妄想heaven

SEVENTEEN全員でのドラマか映画が見たいな......

ホシウジパラドクス

 

未来は誰にも判らない。
過去だって、本人たちにしかきっと、判らない。

2023年、はじまったばかりの頃。ブソクスンはカムバックしてホシは忙しかった。
でももっとウジは忙しかった。

喉が痛いと朝から言ってて、熱があったらさすがに諦めて戻ってくるとか言いながら、作業部屋に向かったウジだったけど、熱なんて宿舎で測れよと言ったホシの言葉なんて聞いてなかったのか、無視したのか。

バタバタと働いて、当然のように夜中を越えて、ようやくマネヒョンに「ジフニは?」と聞けば、聞かれたことの意味も判らないって顔でマネヒョンは、「ウジさんなら、いつも通り作業部屋だと思いますけど」って言ったから、ウジはきっと熱すら測らなかったんだろう。
それから喉が痛いのも誤魔化して、きっと働き続けてる。

「ヤー、ジフナッ! ふざけんなよッ!」

ホシが作業部屋に、ちょっと乱暴な感じで乗り込んだ時、ウジはヘッドセットをつけて普通に働いてるところだった。
だから一瞬、体調は悪くならなかったのかもしれないとも思ったけど、おでこに手を伸ばしてみれば驚くほどに熱かった。

「なに? どうした?」

突然触られて驚いたって感じのその声だって少し掠れてた。
もう夜中というより朝方になってきているってのに。

「熱があったらさすがに諦めて戻ってくるって言葉はどこ行ったんだよ」
「あ、忘れてた」

それは嘘でもなんでもなくて、ほんとにそうだったんだろう。

「じゃぁ思い出しただろ。帰るぞ」
「ぁーーーーー、いや、もうちょっとやるわ。どうせだから」
「は? 何がどうせなんだよ」

もう少し何か言いようが、やりようがあったんじゃないかと考えるのはいつだって後からで、普段なら「じゃぁ待ってる」とか言ったはずなのに、「冗談だろ」って言ってホシがとった行動は、マウスを持つウジの右手を強く掴んだことだった。

「いい加減にしろって」

ウジはそう言っただけで、掴まれた手を振り払うこともしなかった。
でも、従う素振りも見せずに、ただじっとホシのことを見上げてくるだけ。

「それはこっちのセリフだろうが」

ホシの不機嫌な空気には、クユズのウォヌやジュンだって時々は慌てるし、弟たちは絶対にビクつくってのに、ウジだけはいつだって、全然動じない。
それが時々は自慢で嬉しかったはずなのに、自分ではウジを動かせないと、こんな時には打ちのめされる。

いつだって折れるのも諦めるのも我慢するのも、自分の方だとホシは思ってて、普段ならそれは全然苦にならないのに、体調が悪いウジを守りたいと思ってるのにそれを本人に阻まれて、立たせることすらできないでいる。

お前の身体が心配なんだって言ったって、きっとウジは「だから?」とか、無表情で言いそうで、それはもしかしたらお前のことを本気で愛してるんだってと言ったって、同じかもしれない。

「帰るぞ。ほら」
「もう少しだけやる。待ってるか、先に帰るか」
「ダメだ。ほら、立てって」
「ダメじゃない。待てないなら帰れ」

熱があるのに......。ウジは頑固だった。
でもそれは、熱があるから......だったのかもしれない。
ウジが作業をするのを見るのは大好きで、その手が動けば、不思議と心地よいリズムが流れ出す。ラララだったり、ルルルだったり、ウジは適当に歌ってるのに、そこに歌詞がのればそれは物凄いカッコ良かったり、感動する曲になる。
だからそんな姿を、真横や真後ろでジッと見て、触発されて踊りに行って、戻ってきてまたウジのことを見て。
それがホシの日常だったのに。

「お前のこと、閉じ込めたくなるだろ」

堪らなくて口から出た言葉は、心の底から思ったこと。
小さめだけど色んな意味でデッカいウジが、傲慢に振る舞うように見えてちゃんと自分に合わせてくれてることも知ってるっていうのに。

