そのメリーゴーランドは、幽霊が出るってもっぱら有名だった。もちろんそこで働いてる人たちにだけだけど。
「ドギョマ、お前まだ働くの?」
遠くの方からドギョムを呼ぶ声がする。それに手を振りながら「うん。もうちょっと、あとメリーゴーランドの点検が残ってるから」と言えば、あぁって顔をされる。
新人の人は驚いた顔と恐怖が少しの顔を見せるし、ベテランの人は大抵あぁって顔をする。お疲れ様って意味なのか、また別の意味なのか、全体的に微妙な顔。
「こないだ、有名な霊媒師が来るとか言ってなかったか?」
思ったよりも間近で声がした。振り向けばそこにいたのはジョンハンで、半袖の白Tに、オレンジ色のつなぎが良く似合ってた。でも季節としてはまだまだ寒いってのに。
「ハニヒョン、なにその格好」
「似合うだろ? メンテナンス、俺も付き合ってやるよ。で、霊媒師はどうしたよ」
「どうしたもこうしたも。来たよ。それでもってサバだかニシンだか知らないけど、メリーゴーランドにぶち撒けてくれて、インド映画みたいに踊ってた。掃除するのに俺が余計に大変だっただけだよ」
そう言えば、ジョンハンは楽しそうに笑ってた。
「それよりヒョンはどこ行ってたの? 最近」
「俺? スノボ? いや行く気はなかったんだけど、急に誘われたから?」
「なんで全部疑問系なんだよ」
「で、霊媒師の効果は? どうだった?」
「..................」
ドギョムが何も言えないでいると、ジョンハンはイヒヒヒヒヒって感じに、楽しそうに笑ってた。
メリーゴーランドは、地味と言えば地味な、でも遊園地にはあって当たり前な、でも大人になってしまえば誰も乗らないような、夢があるんだかないんだか判らないような乗り物で、でもドギョムは嫌いじゃなかった。
子どもの頃に姉と一緒に乗った時に、本当は馬に乗りたかったけど、姉が一緒にと手を引っ張るから仕方なく箱みたいな所に乗った。内側と外側で回る速度が違うのか、一番大きな馬に何度も抜かされて、両親に向かって手を振る姉の横で、その馬ばっかり見てた。
当時だってメリーゴーランドに乗ってたのはドギョムと姉と、もう1人、小さめの馬に横向きに膝を揃えて座ってた男の子だけ。ちょっと男の子と言うには大きかった気もするけど、その子もドギョムと同じように、一番大きな馬をずっと見てたから、よく覚えてる。
メリーゴーランドのメンテナンスはやっぱり地味で、とりあえず馬やら馬車やらを拭いていく。それから傷を見つけたらそれが拭いて落ちるのか、削らなきゃいけないのか、それとも上から塗りつぶす必要があるのか判断して、場所を控えておく。
あちこちのライトが切れてないか。
オルゴールのような曲が流れだして、メリーゴーランドは回ってる。それから停まる。
もう慣れたもんで、回ってるメリーゴーランドからだって軽く飛び降りることだってできる。小さな子どもが真似したらダメだから、誰もいない時間にしかやらないけど。
「ウジヒョン? 今日はまだ回すの?」
ドギョムがそう聞けば、メリーゴーランドにはちょっと似つかわしくないロック調の曲が流れだして、いつもよりも高速でメリーゴーランドは回ってく。
「早い早い早い早い」
一緒についてきたジョンハンは、メンテンスに付き合うとは言ったものの手伝うとは言わなかったから、本当にそこにいるだけで、箱になってる場所の中で寛いでいた。そしてメリーゴーランドが高速で回り始めたら、早い早いと文句は言いつつも笑ってたから、それなりに楽しんでたのかもしれない。
一番大きな馬には、あの日のように横向きに座る人がいる。
最初に見た頃には小さい男の子に見えて少し大きめに見えたその人は、気づけば青年ぐらいには育ってたけど、それでも小柄だった。
ドギョムが小さい頃からそこにいるんだからと、ちゃんと経緯を込めてドギョムはヒョンと呼ぶ。名前はジョンハンが「ウジや、クマネッ! 遠心力で俺が飛んでくだろ」とか普通に言うもんだから覚えた。
メリーゴーランドはもうあんまり人気がない。最近の子どもはもう少し派手で新しいものが好きなのか、親が乗せたがるような本当に小さい子どもしか乗らないから。
だから数年前、電気代が高騰した時に節電のために停めることになった。解体するのもお金がかかるからと、しばらくはそのままで「メンテナンス中」って札がかけられることが決まったっていうのに............。
その日以来メリーゴーランドは勝手に動いてる。
