誰の言葉か判らない。でも誰の言葉でもなかったのかも。
誰かに言われたような気もするけれど、誰からも言われなかったかも。
朦朧として過ぎた1年だったかも。
ケンチャナ?って聞かれすぎた1年でもあった。
案外辛くも寂しくもなく、思った以上に普通にか、それ以上に色んなことを考えた1年だったはずなのに、不意に座り込んだら立てなくなりそうで逆に座るのが怖かった。
「俺、もう踊れないと思う」
でも目の前でそう弱音を吐いたのはジョンハンで、「それは俺のセリフだろ」と言ったら、「なんでだよ。自分だけが怪我してると思うなよ」とキレられた。
ちょっと大きな段差をひょいと降りることもできない。飛行場で足早に歩くのも時々は辛い。
ただ歩いてステージの真ん中まで行くのだって、遠いな......って思う時がある。
きっと全部ジョンハンは気づいてるんだろう。
「お前に苦労かけるかも」
そう言えばジョンハンは笑って、「いいよ。別に、こないだお前が来てたシャツをくれれば」とか言ってくるけど。
「あれ買ったばかりだぞ」
そう言ったら当然のように「だからいいんじゃん。俺が飽きたら返してもいいけど」とか。
イヒヒヒって笑ってる。
エスクプスが行かないと決まった日。一番に連絡したのもジョンハンだった。
慰められるか、羨ましがられるか、ジョンハンが何を言うのか、たくさん想像してたのに、エスクプスの言葉を聞いてジョンハンが言ったのは「会いたい」って、ただそれだけだった。
「会いたい。今すぐ」
「なんだよ。今すぐって」
「だって、抱きしめたいじゃん」
そんなことを言われたら、「今から行こうか」も、「今から出てこいよ」も言い難い。
でも大概ジョンハンは、誰もが普通は言い難いと思ってるようなことを平気で言う。
「今外なら、迎えに来て。俺たち抱き合って、ピッタリくっついて過ごそう」
個人のスケジュールがあるはず。それでなくても自分以外は皆忙しいのに。
「時間なんてどうにでもする。お前にも俺にも、絶対必要な時間なんだって俺が言う」
誰に。そう聞こうとした瞬間にはジョンハンが電話の向こうで、「悪いけど、俺の、今日のスケジュール一番後ろに回して欲しい」って聞こえてきて、もうマネヒョンが迎えに来てる状況だって知る。
「バカ。無理言うなって」
統括リーダーらしくそう言ったのに。
「バカでもいいけど、俺はバカじゃないよ。クプスや、お前が来ないなら俺が行く」
大抵は笑って弟たちの好きにさせてついていくだけなのに、何かあった時の行動力はいつだってハンパない。
さすがに飛行機の搭乗時間とかには負けるだろうが......って気はするけれど、いや、それすらもジョンハンならどうにかしてしまうかもしれない。
だから「迎えに行く」と言えば、「当然だろ。早く来いよ」と威張ってた。
エスクプスの車に乗り込む時のジョンハンは、スンって顔してた。さっきまで煩かったのが嘘のように、さもこれが正式のスケジュールですよみたいな顔をして。
動き出した車の中で、シートベルトをし終わったらドア側にもたれて、ジョンハンは運転するエスクプスのことを見てた。
「なんだよ」
「何が?」
「すげぇ見て来るじゃん」
「うん、俺の男はイイ男だなって思って」
冗談なのか本気なのか、思わずジョンハンの顔をみたら嬉しそうに笑ってた。でもすぐに「前見ろって」と言われたけど。
「時間ないんだろ?」
「ない。30分遅れで事務所に入る約束したから、そこら走ったら事務所向かって」
たった30分。それでも貴重な30分を自分のためにもぎ取ったジョンハンは、「運転中はお前のこと抱きしめるの我慢する」と笑ってた。
「きっとカラットたちには心配かけるし、お前は行くのにな」
ハンドルを握りながらさりげなく言ったつもりだったのに、声は震えてたかもしれない。
「どっちにしろ、カラットたちは心配する」
思った以上に硬い声でそう言われて、驚いて隣りを見たらジョンハンが泣きかけていた。
「ヤー、なんでお前が泣くんだよ」
「五月蝿い。前見て運転しろよ」
「俺は別に、傷ついてなんていないぞ」
「お前が傷つくとか傷つかないとか関係ないだろ。俺が泣けてくるだけなんだから」
片手だけ差し出せば、ジョンハンはその手を握りしめて口づけてくれた。それからやっぱり「運転に集中しろって」とその手を押し返したけど。
初心者みたいに両手でハンドルを強く握ってしまったのは、油断したら自分まで泣きそうだったから。
当たり前のように自分のことを思って泣いてくれる人がいる幸せは、思った以上に胸を打つ。
「でも、誰のせいでもないだろ」
本当ならジョンハンが良いそうなことを、逆にエスクプスが口にする。
「しょうがないだろ。俺がそうしてくれって言った訳でもないし。まぁ、色々言われるだろうけど」
笑ってそう言うのに、「でもお前のせいでもない」と言ってジョンハンがやっぱり黙り込む。
行きたかったかと言われると正直判らない。
ただ、行くものだと思って生きてきただけ。
不意に負った怪我が原因だったけど、それで人生が狂ったってほどでもない。ただ長く現場を離れて一緒に旅に行けなかったことは悔しかったけど、それでも何かを失ったりはしなかった。
「すぐにみんな忘れるって」
そう言うのに「俺は忘れない」とジョンハンが言うから......。
「............うん。俺はそれでいいよ」
っていうのが限界だった。
ギリギリで滑り込んだ会社の地下駐車場の端っこで、耐えきれずに溢れてしまった涙を拭う。
そうしたら横から手が伸びてきて、当然のようにジョンハンが抱きしめてくる。
「ずっとずっと、俺が一緒にいるから。お前を傷つけるやつは、俺が絶対、懲らしめてやるから」
ジョンハンはそう言ったけど、泣き笑いながらもエスクプスはちゃんと言えた。
「大丈夫だろ。大抵のことはウジが仕返ししてくれそうじゃん」
血の繋がらい、でも本当の弟のようなウジは、仲間が傷つけられたことは絶対に忘れないだろう。そしてしれっと何かの授賞式のスピーチでぶちかますことがあるから。
色々想像がついたのか、ジョンハンも泣きながら笑う。
「そうだな。忘れないのは、絶対俺だけじゃないな」
一緒に泣いてくれるのだってきっとそれは一緒で。
慰めてくれるのも、励ましてくれるのも、さりげなく一緒にしてくれるのも、ジョシュアだって弟たちだって、みんな、やってくれるだろう。
「時間」
そう言えば、「まだ大丈夫。アラームつけてる」とジョンハンが言うから、本当に2人して抱き合ったまま過ごした残りの時間。
ジョンハンを見送った後も、少しだけ車の中で考えていた。
世界で一番愛してると言ってくれた人は誰だっただろう。オッパが幸せじゃないと辛いと教えてくれた子は、本当にまだ子どもだった。言葉も通じないのに韓国語のボードを持って、僅かな時間だけど休んでくださいって、ヨントンで顔すら見せなかった人がいた。
どの愛も永遠ではないかもしれない。ただいっとき、セブチに出会ってくれただけの人もいるだろうけど、それでもその愛は当たり前じゃない。
きっと今度たって、自分のことのように泣いてくれる人がいる。労ってくれる人たいる。励ましてくれて、無理しないでと言ってくれて、好きだと、愛してると伝えてくれる人がいる。
なにより、何を差し置いても抱きしめるためだけに会いたいと言ってくれる人がいる......。
The END
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