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君と歩いたこの世界の 7 MYMY 2
ドギョムには姉がいた。
優しい見た目で大人しそうで他人から見たら落ち着いた感じの人だったけど、お茶目だったし、ドギョムを揶揄ってくるし、いつだって2人そろえば大口あけて笑ってて、ちょっとズレてて、「あたし結婚する」って結婚相手もいないのに家族を前に宣言するような人だった。
「誰と?」
真面目に聞いたのに、「誰かと」って答えられて、「は?」ってなったのを覚えてる。
でもよく似た姉と弟だと言われてたから、自分もちょっとズレてるのかもしれない。
仲が良かったけど、お互い変にムキになることがあって、喧嘩も良くしたけど、その分仲直りだってした。
「船だッ!」
あの日、空を指差してそう言ったのは姉の方が先だった。
「ドギョマッ。あんたちょっと行って見てきなさいよ」
なんでかそう言ってドギョムをけしかけた姉は、本当なら自分が行きたかったのかもしれない。
「物凄いびっくりするような、土産話をゲットしてきて」
山の方に向かって走っていく影も見えて、誰かはもう船に向かっていたんだろう。それを見て姉は、「ほらあんたはいつだってトロいんだから」ってヒドいことを言っていた。
「ヌナ、びっくりするような土産話って、どんなんだよ」
「いいから、ほら、早く行って。他の子たちが船に乗せて貰えたら、あんたも絶対乗ってきなさいよ」
誰かと一緒にワーワー言いながら楽しそうに遊んでても、気づけば1人だけ、みんなが貰えたお菓子とかを貰えてなかったり。
仲間外れにされてる訳でも、イジメられてる訳でもない。ただ1人だけ楽しいことにはしゃぎ過ぎてる間に、物事が進んでいくだけのこと。そういうことに乗り遅れることの多かったドギョムは、人の良さも相まって損をすることが多かった。
一番近くでドギョムのことを見てた姉はそれが物凄くもどかしかったんだろう。
だからいつだって、誰かがしてることならあんたもしなさいって良く言っていた。
気づけば、びっくりするどころじゃないほどの土産話は山ほど溜まってた。
世界がどれぐらい広いかは知らないけど、それでも世界中を旅して周ったぐらいの気持ちでいた。砂漠の町も見たし、空の上にも町はあった。小さい虹がいっぱいある町も見た。
なによりドギョムには、なんでも言いあえる仲間ができた。
愛してくれるヒョンたちがいて、自分のことのように考えてくれるチングたちがいて、ドギョムにも守りたいと思える弟たちができた。
心配しないでヌナ......って、何度空の上で思っただろう。
きっと、あんなこと言わなかったら......って、後悔してるはずだから。
良く似た姉と弟だったから、自分だったらそう思うはずだから。
「でも俺、あんまり泣かなかったよ」
もうすぐ懐かしい場所に帰れるって時に空の上でそう言えば、「は?」ってジョシュアが言った。
「なんだよヒョン。俺、そんなに泣いてないよ」
スングァンはよく泣いていた。ディノは泣いてないよって顔をしてたけど、目元はいつだって赤かったかもしれない。バーノンは泣くよりは、「こんなことってないよ」ってグチってることの方が多かった。
そんなマンネたちに比べたら、全然泣いてなかったはず。そう言えば、「でもディエイトとミンギュと比べたら、物凄い泣いてなかった?」って言われてしまった。
「だ、だってしょうがないじゃん。ミンギュはノーテンキだったし、ディエイトは強気でしかないし、繊細な心を持ってるのは俺だけだったんだもん」
高い所が苦手なミンギュは長い間、船の外には出られなかった。ビビることの方が多かったからか、悲しんでる暇はなかったのかもしれない。逆にディエイトは軽やかな足取りで船の外も歩き、皆から最初は頼られてばかりで忙しそうで、これまた泣いてる暇なんてなかったかも。
ジョシュアが「そうだな。それにドギョミは一番笑ってたしな」とも言ってくれたから、「そうでしょ? それは俺も自信あるよ」と言っておいた。
笑い過ぎて腰もくだけて、「ヤバい漏らしそう」とか行ったら、ウジヒョンに「トイレでしてこい」って外に追い出されたけど。
