注意......
多分。続きモノです。
はじめて「天使が空に」を読まれる方は、contentsよりお進みくださいませ~
天使が空に JUN side story
あの日、ジュンはまだ開封されてないペットボトルを、見知らぬ人に向かって振り落とした。
それがどれだけの威力があるかなんて判らない。
だけど後悔なんてしていない。
もしもジョンハンが殴られて、ウジが壁に投げつけられる前に戻れるなら、きっと構わずパイプイスを直接投げつけていただろう。
守れたなら、それでいいから。守れたならそれだけでいいから。
最初に気づいたのはハオの声。
「このおじさんお酒臭いよ」
パイプイスを並べて、その上で寝ころんでいた。寝てはなかったけど、少し微睡そうにはなっていた。器用に落ちずに。
その後にはマンネなディノの、「ん? なんですか? どちら様ですか?」っていう声も聞こえた。
ユンジョンハンが行く時には、ジュンはもう椅子に起き上っていてそれを見てた。殴り倒される瞬間だって見てて、その男の近くにはまだディエイトがいてディノがいたのに、ジュンはそのままウジが向かっていくのも見ていた。
それは計れば長くても十数秒のことだったはず。それでもなんで出遅れたのかが判らなかった。
最初のジョンハンに遅れをとったのはしょうがないにしても、なんでウジを先に行かせてしまったのか。
後悔したのは一瞬で、決断したのも一瞬で、気づけば自分が座っていたパイプ椅子を手に取っていた。
「ハオッ! 下がれッ!」
叫んだのは中国語でだった。咄嗟だったからか、それの方がハオが聞き取れると判断したからかは、後から考えても判らなかった。
ディエイトがディノの腕を掴んで後ろに飛び下がったのも、その後の一瞬でディノを庇うように立ったのも目の端には入っていた。
ガラスが割れる音に全員が気に取られてたのも全ては一瞬だったのに、机の上にあったまだ開封されていないペットボトルを手にした時に、『あぁこれなら、過剰防衛にはきっとならない』って冷静に考えてる自分がいてちょっとだけ驚いた。
思いっきり蹴ることだってできた。体当たりだってきっと。それこそパイプイスをもう一つ、投げつければもっと簡単だったかもしれない。でもそれだと後々、過剰防衛で罪に問われるのは自分だろう。
ペットボトルは一瞬で、迷いもなく振り下ろした。
振りかざした瞬間に相手が怯んだなら、また行動は違ったかもしれないけれど、相手は驚くでも怯えるでもなかったから、ここで自分までもが油断したら、次に殴り倒されるのはハオかもしれないし、ディノかもしれない。なにより絶対に守らなきゃいけないドギョムがいる。
ペットボトル越しに誰かにそれが当たった衝撃を受け止めながら、無表情でいながらも、歯を食いしばったジュンだった。
酔っているから痛みを感じない相手と戦うのは分が悪かった。でも酔っているから、弱いところを狙われる心配はなかった。
「イ・ソクミンッ! ダメだッ、下がれ!」ってエスクプスの声がした。
「バカッ、動くなッ」ってジョシュアの声もした。
「ハニ、ハニ、頼むから」って、泣きそうなエスクプスの声も。
普段はカメラが回ってでもいない限り、怒鳴ったりはしないヒョンたちなのに。
その声の強さに悲痛さに、思わず振り返りそうになったのを耐えた。
可能な限り避けたけど、それでも時々闇雲にあげられた腕や拳がジュンの身体を打ち付ける。絶対に引かないと決めていなければ、押し負けて下がっていたかもしれない。
気づけばウォヌが一緒に戦っていた。
止めるか止めないか、一瞬だけ悩んだけれど、側に来てくれて一緒に立ち向かってくれて、それが物凄く心強くて、『離れてろ』って本当なら言わなきゃいけなかったのに言えなかった。
チングなウォヌに、「ジュナ」と呼びかけられるのが好きだった。その声が好きなのか、ウォヌだからかは判らない。
別に用事なんてないのにただ名前を呼ぶためだけに、近づいてくるからかも。
「なんで俺のこと呼ぶの? 用事もないのに」って聞いたことがある。そうしたらウォヌは普通の顔して、「だって俺お前の名前好きだもん」って答えた。
まだ練習生の頃で、笑うことにも無理をしていた頃。色んなことを乗り越えてこれた理由はたくさんあるけれど、ウォヌの言葉もその一つだった。
ぶっきらぼうに見えて優しいウォヌと、無関心に見えてちゃんと見てるウジと、良いことも悪いことも全部巻き込んでくれるホシと。たまたま同じ年だっただけのチングたちが、気づけば特別な存在になっていた。