「別にいいぞ。ノートパソコンとWi-Fiがあれば、俺は基本どこでも仕事できるから」
「そんなの閉じ込める意味がねぇじゃん」
「仕事もさせないつもりかよ。まぁでも、それでも別にいいぞ。お前にしか会わない暮らしでも、慣れたらどうにかなりそうだし。でも」

本気なのか、閉じ込められたっていいと言う。
でも、と、ウジはたった一言でホシのことを打ちのめす。

「でもその代わり、お前の横には立てなくなるけど」

本気で閉じ込められるつもりなのか、それなら踊れないし、踊れなくなればホシの横には立てなくなると言う。曲も歌も生み出さなければ、もっと横には居られないだろう。

「俺、お前の横にいるために、これでも結構必死だけど?」

そんなのお互い様なのに。
きっとパフォチのままだったなら、ウジはホシよりも踊れる存在になっていただろう。
今だっていざとなったら、凄い踊りを見せるのに。

曲を作って、歌詞を書いて、それから踊って。何をしても完璧なのに、自分の横にいるために必死だなんて、どの口が言うのか。

「どうする? 俺のことを待つか、先に帰るか」

言い負かされたのか、選択肢はやっぱり2つしかなくて、ホシは「待つ」って言ってソファに腰をおろした。
ウジが働く後ろで、ホシが凹んでる。
でもそれを判ってるのか、時折ウジが「スニョア」と呼ぶ。
手を伸ばすウジがいるからホシだって手を伸ばせば、ホシの手を自分の額にあてて、「やっぱ冷たく感じるわ」と苦笑して、「だから最初から言ってるだろ」とまたホシが口にして。

「全部やり直すつもりかよ」

笑うウジに、「やり直したっていいよ俺は。やっぱり立てって」と怒りと哀しみの籠った顔と声でホシが言う。

結局、ウジが「やべぇ限界来たわ」と言ったのはそれから2時間も後で、ホシに半分以上抱えられるようにして宿舎に戻ったウジだった。

「だから言っただろ」

何度かそうホシは言ったけど、きっともうウジには届いてない。
車の中でもホシの膝に頭を置いて、熱い息を吐いていた。
「病院に行くか」と聞いても「帰る」というウジは結局、マネヒョンにもジョンハンにも体調が悪いことがバレて後から文句を言われていたけれど、「いやだって俺のこと、スニョイが閉じ込めてたんだって。無理矢理」とか言い出して、ホシのことを慌てさせた.........。

それでも、ブソクスンのカムバは大成功で、世界中のカラットたちは喜んでくれて、また世界に出ていくって春先、誰も知らなかったけど、2人は別れた。

「ハニヒョン、俺ら別れたから」
「は?」
「どうせハニヒョンだけは気づくだろうから言っておくけど、余計な口だししないでよ」

そう言ったホシに、ジョンハンは驚いてはいたけど、「お、おぉ」と言っただけで、本気で余計なことは言わないでいてくれた。

 

 

ホシは放って置いてくれたと喜んでいたけれど、ジョンハンはホシから別れたと聞いたその日、驚くほどの早さでウジの作業室を訪れた。

「泣くなら肩を貸そうと思って」

そう言って作業部屋にあらわれたユンジョンハンは、いつもと変わらず作業を続けるウジの側に居続けた。

「いやハニヒョン、なんのフォローもいらないし、慰めもいらないんだけど」

ウジが呆れてそう言ったって、「それこそ、いやだけど、俺、お前らが別れるとかって一番想像できないわ。ミンギュんとこよりもだぞ」とか言って、離れなかった。

「しょうがないじゃん。アイツが別れるって言うんだから」

ウジは作業を続けながらも、時々、本当に時々だけど、呟くようにして話す。
ジョンハンはそれを、ただ黙って聞く。
笑ったりもバカにしたりも、当然呆れたりもしない。

「ケンカ、した訳じゃないよ」

だから別れは、勢いとかじゃなかった。
2人の距離だっていつも通りだったけど、何が、いつだって鬱陶しいぐらい前向きなホシに影響を与えたのかも判らなかった。
でもそれはウジがきっかけだったはず。

