妄想heaven

SEVENTEEN全員でのドラマか映画が見たいな......

彼と彼

彼と彼1

毎回と言えば毎回、別れはこのパターンでやって来る。
いつもは優しく笑ってくれる彼女が、突然のだんまり。それから、涙。そして、別れ。
まぁでも水をかけられたのは初めてだったけど、平手打ちをされたことはあった。
目の前で、何も言えずにただ黙ってるだけのウォヌのことを、哀し気な顔で今そうなったばかりの元カノが見てる。

「最後までサイテー」

小さく囁いて、元カノが去っていく。
水に濡れても、ウォヌはイイ男に見えた。
冷たく見えてそこがいいと評判だった。でも優しく笑う姿がギャップだとも。
「ほんと俺、サイテー」
ウォヌは小さく呟いた。
いつだって、「俺は誰かと付き合うなんて無理だけど」って断るのに、「それでもいいから」って言う。でも結局みんな耐えられなくて、ウォヌのもとから去っていく。

「ウォヌヒョン、サイテー」

誰もいなかったはずの向かいの席に、そう言って勝手に座ってきたミンギュが、楽しそうに笑いながら言う。
「お前が言うな」
そう言えば、「だね」とミンギュが爽やかに笑った。

「でもさ、彼女なんて諦めなよ。ウォヌヒョンのこと、一番愛してるのは俺なんだから」

わかってる。半分以上は諦めている。でも本当の愛が、もしかしたらそこにあるかもしれないと、ちょっとだけいつも思ってしまうだけだ。

「結局今回だって、キスだってまともにしてないじゃん。酔った勢いで彼女がウォヌヒョンの頬にポッポしただけだったじゃん」

そう言ってミンギュはウォヌの頬に手を伸ばす。
汚れでも取り除くみたいに、そっとウォヌの頬を、ミンギュの大きな手が数回擦っていく。
「やめろって」
そう言いながらその手を振り払えば、「ほら、そういうの、俺だけにしか言わないししないからダメなんだよ」とミンギュが笑う。ちょっとだけ得意そうに。
「お前が言うな」
だからもう一度そう言えば、「だね」とミンギュが楽しそうに笑った。

別に彼女なんて、欲しい訳じゃない。
ウォヌのことを一番愛してるのは、確かにミンギュかもしれない。
でもウォヌが一番愛する相手は、この世界のどこかにいるかもしれない。
愛を手に入れたかった。誰かを愛せる自分を取り戻したかった。

目の前には、ムカつくほど男前なミンギュがいる。
楽しそうに笑ってる。
ウォヌの前では、ミンギュはいつだって楽しそうに笑ってたから。

「ごめんね」

でもよく待ち合わせには遅れてきて、そのたびに見せる情けない顔と「ごめんね」は、許して貰えるのが判ってる顔で......。謝った3秒後には笑って「飯に行こう」とウォヌの腕を引っ張るミンギュがいた。

「お前、もうやめろよ」
「うん。判ってる。でもウォヌヒョン、俺の事、まだ愛してるじゃん」
「お前が言うな」

いつもなら「だね」と笑うのに、ミンギュは何も言わなかった。
気づけばウォヌの横にはアルバイトなのか学生みたいな女の子がいて、濡れたままのウォヌにタオルを差し出してくれていた。

誰もいなくなった席で1人話していても、今の時代、誰かと電話してるんだろうと勝手に思ってくれる。
そこにはウォヌにしか見えないミンギュがいるなんて、誰も知らない。

「ありがとう。でも、大丈夫」

そう断ってウォヌは立ち上がる。
濡れたままの姿で店を出る。それからちょっと空を見上げて、歩き出した。
見上げたそこにはミンギュがいて、「タオル借りれば良かったのに」とか言っていたけど。

 

彼と彼2

ウォヌがミンギュを失って2年が経った。
でもその日、誰かが言った「まだ見つからないだけだから、捜索隊が出るって。誰もまだ諦めてないから。な」っていう言葉を、ウォヌは冗談のように聞いていた。
だってその時にはもうミンギュは、「ウォヌヒョン、心配いらないって」と言いながらウォヌの前にいたから。
ミンギュを失って自分がおかしくなったのかもしれない......とも考えた。でも冷静になってみれば、ミンギュを失ったと気づく前からミンギュは目の前にいたんだから、「お前なんなの?」と思わず言ってしまったとしても仕方ない。
それに対してミンギュは「いや、俺は俺だけど」と言ったけど、それもまたそうだろう。
「ミンギュがいないって、みんな言うんだ」
2人が特別な関係だったと知っていた人は少なかったけど、それでもいなかった訳じゃない。そんな人たちはウォヌの側に居続けてくれた。
泣きもせず、動揺もせず、慌てることもなく、ミンギュのことを探そうともしないウォヌは、でも時折誰もいない場所に向かって「お前、いつ俺のとこに帰ってくるの?」とか口にしてたから、ミンギュがいないことを正しく認識した時が一番危険だと思われていた。
「ウォヌや。ミンギュはきっと、見つかると思う」
そう言いながらも自分が信じたいのか、ジョンハンが何度も言っていたっけ。
「でもヒョン。ミンギュはいつだって、俺の側にいるんだよ。みんなには見えないみたいなんだけど」
そう言ったらジョンハンに泣かれた。
アイゴアイゴって、ジョンハンが咽び泣く。
「ウォヌヒョン、何やってんの? ハニヒョン号泣してんじゃん」
誰にも見えないくせにやっぱりデカいミンギュは、「傲慢に見えて、ハニヒョンは繊細なんだから」と文句を言ってくる。
「お前のせいで泣いてんじゃん」
そう文句を言い返したら、「ウォヌや。ウォヌや」って、ジョンハンがウォヌのことを強く抱きしめながら、やっぱり泣く。アイゴアイゴって。
時折「ミンギュや」って言いながらも、結構な時間、ウォヌはジョンハンに抱きつかれてた。
その時に凝りたからか、それとも学んだからか。人前では極力ミンギュには話しかけないようにしたし、外ではいつだって誰かと電話してますって風情を装った。

