2020年1月15日。ヒューストン。ブスングァンが生まれた日まで、あと数時間を切った頃。
ステージ上ではパフォチが踊ってた。次がヒポチで、その次がボカチ。
多少はゆとりがあるとは言え、衣装を脱いで汗を拭いて水分補給をして、次の衣装の上着を着るだけで大丈夫な準備までして扇風機に当たってるってところまでで、パフォチが終わりそうな感じに。
その時ジョンハンは、舞台下、下手でウジといた。上手にはジョシュアとスングァン、センターにはドギョム。この振り分けのタイミングに感謝したのは、マネヒョンを先頭に舞台監督と会社のスタッフヌナと、小道具を担当してくれてるヌナが一緒にやって来るのが見えたから。
もうその時には、一番後ろについてきてたヌナは泣くのを我慢してるように見えて、何が起きたかは判らなくても何かが起きたことは判ったほど。それは一緒にいたウジも一緒だったのか、まだ座って休んでる時間があるというのに、衣装の上着を手にして立ち上がったから。たぶん僅かな時間で何かを考える必要があると判断したんだろう。
「すみません。ケーキが......」
その日の全ては、いつも小道具を準備してくれるヌナの謝罪からはじまった。
小道具を担当するヌナが直接的なミスをしたのかは判らないけれど、やっぱり目が真っ赤で、深く深く頭を下げてくれた。
情報量は少ないようで多かったかもしれない。なにせその場にいた全員が一斉に話し始めたから。
「ケーキが届くタイミング次第だけど、アンコール前の時間を多少長くして待つことは可能だ」
舞台監督がそう言ったのには、マネヒョンが「急遽、ホテルに置いてあるケーキを取ってくる手はずを整えてるから」と言ったからだろう。だけど会社のスタッフヌナがその横で「ホテルのケーキは普通のホールケーキだから、サイズがどうしても小さいんだけど」と話してる。その間にも、誰かが話すたびに目を真っ赤にしてるヌナが「チェソンハムニダ」と言って頭を下げるから。
「ホテルでのケーキは、今からどうにかケーキ屋を探して手配すればどうにかなるかもしれない」
「でもこの時間からケーキは......、ホテルには確認したけど無理っていう回答だったから、最悪そっちは無くなるかもしれないけど」
マネヒョンとスタッフヌナの発言にも、「チェソンハムニダ」が被ってくるし、舞台監督は「アンコール前の時間をどれだけ伸ばせるか次第だけど、場合によってはアンコールが短くなるかもしれない」と現実的な話をしはじめる。
そうしてる間にも、別のスタッフが「そろそろ準備を」って声をかけてきた。舞台の上ではヒポチが頑張っていて、聞こえてくる音から、自分たちの出番までの時間がそれほど残ってないことが判る。
見ればウジはもう衣装をきっちり着込んでて、いつでも出れますって顔で立っていて、そんなウジと目があった。
普段なら会社のスタッフや、マネヒョンの言う事に素直に従ってたって問題ない。逆にそれの方がうまくいく事はたくさんある。だけど一度ステージに出てしまえば、そこを支配してるのはどうしたって自分たちで、舞台の上のことなら決定権は自分たちにあるだろう。
それはクプスがいない今は一番年上の自分だったのかもしれないし、セブチの大半を作ってるウジだったのかもしれない。
僅かな時間で何かを決めなきゃいけない時に、その場にウジがいてくれたことは幸いだった。何せ目があった瞬間にはお互い多分、同じ方向を向いていたはずだから。
「アンコールは短くできないよ、ヒョン」
ウジの言葉に、ジョンハンは頷いた。
終わりのないアンコール。それがセブチのコンサートでは名物化してて、カラットはもちろん、セブチの面々もそれを楽しんでいる。「ウソでしょ?」「まだやるの?」「もう最後でしょ?」なんて口にしながらも、カラットに向かって何度だって走ってく。
だから何があったとしても、アンコールは短くできない。
後は簡単だった。
誕生日を迎えた直後のケーキもまた、無くせないものの一つだったから。
メンバーに祝ってもらうことが、自分ですら特別だと思えるほど幸せな瞬間なのに、それをスングァンにしないだなんてことは考えられなかったから。
「ケーキはなしでいく」
