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SEVENTEEN全員でのドラマか映画が見たいな......

天使が空に JOSHUA side story

注意......

多分。続きモノです。
はじめて「天使が空に」を読まれる方は、contentsよりお進みくださいませ~ 

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天使が空に JOSHUA side story

ジョンハンの血に染まった自分の服は、きっと洗ってももう落ちはしないだろう。
でも捨てられないかもしれない。ちょっとだけそう思う。
病院の中で、一番動いていたのは絶対に自分だとジョシュアは思ってる。
誰も状況を把握してない中で、ジョンハンもウジもまだどうなるか判らない中で、よくやった方だと思う。
本当は、あの最初の現場でもっと弟たちを守りたかった。でも後悔することで何が変わる訳でもない。エスクプスとジョンハンがいない中で弟たちを、セブチを守るためには、悔やんでる暇もビクついてる暇もなかった......。

 

ジョンハンが倒れこむ瞬間は、後から思えばスローモーションのようだったかもしれないのに、その後は怒涛だった。
頭の傷はそれでなくても血がよく出るのに、衝撃と痛みと出血のせいでジョンハンだってふらふらのはずなのに、ドギョムに向かって手を伸ばすものだから傷口を抑えてたジョシュアの手が外れて、思った以上に血が飛んだ。

「バカッ、動くなッ」

思った以上に強い口調でそう言ったのは自分だったのに、自分の声に自分が一番驚いていた。
その頃にはもうウジだって倒れこんでいて、それを庇ったミンギュも立ち上がれない状態だったっていうのに、ジョンハンの傷口を抑えることしか考えられなかった。
泣きそうだった。泣いてたかもしれない。
ビビってたのとは違う。怖かった訳でもない。でも自分が思うよりも起きる出来事のスピードが速すぎてついていけなかった。
色白なジョンハンの顔色が、どんどん青くなるのも、そんなジョンハンを支えながら目に見えてガクガクと震えてるエスクプスの悲壮感も、全部全部怖かった。

弟たちが戦ってたのもちゃんと見てもなかった、ハッとなったのは、非常ベルが鳴ったから。誰がどこにいて、誰が何をして、そして結果どうなったのか。そんなこと全部後から聞いて知ったほど。
救急車が来て一番にジョンハンが担架に乗せられた時、自分だけでもその場に残るべきだった。後から思えばそう思えるのに、気づけばエスクプスと2人、一緒に救急車に乗っていた。
サイレンを鳴らして走る救急車の中でジョンハンが処置されるのを見ながら、車がサイレンの音に避けていくのをただ見てた。何度か誰かに「ケガは?」ってジョシュアも聞かれたけれど、最初はなんで聞かれるのかも判ってなかったほど。
エスクプスは処置室と書かれた部屋には入れなかったのにジョシュアがそのまま入れたのは、その見た目からジョシュアもケガをしていると疑われたからだろう。
ジョンハンの血に染まった自分の姿は、確かに医療関係者からしたらケガをしてないかを確認したくなるものだった。
ケガをしてないことを確認したら、処置室からはすぐに追い出されたけど、廊下には今にも倒れそうなエスクプスがいて、「ハニは? ハニはどうなった?」って泣きそうだった。
きっとまだジョンはんのことが心配すぎて動揺してるけど、エスクプスだってもう少し時間が経てば、一番のヒョンとして、統括リーダーとしても自分が行けば良かったって思うはず。何より自分なら、ジョンハンのように倒されることはなかったかもしれないって。
ジョシュアは震えてるエスクプスを見て、ようやく自分を取り戻しはじめた。弟たちのことを思い出したのはそれからで、ちょうどそのタイミングでジョンハンの次に救急車に乗せられたウジとミンギュが目の前を通り過ぎて行く。

ウジはピクリとも動かない。ミンギュは自分で歩けるようになっていたけど、胸なのか腹なのか、どこかを押さえた状態で辛そうではあった。

「クプスや。お前スマホは?」
「持ってる」
「ここは病院だから、電源を切らなきゃいけないのかも。最近もそうなのかは判らないけど」
「マネヒョンに連絡を取ってくる。すぐに戻るから」