 

彼と彼3

思い出の品が欲しいとウォヌを訪ねてきたのは、ミンギュと同じ学年だという女の子だった。
「仲が良いってほどでもなかったんです。講義が同じ時に時々話す程度で。でもカッコ良かったし誰にでも優しかったから当然みんなが大好きで。居なくなるまで、本当に自分が好きだったことも知らなかったんです」
そう言った子に何か家にあるものを探しとくって約束して、何も考えずに歩いてたら、突然あらわれたミンギュがなんでか怒ってた。
「ウォヌヒョン、あんなの嘘に決まってんじゃん。なに次に会う約束なんてしてんの? だいたい本気で俺の何かが欲しいなら、うちの実家とか両親とか妹のとこに行くに決まってんじゃん。話しかけられても冷たく『あ?』って感じで無視しなきゃ」
誰にも見えないし、誰にも聞こえないってのに、ミンギュはずっと文句を言ってくる。
「ウォヌヒョン冷たく見えて全然冷たくないから、そういうの気づいて近づいてくる人間もいるんだって。油断しちゃダメだよ」
とりあえずうんうんと聞いていたけれど、はたと気づく。別に近づいてきたっていいんじゃないかって。
「俺、モテ期が来たのかもよ」
そう言えば、誰にも見えないミンギュが盛大にため息を吐いて道端にしゃがみ込んでしまった。
「そういうとこだよ。そういう、周り全然見えてないところが心配なんだよ」
ウォヌはブツブツ言い続けるミンギュを置いて歩きだす。一緒にいたって、1人で地面を睨んでる人にしか見えないから。
「あ、今年はバレンタインに、俺もチョコ貰えるかもな」
別に浮かれた訳じゃないけど、モテ期が来たならそういうことだってある。そう思って口にしたのに、「貰えないって。ウォヌヒョンはチョコ嫌いで通ってるから」と追いかけてきたミンギュが言った。
「チョコ嫌い? 甘いものは確かに苦手だけど、ちょっとなら食べるよ」
そう言えばやっぱりミンギュが、「ほら、そういうとこだよ」と言ってくる。
そういうとこってどこだよって思いつつも、まぁそういうとこもあるんだろうって謎にウォヌが納得して黙ったら、ミンギュは盛大にため息をついた。それから「絶対約束の日に会ったら、オッパって言われるんだ」とか言い出して、「そういうのもウォヌヒョンは拒否もせずに受け入れるんだ」と続ける。
拒否しなきゃいけないんだろうか......。
そんなことを考えながらも歩きながら、「なぁそれより、お前の何をやればいいの?」って、やっぱりウォヌはとぼけたことを言い出した。

 

彼と彼4

「オッパ、来てくれてありがとう」
と、彼女は言った。ちょっとだけ見渡したけどミンギュはいなかった。でも絶対「ほらね」とか言いそうで、ちょっと笑ってしまった。
そうしたら眼の前の彼女が頬を染めたけど。
「どんなのが良いか悩んだんだけど、それほど家にあいつのものがなくて、これ、あいつのペン。借りてて返し忘れたものだけど、そんなので良ければ......。あのでも、もっと違うものが良ければ、ご両親か妹に」
そこまで言ったら「これで十分です。ありがとうございます」って言われた。それもまたミンギュが言った通りで、「絶対お礼にお茶を奢らせてくれって言うに決まってる」って言葉通り、お茶に誘われた。
お茶は誘われても絶対に行っちゃダメだとミンギュが言った。
「ウォヌヒョン、モテ期が来たと勘違いしてるけど、これって宗教の勧誘とか、絶対儲かる株だとかの説明会の誘いとかだから。絶対」
ミンギュがそう言った時には笑って「なんだよそれ」と言ったけど、ミンギュの言ったことは当たってる気がする。
案外怖がりなウォヌは、危険なものには近づかない性格で、「ごめん。この後用事があって」と言葉を濁した。ミンギュがそう言えって言ったから。
「下手にきちんとした用事を言ったら、一緒に行くとか言われるからね」ってミンギュは言った。
そうしたら眼の前の彼女は可愛らしい笑顔で、「あ、ちょっとぐらいの用事なら、私待ってます」って言い出して、ウォヌをかなりビビらせた。これは絶対宗教だって。
「いやごめん。全然ちょっとじゃないから」
そう言えば、じゃぁ次って言われるからって言われた通り、彼女が後日の約束を口にする。
そこからはもうミンギュが言った通り、ウォヌは「悪いけど」と「急ぐから」と「必要ないから」を頑張って繰り返し、どうにか見た目は可愛らしいのに、宗教の勧誘に熱心な彼女から逃げ出した。
「ほらね? ね? モテ期とか喜んでる場合じゃなかったでしょ? ウォヌヒョン、しっかりしてるようでチョロいんだから、俺がいないと全然ダメじゃん」
結構逃げてきたのにまだ早足をやめられないウォヌの後ろから、ミンギュが「ほらねほらねほらね」と言いながら着いてくた。