そう言えば、方向性を理解したのか舞台監督が一番に去っていった。マネヒョンもスタッフヌナも頷いて、やっぱりそこには「チェソンハムニダ」が被ってきたけれど......。
「ヌナ、ヌナ。泣かないでください。あと、スングァニにも謝らないで。俺ら、ちょっと考えてることあるから」
ウジがそう言って、ヌナを慰めていた。
放っておけばずっと謝っていそうだったからかもしれない。だけどそれはジョンハンに閃きを与えたきっかけだった。
「そうだ。スングァニにドッキリしかけよう。コンサートでケーキが出ないんだから、ホテルのケーキだって出ないかもっていう、誕生日なんだから動画撮ってたって変じゃないし」
指を鳴らしてそう言えば、マネヒョンもスタッフヌナも理解したんだろう。
「ケーキがダメになった件は、全員に箝口令を出すわ」
「ホテルのケーキも一旦隠すように手配しとく」
そう言ってスタッフヌナにマネヒョンまでもがあっさりと乗っかってきて、「ボカチ以外のメンバーにこの後、『ケーキなし。スングァ二には内緒。知らぬ存ぜぬで通せって』伝言まわして」と言えば、話は大分固まったようなものだった。
「ね、ヌナ。俺らドッキリしかけるから、泣いてたら、スングァニにバレちゃうから」
ウジがそう言えば、泣いていたヌナも笑って頷いてくれた。
セブチのために小道具を用意してくれるヌナたちが、本格的なものから、ネタ的なものまで、いつだって楽しそうに準備してくれているのを知っている。だからドッキリするっていうのにも、当然のように乗っかってくれるだろう。
「時間ですッ」
そう言われて、「後は任せた」と言葉を残して、ウジと一緒に舞台に出て行った。
アンコール前までにはスングァン以外の全員に、詳しい事情は別としても、ケーキが出ないことは伝わって、コンサート会場ではそれだけだった。
あぁでもちゃんと、「今年からケーキないのな?」って不思議な顔でスングァンに問いかけといたけど。
それから数時間後、スングァンの誕生日二分前。
いつもならホテルのどこかの部屋で集合して、日付を超えた瞬間に全員でスングァンの部屋を襲撃するというのに、ジョンハンはすでにスングァンの部屋にいた。
「なぁ、今年は本当に、ケーキないんだな」
そう言って、シャワーしたけど軽くメイクだってして準備してたってのに、全然集合かからなくて......って言いながら、スングァンの部屋を訪れたジョンハンだった。
「ヒョン、嘘でしょ?」
「とりあえず、俺はちゃんと時間が来たらおめでとうって言おうと思って。シュアはもう寝るって。明日朝、起きたら言うって。ジュンはミョンホのとこ行ってるし、体調まだ悪いみたいだから朝までついてて、もう戻らないんじゃないかな」
ケーキがないことを信じてない風だったけど、実際コンサートでケーキがなかっただけに、絶対に嘘だとは言い切れないんだろう。
「ほらそれに、去年のシュアで誕生日プレゼントも終わりにしたし、クプスもいないしミョンホも体調不良だし、今年からケーキなしになるタイミングなんじゃねぇの」
そんな話をしてる間にもスタッフヌナがやってきて、誕生日の動画用の準備をしていく。
なんだかさっさと撮っちゃおうっていう感じで、ケーキは本当にないって感じ。
「いやでも待ってみる」
そういうスングァンに、「いや待ってもいいけど、俺がもうここにいるんだし」とジョンハンが言えば、本気でスングァンが哀し気な顔をして、「えぇい、別にケーキなんてなくたっていいだろ。俺がおめでとうって言いに来たんだし、なんでも好きなもの、買ってやるって」と思わず言ってしまうほど。
もうちょっとだけ待ってみる。騙そうったって、ダメだよ。廊下、覗きに行こうかな。あと、もうちょっとだけ。そう言って誕生日を迎えて三十分は耐えたというのに、半を過ぎた時点で諦めたんだろう。
スタッフヌナが「もう撮っちゃおう」と言えば、諦めたようにスングァンが気合を入れた。
きっとこの場にいたのがシュアだったら、もっともっと早く耐えられなくなって、スングァンのことを抱きしめて慰めていたかもしれないけれど、ジョンハンは耐えに耐えた。
可愛い弟が哀しそうなのは結構辛かったけど、なんだかんだと耐えた。
その後のことはVLIVEで残ってるから、世界中のカラットたちが知っているだろう。