どれぐらい特別かっていうと、それはジュンが、自分を犠牲にしてでも守りたいと思うほどに。
後から問題になった時、同じ韓国人よりも外国人の自分だった方が、きっといいはず。そんなことまで考えていたから。
だから本当はウォヌには『離れてろ』って言わなきゃいけなくて、でも言えなくて。倒すのにもう少し時間がかかっていたら、ウォヌのことはきっと押しやっていただろう。それからまたハオの名前を呼んでいたかもしれない。
ハオだって守りたい存在だったけど、どうしたって自分の考えを理解するのはハオしかいない気がして。
思った以上に倒すのに時間がかかったのは、酔っているのか相手が痛みを感じていなかったから。
ウォヌと2人で取り押さえて、その背中に乗り上げるようにして押さえつけて、それでもまたいつ暴れ始めるか判らなくて、次は手加減ができないかもしれなくて。でも誰かがこれ以上殴られたり倒されたりするぐらいなら、手加減するつもりはもうなかった。
押さえ込みながらもハオを呼んだ。
「ハオ。行けるか? もしもの時は倒せ」
意識した訳でもなく、話しかけたのは国の言葉で、ジュンの手から渡されたペットボトルを、ディエイトは何も言わずに受け取った。
なんでも器用にこなすディエイトの手が、ペットボトルを強く握りしめるのを見た時、後悔した。部屋の外には、敵が絶対いないとは言い切れないのに、それを託してしまったことに。
きっとディエイトは上手くやる。ここにいる誰よりも、どんな場面にも上手く対処できるだろう。でもそんなディエイトのことだって、守りたかったのに......。
非常ベルを鳴らせと言ったミンギュの言葉に従って、ディノがディエイトに続くように部屋を出て行った。
鳴り響いた非常ベルに、少しだけ安心した。
見知らぬ誰かも来るだろうが、それでも今は不在のマネヒョンたちだって、駆け戻ってきてくれるはずだから。
それでも最初にやって来るのが味方とは限らないから、ジュンはいつでも部屋の外に飛び出せるように構えてた。ディノがいるから、もしもの時は絶対にハオが守ろうとするだろうし、そしてディノは叫ぶだろうし。
ディエイトとディノが2人だけで廊下に出てた時間は、数分もなかったはず。すぐに誰かが走る足音が聞こえて来たから。
警備の人が早かったのか、マネヒョンたちが早かったのかは、正直覚えてない。
でもジュンとウォヌが必死に押さえてた男を、一緒になって押さえてくれる人が現れるのは早かっただろう。
きっとそれはユンジョンハンが血を流して倒れていたからなはず。どちらかというとその血に染められたジョシュアの方が派手だったらしいけれど、ジュンはそこまで見てなかった。
救急車の音がこれほど安堵するものだったのははじめてだった。
ジョンハンが担架に乗せられて、それにエスクプスとジョシュアが当然のようについて行く。
ウジが運ばれていく。もうその時にはウジはピクリとも動かなかった。倒れこんでいたミンギュも一緒にいなくなった。
ようやく周りをちゃんと見られるようになって見れば、スングァンが目を見開いたまま、ピクリとも動いていなかったから慌てて駆け寄った。
「スングァナ? スングァナ? スングァナッ!」
目は見開いたままなのに呼びかけても視線もあわなかった。起きた出来事の衝撃に、まるでフリーズしてしまったコンピュータのような状態だったのかもしれない。
ただビックリし過ぎてるだけだと思ってた。もうちょっとしたら落ち着いて、いつものように笑ってくれて、ディノと一緒に色んなことを話して聞かせてくれる弟に、戻るんだと思ってた。
守ったつもりだったのに、全然守れてなかったんだと気づいたのはすぐだったけど............。
警察が来るっていう話を聞いたけど、それは当然だと思ってた。こんな事件が起きたのに、来ないはずはなかった。
事情を聴かれることになるとは言われたけれど、特に誰にとも言われなかった。病院に行きたいと言えば、それも優先されるという。きっとそれは、どちらが被害者で加害者かが、明確だったからかもしれない。
「警察が来たら、俺とジュンで対応するから」
スングァンの背中をずっと擦っていたところに、ウォヌがやって来てそう言った。
でもその前に、病院に行く車にメンバーを乗せて行ってくれると言う。
だから「スングァニ、お前も先に行って。ホシや、ドギョミと一緒に」って言ったのに、スングァンは首を振った。
話す時も、何かに答える時も、いつもと違ってスングァンのテンポはズレていた。
意味を認識するのに時間がかかっているのか、言葉にするのに時間がかかっているのかは判らない。
