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SEVENTEEN全員でのドラマか映画が見たいな......

天使が空に WONWOO side story

注意......

多分。続きモノです。
はじめて「天使が空に」を読まれる方は、contentsよりお進みくださいませ~ 

sevmin.hateblo.jp

天使が空に WONWOO side story

あの日、ウォヌは戦うのに足しか使わなかったはずなのに、すべてが終わってみれば左腕が痛かった。
病室の扉のすぐ側に座ってた時にようやく気付いて見てみれば、そこは赤くなっていた。
殴られた記憶もないし、打ち付けた記憶もないっていうのに。

きっと大したことない。そう思って忘れようとするのに、なんだか少しずつ熱を持ってきてるようで、左腕から少しずつその痛みが身体中にめぐり始める気がしてきて、ちょっとだけ不快で怖かった。

でも、「ヒョン、大丈夫?」ってミンギュが聞いてきた時、思わず「とりあえず今は」と答えてしまったけど......。

 

 

あの日、ウォヌがその異変に気付いたのは大分遅かったかもしれない。

「イ・チャンッ」

ユンジョンハンがディノを呼ぶ声に、閉じていた目を開いてみれば、ウォヌの目の前で繰り広げられたすべてがスローモーションのようだった。

突然殴られたジョンハンが床に倒れた瞬間の痛みを、ウォヌは感じたかもしれない。
ぞわっとなった誰かの感覚も、ウォヌは確かに感じた。自分が早く動かなきゃいけないのにって思いながらも、まだその男の近くにディノやディエイトがいるのも見えていたのに、ウォヌは動けなかった。

まだウォヌの世界はスローモーションのまま、ウジが行くのが見えた。

「ジフナ」

叫んだつもりだったのに、それはきっと音にもならなくて、きっと唇が動いただけだったかもしれない。

「ミンギュや」

そうも叫んだつもりだったけど、弾き飛ばされたウジを抱き留めながら一緒に床に沈んだミンギュのことも、ちゃんと見てたのに、ウォヌはまだ動けなかった。
持ってたスマホで、誰かに連絡をするってことすら思いつかなかった。

パイプ椅子が空を飛んで、ガラスが割れて、無意識にジュンに続いて立ち上がりはしたものの、まだ色んなものがスローモーションで。エスクプスがドギョムの名前を呼んではじめて、ウォヌは呼吸を取り戻し、自分の身体が自分の意志で動かせることを思い出したほど。

でもそれは一瞬と言うには長すぎて、でも遅すぎるってほどでもなくて。

ドギョムのことを押し戻しながらも前に進んだ。
ジュンはもう戦いはじめてて、でも戦うことなんて誰も慣れてなかったから、その戦いに勝てるのかどうかすら判断できなかった。
少しだけ落ち着いて、これ以上の被害が出ないようにとその場にあった机で防波堤を作ってから、ジュンに加勢した。

でも手は使わなかった。後から誰かに聞かれた時に、「関節を狙って倒した方が早いと思って」と答えたような気がするけれど、それは後付けに考えたことで、実際には手を出すのが怖かっただけだ。

手と足で考えた時に、足の方が相手との距離がとれると思っただけ。
ジュンが真正面から戦ってるのも判ってたのに、横から体当たりでもして倒せば良かったのに、触れる勇気はなかっただけのこと。

冷静に見えて全然冷静ではなかったのか。
それとも冷静だったからこそ、足を使ったのか。
効率的に見えて非効率なそれは、きっとウォヌの怯えで、勇気の無さのあらわれで、情けなさが丸わかりだったというのに、誰も気づかなかった。
みんながそれぞれ、テンパっていたからかもしれないけれど、もしもジョンハンやウジが無事だったなら、絶対に気づかれていただろうと思う。

倒れた男を押さえ込んだのもジュンで、ウォヌはそれに倣うようにして、男の足を押さえただけだった。
非常ベルがなった時、ドキリとした。
やっぱり全然落ち着いてなんてなかったからか、ミンギュがディノに非常ベルを鳴らせと言ったその言葉を聞き逃していたから。

走ってくる誰かのバタバタとした足音に、警備の人間なのか、「どうしました?」っていう大人の男の人の声にも、ビクついた自分がいた。
無表情を通り越して、その目からも色をすべて消しさったようなジュンがまだ警戒をとかずにいたっていうのに、ウォヌは身体中から力が抜けてしまっていた。

