エスクプスはその時、日本にいた。
ニュースで知るよりも早く、兄から「こっちは全員無事。とりあえず」ってカトクが来て、「は? なにそれ」って思ったけどカトクに返事すらしなかった。なんのこと?って聞くにしても、後でいいだろって思った程度だったから。
もう夜遅くて、でもまだ夜中でもなくて、でも練習は終わってて、後は各自でって頃のこと。誰かは今から外に、コンビニでもいいから行きたいと言っていたはず。でもよく全員がまだそこに揃ってたと、後から思えばホッとする。
マネヒョンが言葉通り飛び込んできた。
教科書でしか習ったことのない単語に、全員が驚く中、「大雪だから?」と何もわかってないミョンホが言った言葉にすら、笑えなかった。
なにからしていいかも判らないなか、「オンマッ」って電話に向かって口にしたスングァンがいて、家からは出られないけれど、家族は全員無事だって言葉にホッとしてた。
それを皮切りにほぼ全員が家族に電話をかけ始めて、繋がるたびに少しずつリアルな現状が判ってきた。
住んでる場所によっては、銃を手にした軍人が目の前の通りを歩いてるって話もあって、今はカーテンを閉めてニュースをつけながら、新しい情報が入るのを待っているところらしい。
「親父も弟も無事だった」
ウォヌが言うのに、ミンギュも「うちも無事」と続く。
状況次第だけど、場合によってはコンサートは中止になるかもしれないって話だった。何が起こってるのかが理解できないディエイトは、「日本にいるのに?」って驚いていたけど、誰もそれに答えることはできなかった。
マネヒョンどころか、親の世代だってギリギリ知らない世界だったりするのに。
「うちも無事だった」
そう言ったウジが続けて、「最悪、俺たち帰国すらできないし、今いる人たちは出国もできなくなるだろうし」と言えば、事態の深刻さが少しだけわかったのかもしれない。
ディエイトは両親と、それからジュンにカトクして、無事を伝えてた。
「ヌナッ」って電話口で焦ってたのはドギョムで、「なんでこんな時に外にいるんだよッ」って続けたから、まさかわざわざ外に出たとかじゃない限りは、たまたまだろう。
電車が止まったし、車も軍隊の進行で使えないらしい。だから今、表通りから外れた道を選んで歩いて家に戻ろうと歩いているところだと言う。
寂れた道なのに、周りにはそんな人が多くて心強くはあると言う。それに銃を持ってた軍人も追いかけては来ないらしい。
「電話は切らないで。このまま繋いでてもらって」
慌てるドギョムにミンギュがそう言って、ドギョムの両親へはウォヌのスマホを使って連絡取るからと言っていた。ミンギュのスマホは父親と繋がっていて、切るなと言われたらしいから。
エスクプスは周りの状況を見ながらも、何度もジョンハンの電話を鳴らしたのに、電話は勝手に留守番電話に繋がるだけだった。
『まだ寝てないだろ? シャワー中なのか? 気づいたらすぐに連絡を』
何度もそうカトクを打つのに既読にすらならない。
「軍が国会の前の道を占拠したって。それから、軍部に除隊解除中止の命令が出たってニュースでやってたって」
ミンギュが父親からの情報だってそう言った時、「でもハニヒョンは関係ないよ。だって軍隊に行ったわけじゃないし」ってバーノンが言ったけど、誰もそれに頷けなかった。
そもそも、何が起こってるのかも判らないのに。
どこかから突然敵がやって来たのかもしれないし、信じられないけど暴動的なものが起きた結果なのかもしれないし。もしかしたら局地的な未曾有の災害が起きたのかもしれない。
きっとその場にいたって判らなかったかもしれないけれど、今は国にすらいない。
駆けつけられる距離でもない。
それでなくても心臓は痛いのに、「どうしよう......、誰にも繋がらない」って言ったのはディノだった。
ジョシュアだってバーノンだって次々と家族と連絡がついて無事を確認できたのに、ディノは泣きそうな顔と声で、「どうしよう」としか言えなかった。
「発砲したってニュースはないって」
ミンギュが言う。
「ディノの家なら親父も知ってるから、行けそうなら行ってもらうから」
ホシもそう言いながら、ディノを抱きしめる。
「ケンチャナケンチャナ」って、ディノが自分に向かって必死に口にする。