 

彼と彼5

ウォヌの日常は、ミンギュとともにある。
元から外に出かけるタイプじゃなくて、惰眠を貪って、のんびり起き出して何かを食べたらまた横になるような、休みにはそうやって一日が過ぎる。だから誰もウォヌの側にミンギュがいることなんて気づかなかった。
「ウォヌヒョン、充電は? 切れそうじゃない?」
スマホの充電切れは、ミンギュがいるから起こさない。
「ウォヌヒョン洗濯は? 終わったんじゃない?」
洗濯が終わってるのに洗濯機に放置して、また一からやり直しなんてことも、ミンギュがいるからない。
「ほら、見たいって言ってた映画、今日じゃない?」
願いごとも漏れはない。
「そのまま寝ないで、風邪ひくから、ちゃんと頭拭いて」
風呂上りにもそう声がかかるから、ウォヌは風邪すらひかない。
それでもミンギュの料理は味わえないし、1人で寝るベッドに潜り込んできて後ろから抱きしめてくる体温も感じられない。
寂しくなんてないはずなのに、寂しい。
それを口にしないのに、ミンギュにはちゃんと伝わっていて。
時々微妙な沈黙が2人の間には生まれる。
そんな時にウォヌは誰かに付き合って欲しいと言われると、心が動いてしまう。絶対に無理だろうなって判ってるのに、もしかしたらまた、誰かを愛することができるかもしれないって。
そんなことになったら、いつも側にいてくれるミンギュが消えてしまうかもしれないなんて考えもせずに......。
「雨が降ってきたよ。ほら、俺が言った通り」
最近の天気予報はよく当たるのに、それよりもミンギュの方が精度が高い。
だからウォヌは不意に雨に降られるなんてこともない。
でもどれも、自慢にもならない......。

 

彼と彼6

「いつも見てました」
髪のきれいな美人がウォヌにそう言った。薄ぼんやりとしか覚えてないけれど、何度かは一緒に飲んだりもしたかもしれない。
「好きです」っていう真っ直ぐな言葉とその視線すら、ウォヌには薄ぼんやりと映る。だから「悪いけど、俺、そういうのにむいてないから」と言えば、そんなことはないと言われた。
ぶっきらぼうに見えて優しいところや、ふわりと笑う姿を見てたとも......。
見てたなら気づいてもいいのにと、思わなくもない。ウォヌが笑うその視線の先に、いつも誰がいるのかを。でもそこには何も見えないんだろう。
「ウォヌヒョン、もう行こうよ」
告白してくれる美人の向こう側から、ふてくされた感じでミンギュがウォヌを呼ぶ。
「ごめん、それに俺、好きな人がいるから」
そう言えば、「付き合ってるんですか?」って聞かれた。一瞬考えたら、「そこは即答に決まってるじゃん」とミンギュがうるさい。
「うん、たぶん」
微妙な返事になったけど、でもミンギュは満足そうに笑ってた。
それからウォヌに手を伸ばして、「ほら行こう」と言う。思わずその手にウォヌも手を伸ばしかけて我慢した。どうせ掴めはしないから。
ずっと見ててくれた美人を置いて、誰にも見えてないミンギュの後ろを歩いてく。
「こんなんじゃ俺、幸せになれないじゃん」
そう言ってみたけれど、ミンギュは図々しくも「俺がいるじゃん」と言う。
「いやお前がいるから、幸せになれないんじゃないの?」
結構本気で言ったのに、「そんな訳ないじゃん」とミンギュは楽しそうに笑ってた。
誰かに告られるなんて非日常なことがあった日はきっと特別な日のはずなのに、非日常すぎるミンギュが側にいるもんだから、ウォヌには誰かの告白がそれほど特別でもない状況だった。
ただ、最近よく告られるな......と思った程度。
当然これまではミンギュが周りを牽制してたり邪魔してたりしてただけだけど......。

 