目の前でエスクプスが素直にスマホの電源を切っていた。
それからジョシュアは近くにいた看護師さんに電話をしても良い場所を確認して、マネヒョンに連絡した。
ホシとドギョムとディエイトとディノ。その4人が後を追ってくるらしい。ケガをしてる人間はもういないはずだけど、まだセブチが狙われたのか、偶発的なものなのかも判らないって話だった。
病室を1つ確保して貰えるって話は、当然だったのか、それともすでにそれすら破格の処遇の1つだったのか............。
ホテルとかでも、会社とか宿舎でもなく病室なことへの疑問は一瞬浮かびはしたものの、すぐに霧散した。遠くからジョンハンの名を叫ぶようにして呼ぶエスクプスの声が聞こえてきたから。

「ジョンハナッ! ジョンハナッ!」

駆け戻ってみれば、待つことに限界が来たのか、それとも処置室の扉が少しでも開いたからなのか、扉に縋るようにして、エスクプスが叫んでるところだった。
エスクプスと目が合った。その目からはもう後少しで涙が溢れ出しそうになっていて、きっとそれが、ジョシュアが覚悟を決めた瞬間だった。

ここで待っていてと言われて、普通ならそういう決まり事はキッチリと守るタイプだけれど、その扉を勝手に開いたのも、エスクプスも引っ張って中に押し入るようにして入って行ったのも、ジョシュアだった。

勝手に入って来ては困るという静止の言葉はジョシュアの方が止めた。
「コイツの方が倒れそうなんで」って言いながらエスクプスを押し出して。
ジョンハンの様子を見てさらに真っ青になって、呼吸すら荒くなったその様子を見れば、医者も看護師たちもエスクプスのことを座らせてくれた。

「邪魔じゃなければ、ジョンハンの側にいさせてやってください。そうすればきっと倒れはしないんで」

ジョンハンの頭の傷は、頭だからこその出血量なだけで、それほど危険な状態でもなかったんだろう。小さ目だという、でも医者が使うにしては大雑把な感じのホッチキスみたいなもので、ジョンハンの傷は止められていった。4回ほどパチンパチンと音がしただけ。でもそれを見てエスクプスは血の気がさらに引いたのか、倒れそうになっていたけど。
簡単すぎる施術に、あっさりと解放されるのかと思いきや、まだしばらくは様子を見る必要があるという。それはやっぱり、傷の場所が頭だからかもしれない。
マネヒョンが戻ってきて、処置をした医師たちからジョンハンの様子を聞いていた時、遠くからミンギュが情けない顔で歩いてくるのが見えた。

同じ処置室に入ったはずなのに、ウジの姿はどこにもなくて、血を流してなくて、かつ頭を打ってるかもしれなくて、その方が事は大変なのかもしれないと、大抵のことなら上手くやるはずのミンギュの情けない顔に、やっとそこで気づいたジョショアだった。

ベッドの上で死んだように眠るジョンハンと、そんなジョンハンの手をしっかり握りしめて離さないエスクプスの顔色は驚くほど悪くて、ミンギュがそんな2人を見てた。
だから「なんとか、多分、大丈夫そう」と言ったのに、喜んだ風もなくて、「ウジは?」って聞けばなんでか「うん」って頷いただけ。

「どうした? ウジは? 無事なんだろ?」

ミンギュが泣きそうだった。情けない顔で、尻尾があったら確実に丸めて隠してるだろうって感じで。
だから余計に、頭は冴えてきたかもしれない。
この時点でミンギュがいつも通り余裕を持ってその場にいてくれていたら、ジョシュアはそこまで色んなことを、仕切りだしたりしなかったかもしれない。
普段はもっと、後ろに構えて様子を見ている立場だったから。
別段積極性がない訳じゃない。13人もいて、それぞれがそれぞれの場所で頑張っている。ジョシュアがしゃしゃり出て行かなくても、適材適所、弟たちが頑張ってくれるから。いざとなったら俺は行くよって風情で笑ってるだけで良かった。