ゲームをしたって当然楽しい、誰かが歌ってても楽しいし、料理を習ったり、船の操縦を習ったり、キレイな鳥が飛んでたからドギョムは手を振って「お〜い」って言っただけなのに、なんでか攻撃されて逃げ回るはめになったり。
それでもそのどんな時だって誰かは一緒で、笑ってた。
自分だって自分のことをヘタレだとは思ってる。だって高いところも暗いところも狭いところもビックリするのも怖いし、なんなら誰かが一緒じゃなかったらたちまち怖いし。
それでも火をつけるのはうまかった。肉を焼くのだってうまかった。それから、弓矢を使わせたらドギョムはピカイチで、生き物を狙うのは苦手だったけど、高い所にある果実を獲るのとかは得意で、上に向かって射るから大抵の場合弓矢だって回収できて、良いことづくしで......。
一瞬だったようで、長く旅をしたんだと思う。
同じ景色ばかり見てたようで、色んなものを見たように。
最初は空の上が怖すぎて、それに慣れてきたら人との距離感がないことにピリピリして、でも距離を取られたらそれはそれで辛くて。
きっと面倒くさかっただろうに、ドギョムが慣れるよりも早く、ヒョンたちの方がそんなドギョムの扱いに慣れてくれた。
なんでも器用にこなすミンギュや、なんでも勢いよく挑戦するディエイトの横で、いつだって悩んで迷って、気持ちが引いてる分失敗も多くて時間ばかりかかるのに、いつだって「お前ならできるよ。いつかは」って言ってくれるチングがいた。
時には張り合ったりもしたけど、「俺もできない」って言いながら、励ましあってくれた弟たちもいた。なんだって遅れがちだったけど、それでも弟たちはドギョムのことを慕ってくれた。
「みんな、お前のことが好きなんだから当然だろ」
何もできないことに勝手に落ち込んでた時に、一緒にずっといてくれたハニヒョンがそう言ってくれたけど、「何の役にも立ってない俺のこと、なんで好きになるの?」って本気で思ってた。
「え? そんなこと、俺が知るかよ。でも俺はお前が泣いてても笑ってても怒っててもムクれてても、好きだけど。好きな理由なんて、考えたこともない」
物凄いぶっきらぼうな言い方だったけど、物凄く嬉しかった言葉だった。
変に理由とか説明されても、きっと信じなかっただろうし.........。
空の上で暮らすにも慣れた頃には、ドギョムは落ち込むことをやめる努力をはじめた。自分のペースで頑張ることも覚えた。できない自分が、時間はかかるけれどいつかはできる自分になれることも知った。そうやって少しずつ、得意なことを見つけていく楽しみも覚えた。
気づけばミンギュはうっかりだし、ディエイトはせっかちだし、皆それぞれ、色んな特徴があることも知った。
美味しそうにできた料理をミンギュはよくひっくり返したし、ディエイトは煮詰める時間が待てずにジャム作りが最初は苦手だった。逆にバーノンはのんびり待ちすぎるからか、煮詰めすぎて苦みのあるジャムを量産していたりもしたけれど。
でもみんな、まぁうっかり発動するミンギュ以外だけど、みんなそれぞれ、苦手なことを克服して、少しずつ何事もうまくやるようになっていった。
そのスピードは人それぞれだし、ある程度できたら満足してしまう人もいれば、目指す高みは遠いのか、ずっとずっと頑張ってる人もいる。それだってやっぱり人それぞれだった。
俺は俺でいいんだって思えるようになった頃には、毎日笑ってたかもしれない。
早く家に帰りたいとはもちろん思っていたけれど、楽しいことばかりで帰ったらあれを話そう、これを話そうって思うことばかりで。
だから、きっと泣かない。帰りついた場所に家族がもういなくても。それでも笑って、強くなって自分を自慢するつもりだったのに、ドギョムはかつて家のあった場所の前で、号泣してしまった。
そんなに大きな家ではなかったはずなのに、そこには家を囲むように塀ができていて、庭があって、青いドアが印象的な家があった。
誰の字なのかも判らないけど、そのドアには「おかえり」って書いてあった。それはきっと、その家に住む家族を迎えるための言葉なんだろう。
自分宛ではないはず。でも、もしかしたら。
そう思ってドアを叩いたら、その家には姉によく似た人がいた。
「イソクミン?」