彼と彼7

「ウォヌや、大丈夫か?」
時々ジョンハンがウォヌのもとに来て、そう聞いてくる。
ミンギュがいなくなってから、それは何度も。
「まぁ大丈夫だけど」
ウォヌの返事はあっさりとしたものだった。
だって大丈夫じゃないものがあまり想像できない。
時々持て余す性欲......とかはあるかもしれないが、そんなこと言えるはずもない。
「何かあれば、俺に言えよ」
ジョンハンは2年前から、何かあればとウォヌに言う。
その言葉に何度か言いそうにはなった。
「ハニヒョンには、ミンギュが見えてる?」って。目の前を指さして。
見えなかったらどうしようと思ったこともあったけど、実際のところ、見えたらどうしようと思ったことの方が多かったかもしれない。
自分だけじゃないのかもしれないと思ったら、それはそれで耐え難い。
「いつでもいいから。何かあれば、絶対俺を思い出せよ」
「毎回言うよね。それ」
ウォヌが笑えば、「宝くじ当たったとか、金を拾ったとか、絶対あがる株の情報を掴んだとかでも、もちろんいいぞ」と勝手なことを言っていたけれど、「何もなくても、連絡してこいよ」とも言ってくれた。
そして毎回ウォヌの頭を何度か撫でてから帰って行く。
「ハニヒョンは相変わらずだよね」
ジョンハンを見送るウォヌに、さっきまでずっと黙ってたミンギュが話しかけてくる。無視してやったけど。

 

彼と彼8

ミンギュとはあまりケンカをしたことがない。
時々はウォヌが怒った顔をすることはあってもミンギュは大抵笑ってたし、ミンギュが不貞腐れたような感じの時でもウォヌが「ほら行くぞ」と言えばミンギュはすぐに嬉しそうに笑ってついてきたから。
2人の付き合いを家族に言いたいと言ったミンギュと、家族にはできれば知られたくないと言ったウォヌが、多少なりともケンカらしいケンカをしたのが最初で最後だったかもしれない。
ずっと一緒にいるからこそ話そうとミンギュは言ったけど、それは守られなかった。
2人とも兵役から戻ってきて、それでもまだ2人一緒にいて、そこからもずっと一緒にいるなら話そうって言っていたのに......。
ミンギュがいなくなった後、一度だけ家族と会った。
その時にはミンギュの母親も父親も妹も、ウォヌのことを抱きしめてくれたから、多分ミンギュは勝手に話したんだろう。
「お前、勝手に話しただろ」
そう言ったら、「やっぱりバレた?」と悪びれもなく言うから、ムカついて、しばらくミンギュのことは見えないふりをした。
「ウォヌヒョォ~ン」
何度もそう言って、ウォヌのことを呼んできたミンギュのことを横目に見ながら、こんな時ミンギュが料理を作れたら、きっと自分は一瞬で許してしまうだろうな......なんてことを思いながら。
誰からも見えない存在なのに、そんなミンギュがいることが当たり前になった頃。
2人は大喧嘩した。

 

彼と彼9

ミンギュがいなくなって、もうすぐ3年が経つって頃のこと。
見つからないまま過ぎた3年。まだまだ待てると言ってたミンギュのオンマから連絡があって、墓を建てることにしたと聞いた。
残された家族には区切りが必要だからかもしれない。
「なに? オンマがなんて?」
ミンギュは自分のことなのに、「お前の墓を建てるんだって」と言っても「ふ~ん。お金勿体ないのにね」と他人事のようだった。
良かったら............とも、言われた。良かったら来て欲しいと。
でもウォヌは行かなかった。だってミンギュは今もそばにいるのに。ウォヌにしてみたら、ミンギュは一度たりともいなくなったりしていない。
時々寂しいけど、そんな気持ちには極力蓋をしてやり過ごす。うまくいってるはずだった。そのままで、ずっといけると思ってた......。
きっかけはなんだったか。
珍しく誘われた飲み会に参加したことか。
見知らぬ人たちの中にミンギュと同じ背丈の人間がいたことか。
たまたま立ち上がったタイミングか。
今日は最後までいろよと誰かが言ったことか。
煩すぎる店の雰囲気が、逆に心地よかったからか。
もう、3年が経とうとしてたからか......。
きっと沢山の何かが作用したのかもしれない。

 

彼と彼10

店の中、ウォヌは立ち上がった。
誰かが最後までいろと言ったけど、きっとミンギュは嫌がる。だからトイレに立つ振りでもして、外の空気もついでに......みたいな感じで抜けてしまおうと思っただけ。
たまたま店の人がサラダを両手に持って後ろを通ろうとしてた時で、さらにたまたま、同じタイミングでトイレに行こうとしてた顔見知りでもない男がウォヌの背中をぶつからないようにと支えてくれた時で、そうしたらその男がちょうど少し見上げる程度の身長があって、『あ、ミンギュぐらいだ』って思ったほんの一瞬の間、誰とも知らぬ相手を見つめてた。
たぶんこれは絶対、ミンギュが怒るパターンだ。
そう思ったら笑えてきて、酒が入ってたのもあったからだろう。ウォヌは思わず笑ってた。
それだけでどれだけ店にいた人間たちの視線を集めてるとも知らずに。
あちこちで大き過ぎる声がする。ざわざわを通り越した煩すぎる店の中に、ミンギュの声も混ざってるんじゃないかと錯覚するぐらい。
早くミンギュの声が聞きたい。そう思って店を出たのに、「何やってんのウォヌヒョン」って声はなかなかかからなかった。
「拗ねてるんだろ」
誰もいないのにそう口にする。もう慣れてしまった。
「飲み会に参加するのを嫌がるなんて、鬱陶しい男みたいだろ。ミンギュ? どこだよ。いるんだろ?」
いつもより声は大きかったかもしれない。でも場所柄、酔っぱらいだと判断されただけだろう。
「いい加減にしろよ」
いつもならずっと側にいるのに、ミンギュはなかなか現れなかった。だから少しだけウォヌの口調も強まる。久しぶりに口にしたお酒の影響だって、あったのかもしれない。