でも、今はそのいざなんだろう。
会社と敵対したとしてもメンバーたちを守ると言い切るエスクプスも、弟たちに驚くほどの愛情を注ぐジョンハンも、今は動けなかったから。

結局聞いて見れば、医者が大人と話したいと言っているってことだった。
それならお金の問題なんだろう。ジョシュアが一瞬で理解したって言うのに、一緒にいたマネヒョンは判ってないようだった。
それがジョシュアを余計に苛立たせたのかもしれない。普段から色々対応してくれているし、有り難いばかりなはずだし、こんな非常事態は事務所の人間だってはじめてだろうし。でもだからこそジョシュアは余計に、自分が油断しちゃダメなんだって気持ちが強くなったのかもしれない。

ウジが目覚めない説明を聞いて、それでも必要なら治療はして欲しいと伝えて、横にいたマネヒョンも頷いていた。病歴がないことも含めて、ほとんどのことはジョシュアが答えた。ウジのそばに当然のように残るというミンギュには、後で様子を見にくるとだけ伝えてジョンハンとエスクプスの元へと戻る。

ジョシュアはホシたちが着いたという知らせを聞いて病室にも向かって、そこからはもう、あちこちを周ってばかりだったかもしれない。
なんでそんなに、誰かを頼ることを辞めて、全部自分の目で耳で確認しようと頑なになっていたのかは自分でも判らないけど。きっと腹が立ってたのかもしれない。不意に巻き込まれた出来事があまりにもひど過ぎて。

病室には1人で向かった、一緒にいたマネヒョンはウジのことを報告するために会社に電話をするという。
辿り着いた病室は一番奥で、スライドのドアを何の気負いもなく開けたというのに、ドアは何かに引っ掛かったかのように止まった。ディエイトが内側からドアを抑えたからだとは、判らなかったけど。
それでも部屋の中に入った時に気づかなきゃいけなかったのに、すぐには気づけなかった。それはただただ、ホシもドギョムもディノも、それぞれがそれぞれ、いつもとは違ったから。
なによりホシの縋るような泣きそうな目が印象的で、思わず部屋の中央までそのまま足を進めてしまった。

ホシがドギョムを抱きしめてて、ジョシュアだって最初に気にしたのはドギョムが無事かってことだった。
それからマンネなディノを気にして、その後にようやくディエイトで。それは全部が一瞬だったはずなのに、それでもドギョムを見て安心して、ディノが落ち着いて見えて全然落ち着いてなくて心配して、ディエイトがいつもと違う空気なのが少しだけ気になって、泣きそうなホシにウジのことを伝えなきゃいけないってことに、胃が痛くなって。
でも黙ってる訳にもいかなかったし、きっと黙っていたらホシはもっと傷つくはずだから。

ジョシュアの言葉に、病室の中で「ヒョンッ! 冗談はやめてよ。冗談だよね。冗談なんだよね」と必死なディノの声だけが響いてた。
自分に言い聞かすように「大丈夫」としか言えなかったっていうのに、弟たちは誰もジョシュアを責めなかった。
それでジョシュア自身もまた時が経てば大丈夫だと信じようとしたっていうのに、そんなのは一瞬で崩れ去った。

後から病院にやって来たのはジュンとウォヌとスングァンとバーノンで。
いつだって冷静なはずのウォヌが無表情の下で動揺してるのが判った。1人で戦ったジュンは当然平気なんかじゃなかっただろうに平気なふりをしてて。スングァンは震えてた。でも怖がっていたなら、1番に「シュアヒョン、怖かった」と言って抱きついてくるはずなのに、そしてそれほど怖くなかったなら、絶対にディノを抱きしめに行くはずなのに。
怖いことをまだちゃんと理解してない。そんな風に見えた。それからバーノンが、そんなスングァンのことを物凄い心配した顔で見てて、こんな時バーノンなら絶対に「なんだよ一体これは」って怒りはじめるはずなのに、バーノンはただただスングァンを見てた。