さっきまでは自分たちしかいなかったのに、気づけばそこには警備の人や、マネヒョンや、見知らぬ大人たちがたくさんいて、遠くから救急車の音が聞こえてきて、それがどんどん近づいてきて。
思わずなんでだろうって思ったほどだから、まだ床に沈んだままのユンジョンハンやウジやミンギュの存在を、その場では思い出すことすらしなかった。

それでもその場では一番冷静に見えていたんだろう。
マネヒョンと、現場の責任者みたいな人が来て、警察が来るという。明らかな障害事件で、場合によっては殺人未遂だろうって話で、状況を聞かせて欲しいっていう話だったけど、なんでそれを俺に話すんだ......って、心の中では思ってた。

でもエスクプスもジョシュアもジョンハンについて行ってしまった。
ウジもミンギュとともに救急車に乗った。
96ラインで残っているのはジュンとホシと自分だけだったけど、ホシはドギョムを抱きしめながらディノのことを呼ぶのに必死そうだし、ジュンは周りを警戒しすぎてるのか、いつも以上に寡黙で話かけられる雰囲気じゃなかったのかもしれない。

多分一番冷静に見えてるのが、残ったヒョンラインの中では自分だけだったんだろう。

状況と言ったって何も詳しく説明なんてできないのにって思いながらも、「わかりました」って答えた。自分で聞く自分の声が、誰か他人の声みたいだって感じながら。

それまでどこに立っていようか。そんなことを考えてる間にも、やっぱり先に動いたのはジュンで、部屋の一番奥で動きを止めたままのスングァンのことを抱きしめて、「大丈夫。もう終わったから。大丈夫」と言っていた。
ウォヌはスングァンのことをちゃんと見た記憶すらなかったのに。
部屋の一番奥にいたはずだから大丈夫って、勝手にそう思っていたからかもしれない。

「なんで? なんで? なんで? どうして? どうしたの? みんなは?」

泣きながらスングァンが狼狽えている。
泣いてはいなかったけど、ウォヌだって同じ気持ちだった。

それでもそこまで歩いて、「警察が来たら、俺とジュンで対応するから」って口にした。落ち着いているように見えて言葉が全然足りてなくて、思わず笑いそうになったほど。

泣いてるスングァンが一番判りやすかった。
そんなスングァンを守ろうとしながらも、何も判らないって顔を隠そうともしてないバーノンも、判りやすかったかも。

この部屋の中にあった唯一の鏡はジュンが割ってしまったから、情けない顔をした自分のことを見なくてすんだとホッとしていた。
そのままならきっと、情けないままにずっと後になっても後悔してたかもしれない。何もできない自分に打ちひしがれて、バカみたいに後悔するだけで。
でも目の前で、スングァンの背中を摩り続けるジュンの手が、震えてるのを見た。
それはただの武者震いだったかもしれないけど、ジュンの中にだって、不安や恐怖があるんだって気づいた瞬間には、見た目だけじゃなくて、ウォヌは自分の中に本当の冷静さを取り戻したかもしれない。

過ぎた出来事を考えては悔いるばかりの自分じゃなくて、次の一手を考える自分を取り戻した瞬間だったかも。

「ジュナ、俺が話すから、何か言うにしても、テンポ遅らせて」

警察の人が来たと教えられて、部屋の入り口にスーツ姿の人が何人もいて、ジュンと2人で歩き始めた時にそう言った。

嘘はつかないけど、余計なことは言わない。
全部を言うにしても、それはきっと、今じゃない。
後ろめたいことなんて何一つないけれど、それでも親切にすべてを語ることもない。

犯人は既に捕まっているんだから特に......。

ドラマの中なら警察の人間だって名乗るのに、「加害者を知っていますか?」っていきなり聞かれた。言葉は丁寧だったけど、なんとなく目つきは鋭かったかもしれない。
若いけど偉い人なのか、その場にいた全員が、その人に譲ってるように見えた。

「いえ、初めて見た人でした。でも、全員がそうかは判りません」

ウォヌがそう答えに警察の人は頷いて、それから視線をジュンに向けた。当然その場にいるから何か発言すると思われたのかもしれないけれど、ジュンは黙ったままだった。

「ジュナ、あの男の人、知ってる?」

わざと区切ってゆっくりと訪ねてみる。それにジュンは首を振るだけ。
アイドルなんて普段見もしないんだろう人たちに、ジュンが中国人メンバーであることを説明すれば、言葉が苦手なんだと認識されたらしい。それ以降の質問は全て、ウォヌの狙い通りウォヌを通して行われたから、事前の打ち合わせなんてなくても大方は希望通りの方向に持って行けただろう。