きっとなんてことはない。なにもないはず。笑って、すぐにどうしたんだって、折り返しが来るはず。ホシにギュって抱き締められながらディノが必死に言う。
遠すぎて何もできない。エスクプスだって同じ気持ちで泣きそうだったのに、不意に手の中でスマホが鳴った。
「どうした? 電話しながら一緒に呑もうって誘いかよ」
って、ジョンハンはのほほんと笑ってた。
テレビ見てないのかよとか、今そっちが大変なことになってんの知らないのかよと必死になって話したけど、焦り過ぎて気づけなかったけど、ジョンハンが気づかないはずがなかった。
きっとカトクだって電話だって山ほど来てたはずだから。
「あー、なんか、バタついてるみたいけど、こっちはなんとか。そっちは全員無事か?」
って、いつも通りのジョンハンがいた。
でも、いつも通りなんてことはないはずだったのに。
「ディノの家族とだけ連絡がついてないけど、後はこっちも全員と連絡がついた」
そんなこと、言わなきゃ良かったと思ったのは後になってから。
「うん。人が集まってるらしいから、場所によっては電波も悪いのかも」
って、ジョンハンは落ち着いていたけれど......。
芸能活動も一切が中止で、もうしばらくしたら飛行場も閉鎖されるだろうって情報もあって、でも国会には集まれる議員が夜中なのに出てきてるって話もあった。でもすぐに、その国会に銃を持った軍人が突入したって話もあったけど......。
結局1時間近くも電話を繋ぎっぱなしだったけど、ドギョムのヌナは無事に迎えにきた旦那さんと合流できて、そのまま実家に逃げ込めた。
ディノの弟とも連絡は取れた。たまたま国会近くのカフェにいたとかで、そこから逃げて友達の家に逃げ込んだらしい。
やっぱり街中はあちこちでそんなことが起きてるらしくて、逃げられずに店や公共の施設でかたまるようにして動けずにいる人も多いらしい。
電波は悪いけど、両親とも何度かカトクはできたらしい。居場所も判ってるけど、しばらく合流は難しいかもしれないって話だった。
全部がらしいばかりの中、ジョンハンが「ディノの両親と合流できた」って連絡してきたのが、もう夜中も大分過ぎた頃だった。
ずっとカトクでやり取りはしてたけど、ジョンハンが外に出たなんて知らなかった。
「いやたまたま、連絡ついたから。それに聞けば案外近かったし。外は人がいないからスイスイだったし」
ってジョンハンは笑ってたけど、撃たれてたかもしれないのに。もしかしたら捕まってたかもしれない。それなのに外に出るなんて......。
ディノがやっと両親の声を聞けて泣いていたからそれ以上は言えなかったけど、本当なら「バカじゃないの。なんでお前外なんて行くんだよッ」って言いたかった。
ジョンハンのことをよく知ってるのに、自分が余計なことを言ったからなのに......。
「いやでも大丈夫。俺、もしかしなくても今日、自宅待機っぽいから。寝不足で働くことはなさそう」
って、ジョンハンはやっぱり笑ってた。
誰かは順番に仮眠を取るってはなしだったけど、結局ほぼ徹夜した朝方、突然それは解除された。解除されたからって、すべてがなかったことにはならないし、すべて問題なくなったってことでもなかった。
でもコンサートはできるという。
国にも帰れそうだった。
「俺よりも、お前等の方が寝てなくてヤバイじゃん」
って笑うジョンハンに、「そうだな」って言ったけど、全然笑えなかった。
「帰ったらすぐに会いに行くから」
そう言ったら、「待ってる」とも言ったけど、そのまま「こっちじゃ買いだめなんてできないから、そっちで色々買ってきて」って言われた。もしもの時のために。
変に現実的で、でもやっぱりそこにはいつも通りのジョンハンがいた。
でも絶対、いつも通りなんかじゃなかったはずなのに......。
たった一夜の出来事なのに、何もできない、ちっぽけな自分を感じた夜だった。
大切な人たちの存在を、誰もが強く思い出した夜でもあったはず。
「ハニヒョンが、俺のために、きっと凄く無理してくれたんだと思う」
でもディノだってわかってたから......。
The END
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