「俺ら別れる?」

ウジ本人ですら、そんな言葉、ホシの口から出てくるとは思わなかったんだから。
驚いた顔も見せずに「別にいいけど」と言えた自分を褒めてやりたいと、他人事のようにウジは思ってた。

「なんで俺が振られる側なんだよ」

結構本気でそう呟けば、ジョンハンはそれを聞いて笑った。
でもホシの方が、振られたような顔をしてた。傷つけられたみたいな、被害者みたいな、今にも泣きそうな顔をして、「わかった」って言って作業部屋を出て行った。

「絶対に、すぐに戻って来ると思ったのにさ」

あれ以来、ホシは作業部屋にはあまり来なくなった。来るときには誰かと一緒だったり、誰かがいることを確認してから入って来るようにもなって、いつもみたいにウジが作業してる後ろから勝手に手を出してくることもなくなった。

「俺ら、本当に別れたみたいだ」

ウジはそれを、今気づいたみたいに言った。
別れたって何も変わらないだろうなって思ってた。そもそも別れるとか別れないとか、そういうの関係ないとも思ってた。
なのに気づけば、「帰るぞ」って言われることもなければ、「行くぞ」と声を掛けることもない。
運動場に行けばホシがいるけど、お互いの視界には入ってるのに、黙々と動かす筋肉と、漏れる吐息と、時々運動場の床が鳴る音がそこにはあるだけだった。

 

 

タイトなスケジュールで世界を駆け抜けた。
ウジはどこでもホテルに籠り続けて、いつでもノートパソコンを叩いてた。
時には自国にいるスタッフたちとやり取りしながら、次の歌を、曲を、仕事を淡々とこなしてた。

「お前らケンカしたの?」

ウォヌにそう言われたけど、「してない」と答えておいた。だってケンカなんて本当にしてないから。

「そんなに俺ら、判りやすいか?」

ギクシャクしてるつもりもない。
倒れるまで踊って、それでもまだ働いて。
別に八つ当たりのように働いてる訳でもなくて、欲しい音や歌を突き詰めてるのはこれまでと一緒で、その中にはちゃんとホシのソロ用の曲だってあった。

「いや、全然」

ウォヌはそう言ったけど、じゃぁなんでだよって視線を向けたら「ミンギュがそう言うから」って。
2人の暮らす家で、どんな話題の時に自分たちの話が出たのかは知らないし、普段なら「あ?」程度の話なのに、なんでかムカついた。

「俺は放っておけばいいって言ったけど、ミンギュが、絶対声かけた方がいいって言うから」
「なに? お前が俺に話しかけたら、何かが変わるってか?」
「さぁな。何も変わらないかもしれないけど、滅多に怒ったりしないお前が、怒ったりはするんじゃねぇの。でも、俺らに当たるなよ」

ウォヌは本当にミンギュに言われたから一声かけただけのようで、それ以上は何も言わずに「じゃぁな」って出ていく。

チングなんだから、少しぐらいはそれぞれから話を聞いてやろうとか、そういうのはないのか......とか、やられたらそれこそブチギレそうだけど、勝手なことを思ってた。
もう1人のチングだって、役には立たない。

「ウジや〜、悪いこれ、ホシに返しといて」

そう言ってジュンは、高い時計をウジに渡してきたりするから。
いつだって作業室で捕まるから、モノを持ったままホシを捕まえるためにウロウロするよりはいいだろうとでも思ったのかもしれない。

「アイツは滅多にここに来ないけど?」

少しだけムッとしたままそう言えば、「じゃぁ極まれには来るんじゃん。問題ないよ」とジュンは時計を押し付けていく。
本当に、ホシは滅多に来ないっていうのに。
それを返すキッカケを掴めないまま、時は過ぎて。夏の終わり頃。
ウジの左手首には、ホシに返そびれた時計があった。
いつか、タイミングがあえば返そうと思ってた時計が。
もちろんいつだって返そうと思えば返せたけど、なんとなく、2人きりになったら返そうとウジは決めていたから、それはなかなか訪れなかった。

 

 