大抵は、よく判らないとか、見てないとか、知らないとか。
だってそれは嘘でもなんでもなくて、事実でもあったから。

誰が男を取り押さえたのか。誰が男と戦ったのか。どう殴られたのか。どう殴ったのか。
色んなことを聞かれたけれど、冷静なつもりでいて実はパニくっていて、結局気づけば終わっていた印象でしかないと説明する。

「その割には、ちゃんと防御壁を作ったんですね」

そうも言われたけど、ウォヌは苦笑して「本当に冷静だったら、スマホでとっくに警察とかマネージャーに連絡しましたよ」と答えれば、納得したのか何人かの刑事さんが頷いていたけど。

結局現場にいた全員と話がしたいと言われた。その言葉にホシやドギョムやディノ、それからバーノンとスングァンを振り返って見てみれば、全員がこっちを見てた。
ウォヌが全員を守ろうと思っているように、こっちを見てる5人分の目が、ウォヌとジュンに何かあったら困るとばかりに、必死に見てたのが丸判りで、思わず少しだけ笑いそうになって、奥歯を噛んで我慢した。

「見た目的にはケガしてませんが、体調を崩してるものもいるんで、ひとまず病院に移動してからでもいいですか。そらなら全員揃うんで」

ウォヌの説明は、特に反論もなく認められた。
でも最後に。そう言って尋ねられたのは、「何回ぐらい、相手を殴りましたか?」だった。
そこは加害者でも犯人でもなく、『相手』なんだって思いながらも、「殴ってません。ひたすら蹴ってたんで。必死だったんで、何回蹴ったかは覚えてませんけど」って飄々と答えたウォヌだった。

ちょうどスングァンが「ジュニヒョン」って泣きそうになりながら読んだからジュンは振り返りつつも半分以上は足を踏み出していて、その問いかけはちゃんと聞いていなかったんだろう。そして警察の人もまた、言語能力の問題から、ちゃんと聞こえなかったんだろうって判断してくれたようで、それ以上の時間2人が拘束されることもなかった。

移動の車は別だったし、後ろをついていくと言っていたけれど、それは真後ろってほどでもなくて、多少の時差はあったかもしれない。少なくとも病院の中で先にみなが待つ病室へとたどり着くだけの時間はあった。

でも正直、気づけば病室だった。
車の中でホシに電話をかけた。「今から行く」っていうのと、「警察の人間がついてきてる」っていうのを伝えるためにかけたのに、言えたのは「今から行く」だけだった。

「今から行く。ジフニは?」
『ウォヌや。ジフニが............、目覚めないって............』

車の中には、ずっと動揺して泣き続けてたスングァンがいたから、息をのむのさえ耐えて、変わりに色んな思いを飲み込んで「............わかった」ってだけ答えた。

でも大丈夫。きっと大丈夫。だってウジにはミンギュがついて行ったはずだから。
それに病院に行けば、ヒョンたちだっている。きっと大丈夫。もう少ししたら全員で笑ってるはず。
車の外、景色が流れていくのすら目に入らなくなった。だから気づいたらそこは病院で、誰かの後ろについて歩いたはずなのにどこをどう歩いたかすら判らなかった。病院独特の匂いが、ウォヌをさらに動揺させたからかもしれない。

誰かに案内されたはずなのに、その記憶はない。それとも病室の場所を聞いたのかもしれない。その記憶もない。でも自分が先頭を歩いてたのは覚えてて、すぐ後ろにスングァンの手を握ってるバーノンがいたのは覚えてる。
一番後ろをジュンが歩いてて、病院の中なのにまだ何かを警戒している風だった。
でも自分だって、後ろにジュンがいるから大丈夫とも思っていたから、何かに警戒はしていたんだろう。

病室にたどり着いてみれば、もう少し時間がかかると思っていたのに、警察の人たちはすぐ後ろにいた。

それでもスングァンとバーノンのことは部屋の中央へと押しやった。そこにはジョシュアの姿があったから、任せても大丈夫とも思えたから。
病室の扉を開けたすぐそこにはディエイトがいて、何故だかピクリともしなかった。普段なら「どうした?」って言ってるはずなのに、そんなディエイトのことも見てたのに視線はただ通り過ぎただけ。