「スングァナ? ケンチャナ?」

いつまでたっても視線があわなくてそう口にした。でももっと早く、側に行ってしっかりと目を見て、聞いてやらなきゃいけなかったのに。
病室の入り口は、今までで一番大きく開かれていた。ウォヌやジュンたちの後から警察の人たちがついて来ていて、全員に話が聞きたいってことだった。
冷静な判断ができたかは判らない。でも自分のその判断は嫌いじゃなかった。

「ヒョンッ! 危ないッ! 逃げてッ!」

スングァンが叫んで、その場はまた騒然とした。誰もがどこに不審者がいるのかと身構えた中、一番に動けた自信がある。

「出て! 出てください! 早く!」

そう言えば、ウォヌが素早く動いて入りかけていた警察の人を病室から追い出してくれた。普段なら容疑者相手じゃなくても譲ったりしないだろう警察の人が、あっけに取られて部屋から出てしまうほど、スングァンの叫び声は必死だったのかもしれない。

ジュンがスングァンに駆けよって、抱きしめていた。
ディエイトは相変わらず扉の側から離れずに、警察相手にも油断しちゃいけなかったんだって顔をして悔しそうだった。
ホシはドギョムとディノを抱きしめている。
ディノはスングァンが勘違いしてると思ったのか「スングァナ。あの人たちは、警察の人だよ」と笑って言ったのに、必死になって叫び続けるスングァンの様子に言葉を失っていた。

一瞬だけ、マネヒョンか事務所の人間を呼んで任せるかを悩んだけれど、病室のドアの前でまだ誰かと戦うつもりのディエイトを見て、心を決めた。
病室の外には、気づけば警察の人が6人ぐらいいた。それが多いのか少ないのかは判らない。でも少なからず圧迫感を相手に与えることはできただろう。
だけど、人の視線には慣れている。見られることにも。それに自分はアメリカ人で、きっとそれも役に立つはず。

警察の人は同情的な視線と口調で、「大変なことに」とお見舞いの言葉をくれた。それから、「できれば全員と1人ずつ話をしたい。これは早い方がいい。まだ記憶が鮮明な間に」ってことだった。

ジョシュアの見た目は繊細に見えて、それから静かにほほ笑む姿は従順そうにも見えたかもしれない。でも、相手の目を見ながら話を聞いて、熱心に頷いてみせてたって、譲る気はさらさらなかった。
だから大人しめな風情のままではあったけど、ジョシュアはキッパリと断った。

「任意であれば、今は無理です。どうしてもの場合も、1人では無理な精神状態なので事務所の人間含めた複数で、開かれた場所でお願いすることになりますけど」
「いや、被害者なんだから、そこまでする必要は」
「いえ、被害者だからこそ、お願いします。韓国の法律はあまり詳しくないですが」

暗に韓国人じゃないことを伝えれば驚かれる。それに笑って「アメリカ人なんです」って答えて見せる。
なんで世界各国の人たちは、アメリカ人と聞くと法律に煩いと思うのか不思議だ。絶対に譲らない人種だとも思われている。争いごとが好きで、負けを認めなくて。そんなの人種なんて関係ないはずなのに。

でも今はその思い込みがジョシュアにとっては有利に働く。
これは面倒そうだと思われるだけでも、ありがたいから。
そしてやっぱりジョシュアもまた、負けることは嫌いな人種ではあったけど......。
それでも警察の人たちも、簡単に諦めた訳じゃなかった。事務所の人たちと話したいとも言ったから。
連絡とりますと答えたジョシュアは、その場でスタッフに連絡した。警察の人が、至急、事務所の人間と話をしたいと言っていると、一言ずつ区切ってちゃんと伝えた。
でも連絡したのは最近入ったマネヒョンで、立場的にも下っ端すぎて、きっと事務所に話を通すのも時間がかかりそうな人材を選んだけれど。
間違っても副社長に直接連絡なんてしなかった。
自分たちが追い詰められてる訳でもない。だから切り札はまだ見せたりしない。
正直なところ、焦って見える警察の人たちに、なんでそんなに焦っているのかって聞いたって良かった。素直に教えてくれたかどうかは判らないけど。

