書いてた人魚たちのおはなしと吸血鬼たちのおはなしとリンクしています。
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