音楽も、電飾も、回転するスピードだって、どれぐらい回ってるのかも決めるのはウジヒョンで。
最初は勝手に動かしてるのかとドギョムが怒られたけど、電気系統がオフられたままだと知って、怖がって逃げた人と、霊媒師を呼んだ人と牧師を呼んだ人、それから面白がった人とにわかれた。
ドギョムはその頃たまたまメリーゴーランドの担当だっただけなのに、それ以来メンテナンス係を勝手に引き受けている。
「なぁ知ってるか?」
少しスピードを落としたメリーゴーランドを楽しみながら、ジョンハンが聞いてくる。
「何を?」
「本部から、新しい責任者が来るって」
「ほんとに? どこ情報?」
「俺情報。ホンジスって男でやり手だって」
「へぇ」
適当に返事をしたけれど、本当にやり手なら、不気味なメリーゴーランドは本当に撤去されてしまうかもしれない。
長らく放置されていたのに、突然霊媒師なんて呼ばれたからおかしいとは思っていたけれど、責任者が変わるなら、きっと主任辺りが自分の評判を気にしたんだろう。
少しずつ電飾が消えていく。
メリーゴーランドのスピードが落ちていく。
それから優しい子守歌みたいな曲が流れはじめる。
だから今日はもう終わりなんだろう。見れば一番大きな馬の上には、もう誰もいなかった。
「お、終わりか?」
「ハニヒョンも帰る?」
「おぉ。またな。あ、お前気をつけろよ。新しい責任者に目をつけられるようなことはするなよ」
「俺なんかが、どうやって目をつけられるんだよ」
ドギョムが言えば、ジョンハンは「それもそうだな」と、物凄い失礼なことを言ってから、「またな」と手を振っていなくなる。
次の日も次の日も、遊園地はいつものようにお客様を迎えては、普通に営業してた。
メリーゴーランドは誰もいなくても、楽しそうな音楽を奏でて回ってる。
ドギョムは他の遊具の様子も見ながら、メリーゴーランドの担当も相変わらずほどほどには見ていた。放っておいても問題ないけれど、スタッフが全くいないのも見た目上、問題だから。
「これが、勝手に動いてるって?」
そう声をかけられて振り返れば、スーツ姿のシュッとしてる人がいた。
それが新しい責任者だと、ドギョムがすぐに気づいたはずもない。
でもウジヒョンは気づいたんだろう。メリーゴーランドの曲が変わる。なんでか突然英語の歌が流れて回りだす。
「噂以上だな」
満足したのか頷いている。
その姿に、メリーゴーランドは安泰なんだと、ドギョムがホッとしていたら、「なぁ、メリーゴーランド以外は動かせないのか?」とその人は、なんでかドギョムに聞いてきた。
「え?」
「維持費かけずに売上だけあげられるなんて、夢みたいだろ? 動かせないならせめて、電力か霊力かは知らないけど、このメリーゴーランドの動力的なものを貯めて他の遊具に転用できないか?」
「え? え?」
そんなことを言われたって困る。ドギョムはただたまたまメリーゴーランドの担当だっただけだから。なのにその人はドギョムに権限をやるから試してみろといい、ドギョムはなんでか「SDGs班の班長」っていう、謎な地位に立つことになった。
幽霊の力を借りてSDGsをやろうだなんて、どこの誰が考えるのか......。
「あぁだから、目をつけられるなって言ったんだよ」
ドギョムが慌ててたらいつの間にかジョンハンが側にいて、呆れてた。でも笑ってたけど。
遊園地は嫌いじゃないし、働くことも好きだし、コツコツ仕事は案外得意だけど、幽霊の力で電気代節約を目指す仕事なんて、普通に考えたってできるとは思えない。
「でもそんなの無理だよね。ウジヒョン、メリーゴーランドだから回してるんだもんね」
だからそう言ったっていうのに、「いや、いけるだろ?」とジョンハンが言うもんだから、「ぇ? ぇぇぇぇぇぇえええ?」って、1人で雄叫びをあげてしまった。
でも一番大きな馬の前でドギョムが跪いてお願いしたら、観覧車が見たことないような電飾でグルグルと回りだす。
観覧車を見上げてみれば、なんでか1つしかない豪華なカップル用のゴンドラに、ウジヒョンが座ってた............。
ちょっとビビって。でも結局腹を抱えて笑ったドギョムだった。
ジョンハンも一緒になって笑ってた。
あぁでも誰がどう見ても、それはドギョム1人でしかなくて、絶対不審者に思われただろうけど..................。
The END
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