噛みたい。本能はそう言ってたけど、グッと我慢した。キレイな首筋が残像のように残ってた。あぁゾンビのように、何も判らずにただ闇雲に誰彼構わず襲うぐらいの存在だったなら、友達はできなくても仲間は瞬く間に世界中に蔓延っただろう。
でもジュンは1人、孤独だった。
キレイな顔だと言われる。その背の高さと身体のバランスと雰囲気とその目が素敵だと、かつて誰かに言われたこともある。
でも1人だった。
それも長く、長く長く1人だった。
時々はジュンに気づく人はいる。でも大抵本能で怖がって寄っては来ない。
同じ場所に居続けることもできなくて、数年から、長くても10年ほどで場所を変える。
嫌われ者なんてどこにでもいる。誰からも必要とされてないような人間だって、たまにいる。少しだけ昔はそんな人たちに近づいてみたこともあった。どうしても寂しい時とかには。
ジュンと同じように孤独なはずなのに、それでもジュンのことを受け入れてくれる人間はいなかった。
見えなければ大丈夫かと目の見えない人に寄り添うように近づいた時だって、見えないから余計に何かに敏感なのか、ただただ震えられただけだった。
一度は諦めた。もう本当に諦めた。
これはもうずっと1人で、それならもうどこか、自分の気に入った場所を見つけて、そこでこの人生を終わらせようとすら思ってた。
朽ち果てるまでそこに居続けてもきっと簡単ではなくて、終わりすらもなかなか訪れないだろう。でも寂しすぎて咽が乾くほどで......。
大きな川のある町だった。都会ではなかったけれど田舎でもない。商売で人が売られるような町でもあった。
闇夜でそれに気づいたのはジュンだからだろう。
産まれたばかりの臍の緒がついたままの状態の赤児が捨てられたその時、まだ寒い時期だったから、数時間もすれば子どもは死んだはず。
捨てられた子どもが翌朝誰かに見つかっても、騒ぎが起こったりすることもない。普通に暮らす子どもたちだって、時々は間引かれるのか消えることがあるんだから。
でも誰もいらないなら、貰ってもいいかもしれない。そう考えた時にはもうジュンの腕の中には産まれたばかりの子どもがいた。
それはジュンのもので、ジュンだけの子ども。
これまでの人間たちと同じようにジュンのことを本能で怖がって、育たないかもしれない。育ってもジュンのことを避けるかもしれない。長くは一緒にいられないだろう。
それでもずっとずっと1人だったから、その僅かな間でも誰かと一緒にいられるのなら......。
大切に大切に育てた。
愛を注いだかと言えば、注いだ。どれぐらいの愛があれば子どもが育つのかなんて判らなかったから、ありったけの愛を注いだ。
そしたら育った。
「ケッ」
おかしい。ありったけの愛を注いで大切に大切に大切に、育てたはずなのに。
子どもはジュンの指を吸って泣いていたはずなのに。
ハイハイしながらジュンの後を追いかけていたはずなのに。
つかまり立ちだってジュンの足でしたし、小さい手でジュンのズボンの端を掴んでて、走っては転びそうになってその度に手を伸ばしたのに。
綺麗な景色もいっぱい見せて、色んな国を旅して、広い広い心を培ってきたはずなのに。
あぁでもそう言えば2度か3度ぐらいは落としたあれが悪かったのかもしれない。いやでもあれぐらいで、こんな風に育つだろうか。いやでも常識を知らない人間でもない存在に常識なんて教えられなかったんだろう。
それならこれはもう、自分のせいだろう。
ジュンが反省しつつ諦めつつ、それでも「ケッ......ってなんだよ。全然ダメだろ? 人として」とは言ってみた。
ムカつくことがあっての「ケッ」だったとしても微妙だというのに、ハオのそれは、見知らぬ人がやってきて「はじめまして、こんにちは」に対する返答の「ケッ」だったんだから。
「ケッで、十分だよ。だいたい、最初は石を投げてどっか行けって言ってたくせに、今度は自分たちを助けろって言いに来たんだよ。助けて貰えると思ってるのが凄いけど」
小さかった子どもは育った。
ジュンのことを怖がりはしなかったけど、ジュンが人間たちに恐れられてる存在だといつか教えなきゃと思っていたのに、気づけば勝手に学んでた。
「なんでみんな、ジュニのことを怖がるの?」