でもカラットたちが知らないこともある。
やっぱりジョンハンのように、哀し気なスングァンのことを可哀想と思ったのか、皆からの誕生日プレゼントのグレードが、いつもと全然違ったこととか。
まさかのハプニング続きで、ケーキ運が全くなかったスングァンの、唯一残されたケーキすら破壊されたからかも。
完全にホシのせいだったというのに、撮影が終わればスタッフヌナもスングァンに謝っていた。
「それにしたって、酷いよみんな。ドッキリにしたって、もっと、別のがいいよ。俺ほんとに、ケーキないんだと思って泣きそうだったのに」
本当に哀し気にスングァンがそう言うから、ジョンハンが「ごめんな」って謝りつつも、ケーキ運がなかったスングァンに、コンサート会場での出来事も話して聞かせてやった。
そうじゃないとスングァンは、ネタ的な気持ちも込めてケーキの話題を出し続けるだろうから。でもそうしたら、いつも色々頑張ってくれるヌナを、きっといつまでも謝らせ続けてしまうかもしれないから。
「時間がなかったっていうのもあるかもしれないけど、でもあの場で誰も、ケーキがダメになったことを責めなかったんだよ。なんか、そういうのって、嬉しいよね。もちろんわざとじゃないってのもあるだろうけど、それでも、なんか、嬉しいだろ?」
そう言えば、スングァンにも伝わったんだろう。
皆からのおめでとうには笑って答えていたし、今回は特別に何でも買ってやるというメンバーたちの言葉にも凄く嬉しそうに笑っていたけれど、ケーキの話題は二度と口にしなかったから。
結局それでも、翌日にはヌナがスングァンのところに頭を下げに来たという。
その場にジョンハンはいなかったけど、シュアが一緒にいて、スングァンが偉かったよと後から教えてくれた。
「ヌナもう謝らないで。ドッキリで良いコンテンツになったし、それに、あの後クプスヒョンからも電話もらえたし、みんなが今回はなんでも買ってくれる雰囲気だから。終わり良ければ全て良しだよ」
そう笑って言っていたって。
あんなに哀し気で、不貞腐れてて、でもしょうがないって顔で、目だってウルウルさせてたっていうのに。
せっかくのケーキが潰されて、おろしたてのパンツが汚されて、でもそれだって誰も祝ってくれないかもしれないって哀しさより、全然マシだったんだろうけど。
ホシの誕生日には、絶対に仕返ししてやるって言ってたスングァンだったけど、そんな負の感情を長く覚えていられるはずもなく......。
ただただ誕生日には絶対ケーキは必要だっていう話に落ちついただけだった。
でも体調を戻したミョンホが、一緒に祝えなかったからとスングァンのためにケーキを買ってきて、やっぱりみんなして「センイルチュ~カ~」って歌って、三度目の正直ではないけれど、そのケーキは無事だった。
ロウソクを吹き消す前の願い事は、「来年はケーキが無事にだろ?」とドギョムがからかって、「うるさいよ」とスングァンと言い合っていたけれど。
「いやそもそも、ヒューストンをヒューストンとして理解してないからこんな目にあうんだよ」
と、シュアがまたもやぶっ込んでいた。
まぁそれを言うならブソクスンな三人ともだろう。
英語で書かれた「Houston」をヒューストンと読めず、三人揃って「ホウストンってどこ?」ってシュアに聞いて呆れさせていたから。
「どこに『ヒュー』が入ってんだよ」
謎なことをホシが言い出せば、こんな時だけ結束力固く、「そうだそうだ」とスングァンとドギョムも言い出して、呆れるウジに笑うウォヌに、なんとなく「そうかも」とか言い出すマンネに。そのほかにもてんでバラバラ。でも全員で楽しそうに笑ってた。
「でもね。でも。もしもケーキが本当に全滅だったとしても、全然いいから。ケーキは諦めるから、その時は歌だけ歌ってくれたらいいから。みんなは来なきゃダメなんだよ。ね?」
ボソっとスングァンが、全員を見回してそう言うもんだから......。
やっぱり今年の誕生日プレゼントは、奮発してやろうと思ったジョンハンだった。
The END
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