それからジョシュアは病室と、ジョンハンとエスクプスがいる処置室と、ウジとミンギュがいる場所を行ったり来たりしていたかもしれない。途中マネヒョンとも連絡を取って。スングァンが誰も病室に入れなかったから、飲み物を用意して病室に運んだのもジョシュアだった。
まだ犯人の目的が判らかったからか、病室の外には警察の人が何人か控えてたし、何度かはメンバーが落ち着いたんじゃないかと声もかけられたけど、医者どころか看護師も病室に入れないのを見ては、諦めるしかなかったんだろう。

ジョンハンがエスクプスと戻ってきても、スングァンは何かに怯え始めれば必死になって「ハニヒョン逃げて」と叫び続けた。それはジョンハン自身が途方に暮れるほど。
それからウジとミンギュが戻ってきた。
13人揃ってはじめて、誰もが心からホッとした。
やっぱりスングァンは何かに怯えて叫んだけど、それをウジが力技で止めた。
弟だけどウジは尊敬するところが一杯ある弟で、誰もが慌てても、いざとなったらジタバタしてもしょうがないと構えていられるのは、普段から緊張を強いられる仕事をこなしているからかもしれない。
一瞬で落ち込んだエスクプスと、ホッとしたジョンハンと視線が絡む。
ジョシュアは微笑む。
自分にできることをするだけ。そんな思いを込めて、チングたちに微笑む。

次の日、最初にコッソリと呼ばれたのはジョンハンとウジだった。精神的苦痛という意味では全員が被害者だったけど、身体的苦痛を明確に伴ったのは2人だったからだろう。
ウジは何もかもをヒョンたちに任せると言ったらしい。
次に呼ばれたのはエスクプスとジョシュアで、ジョンハンと一緒にそこにいたのは、ただただ一番ヒョンだったからに過ぎない。

まだ昨日の今日なのに、話の内容はすでに示談についてだったから、警察の人が必死になっていたのは、それを見越していたのかもしれない。
刑事事件だって、どうにかしてしまえる財力ってものがあるんだろう。

「なに? なに言ってんの? 俺らがそれで、わかったって言うと思ってんの? ふざけんなよ」

怒ってたって普段は声を荒げることなんて滅多にないのに、エスクプスが本気で怒ってた。なかったことにするには、傷が大きかったからだろう。
痛み止めが切れてもジョンハンは笑ってたけど、弟たちが少しずつ不安定だったからで、本当ならずっと眠っていたかったはず。

長いようで短かった事情を聞いた。それはエスクプスが言うように、聞いてどうするって話だった。
どこかの金持ちの息子が、アイドルになるためのオーディションだかに出て、最終候補どころか3次ぐらいで落ちたらしい。息子は深く傷ついて、引き籠もるようになってしまったとか。そしてどこかの金持ちは、ライバルを減らしてやればいいと、酒の手も借りて襲撃してきたのだ。何の関係もない、たまたまそこにいただけのセブチの面々を。

エスクプスは怒ってる。ジョンハンは困惑してる。でもジョシュアは、その続きを待っていた。でも誰も何も言わなかったけど。

「俺たちの、メリットとデメリットはなんですか?」

だからジョシュアは聞いた。それを聞いた上での、その続きを教えてくれと。

「デメリットは、全てを飲み込んで忘れることで、メリットは移動車が1台増えて、当然運転手も必要だから専任のマネージャーが1人増える」

車2台で13人の移動は確かに厳しくて、3台になったらパフォチとかヒポチとかボカチとか。チーム毎に分かれて移動できるのにといつか話したこともある。それが不意に叶うという。

「お詫びじゃなくて、あくまでも応援したいって気持ちから」

わざわざそう言うからには、罪を認めるつもりはなくて、全てを本気でなかったことにしようとしてるんだろう。
手に入るものが今の自分たちにしてみれば大きくて、流されてもいいのかをエスクプスは真剣に考えてるようだった。