 

彼と彼11

確かにミンギュは拗ねていた。
なんであんな男に笑いかけるの?って思ってたし、なんで男が男の背中に手を添わせるんだよって思ってたし、自分がいない飲み会に参加するのも嫌だったし。
飲み会だってたまには行っておいでよ......みたいなことを言いたいし、言ってみせたりはするかもしれないが、心の底では絶対嫌だったかもしれない。許せて、自分も一緒に参加だろう。
自分はちょっと違うとか思うことはあっても、どうしたって韓国ナムジャだってことかもしれない。
「いい加減にしろよ」
ウォヌが言う。
「何がいい加減にしろだよ」
ミンギュがようやく口を開いた。
「なんでお前が怒るんだよ」
ウォヌにしてみれば、お前が怒るようなことは何もないだろ......と言いたかっただけなのに。
「俺が怒るの当たり前じゃん」
ミンギュにしてみれば、お前には関係ない......と言われているようで。
すれ違いなんてこんなもんだ。
手を伸ばして、その手を掴んでしまえばすべて片付くようなことが、2人には無理で。
ミンギュに唯一できることは、ウォヌの頬に、唇に、手を伸ばすこと。触られてる気がすると、ウォヌが言ったから。気がするだけで、実際には何もないかもしれないのに、その言葉に縋ってるのはウォヌもミンギュも一緒だったかもしれない。
でもウォヌは酔っていて、すぐに出てきてくれなかったミンギュに怒ってもいて。
「何も感じない。お前の何も、俺は感じられないッ」
そう言って、伸ばされた手から逃げるように一歩下がり、転びそうになった。
ミンギュは咄嗟に手を伸ばしたけれど、その手がウォヌの身体を支えることは、当然のように、なかった。

 

彼と彼12

「ほら」
転びかけたのを自分でどうにか踏ん張って耐えたウォヌがほらと言う。
「ウォヌヒョン、とりあえず帰ろう」
酔っ払いが一人で騒いでる。そう思われるにしても、そろそろ限界だろう。ミンギュの方が冷静になるのは早かったかもしれない。でも何もかも許せなくなってたウォヌにしてみれば、その温度差すらが辛かった。
「帰ってもお前はいないのに?」
「いるじゃんここに」
「俺のことを助けることもできないのに?」
「ごめん。でも次は、そんなことが起きないように、俺がちゃんと気をつけるよ」
「どう気をつけてくれたって、お前はもう、俺のこと抱けないのに?」
「............」
「俺、次は彼氏でも探せばいいのかな」
「何言ってんの」
「いつまで俺、お前とこうしてんだろう」
「ウォヌヒョン、やめてよ。帰ろうよ」
ミンギュが泣きそうな顔をして言う。いつものウォヌなら、「泣くなよバカ」って言って笑ってくれるはずなのに。
「泣きたいのはこっちだよ。もうお前、どっか行けよ」
って、ウォヌは言ってしまった。
トボトボと、ウォヌは夜道を歩く。
「駄目だよ。ウォヌヒョン、駄目なんだよ。お願いだから、置いていかないで。振り向いてよ」
ほとんど泣き声のような声でミンギュが言うのに、ウォヌは振り返らなかった。
ほだされたりはしないって、思ってたから。

 

彼と彼13

目が覚めたら朝だった。
自力で帰り着いたのか家のベッドの中にいて、いつも枕元に置いてるはずのスマホがなくて。
「ミンギュや、今何時?」
そう聞いたのに、返事はなかった。
そこであぁ、と思い出す。昨日の夜のことを。なんだかどうしても許せなくて怒って一人で帰ってきたことを。
あぁ絶対ミンギュは拗ねている。
起き上がりながら、「お前、拗ねてるだろどうぜ」って言いながら、カーテンを開けながら、スマホを探しながら。
顔を洗ってうがいをして、先にシャワーでも浴びようかなって考えて、「悪かったよ。俺も」って言いながら。
どこからも返事がないけれど、これはきっと、飲み会にはもう参加しない......ぐらい言わないと出てこないかもしれないとも思ってたのに。
ミンギュはウォヌの前からいなくなってしまった.........。
昼にはカップラーメンを食べた。お湯を沸かしながら、「もういいだろ? そろそろ出てこいよ」って言いながら。
夜には何も食べなかった。その頃にはもう、出てきてくれないミンギュのことが不安だったから。
それでも「ごめん。俺が悪かったって」って謝ったけど。
きっと明日になれば、「俺まだ怒ってるけど、でもおはよう」って言ってくれるミンギュがいるはず。そう信じて眠りについた。なかなか眠れなかったけど。
ベッドの中、いつのまにか半分よりこっちがわで寝るクセがついた。座るのはいつだって右側で、ミンギュが左利きだったからだろう。
でも起きても、ミンギュはどこにもいなかった。