ジュンの後ろからは警察の人たちが付いてきていて、ジュンに続くようにして2人一緒に入ってきた。止められなければ、そのまま後3人ぐらいは一緒に入ってきていたかもしれない。
一瞬ディエイトが動いたけれど、ジュンが「警察の人だから」と説明してた。
後は普通に全員に状況を聞いて、それでようやくひと段落するはずだったのに。

「ヒョンッ! 危ないッ! 逃げてッ!」

叫んだのはスングァンだった。
その場にいた警察の人も含めて全員がその叫び声の必死さにビクついた。

「出て! 出てください! 早く!」

一番に動いたのはジョシュアで、その言葉にウォヌは、病室に入り始めていた警察の人たちを押し出すようにして追い出した。それから慌てて部屋の扉を閉める。

それでもスングァンは叫び続けてて、「逃げて! 早く! ハニヒョンッ! 行かないでッ!」って、ジュンに抱きしめらながらも叫んでた。
病室の中にはもうメンバーしかいないのに、スングァンはまだあの現場にいて、あの瞬間が目の前に広がっているのかもしれない。

まだ一人あそこにいるなら、それはどれぐらい恐ろしいことだろう。
ジュンに抱きしめられて少し落ち着いてからもスングァンは、メンバー以外の人が病室に入ってきたら叫んでた。医者も看護師も、事務所のスタッフもダメで、いつも一緒にいるマネヒョンが唯一メンバー以外で病室に入れる人だった。

警察の人たちも、事情が事情で、目の前でまだパニックになり続けてるスングァンを見てはゴリ押しはできなかったんだろう。

ほかのメンバーでも構わないから一人ずつ話を聞きたいと言われたけれど、それをキッパリと断ったのはジョシュアだった。

「任意であれば、今は無理です。どうしてもの場合も、1人では無理な精神状態なので事務所の人間含めた複数で、開かれた場所でお願いすることになりますけど」

それは病室のすぐ外、扉の前での会話で、病室から出てきたのはジョシュアとウォヌだけだった。
スングァン以外なら、話す内容があるかどうかは別にして、事情を話すことは可能だったかもしれない。でもジョシュアは譲らなかった。きっとスングァンがそんな状態じゃなかったとしても、1人ずつってところは拒否してただろう。

だって「もしもそれが無理でも、事務所の弁護士は必ず同席させます」って言い切ったから。

それはジョシュアがアメリカ人だからなのかは判らない。でも警察の人ってだけで何もかも譲ってしまいそうな雰囲気を、当然ですけど何か?って顔で言い切れるのは、ジョシュアだからかもしれない。

ウォヌはそこに一緒にいただけ。なのに病室に戻る時、ジョシュアはウォヌに「ありがとう」って言った。普段なら「何が?」って聞けたはずなのに、ウォヌは頷いただけ。
少しでも役に立てたなら良かったって思えたのも後からで、後はずっと病室の入口近くに椅子を置いて、扉が勝手に開かないようにそこを守ってただけ。

何かあれば、スングァンが叫ぶ前に見知らぬ誰かを追い出さなきゃいけなかったから。
それが医者だろうと、看護師だろうし、事務所の人間だろうと、警察の人だろうと、副社長だろうと............。

病室の入口に座ってるから、そこで漸く色んなことが見えはじめた。
いつもとは違いすぎる出来事に襲われて、その後はスングァンが不安定すぎて気づけていなかったけれど、それぞれがそれぞれに、様子がおかしかったかもしれない。

ウォヌがそこに陣取るまではずっと病室の入口を守ってたのはディエイトで、その手にはずっとペットボトルが握られたままだった。ジュンがそれに手を伸ばすまで。
ディノはスングァンの様子がおかしいのにショックを受けすぎていて、ホシの横にぴったりとくっついて座ってる。それから時折一人、「大丈夫。大丈夫。問題ない。大丈夫」って呟いている。

ホシはそんなディノの手を握ってやっていたけれど、自分だって本当はウジの傍に行きたかったはず。でも反対側の手ではドギョムのことをまだ掴んでた。
遅れて衝撃がやって来てるのか、じっとしてるようで時々思い出したように「なんで? 何が? なんで?」って口にして、キョロキョロしてるドギョムが立ち上がろうとするたびに、ホシが「ドギョマ。俺のそばにいて」って言いながら押しとどめてた。