「悪くないよ」

ジョンハンもそう言った。もしも自分じゃない誰かが傷を負ったなら、許せなかったかもしれない。だけど一番の被害者は自分だったから、それなら悪くないと思えたんだろう。
ウジももう平気な顔して過ごしてる。唯一スングァンだけは心配だけど、ウジのおかげで全員で番号を数えて以来、叫ぶことは一度もなかったから。

「じゃぁ、会社のメリットは?」

ジョシュアのその質問に、エスクプスもジョンハンも驚いていた。でも、たった車1台だけだ。マネージャーは必要に迫られて用意するだけだから、それはやっぱり会社持ちだろう。
たったそれだけのことで、全てをチャラにするには安過ぎる。3台目の車なら、いつか自分たちの力で手に入れることもできるはずで、それはそう遠くないとも思っていた。だからジョシュアはそれだけで納得する気はさらさらなかった。
相手がそういう事が言えてしまえて、手段として当然のように金もコネも使えるんだとしたら、なおさら。

「局側も、騒ぎは収めたいってことだった。だからこれは局側からの提案でもあるけど、1年、色んな番組に出演する権利を貰った」

テレビ局としても、警備が手薄だった落ち度もあるのかもしれない。それとも元から実力もない有力者の息子をそれと知っていて参加させただけなのかもしれない。

どちらにせよ、色んな番組に出演できるなら、大手でもない事務所に取ってはありがたいだろう。

「それはセブチだけが?」

でもジョシュアがそう確認すれば、「いや、セブチもだ」と答えたから、事務所のメリットはそれなりにあるんだろう。

「どうするかを決める権利は俺たちにあるってことでいいですか? それとも事実を捻じ曲げる今後の予定を伝えただけですか?」

その提案に当然のように乗ってくると思ってたのか、ジョシュアのその質問に、ずっと黙って様子を見てた副社長が口を開いた。

「決める権利はお前らにある。だけど会社としてはこのチャンスを逃したくない」

強い言葉に強い視線だったかもしれないけれど、腹は割ってくれたんだろう。嘘のない言葉の方がありがたい。これまで一緒に戦ってきただけに、こんなことで信頼関係は崩したくないと、会社側だって思ってくれているはず。そう信じられるから。

「3人で話し合う時間をください」

ジョシュアのその言葉も当然のように認められた。でも回答までの時間は僅かだったけど。
焦らされてるのか、時間の経過とともに状況が変わるのか、それとも警察が諦めずに事件として処理しようと頑張っているのか......。

エスクプスとジョンハンとジョシュアの話し合いは、わずか10分ほどで終わった。回答までの時間は1時間だったはずなのに。この話はセブチにしてみても悪くないっていう共通認識があったからで、この事実を知った時に反対するメンバーの顔も幾つか浮かびはしたけれど、全員ちゃんと話せば判って貰える自信もあったから。
それにそのわずか10分で決めたことと言えば、「3台目の移動車が手に入る」ことで是とするかどうかで、ジョンハンが当然のような顔で「どうせなら3台新車で揃えてくれって言ってみようぜ」と言い出せば、「ダメもとだけど、案外いけるかもな」とエスクプスが乗って、「判った。じゃぁそれ、俺が言うから」とジョシュアが請け負った。

たかが駆け出しのアイドルだけど、人生を賭けている。それにそういう意味で言えば、ハッタリは全員、得意な方だったし、なによりそれを楽しむ術を知っていたから。

もしもそれが普段のセブチの今後のこととかだったら、ジョシュアは何も言わずにいただろう。エスクプスが何か話すのを、真面目な顔して聞いていただけかも。
でも今回は普段の話じゃなくて、少なからずジョシュアだって怒ってもいて、基本優しいエスクプスやジョンハンでは、きっと譲らないと決めた場所が最終的には滲んで消えるはず。

「移動車3台全部新車で揃えてくれれば、全てを飲み込んで忘れます」

ジョシュアが平然と言ってのけた。ジョシュアが言えば、駆け引きなんてしてないように見えるから不思議で、いつだって優しく笑ってるジョシュアが笑顔を捨てると、途端に印象も変わるから不思議だった。