ウジの左手首に自分の時計があることは、すぐに気づいた。
いつもなら「なんで俺の時計してんの?」ってすぐに声をかけたはずなのに、気づかない振りをしてそのままにしたのは、そこに自分の時計があることが嬉しかったから。
意味なんてないかもしれないって考えたり、そんなはずはないはずって思ったり、でも口にしたらあっさりと外されて渡されて終わってしまうような気もして、遠くからもウジに左手首ばかり気にして過ごしてた。

「お前らケンカしたの?」

ウォヌがそう聞いてきた時、「してない」って言ったのは嘘じゃない。
でも口元は歪んだかもしれない。泣くのを我慢するみたいに。

「でも、仕事はちゃんとしてて偉いな」

ホシの表情から全部察したのか、ウォヌが褒めてもくれた。たぶんそれは慰めなんだろう。

「踊れなくなったなんて言ったら、俺もう、何もないもん」

セブチでまだまだ上を目指したい。それは自分の中に今でもある思いで、だから当然頑張ることはやめないし、これぐらいでいいだろみたいなところで満足するような、中途半端な踊りじゃ、きっとウジの曲には釣り合わない。

「あいつの曲に、負けたくないもん」

いつだって全然平気みたいな顔で、本当は無理してたってそんなところ見せもせずにウジは頑張っていて、本当はそんなところを自分にだけは見せてくれていたのに、今はもう、一緒に頑張ってやれない。
だから踊りだけは、絶対、一瞬たりとも油断したくなかった。

「ケンカしてなくても、仲直りしろよ」

ケンカなんてしてないっていうのに、仲直りをしろと言う。ウォヌは簡単に言ったけど、ホシには何よりも難しかったかもしれない。
何も言えなかったホシに手を振って、「一応言ったからな」ってウォヌが去って行く。
たぶんわざわざ、それを言いに来てくれたんだろう。

「時計、戻ってきた?」

ある日突然、「時計貸して」って言いながらも人の手首から勝手に外して時計を奪っていったジュンは、その時が戻ってきたかどうかを頻繁に聞いてきた。
最初は意味がわからなかったけど、ウジの手首に自分の時計を見つけてしまえば、ジュンはわざと自分の時計を奪っていって、それをウジに渡したんだろう。

余計なことをするなと言えばいいのか、きっかけを作ってくれてありがとうと言えばいいのか、ちょっとだけ悩みつつも、毎回ホシはただ首を振るだけだった。

「時計、諦めるなよ」

ジュンはいつもそう言って、笑って去って行く。
時計なんてどうでも良かった。でもきっとジュンだって、時計のことなんて言ってなかったはずで。

2人ともチングだから、心配してくれていたのかもしれない。

でも勢いだけで駆け抜けてきたような、ガキでもなくて。分別って言葉の意味だってちゃんと理解してる大人なつもりで。
気持ちだけじゃもうやっていけないって、そう思ってもいた。
だけどそんなこと言ってる場合じゃないってなったのは、「ジフニの筋肉、落ちまくってるけど、お前なんか理由知ってる?」ってジョンハンが言ったから。
当然だけど洋服越しにはよく判らなかった。
触れば簡単だったけど、触れる距離にはいなくて。
一緒に運動場に行ってればそれこそ判っただろうけど、もうどれぐらい、一緒に筋トレをしてないだろう。
脱いだ姿なんて、もう忘れたかもしれない。

「なんで? あいつが筋トレをサボる訳ないのに、どういうこと?」
「いやだから、それを俺がお前に聞いてるんじゃん」

キョトンとした顔でジョンハンが言う。
きっとそれも戦略で、わざとホシのことを煽ってるだけかもしれない。
そうは思いはしたけれど、気になってしまえばそれまで我慢してただけに、自分のことを止められなかった。

目を閉じててもきっと行ける。その場所に向かう。
時々は訪れたけどでもやっぱり久しぶりのその部屋は、そのままだった。
新しい社屋にウジの部屋ができた時に、自分のも自分のも自分のもと言いまくって用意してもらった椅子も、ソファで寝る時の枕も、この部屋で使う用のスリッパも。全部そのままだった。