バーノンはずっとスングァンの身体のどこかを触ってた。
普段はスングァンがくっついていくのを鬱陶しがっていたりするのに、今は手を握ってたり、背中をさすってたり、抱きしめてたり。
スングァンは凄く嬉しそうにしてて、恥ずかしそうに笑ってて幸せそうなのに、それなのにやっぱり時々、何かに怯えはじめて、そうなってしまえばバーノンがいくら抱きしめてたってダメだった。
だからバーノンは、きっとキツかっただろう。

ここに今、ハニヒョンがいれば。
95ラインのヒョンたちが揃えば。
どうにかなるんじゃないかって、思ってた気がする。
それからウジとミンギュが戻ってきて13人揃えば、きっといつも通り、また全員で頑張ればいいだけの日常が戻ってくるはず。そう信じて、その思いに縋ってた。

それはもしかしたら、ジュンだってホシだって、一緒だったかもしれない。
ディエイトの横に居続けながらもジュンだって時折病室の入り口を見てたし、ホシは逆に時折強く目を閉じて、ウジに強い思いを送ってるようにも見えたから。

食事が届いたのは、中途半端な時間だった。いつもなら誰もが腹が減ったと文句でも言ってるはずなのに、食事を見てはじめて、誰もが食べてなかったことをようやく思い出したほど。
病人食のようなものが提供されるのかと思っていたのに、それは普通にコンビニの弁当で、事務所の人間が人数分を持ってきた。でも当然のように病室には入れずに、病室の入り口でそれを受け取ったのはウォヌだった。
看護師さんからは、スングァンのための精神安定剤を貰ったけれど、それを飲んだからってスングァンの様子が落ち着いたかというと、そうでもなかった。

それはジョンハンが戻ってきた時のこと。部屋にあったベッドを一つ外に放り出して、ベッドごと運ばれてきたジョンハンをそのまま入れるってことだった。
部屋の中にあったベッドはジュンとホシが外に放り出したけど、ジョンハンのベッドを押して来たのは数人の看護師さんで、スングァンの状態は聞いていたからか、物凄く素早く全員が動いていたけれど、それでも見知らぬ人が病室に入って来ることにスングァンは耐えられなかったから......。

ましてや死んだように寝てるジョンハンがベッドの上にいたのも、見てしまったのかもしれない。
その時が、一番酷かった。

そうなるって判っていてもビクついたのに、エスクプスは動じなかった。ジョシュアから状況をちゃんと聞いていたからだろうけど、「ハニは大丈夫。スングァナ、ハニは助かったんだ。俺ももうどこにも行かないし、な。スングァナ、大丈夫」って言いながらエスクプスがスングァンのことを抱きしめた。

その声に、その場にいた全員がホッとしたのに、でもスングァンはまだ「ダメだよヒョンッ! ハニヒョンを早く助けなきゃ、みんな、逃げなきゃッ! 全員いないッ。どうしよう、足りない。誰かが足りないッ」って叫んでた。

多分もうパニックになっていて、誰が足りないのかも判らないんだろう。エスクプスに抱かれながらも必死に見回しては、「どうしよう、どうしよう。足りない、足りないッ」って叫んでた。
まだ麻酔が切れていないからピクリともしないジョンハンが、余計にスングァンを不安にさせたのかもしれない。結局スングァンはその時、過呼吸を起こして最終的には倒れるようにして意識を失ったから。

「どうしよう。どうしたら、いいんだろう」

いつもはスングァンと言い合って仲良くケンカしてるディノが、途方にくれて呟くけれど、それには誰も何も言えなかった。
だってウォヌ自身も、答えなんて持ってなかったから。同じぐらい途方にくれてたし、同じぐらいきっと怖かった。

「もうちょっとだけ、様子を見よう。せめて明日までは」

エスクプスが全員を見渡してそう言ったけれど、明日になればどうにかなるなんて、その時は全く信じられなくて、でもその言葉に縋るしかなくて。

それでもちょっとだけ空気が変わったのは、ユンジョンハンが目覚めたから。
麻酔が覚めたばかりだというのに、ジョンハンはいきなり起き上がってドギョムを怒鳴りつけて、ドギョムを号泣させていた。でも、みんな泣いたかもしれない。
そこにはいつも通りのジョンハンがいたから。
優しくて、強くて、いざとなったら誰よりも頼りになるヒョンで、なんだって笑い飛ばしてくれるような、そんなジョンハンがいたから。