目の前で副社長が考えたのは、十秒もなかったかもしれない。それから「わかった」と言ってくれた。
望みは叶ったけれど、喜びはなかった。
それに正直、失ったものと傷ついたもの、それに比べれば何を差し出されようと納得なんてできない。でもそれでも、自分たちが前に進むのに必要なものを選択しただけ。
飲み込めない色んな気持ちを無理やり飲み込む。それから3人だけでまた小さな反省会をした。

もっと望んでも叶ったかもしれないって。でもそれには「いや、今の俺たちには、これで十分だし、これ以上望んだら、話が違ってくる」とジョシュアが言えば、エスクプスもジョンハンも頷いた。
それはあくまでもお詫びでないといけないから。それ以上望めばそれは、脅しになってたかりになって、自分たちで自分たちの足下を崩すことになる。

弟たちにはお詫びとして、移動車3台が提供されるとだけ話そうとも決めた。
色んな番組に出られるかもしれないってことは、黙っておくことにした。

きっと色んな番組に出られると知れば全員喜ぶだろうけど、それでも単純に楽しめないかもしれないし、怖い思いをしてまだ怯えことの多いスングァンには負担になるかもしれないから。

「色んなスッキリしない思いは全部、俺たちだけが判ってればいい」

真っ直ぐに見えるエスクプスが、ちゃんと清濁併せ呑んで見せる。でもそれがエスクプスにだって負担なことを知ってるからか、ジョンハンが「お前は真正面から怒ってみせろよ。誰かは正論を吐かなきゃいけないし、俺がそれを説き伏せるから」と言った。

「大丈夫だろ。俺たちにデメリットなんてないよ。それにもう、お代分以上の犠牲は払ってる。それに俺が、押し通すよ」

ジョシュアが強気にそう言えば、エスクプスもジョンハンも呆れ顔で笑う。

「俺、お前が一番タチが悪いと思う」

エスクプスがそう言えば、ジョンハンまでもが「うん。俺もお前だけとは本気で争いたくないわ」が言う。

「失礼な」

ジョシュアがそう言えば、その後も2人はやいやい言っていたけれど、結局3人でその話をしたのは、それが最後だった。
でもジョンハンとは話したけど。

「移動車3台じゃ、全然足りなかった」

ジョンハンが失ったものの大きさに唖然として、それから猛然と怒りが湧いてきた。それは自分に対して。それなのにジョンハンは、「お前ばっか今回は表立って頑張ったもんな」と見当違いなことを言う。

「でもスングァニが笑ってる。それだけで十分だろ。俺たちは絶対無くせないものは、取り戻したんだから」

病室の中、ベッドは4つしかないのに、2人ずつ寝ても8人しか寝れない。無理やり3人寝ても全員は無理なのに、代わりばんこで順番に寝てる。
最初はジョンハンやウジだけはちゃんとベット使わなきゃって空気だったのに、ウジはいつのまにか入口横の椅子で小さく丸まって眠ってた。

病室だから静かにしろって注意したって誰かが笑ってる。
幽霊は出ないけど何かは出るらしい。そんなバカな話を真剣にしてるディノがいて、その話に突っかかってるスングァンがいて、いつも通りだとニコニコしてるとバーノンもいたり。

 

 

退院が決まった日は雨だった。
ウジとスングァン以外が集められて、今回の件は表沙汰にしない説明があった。
納得できないとディノは言ったけど、その発言になんでかジョンハンが泣きそうになっていた。

「ウリマンネが............」って。

誰かは反対するかもしれない。それは覚悟してたからジョシュアは立ち上がったのに、それを制したのはエスクプスで、「俺が決めた」ってたった一言でその場を収めてた。

何もかも背負い込むことなんてないのに。
でもセブチがいつも通りに動き出した気もしていて、ジョシュアはいつも通り笑ってるだけに留める。何も問題が起きないなら、自分が出る必要はないから......って。

 

The END
11308moji

start:20220808
finish:20220926