小さい頃そう聞かれた時に、なんて説明しようかと思い悩みながらも「俺が男前が過ぎるから?」とか適当なことを答えて誤魔化していたっていうのに......。
人は生きてるだけで尊くて素晴らしい存在なんで、奇跡みたいなものなんだ......と教えたかったのに、人間は狡くて醜くて自分勝手で......。そんな風にハオは思ってるかもしれない。
「ケッ。黙って去って行かなきゃ、どうなっても知らないよ」
酷く暴力的な言い方なんて、教えもしないのに覚えたのは、それだけそんな言葉をかけられてきたからだろう。
「困ってる時は、助け合わないといけないんだよ」
ジュンがそう言っても、「全然助け合いじゃないだろ。助けて助けて助けて助けてばっかりじゃん。それでも心から感謝してくれるならまだしも、どうせすぐにまた化け物とか言って石を投げてくるのに」とハオが怒ってた。
ちょっと暴力的で直接的なものの言い方をするけれど、ジュンのことを考えてのことだというのなら、やっぱり優しい子に育ったんだと嬉しくなる。
でもジュンだって、ハオがいるから人に優しくしようとしてるのに......。
育てはじめたばかりの、子どもの抱き方すら判らなかった時。首を持てと教えてくれたのは人だった。もうくたばりかけのおばぁだったけど、乳を貰う必要があることも教えてくれた。
もちろん優しさばかりじゃなかっただろう。金だって使った。それでもハオがある程度育つには、色んな人間に少しずつ手伝ってもらったのも事実だった。
そう諭せばハオは「ケッ」ってまた言ったけど、「好きにすればいいだろ」とも言った。
まだ12,3歳ぐらいのハオは、そんな、間違ったことが嫌いなハオだった。
色んな世界を見せた。
人間の汚い面だってちゃんと見せた。
その代わり綺麗な景色はもっともっと見せた。
人としての深みが出るように。どんな人生を歩もうと世界は広いと知っていれば生き抜けるだろうと、そんな願いも込めながら。
できれば誠実な人になって欲しい。凛として、迷いなく立ち続けて欲しい。願いすぎってこともないだろう。それぐらい大切に育てたから。そうしたらちゃんと育った。
「金がないなら、何が出せる? あんたの命なんていらないし、あんたには売れるような娘もいないだろ?」
おかしい。そんなに大きなことは願わなかったはずなのに、気づけばハオは守銭奴みたいになっていた。
おおらかに、細かいことなんて気にしなくて大丈夫って笑って育てたはずなのに、ジュンがしっかりしてない分だけ自分がしっかりなくては......とでも思ったのか、もう子どもに見えなくなった頃からお金の管理は自分がすると言い出してジュンには触らせてもくれなくなった。
まぁジュンが大雑把だからかもしれない。
だけど100歩譲ってお金の管理はいいとして、何故に守銭奴になるのか......。
あぁでもそう言えば、キラキラしたコインをハオが喜ぶからと集めていたけれど、それでジュース1つも買えないと知ってハオはショックを受けていたっけ。
紙のお金だって結構持っていたこともあったけど、生きるか死ぬかっていう寒さに抗うために火にくべてしまったこともあった。あぁでもその時も後から、「なんで厚手の毛布を買わないの?」とハオに詰められたっけ。
毛布は寝てる時には役立つけど、起きてる時には邪魔だろと言ったらため息をついたんだったか、それとも舌打ちされたんだったか。
誰にも負けないぐらいの強さを持っているはずで、誰からも恐れられていて、人は皆ジュンには近づけなかったはずなのに、そんなジュンに守られて愛されて生きていれば、そりゃハオが最強になってしまってもしょうがないかもしれない。
それに命まではとらない。言い方はキツイが間違ったことは言わない。駆け引きだってちゃんとできる。そしてここまでと、見極めもできている。
だからやっぱりハオはちゃんと育ってて、広い世界を見せただけのことはあったのかもしれない。
「まぁ世界は広いから、おっさんでも売れるかもな」
いや違った意味で広い世界を見せてしまったかもしれないが、向かうところ敵なしみたいな感じの、もうすぐ大人になるような、18歳ぐらいのハオだった。
教えることはきっともうない。
大切に育てた結果、ハオは育ちに育った。多少細身ではるけれど、しなやかについた筋肉は健康そのもので、ジュンと一緒に長く旅をしたから足は特に強い。