当然のようにジョンハンは、全員の無事を確認した。
ウジとミンギュがいないことには当然気づいたけれど、それよりも凄かったのは、それ以外のことにもちゃんと気づいたから。それはスングァンのことだけじゃなくて、ボノニやディノやミョンホのことにも、それから、ウォヌのことにも。

「お前はどうせ、衝撃に時差があるだろ。夜になってもウジが戻れないならミンギュだけでも戻させるから、そうしたらちょっとはお前も寝れるだろ」

なんでもないことのようにそう言って、「お前は大丈夫だよ」って笑うから。
誰もウォヌのことなんて気にしてなかったのに、はじめてそこでチングなホシが、「ウォヌや。ケンチャナ?」って聞いてくれて、わざわざ近づいてきて抱きしめてもくれた。

「大丈夫......だと思う。ハニヒョンがそう言ってくれたから」

自分の気持ちの問題なはずなのに、ジョンハンの方がよっぽどウォヌの状態を把握してたのかもしれない。でもそれに驚くよりも安心した方が強くて、「俺は大丈夫。ハニヒョンが言ったから」って、自分に言い聞かせるように繰り返してた。

気づいたらディノも泣いていた。「俺、一生ハニヒョンのエギでもいいから、ハニヒョン死なないでよ」って、バカみたいにワンワン泣いていた。
それはジョンハンが、「知らない人にうかうか近づいてってどうするんだよお前は」ってディノのことを叱ったから。

「とりあえず、これで堂々と3日は練習しなくてすみそうだよな」

誰一人まだそんなこと考えられなかったっていうのに、ユンジョンハンはそう言って笑って見せた。
たった一つしか違わないのに、強さなんて側から見たらそれほど感じさせないのに。

麻酔が切れかけてからは痛みだってあっただろうに、「クラクラする」とか「ふわふわする」とは言っても、「痛い」とか「辛い」とは言わなかった。
ジョンハンが盛大に「俺はケガ人なんだから気を使えよ」とか言い始めたのは、それこそ全員が揃って、スングァンの様子も大分落ち着いてからだった。

スングァンが落ち着いたのは、ウジが戻ってきたからだった。
もうちょっとしたらウジとミンギュが戻って来ると教えてくれたのはジョシュアで、全員がそれで13人がやっと揃うって、そんなに長く離れてなかったのに、物凄くホッとしてた。
ミンギュの押す車イスで戻って来たウジを見て驚きはしたけれど、その膝の上にはコンビニで買ったあれこれが積まれていたから、ショックってほどでもなくて。

「みんな、ウリジフニが戻ったよ」

ミンギュのその声に、全員が確実にホッとしてたはず。
でもウォヌにしてみれば、ミンギュが戻って来たことが嬉しかった。ウォヌのちょっとした不調をウォヌよりも先に気づいてくれるから。いつだってそばにきて、「ヒョン」って言ってくれるその声に表情に、意識したこともなかったほど、癒されて守られていたから。

「ヒョン、大丈夫?」

ミンギュが来た時、本当は『全然大丈夫じゃない』って言いたかったけど、なんでか耐えた。

「とりあえず今は」

座ったるウォヌのことをじっと見降ろしてきたミンギュは、きっとそんな言葉、信じなかっただろう。でも何も言わなかった。言わなかったけど隣りに座って、黙って手を握ってくれた。だから強く強く、まるで縋るみたいにその手を握り返せば同じだけの力で握り返してくれた。

「俺がしばらく起きてるから、ヒョンも少し休んで」

そうも言ってくれたから、ミンギュの肩を借りて休む。
それでも何度かスングァンの叫び声に起こされた。
誰かがトイレに行ったのか、扉が開けられるたびにも起きた。
夜中、スングァンの必死の声がまた聞こえて、辛すぎて自分の方が「クマネッ」って叫びそうになったのに、誰も癒せなかったスングァンのことを、ウジがあっさりと「五月蠅いッ黙れッ。今何時だと思ってんだ」って怒鳴りつけていた。

それからエスクプスからはじまって、全員が自分の番号を口にしてディノまでいけば、スングァンはしみじみと「13だ......」って呟いて、その後は朝まで叫ばなかった気がする。