それからパソコンに向かうウジの背中も、足に揺れるサンダルも。きっと部屋に誰かが入ってきたことには気づいてるはず。パソコンの画面に何かしらは反射したはずだから。
それが誰だか、ウジは気づいただろうか。
ウジは動かない。振り向きもしない。でもそれも、いつもと同じだった。

「珍しい。どうした?」

何を言おうか、どう声をかけようか。迷ったのは一瞬だったのに、振り向きもせずにウジが言う。勢いだけでやって来たのに、思わず「どうしたって............」って口籠る。

「珍しくなんて、ないだろ」
「そうか? 最近全然、来てなかったじゃん」
「たまたまだろ」
「そっか」

聞きたいことがあったはずなのに、久しぶりに見た働くウジの動く指に、視線が釘付けになった。器用に動くその指が、ホシが望むリズムをいつだって文句言いつつも作り出してくれたことを一瞬で思い出す。嬉しくて自慢で、誇らしくてやっぱり自慢で。

「筋肉、少し落ちたか?」

ウジの右肩に手を伸ばしながら聞いた。もう少しで手が肩に触れそうって時に、ウジの左手が右肩を掴むから、ホシはウジの手ごと肩を掴んでしまった。それは久しぶりのウジだった。

「服着てれば、そんなにわかんないだろ」

ホシの手は震えそうだったのに、ウジはどうってことなさげに言う。だからホシだって踏ん張って、「見てれば判る」って答えた。
ジョンハンに言われるまで、気づいてもなかったくせに............。

「運動、あまりできてなかったから、最近」

何があったって、どんなにキツイ練習の後だって、ウジは必ず運動をしに行ったのに。もう少しで「俺がいないから?」って聞きそうになって、でも耐えた。代わりに「そっか」っていう、どうでもいいような言葉を口にした。
それから、手を離した。
でもそこにあったウジの手が、震えてた。

ホシにしてみれば、色んな音を生み出してくれるその手は時に繊細に見えて。でも運動場でフォローしてくれる時は力強くて。無性に触りたくなる時もあれば、ただ見てるだけで幸せな時もある。
メイクをしてくれるヌナたちの手を見れば、それはやっぱりちゃんと男の手だって言うのに、ば世界で一番、大好きで大切で特別な手だった。
もしかしたらウジの身体の中で、一番気持ちが出るのも、その手かもしれない。

本当なら「ごめん」とか、「やり直したい」とか、「愛してる」とか。そう言う言葉が似合う場面なのかもしれなかったけど、ホシの口から出たのは「次の俺の曲は?」だった。

「なんだよそれ。お前また曲出す気かよ」

手はやっぱり震えたままなのに、声はそんなこともなくて、それはいつもと同じ呆れた口調で。
ちょっとだけ考える。今までの自分なら、何をどう答えてたかって。
でも考えるまでもなく、「うん。俺、歌いたい」って口から言葉が先に出ていた。
きっとそれはウジだって同じで、何かを答えるよりも早く、その手が動いてホシのために作り置いていたはずの曲を流してくれる。

「歌詞は自分で書けよ」

ウジが言ったのはそれだけで、やっぱりウジだって「ごめん」とか「やり直したい」とか「愛してる」とか。そんな言葉は何も言わなかった。
でも曲の中に、そんな思いは全部全部、詰まってたけど。

「愛の歌でも、歌おうかな」
「いいんじゃね」
「でも吠えてもいい?」
「好きにしろよ」

ホシの希望を聞いて呆れたり頭を抱えることはあっても、否定はしたことがないウジはやっぱりそのままで。
さっきまで震えてたはずのその手は、今はもうホシのための曲をいじり始めるのが楽しくなってきたのか、ホシの希望を聞いてアレンジをはじめてしまえばそれはもう、ホシが大好きな魔法使いのようなウジの手だった。

 

 

ホシがウジの側にいる。
それは当たり前のように見えて、当たり前じゃない。
それを一番理解してたのは、ウジだったけど、それは誰も知らない。

「俺が、どうにかしてやろうか?」

そう言ってきたのはジョンハンで、それに対して「ハニヒョンにだってもう無理だよ」って答えたのはウジで。
でも即答で「別にいい」とは言えなかった。それが明確な答えだったのかもしれない。