きっと誰にも騙されないし、騙されたとしても1人で切り抜けることはできるだろう。きっとナニモノにもハオは簡単にはやられたりしない。
「ヤーッ! なんだよ、どういうことだよッ! 信じられない。俺、1人でバカみたいじゃんッ!」
何故かハオはキレていた。
誰にも騙されないはずのハオが「俺また騙されたッ」とも言っていた。
どうやら騙されたらしい............。
「オットケ......」
ハオを苦しめるヤツは俺が許さないとばかりに「どうした?」と言いながら近づいたのに、「ジュニヒョンに騙されたに決まってるだろッ」とキレられて、思わず「オットケ......」と口にしたジュンだった。
どうやら騙したのは自分だったらしい。
年の頃なら24、5歳になるのか。もう並んで立っても親子のようには当然見えなくて、いつからかハオはジュンのことをヒョンと呼ぶ。
でもそのうち、このままならハオの方が年を取っていくことになるんだろう。
もう少ししたらきっとハオだって自分の家族を作ってくれる誰かを見つけるだろう。そしてジュンのもとから巣立っていくはず。
きっともう、一緒にいられる時間は少ない。
だから余計に愛おしくて、やっぱり大切な存在で、その幸せしか願ってないっていうのに、騙しただなんて失礼な......。
「なんだよ。お金は勝手に使ってないぞ」
とりあえず財布には手を出してないと言ってみる。ハオが怒るのは大抵お金絡みだから。
恐竜の卵だと言われてダチョウの卵に大金を払ってしまった時にもブチ切れられたけど、ダチョウの卵だっていいじゃないかって言ったら、3日ぐらい口を聞いてくれなかった。
だから「俺最近は、何か買う前にお前にちゃんと相談してるじゃん」とも言ってみる。
まぁ相談した時点でブチ切れられることもよくあるけれど......。
「ジュニヒョンが言ったんじゃん。この国で困ったことがあったら手を鳴らせって」
そう言われて、確かに言ったと思い出す。
ジュンにしてみれば何度も訪れた国や街や村でも、ハオにしてみればはじめての場所は多い。だから知ってる限りの情報を渡すようにしていた。
宗教的な理由から笑わない国もあるが、親切な人が多い場所もあれば、異様に親切なのに人を食べる場所もある。
そんな大事な情報と一緒に、当然素朴な、ここでは何が美味いとか、どんな特産品があるとか。そんな情報だってたくさん話した。
「困ったから手を叩いたけど、何も起きなかったんだけど。それを聞こえなかったからかなって思って何度か試したけど、一度たりとも誰かに助けられたりもしなかったんだけど。俺ただただ、町中で1人手を叩いてるだけの人だったんだけど」
しかし伝えた情報が間違っていたようで、「前の時はそうだったんだけど」と言えば、ハオは当然のように「何年前の情報?」と聞いてきた。
「うぅぅぅん。ハオが生まれる、2......」
「2?」
「2、30年前かな?」
「......じゃぁ俺の年齢と足したら軽く50年以上前じゃん。そんなの、遥か昔の時代のはなしじゃんッ」
ハオがぷりぷり怒ってた。
でもジュンにしてみれば、ついこないだの事だった。
まぁでも、手を叩けば助けてくれる人たちは、人間の世界でいえば、一世代も二世代も前のはなしになるのかもしれない。
ジュンが役立たず過ぎるからか、ハオはしっかりものに育った。多少しっかりしすぎてはいるけれど、独り立ちはいつだってできそうな状態だった。
それは少し寂しくもあるけれど、人間の子どもは親の側に一生いたりはしないから......。
ジュンの前にはもう立派な、1人で十分にやっていけそうな、24、5歳のハオがいた。
長く1人で生きてきた。だからきっとハオがいなくてもやっていける。そう思ってたのに。ジュンは自分から「もう1人でやっていけるだろ」とは言えなかった。
本当なら崖から突き落としてでも子どもの巣立ちを促さなきゃいけないのに......。そう言ったらハオに「嘘でしょ? ライオンじゃないんだから、崖から突き落とされたら俺、死ぬからね」と怒られたけど。
まぁ崖は無理でも、人間の世界へと送り出さなきゃいけないのは確実だった。ハオはこれから、誰かと暮らしていくことを覚えなきゃいけなくて、家族を作らなきゃいけないから。
1人で生きるのは淋しいから。