 

彼と彼14

ミンギュがどこにもいない。
どこを探していいかも判らないから、ウォヌはひたすら声をかけるしかなかった。
でもその声すら出なくなりそうだった。
何かを食べたいって気すら起きなくて、謝ってもその声は届かなくて、返事がないと思い知るだけなら、黙ってた方がマシな気すらして。
ミンギュがいなくなってから、3日目。もう1週間ぐらい経った気がしたのに、それはほんとに3日目で、それを知ったのはウォヌのもとにジョンハンがやって来たから。
「カトクが既読にもならないから」
そう言われてはじめて、見失ったスマホを探しもしてないことを思い出した。
「ハニヒョン......、ミンギュがどこにもいないんだ」
いなくなってもうすぐ3年も経とうとしてるのに、そんなことを今さら言い出したウォヌのことを、ジョンハンは驚きもせずに抱きしめた。
「どうしよう俺、あいつがいないと生きていけそうにない」
そう口にしてはじめて、ウォヌは自分の心をちゃんと認識したかもしれない。自分には絶対、ミンギュが必要なんだって。離れてなんていられなくて、いないと心が死んでしまう。そんな存在なんだって。
「ウォヌや。ミンギュは、いつからいないんだ?」
いなくなってもうすぐ3年も経とうとしてるのに、ジョンハンがそう聞いて来る。
それが変だと思うこともなく、ウォヌは「飲み会の日からなんだ」って言いながら、指を3本折った。
「いなくなったきっかけは?」
そう聞かれて、その時の出来事を話したウォヌがいた。自分の言葉と、ミンギュの言葉と。でも最後は酔ってもいてちゃんと覚えてなくて、気づけば家だったって話しまで。
「どうしようハニヒョン、俺、どうしたらいいんだろう。ミンギュはどこにいるんだろう」
途方に暮れたウォヌがいた......。

 

彼と彼15

ミンギュがいなくなっても、自分の前にはミンギュがいて。それが普通の生活だった。
生きづらいことも、不便なことも、多少はあったかもしれないけれど、別れの準備なんてできてない。
「みんなは、3年前に、こんな気持ちになったんだね」
いつだって明るくて、前向きで、楽しそうに笑って、優しくて。困ってたら当然手助けしてくれて。そんなミンギュを失って、みんなはどうやってその喪失感に耐えられたんだろう。
「そうだな」
そう言ったジョンハンは、もうそれほど悲しそうではなかった。それは、月日が経ったからかもしれない。
ミンギュともう会えないかもしれない。本当はこの動揺や衝撃は3年前のものなんだと気づいてみれば、少しだけ、ウォヌのことを冷静にした。いや冷静というよりは、ウォヌの心をひんやりとさせただけかも。
「ハニヒョンは、驚かないんだね。俺がずっとミンギュと一緒だったって話しても」
そう言えば、ジョンハンが笑った。
「お前、覚えてないかもしれないけど、ミンギュがいなくなった直後に、俺に言ったじゃん。ミンギュは俺の前にいるんだって」
ミンギュがいなくなったことで、ウォヌはおかしくなったんだとジョンハンは思ったという。
「もしも本当にお前の前にミンギュがいるとしても、お前を連れて行こうとするなら俺は絶対どうにかしてミンギュのことを追い払っただろうけど」
ジョンハンはそうも言った。
多分ジョンハンはいつだってウォヌのことを心配して、見ててくれたんだろう。
誰もいない場所に向かって笑うその姿を、独り言の多くなった姿を。
「でも、お前は別に体調を崩すでもなく、辛そうでもなく、どっちかと言えばいつも通り、幸せそうだっただろ」
ウォヌがそこにミンギュがいることを言わなくなってからも、ジョンハンはずっと見てたと言った。
「俺の幻想とか幻覚とか幻聴とか、そういうのじゃ、なかったんだよ」
ウォヌはやっぱり、途方に暮れた。

 