ウォヌもまたミンギュの膝枕で朝まで眠ってしまったから、ただただ気づかなかっただけかもしれないけど............。
それでも朝早く、身体を揺すられて起こされた。
目覚めてみればホシがいて、「交代」って言う。見ればベッドを順番に回してるようだったけど、それならとウォヌはディノの寝袋を奪うことにした。

「ディノや。俺が寝袋に入るから」

そう言えば、ディノは寝ぼけてるのか「ヒョン、この寝袋2人は無理だって」とか言うのを笑って、スングァンの横にディノを押し上げる。
スングァンの横に座って一睡もしてないバーノンも気にはなったけれど、それだってスングァンが落ち着いてしまえば、どうにかなるはず。

寝袋の中は、温かかった。ディノの体温が残っていたからだろう。
だからまたすぐに眠りに落ちたウォヌだった。
次に目覚めたら昼前ぐらいで、ウジがいなかった。ミンギュがウジがいたベッドで1人で寝てたからその横に潜り込む。

見ればバーノンはスングァンの横で寝てた。
ディノはディエイトと寝てた。
95ラインの3人も何故かいなかった。扉近くで座ってたジュンと目があえば、「検査だって」って教えてくれた。寝袋にはいつのまにかホシがいて、ドギョムはジョンハンのベッドで寝てた。
その景色だけ見れば、いつもの風景だったかもしれない。
まぁいつもなら、無理にでも一つのベッドに割り込んで3人ぐらいで平気で寝てたりするはずだけど。

結局、警察の人と話すことはなかった。事件にはならなかったから。
一番最初に話が通ったのは明らかに被害者だったウジとジョンハンで、その次は95ラインの2人で、それからジュンとウォヌだった。
でもウォヌもジュンも、ウジが納得して95ラインのヒョンたちがちゃんと動いてくれてるなら何も言うことはないと、好きにしてくれればいいよって言っただけだった。
そこでようやく、2日目からミンギュが忙しなく暗躍してた理由を知った。やたらとケガしたことにして薬や湿布を貰ってると思ったら。
ケチ臭いと言えばいいのか、良くやったって褒めればいいのか悩むところではあるけれど、楽しそうにしてるから、それはそれで良かったような気もする。

でもスングァンがあのままだったら、きっとヒョンたちも絶対許さなかったかもしれない。

少しだけ気持ちが落ち着いてきたからか、ウォヌはディノに引っ付いていた。自分に余裕ができたら、マンネなディノのことが気になったからかもしれない。

「ウォヌヒョンはいいの?」

退院するっていう日は雨だった。
ウジとスングァン以外は集められて話を聞いた時、隣りに座ってたディノがそう聞いてきた。
ちょっとだけヒョンらしく、「今回の件は、俺には何かを決めたりする権利はないからな」ってシュッとした顔で言えたかもしれない。

そうしたらディノが、「ウォヌヒョンでそうなら、俺なんてもっとないよ」ってディノがしょぼんとしてたかも。

「そんなことないだろ。お前は俺らの大切なマンネなんだから、思うことがあるなら何だって言えばいい」

そう言ったら、ディノは素直に「はい。俺、言いたいことある」って手を上げてみんなの注意を引いていた。
学校でもないのに手を挙げるのが可愛くて、ニヤニヤしそうになったけど、ディノが真面目な顔をしてるから我慢したけど............。

「俺は、俺は納得できないよ」

素直なディノらしいその発言に、きっとその場にいた全員がホッとしたはず。
ディノがまともに育ってるってことは、自分たちは間違ってなかったんだっていつだって思えるから。
結局ディノを説得したのは、95ラインのヒョンたちでも、96ラインでも97ラインでもなく、バーノンが呟いた、「俺はスングァニがこれ以上傷つかないのが一番いい」って言葉だったかもしれない。

 

 

最後の日、雨が降っていた。
痛かった左腕は、ミンギュが無理やりレントゲンまで撮らせたからか、大分落ち着いていた。たぶん実際の痛みよりも、気持ちが和らいだから、マシになったのかもしれない。
何も荷物なんてなかったはずなのに、なんでか大き目な紙袋が4つもあって、ミンギュが嬉しそうに笑ってた。だから思わず一緒に笑ってた。

「ヒョン大丈夫?」

笑ってたからそう聞いてきたのかは判らない。でも今度はミンギュに向かって、「全然大丈夫じゃない」って素直に言えたウォヌだった。

 

The END
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