それから家族しか呼ばない名を呼ばれた。だから思わず「ヌナ?」って聞いてしまった。似てるってだけで違う人だとは判っていたのに。
「ハルモニは遅くに結婚したけど、子どもを3人産んで、私の母はマンネで、私はその長女なの」
耳にした言葉はそれほど難しくないはずなのに、全部ドギョムの耳を通り過ぎて行った。だからその言葉の意味をちゃんと理解できなくて、「ヌナは?」って聞いたのに、姉によく似た人は、「ほんとに、私より年下なんだね。ハルモニの弟のはずなのに。ソクミニは理解力が破壊的にないから、きっとすぐには理解できないはずって、ハルモニも言ってたけど」って呆れたように言う。
その言い方も、言葉使いも、笑い方も。
やっぱりそこには姉がいた。
だから、きっと泣かない。そう思っていたのに、ドギョムはやっぱり号泣してしまった。
「ソクミニは鈍臭いからきっと船になんて乗れてないと思ってたのにって。案外あの子は楽しくなっちゃって、帰ることをうっかり忘れてるんだって。でもバカがつくほど優しい子だから、いつかは絶対、帰って来るって」
ドギョムが咽び泣くようにして号泣してるんだからちょっとは待ってくれたっていいのに、その人は姉に良く似てるのか、次から次へと姉の言葉を伝えてくれて、過呼吸起こして倒れるんじゃなかと思うほど。
「絶対いつか、あの子は帰ってくるから。あぁだからどうか、お帰りって私のかわりに言って欲しい。あんたなんか待ってなかったって。一人娘になって親には可愛がられて、幸せに暮らしたって伝えて欲しいって。ハルモニは孫が生まれて物心がつく頃には全員にそう言って、鈍臭い弟の話をしてくれた」
そんなことまで言うから、泣かないはずがない。
結局ドギョムは、ジョシュアが迎えに来るまでその場で泣き続けてた。
血は繋がっているとはいえ初めて会った人の家の玄関の前に座り込んで。
もちろん家の中にお呼ばれもしたけれど、入らなかった。だってそこにはきっと、何一つ、家族を思い出せるものはなかったはずだから。
「泣きすぎだろ」
そう言って、頭を撫でてくれたシュアヒョンがいなかったから、3日ぐらいはその場で泣き続けてたかも。
「さぁ、帰ろうか」
手を差し伸べてくれて、その手を掴めば当然のように立たせてくれて、そのまま引っ張ってくれて、一歩、また一歩と進ませてくれた。
しばらくしてから振り返ったら、姉に良く似てる人が家の前で手を振ってくれていた。しかも、「いってらっしゃい。気を付けて」って言いながら。
だからやっぱりドギョムは泣いて、それから手を振った。
「行ってくる。行ってくるよ~。ありがと、ありがとぉ~」
精一杯手を振って、それから声を張り上げて。
泣きすぎたから逆にスッキリして、山の上の舩を目指して、結構サクサクと歩いた。
最初は当然のように優しくて、『シュアヒョ~~~~ン』って感極まっていたというのに、ドギョムが普通に笑うようになったからか、ジョシュアがいつものように揶揄ってくる。
「ドギョマ。お前、お土産買ってきてないの? ジュニとミョンホが船に乗せてくれないんじゃないか?」
そんなことを驚いた顔して言うから、「ぇぇ~い。揶揄わないでよ」って言ったのに、ジョシュアは本当にお土産を買っていて、ジュンには麻紐を、ディエイトには丸い形の眼鏡だった。ガラスは入っていなかったけど。でもきっとそれは、絶対ディエイトが喜びそうなもの。
「え。もしかしなくても、みんな、買ってくるかな?」
「まぁ、買ってくるかどうかは判らないけど、何かしらは持って帰ってくるだろ?」
「ほんとに何もないと、乗せてくれないかな?」
ちょっとドキドキしながらそう聞けば、ジョシュアは笑って「乗せてくれるって。バカだな」って笑うから、やっぱり「ぇえ~い。シュアヒョン揶揄わないでよ」って言ったのに、続けて「ま、しばらくはエンジン室でミョンホの雑用係決定だな」ってジョシュアが悪い顔をして言う............。
「ウソでしょ?」
「たぶんウソじゃない」
「いや、冗談でしょ?」
「こんな笑えないジョークは言わないって」
ちょっと歩いてはそれを繰り返して、「でもだいたい、そんな話はもう少し前に、山に入る前にしてくれればいいのに」ってドギョムが拗ねだした頃には船があったはずの場所には戻って来ていた2人だった。