彼と彼16

生きていくのに、失えないものがある。
それがないと、生きていけないものがある。
きっとそんなことはまやかしで、大切な何かを失っても、それまで通り生きていける人は多いだろう。
でも............。
自分は無理かもしれない。
「ハニヒョン、俺、本当にあいつがいないと無理だと思う」
「うん、そうだな」
そんなことないとは、ジョンハンは言わなかった。
「俺にしか見えなくても、俺にしか聞こえなくても、触ってくれなくても、抱いてくれなくても、別にいいんだ。ただ、一緒にいてくれれば」
いなくなれば、ウォヌの心もきっと死んでしまう。
そんな相手だって、自分の前にだけ戻って来たミンギュと一緒に暮らしながら、とっくに気づいていたはずなのに、なんであんなに冷たい態度が取れたんだろう。
「置いて行かないでって、あいつ、言ってたのに、俺、振り向いてもやらなかったんだ」
どういしようハニヒョンと、ウォヌはジョンハンに縋った。
普通ならそんなウォヌの言動に戸惑うばかりで、当たり障りのない慰めを口にして、時には気持ち悪がって離れていく人だっているだろうに、ジョンハンは違った。
「じゃぁとりあえず、ウォヌや。お前、ミンギュを迎えに行け」
どうやって? どこに? そんな気持ちが半分と、迷いのないジョンハンの言葉にもしかしたらって気持ちが半分と。でも自分一人では絶対に泣くだけだったはずだから、藁にも縋る思いとは、こういうことかもしれないと、後からウォヌは思ったほど。
「だって置いて行かないでって言ったミンギュのことを、置いてきたんだろ?」
そんなこと気づきもしなかった。考えもしなかった。でももしかしたら本当にミンギュは、ウォヌが置いてきてしまった場所に居続けているかもしれない。
ウォヌは何も持たずに駆け出した。靴すら履かず、裸足のまま。
「バカ、待てって」って声が聞こえたけれど、待てるはずなんてなかった.........。

 

彼と彼17

数日前、一人歩いた道を逆走する。
何も食べてなかったのが災いして途中フラフラになってしゃがみ込んだところで、後ろから追ってきたジョンハンに靴を履かせてもらった。
「この貸しはデカいからな」
そう言って、お金と水も持たせてくれた。
「出会えなくても、落ち込んでないで戻ってこいよ。俺がとびきりの霊媒師を探しとくから」
ジョンハンは笑って言った。
だからやっぱり出会えないかもしれない不安や、これでダメなら探すとこなんてない......っていう絶望感に襲われることもなかったのかもしれない。
街の景色は夜と昼とでは大分違った。
夜なら酔っぱらいだと思われて避けられるだけなのに、昼間だとなぜか心配される。
「ごめん。俺が悪かった。ごめんッ」
そうウォヌが叫ぶのに、立ち止まる人だって多かっただろう。
「ウォヌヒョ〜ン。もう迎えに来てくれないかと思ったじゃんか〜」
果たしてミンギュはいて、捨てられた缶ジュースやらどこかの店のOPENのチラシやらと一緒に打ち捨てられていた。
捨てたのはウォヌだったけど。
グビグビと泣いていたミンギュだったけど、ウォヌだって泣いていた。しかもウォヌは汚い道端に座り込んでゴミしかないような道端に向かって話しかけながら。
「お、お前がいないから、俺、スマホも見つからないし」
そう言えばミンギュが、「うん。帰ったら俺が探すよ」と言う。
「お前がいないから俺は眠れてないし」
「お前がいないから何も食べる気もしないし」
「お前がいないから俺は一人で、生きていけそうもなくて」
うんうんと頷くミンギュだったけど、冷静になるのはミンギュの方が早くて、「ウォヌヒョン、目立ってるよ。そろそろ警察呼ばれそう」と言ったけど、遅かったんだろう。もう少し離れた場所から駆けてくるお巡りさんが見えたから。
でもウォヌは止まらない涙のまま、「すみません。ここで、うちの犬が死んだもんで」って言い訳してやり過ごした。
なんだよそれって文句を言っているのはミンギュだけだし、その声はウォヌにしか聞こえないし、ミンギュを取り戻したウォヌには怖いものはないし......。
ウォヌはまたあの日のように、トボトボと帰る。色んな意味で力尽きたから。あの日と違うのは、何度も振り返ってミンギュがついてきてることを確認したことぐらい。最後には面倒で「お前が先を行けって」と文句を言っていたけれど。
久しぶりに食べたカップラーメンは旨かった。もっとちゃんとしたものを出前取ろうよとミンギュは言ったけど、待ってられる気がしなかったから。
何を食べても味なんてしなかったのに、ミンギュがいるだけで美味しかった。本当のことを言えばミンギュの作るラーメンが食べたかったけど、欲張ったりはしない。
もういてくれるだけでいい。
それだけでいいから。

The END
13389moji(20240329)

 