ここまで。と、どこかで線引しなきゃいけないはずが、どうしてもそれができなくて、ジュンは旅に出ることにした。
これまでも拠点と決めた場所から数日の旅行に出ることは何度もあったし、2人一緒の時も、それぞれの時も。
だから今度も旅に出て、少しずつ距離と時間を開けていくことにした。
「は?」
だけどなんでかハオが怒ってた。
「いや怒るでしょ。なに1人で楽しそうなツアー申し込んでんの? 俺の分は?」
「いやツアーなんかじゃないよ。俺が人間と一緒に回れるわけないじゃん。これはただ、勝手に大自然満喫コースっていう1人で自然を満喫できるコースで」
決してツアーではないとジュンは言ったけど、まぁ問題はそこじゃないのかもしれない。
俺だって自然を満喫いたいというハオに負け、「いや別に追加は全然普通に、いつでも頼めるから」と、人数を2人に増やしてもらうことにした。
「は?」
それなのにハオはまた怒ってた。
「ウソでしょ? なにこの、壊れそうなグライダーで飛べと? この崖の上から?」
申し込んだツアーはそれほど高くない。ガイドもつかないけど、返却不要のグライダーと、星見をするための小さなガイドをくれるだけ。帰って来ることを確認もしないから、無事に帰れたかどうかも判らないが、過去に一度も捜索願を後から出されたこともないから大丈夫とツアー会社の人は笑ってた。
「家族がいないなら、捜索願いも何もないじゃん」
ハオはまだ怒ってけど、「怖いなら待っててもいいけど」とジュンが言えば、「怖いなんて誰が言ったよ」とプリプリしながらも勢いよく崖から飛び出していた。
もちろんハオは人間だから落ちたら死ぬだろう。
だけどジュンが一緒なら、そんなことにはならない。
ハオを追うようにしてジュンも飛ぶ。
まだもう少しだけ、後少しだけ。次のハオの誕生日まででいいから。
別れは目の前だから、より大切な時間ばかりが増えていく。
風を切りながらもハオが何かを叫んでる。多分「これどうやって降りるんだよ」とでも言ってるのかもしれない。適当な場所で手を離すだけだと叫び返したら、ハオはやっぱりブチ切れていたけど......。
ハオと暮らしたことで、人間の世界のことはそれなりに理解した。昔よりは怖がられることも減ったかもしれない。ただ着れれば良いだけだった服も、ハオが煩いから多少は小綺麗なものを着るようにもなった。まだハオが生まれて27年は経ってないってのに、たったの27年で世界は驚くほどに進化した。
1人になったら大きなバイクを買おうと思ってた。陸続きになってる場所を旅するのも悪くない。そうして久しぶりに訪れる場所や、はじめての場所を堪能してる間に数年は過ぎるだろう。
ハオは人間だから、あと何回会えるだろうか。
遠く離れてしまえばハオが困った時に駆けつけることができないかもしれない。それでもそれも含めて、巣立ちだろう。
ジュンが守らなければ生きられなかった子どもでは、もうとっくの昔になくなっていたから。
「は?」
そして何故かハオはまたしても、ジュンに対してキレていた。
1人でバイクを買おうとしていることがバレたのかと慌てて「ハオだって欲しけりゃバイクを買えばいい」と言ったけど、怒ってたのはそれではなかったようで、「バイク?」と言われてさらにしまったって顔をしたジュンがいた。
当然余計に怒られたけど、元々の怒ってた理由は、「最近やたらと人を紹介されるからなんでだろって思ってたら、ジュニヒョンがいい人がいたらって言って回ってるらしいじゃん」ってことだった。
確かに、いい人がいたらお願いしますと頭を下げた。そういうことをしないと出会いは少ないらしいと聞いたから。もう少し昔は、そういうのを取り持ってくれるババアがどこにでもいたらしいが、最近はめったと姿を現わさなくなったらしい。
そう説明してやれば「妖怪じゃないんだから」とハオがため息をつく。
「なんでそう。ジュニヒョンの情報はいつだって時代が少しズレてる訳? そういうのもう少し、長く生きてるんだから気をつけようとか、思わないの?」
ハオはプリプリ怒ってるけれど、別段困ったことはない。そう言ったら「困ってないのジュニヒョンだけじゃん。一緒にいる俺はいっつも困ってるよッ!」とさらに怒られた。
「でも家族は必要だから」