船がその場所にはなくて、ドギョムはビックリしたけど、結局は少し奥まったところにあったし、「ごめん、お土産忘れた」って素直に謝れば、ディエイトは「戻ってきてくれただけで嬉しいのに」って抱きしめてくれた。
だからまた、ドギョムは少しだけ泣いた。
それから船を離れていた間の話をして、ドギョムはまた泣いた。
でも横にはディエイトがいて、何度も何度もその涙を拭ってくれて、横から手を軽くたたいてくれて、時には抱きしめてくれて。
ちょっと復活して、今度は自分が戻ってきた兄や弟たちを慰める番だと思ってたのに、ディノが戻ってきてからが怒涛だった。
右往左往してる間にも船を出すということになっていた。
何もできないかもしれないけれど、自分だって一緒に行くつもりだったのに、「ドギョマッ、下りろッ」ってウジに叫ばれた。
「ヒョンッ。俺も行くよッ」
叫び返したのに、「いいから下りろッ」ってまた叫ばれる。
「ドギョマッ」
楽しそうに騒ぐ以外では滅多に大声なんて出さないのに、ジュンまでもが叫ぶ。
普段は優しいでしかないジョシュアまでもが、「ドギョマッ」って叫びながら駆けてきて、ドギョムの手を掴む。
「ヒョンッ。なんでだよ。俺だって行きたいよ」
そう言えば、「俺も行きたいよッ。でも俺たちは邪魔になる。スングァニを助けたいだろッ」って叫ばれた。
引っ張られるようにして船を降りれば、見計らったようにして船が浮いて、そして一瞬で加速した。昔なら空に出るのにも慎重に慎重に......だったのに、それだけジュンの腕前があがったのか、それともそれだけ、一秒たりとも時間を無駄にできない状況なのか。
やっぱり自分は何もできない。そう凹みそうになったけど、「俺たちにできたことは、あそこで潔く船を下りることだよ。できないことをできると信じて無理をする方が、迷惑をかける」ってジョシュアが冷静に言う。
「ドギョマ。俺たちは、俺たちにできることをしよう」
そうも言ってくれて、ドギョムはそれに力強く頷いたけど、本当は判ってた。
もしも自分がいなければ、ジョシュアだって船に乗って行っただろうって。
自分を下ろすために、ジョシュアも下りたんだって............。
「凹むのは後にしろ、行くぞ」
ジョシュアが駆けていく。向かった先には、ディノが待っていた。だからまた凹みそうになるのをグッと堪えて、ドギョムも走った。
ディノを先頭に山を下り、それほど時間はかからずにジョンハンとバーノンがいる場所まで来たけれど、ジョシュアはそのまま通り過ぎる。
「クプスとミンギュが下りてったッ」
そう叫ぶジョンハンに、「わかったッ」ってジョシュアが叫びながらも足を止めず、駆け下りてった。ドギョムは一瞬ジョンハンのところで足を止めそうになったけど、「行けッ。そのままついて行けッ」って叫ばれて、慌ててスピードをあげなおす。
なんのために走ってるのかなんて、判らなかった。
でも駆け下りて開けた場所に出た時には、崖ギリギリに船が寄って行くのが見えた。その船からは、ロープを身体に撒いたホシが身体を乗り出していた。そして反対側には同じようにしたディエイトがいて、それで船のバランスを取ってるのかもしれない。
見上げながらも近寄っていこうとしたら、さっきまでは必死に走ってたジョシュアに止められる。
「万が一にも船が落ちたら」
「............え?」
ウジはいつものように船の上にいて、全体を見てた。
ホシとディエイトはほぼ身体を船の外に出しているから、最悪な場合も自分で飛び降りるっていう選択が残ってる。ウジもたぶん、振り落とされるだろう。
でも絶対ジュンだけは操縦桿を離さないはず。できるだけ地表に近くまで耐えて、全員が飛び降りるだけの余裕を取ろうとするだろうし、全員が下りてしまえば後は皆を巻き込まないように船を少しでも遠くに落とそうとするはずで。
ジョシュアが冷静な声で、「ジュニのとこには俺が行くから、もしもの時はウジを探して」と言うのに、ドギョムはまだ頭がついて行かなかった。
でも船はさらにギリギリを攻めて下りてきていた。
The END
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