「謝るのは癪だろ? だから......」

ユンジョンハンが笑う。
癪とか癪じゃないとか、どっちが有利だとか有利じゃないとか、勝つとか負けるとか。そんな感情は自分の中を探してもどこにもなくて、最初から何かを争っていた訳じゃない。ただいつまでも、走り続けるホシの横に居続けたかっただけだって、やっぱり気づけば同じ思いだけがそこにある。

「ヒョン、俺、謝ってどうにかなるなら、とっくの昔に謝ってたと思う」
「お前ら相変わらず、簡単そうで難しくて、難しそうで簡単な、そんな関係だよな」

ジョンハンが笑う。でもウジには笑えなかった。
一緒にいる。本当にそう。ただそれだけの関係なのに。

「ま、話は簡単だよ。ウジや、お前今日から運動禁止な」

そう言ってジョンハンは去って行った。
たったそれだけで、何をどうしてくれるのかは言わなかった。
健康な身体だけがいつだって自分の最後の拠り所で、どんな時だって身体を動かしていれば前に進めると思って、もはやそれは努力でもなんでもなくて日常だっていうのに、騙された気分でウジは運動を辞めた。

筋肉は驚くほどに落ちたけど、特に何も変わらなかった。どこから情報を得てるのか知らないが、母親は喜んでいたけど。
誰もウジが運動を辞めたことなんて気づかなかったのに、いつものように仕事をしていたら、ホシが来た。
きっと手が震えてたのはバレたはずで、だからって訳じゃないけど、それ以来ホシは作業室の中に入り浸ってる。

好きだとか、愛してるとか。ごめんだとか。そんな言葉は交わさなかった。でもホシは愛の歌を歌うという。吠えもするらしいけど。
作業部屋で自分以外の誰かの呼吸が聞こえることにしばらくはドキドキしてた。後ろから伸ばされる手がパソコンのディスプレイを触ることに、時々は息が止まりそうなほど驚いた。

「触るなって、手の油がつくだろ」

口からはちゃんと文句が出たけれど、そのままその手が腕が去っていくのを、気づけば見ていたかもしれない。
でも2人で何かを食べれば、お互いの皿から好き勝手に何かを取って取られて。
当然のようにホシはウジのもとへ多く白飯をくれて。

 

 

全員が汗だくでヘトヘトだった。
さすがに今日はもう、掃除当番だって免除しても良いってマネヒョンやスタッフヌナだって言ったほど。
なのに、「スニョア、行くぞ」とウジの声がする。
全員が嘘でしょって顔をする。あぁでもホシは死んだような状態からどうにか起き上って、ウジの後をついて行く。
どんな時だって、ウジは運動場に行くから。

「あいつは、ウジに何か弱みでも握られてるのか?」

そんなことを言うエスクプスの声を後ろに聞きながら、ホシはウジに追いつく。
疲れてるのは一緒だけど、気にせず肩に手を回して体重だってしっかりかける。でもそれぐらいじゃウジは揺らいだりしない。

ヘトヘトになった状態でも運動場に拉致られて行くのは嫌いじゃない。
コンサート後に、もう1曲踊ることになったって、日々のこの習慣のおかげで出来る気がするから。
いつだったかウジはそう言った。
全員がヘバってたって、お前は俺と一緒に踊るだろ?って。

「当然だろ。お前が踊るなら、俺が隣りでそりゃ踊るに決まってる」

確かそう答えたはず。
一緒に作業して、一緒に運動して、一緒に飯を食って、時々一緒に寝る。
忙しすぎるけど、それすら楽しんで駆け抜けた1年だった。気づけば寒くなっていて、もうすぐ忙しい年末が来て。
ホシは寝る間も惜しんで別バリエーションの踊りを考えて、ウジは編曲に新しい曲の作成に誰かのレコーディングに、それから自分がいなくなる間の曲作りにと忙しい。

結局愛の歌は、世間には出なかった。今もまだウジのパソコンの中だけにある。
たぶんホシが吠え過ぎたからだろう。

The END
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