そう言えば、「家族はもうここに、ちゃんといるだろッ」とハオが怒りながら指してくる。
確かにジュンだって家族だけと、人ではない。だから人間の家族を作って欲しいのにと言えば、怒り過ぎたのか、ハオが大きなため息を吐いた。
「ジュニヒョン前から思ってたけど、ちょっとバカだよね」
大切に育てたのに悪口も言われた。でもそれを嗜める前に、もっと衝撃的なことを言われて忘れたけど。
「でもちょうどいいよ。俺、そろそろ言おうと思ってたから。はい。噛んでいいよ」
見慣れたといえば見慣れた、でも気づけば大人になったその素肌は、ちょっとだけジュンには眩しかった。
いつか、もう遠い昔、誰かを噛んでしまいたいと思ったことは確かにあった。あまりにも寂しかったから。長く長く、1人で生きてきたから。
でも今はハオがいて、大切に育ててきて、もうすぐ巣立っていくはずなのに......。
それなのに目の前には、ジュンに向かって首を差し出すハオがいた。
「本当はもっと完璧を求めたかったんだけどさ」
そうハオが言う。
ジュンの横に並んで立って長く長く生き続けるには、今の自分じゃまだまだと思い続けていたという。でも今の自分は今までで1番気に入っているとも。
「そんなこと、いつから......」
思わず息苦しくなって、声を詰まらせながら聞いたジュンに、「なんでジュンはずっと同じなの?」って聞いた時からかなとハオは笑って言った。
全部全部覚えてるのに、今にも死んでしまいそうな小さな身体を抱き上げたあの日から、今日までのハオを全部覚えてる。
それはまだ8歳にもなってなかった頃。
ずっと一緒に暮らしきて、周りの人たちは少なからず年を重ねていくのに、ジュンだけはずっと同じだと気づいたんだろう。
なんでも知りたがりな年齢でもあったのかもしれない。
「噛まれたらジュンと同じになるけど、時はそこで止まってしまうんだってはなしを、おとぎ話として聞かせてくれたけど、それが真実だって俺は知ってたよ」
「でも、お前は人間だから」
諦めが悪いとハオが怒る。そういう問題じゃないと思うけど。
それに家族ではあるかもしれないけれど、ハオには綺麗なお嫁さんが必要で、それから、可愛い子どもができて......。
「別にそういうのも、俺ジュニヒョンとでいいよ。人間に夢見てないし」
子どもは成長するものだとは知ってたし、目の前にいるハオはもう十分に大人だから、ある意味問題はないのかもしれないが、ジュンにしてみれば大問題だった。
「な、なに言ってんだよ。そ、そんなの、自然の摂理に反してるだろ」
「それこそ自然の摂理の範疇外の存在のくせに、ジュニヒョン案外常識人だよね」
ハオが笑う。
それこそジュンは小さい家族が出来たその日から、必死に人の世界の常識を学んだきた。子どもをちゃんと育てなきゃいけなかたから。
育ちすぎたし、どう考えてもちょっと間違った方向に育ったかもしれないし、育てた子どもに「ほら早く噛んでよ」と押し倒されそうになっているけれど............。
「こ、後悔しても、知らないからな」
そう言ったらハオに「後悔は、後からするから後悔なんだよ」とか言われた。
なんだか難しいことを言われてる気もするけれど、当たり前なことを言われてる気もする。
いつかジュンだって、家族が欲しかった。愛する存在が欲しかった。
一度は諦めて、でも子どもを得た。ジュンの生きる時間にしてみれば、きっとあっという間だろうってことは判ってた。それでもその一瞬をずっと大切な思い出として生きていこうと思ってた。
噛んでもいいのか。一生一緒にいてもいいのか。
その甘い誘惑には抗えそうになかった。だってもう愛してる。それでも手放すのは愛してるから故だったのに。その存在から望まれてるなら許されるんじゃないかと思ってしまう。
「永遠なのに」
「ジュニヒョンといれば飽きないと思う」
「もっとゆっくり、時間をかけて考えないと」
「俺だけじじぃになるだろ」
「でもハオ」
「愛してるだろ?」
ハオの首筋は、魅力的だった。
だからやっぱり抗えそうになくて、「絶対幸せにする」って言ったら、「ずっと幸せだったよ」と言われた。
そうしてジュンは、家族を手に入れた。
The END
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