彼と彼 番外編

ジョンハンは、ウォヌの側にミンギュがいることは知っていた。まぁウォヌから聞いたからだけど。
ミンギュがいなくなった時、ウォヌは落ち着いていた。
ミンギュはだってほらここにいるよと、ウォヌが言ったから、ジョンハンはウォヌが泣きもせず慌てもせず震えてもいない理由を知った。
でも次に会った時にはミンギュが側にいるなんて、ウォヌはもう言わなかったけど。
ミンギュがいなくなったことで一過性のストレスに晒されていたのか......ってことも考えたけど、そうじゃないことはすぐに判った。だって時折ウォヌは誰もいない場所に向けて笑顔を見せていたから。それはジョンハンがよく見知った、ミンギュと一緒にいる時のウォヌの笑顔だったから。
それからしばらくの間は、ウォヌから目を離さなかった。
もしもウォヌ自身がおかしくなっている結果なら、いつか破綻して、ウォヌが壊れてしまいそうな気がしてたから。
そしてもしもウォヌの側にミンギュが本当にいるなら、いつかウォヌのことをミンギュが連れていってしまうんじゃないかと思ってたから。
ウォヌはいつだって落ち着いていて、時々困った顔をして、でも幸せそうに笑うことがあって。
そして本当に時々、ウォヌのまわりだけ不思議な風が舞ってるように見えることがあった。
だからジョンハンはそこに本当にミンギュがいるんだろうって思いはじめた。
何もできずに見てるしかできなかった......なんてことはない。ジョンハンはミンギュがいるとしても、いつか何かはできるかもしれないと、本当にホンモノの霊能力者を探し始めたから。
変な占い師にだって会いに言った。霊が見えるって人たちの変な会合にも参加した。
ほとんどはニセモノっぽかったけれど、ホンモノっぽい人もいた。
お金をふっかけるばかりの人もいたけれど、金銭は要求しない人もいた。まぁ別の者を要求されたりはしたけど。
そしてジョンハンは見つけた。霊は視えるけど、霊を祓う力はないという。ある意味役立たずな人間を。
だけど視た瞬間に祓われてしまっては溜まらないから。
そんな準備万端な状態で、ミンギュがいなくなって3年も経ってはじめてウォヌが泣いた。アイツがいないと生きていけないって言いながら。
ウォヌにしてみれば、今がその時だったんだろう。
結局ジョンハンの助言ですぐにミンギュを取り戻したウォヌだったけど、ジョンハンはこれを機会に動くことにした。
なんだか今のままじゃ、いつミンギュがいなくなるかも判らない気がしたから。
視えるだけだから、視たって何もできないからという男を説き伏せてウォヌの部屋を訪れたのは春だった。たぶんミンギュの誕生日までもう少しって頃。
ミンギュの両親が、いなくなったミンギュの墓を準備してて、それを誕生日の日に披露すると聞いていたからよく覚えてる。
ババンって感じでジョンハンはドアを開けた。さぁどうだって気持ちでもあった。
目を凝らしたってウォヌがそこにいるって言ったって、ジョンハンには何も見えなかったけれど、霊だけは視えるって男にはハッキリと視えるだろうと思ったのに、「え? どこにもいないけど?」と言われて肩透かしをくった。
「は? ちゃんと見ろよ。そこにいるって、ウォヌの目の前だって」
もうその堂々とした言い方から、逆にジョンハンの方が見えてるんじゃないかって感じだったけど、「いや、いないけど......」と言われて、ジョンハンはわざわざ来てもらったっていうのに「視えないのかよ。口だけかよ」と失礼なことを言っていた。
「うん。ハニヒョンが見つけてきた人だよ。霊が視えるんだって」
ウォヌの言葉は誰かと話してるようで、その相手は当然ミンギュで、きっと「へ~凄いじゃん」とか、自分のことを棚にあげまくって感心とかしてそうだった。
「でも、お前のことは視えないって。やっぱり、俺にしか見えないんだな、お前」
心配してなのか、安心してなのか、ウォヌがちょっとだけしみじみと言いながらミンギュへと手を伸ばす。「ここにいるのにな」って言いながら。
「いや、そこに本当にいるなら。その人死んでないんじゃない?」
絶対に霊なら視えるからと言い切った男が発した言葉は、結構な威力だったかもしれない。
死んでなくても魂が身体から抜け出ることはあるよとあっさりと言った男が、「世の中じゃそれを、生霊って言うんだよ」と教えてくれたけど、さすがのジョンハンも言葉を失っていたし、ウォヌも驚いていたし、それを聞いてミンギュ本人も驚いていたとか......。
それでも一番に復活したのはさすがのジョンハンで、「ウォヌや。ミンギュにお前の本体、どこにあんだよって聞け」と言い出した。
そんなこと、聞いたこともなかったんだろうウォヌと、聞かれもしなかったんだろうミンギュと。見えないってのに現実的なジョンハンと。
霊だけは視える人にはお礼を言って帰ってもらってから、3人ははじめてそんな話題を話し合った。まぁ話し合うといっても、全部ウォヌが介在しての会話だったけど。
「たぶん、どっかの病院? なんか何言ってるか判らない声が聞こえるから、多分海外?」
聞かれてはじめてミンギュはそう言った。バカすぎるだろうとジョンハンがキレまくったのは言うまでもない。
「だって、目覚めないし」
そうも言ったけど、「お前がウォヌのそばにベッタリいたら、そりゃ本体は目覚めないだろうがッ」と言い切ったジョンハンに、ウォヌもミンギュもなるほどって感心してたけど、それは本当に事実だったのかもしれない。
病院を探し出して、ウォヌがミンギュの本体を見つけ出して数日すれば、ミンギュは本当に目覚めたから............。
それはミンギュの誕生日だった......なんて劇的なことは全然起こらなくて、だからミンギュの誕生日には、結構しっかりとした墓ができてしまった。
本当は「待って」と言いたかったけれど、万が一にもミンギュを見つけられなかったらと思うと、ミンギュの家族に期待を持たせるようなことも言えなくて。
でも次の誕生日の時には、ミンギュの両親はバカ息子のせいで高い買い物をしてしまったと盛大に嘆いて、でも笑ってたけど............。

The END