LEFT&RIGHT
スーパーヒーローキムミンギュ現る
さて。スングァンは、見知らぬ男のバイクの後ろに乗って、見知らぬ道を走っていた。
バイク対人間だから、当然のように不審者からは逃げ切った。
逃げ切った当初はとってもホッとしたけれど、逃げ切ったことが判ってみると、目の前のデカい背中の男も不気味に思えてくるから不思議だ。
さっきまでは、ヒーローっぽかったのに。今や、謎な男も不審者にしか思えない。
最近流行ってるオレオレ詐欺の特殊バージョンじゃないかとすら思えてくる。襲う男に助ける男。実はどちらも仲間で、被害者は助ける男のことを信じて、結果騙されるというアレだ。
だけどスングァンには、騙しとられるモノなんてない。
ただの学生で、財閥の御曹司とかでもないし、ドラマのような財閥の隠し子とかでもない。一緒には住んでないけど父親も母親も存命で、容姿も中身も、よく似てると親戚からも近所の人たちからもよく言われたし、自分でもそう思ってる。
あぁそういえば済州を出てくる時に、母親が「知らない人についていっちゃいけない」と言っていたっけ。子どもじゃないよと言い返したけれど、今まさにその状態で、やっぱり母親の言うことは聞くべきだとしみじみしてたスングァンだった。
そして一方。後ろに乗るスングァンを気遣いながらバイクを走らせている男の名は、キムミンギュ。
ヤバイ。俺、スーパーヒーローじゃん! と、謎にテンションがあがっていた。
どのタイミングで、自らスングァンを振り向いて、『スーパーヒーローキムミンギュ現る』って言おうか、真剣に悩んでしまったほど、自分で効果音をつけてジャジャ~ンって言いたいとも思っていたけれど、バカなことを考えて走っていたからか、実はミンギュ自身もどこを走っているかは今いち判っていなかった。
そして大分都会から外れた、もう少しでどっかの山に入っていくんじゃないの? みたいな道で止まったバイクは、ただのガス欠......。
でもとりあえずミンギュは、「ス、ス、スス、スーパーヒーローキムミンギュ、現る?」と言ってみた。ちょっとどもったし、ちょっと疑問形だったけど。
「........................ガス欠だよね?」
ちょっと前からスピードが落ちていたことには、気づかれていたようで、物凄い疑いの眼差しで見られてる。いやでも大丈夫。ガス欠はバイクの問題で、スーパーヒーローのスペックとは関係ないはずだから。
「右の、キムミンギュ?」
とりあえずとバイクから降りたスングァンが、ちょっとバイクから距離を取って立っていた。でもスーパーヒーロー部分に一瞬意識を奪われて聞き逃しそうになっていたけれど、ちゃんと名前も聞き取れていたんだろう。
驚いた顔で聞いてくるのに、ミンギュが笑って「おぅ」とだけ答えた。
ちょっとだけ二人の間には、微妙な空気が流れたけれど、その微妙な空気も長くは持たなかった。なぜならバイクがガス欠だったから。そしてここがどこかもよく判らなかったから。
バイクを押すミンギュの横を歩き続けること一時間と少し経過する頃には、スングァンはブイブイ文句を言いまくっていたから。
「スーパーヒーローなのにスマフォも持ってないなんて信じられない」
そう、キムミンギュはうっかりスマフォを忘れてきていた。慌てて飛び出してきたからっていうのももちろんあるけれど、なかなかに今のこの時代、スマフォがないと困ったことが多い。
不審者に投げつけたリュックの中にスングァンのスマホが入っていたため、二人の先行きは暗かった。
そして街には夕闇が広がりはじめてて、実は財布も持ってなかったキムミンギュのせいで、結構切実に困った状態になりかけていた二人だった。
でもその頃、本当のスーパーヒーロー的なムンジュンフィが、この街のどこかで目覚めていた。もちろんそんなことは、二人はまだ知らなかったけれど............。
The END
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