ヒョンたちがいれば......。きっともっとしっかりとスングァンのことを抱きしめる人がいて、癒す人がいて、落ち着かせることができただろうに。
落ち着いて考えれば、ずっと抱きしめていなきゃいけないと気づけたかもしれない。
だけどジュンは、そんなスングァンから離れてしまった。
ほんの一瞬、先に行けとディエイトに声をかけるために。
「ハオ。行って」
その時にはディエイトだってもうおかしかったはずなのに、やっぱりそれに、ジュンは気づけなかった。
ディエイトの手にはジュンが手渡したペットボトルがあって、それを差し出そうとしてくれたのに、ジュンは首を振っただけでそれを受け取らなかった。
それしか話さなかったのは、何もかも口にしなくても通じると思ったからなのか、様子のおかしかったスングァンが気になったからなのかは正直判らない。
ペットボトルを力強く握りしめたまま、警戒心もそのままにその場を去っていくディエイトのことだって、本当ならそばに、置いておかなきゃいけなかったはずなのに。
ホシとドギョムと、ディノとディエイトが先に病院に向かった。スングァンの横にはバーノンがいて、ずっと手を握ってた。
床にはジョンハンが流した血の痕があって、もうドス黒くなりはじめてた。
当然トラブルは予定外だったけど、それでもいつもは上手く噛み合っている歯車のようなものが少しずつズレはじめていて、止めようとしても止まらないドミノ倒しのように、全てが崩れていくような怖さがあった。
自分の行動の何かが、自分の判断が、どこで間違ったかも判らずに、でもやっぱり間違ってたんじゃないかと思って、思わずウォヌを見た。
この場にはいづたって何でも気づいてくれるヒョンたちもいなくて、なんだってどうにかしてしまえるチングなホシとウジもいなかったから。
でもウォヌの静かな目の中に不安があって、同じようにウォヌだって自分のことを見てるんだって気づいて、ちょっとだけホッとする。
『知らないことは教えて貰えばいい。できないことは、できるようになればいい。俺たちは、まだまだ上を目指すんだから』
そう言ったのは、確かユンジョンハンだった。
何から頑張ればいいかすら迷いはじめたジュンに、当たり前のように言ってくれた言葉。まだジュンが、どんなことも前向きに捉えることができなかった頃のこと。
『お前にならできる』そうも言った。
時には『お前にしかできない』とも言ってくれた。
きっと失敗したって間違えたって、ユンジョンハンだけは笑って「大したことじゃないだろ」って言ってくれるはず。
警察の人が来たと教えられて、部屋の入り口にはスーツ姿の人が何人もいた。テレビで見てたような感じでは全然なくて、これから何が起こるのか、正直想像がつかなかった。でも歩き始めた時に、当然のように隣りを行くウォヌが言った。
「ジュナ、俺が話すから、何か言うにしても、テンポ遅らせて」
驚いたけど、驚いた素振りも見せなかった。
その歩みも変えず、小さく頷くことすらしなかった。
表情も変えなかったけど、こんな時だからそれはちょっとだけ緊張した表情に見えたって何も問題ないと判断した。
「加害者を知っていますか?」
警察の人はそう言った。それにウォヌが答える。そのウォヌの口元だけを見て、耳にしたことを理解するのに時間をかける振りをする。
「ジュナ、あの男の人、知ってる?」
それが正解だったと判ったのは、ウォヌがわざわざ言葉を切って訪ねてきたから。
何も答えずに首だけを振る。
うまくやったと思ってたのに、最後にと言いながら、警察の人は「何回ぐらい、相手を殴りましたか?」って聞いてきた。
ウォヌは蹴っていたからと言った。それはきっとジュンへの質問でもあっただろうけど、「ジュニヒョン」っていうスングァンの震えた声に振り向いたはずみで、ジュンはその場を離れるべく一歩踏み出した。呼び止められたられるかもしれないとは思ったけれど、呼び止められないかもしれない。
背中は緊張してかもしれないけれど、いつもとは違う空気が生んだ緊張だと思って貰えることを願いつつも、歩いた。
声をかけられるのか。かけられるとしたら、それはどの言語で、それから、どんな意味のもので、どう反応すれば正解なのか。そんなことまで考えて歩いたのに、誰ももう何も言わなかった。
どうやって殴ったのかとは誰も聞かなかったし、何で殴ったのかとも聞かなかった。
聞かれれば、咄嗟にそこらにあったペットボトルでと答える準備はできていたし、それはもうここにはない。手放したのはいつだったかも覚えてなくて、それが今どこにあるのかも判らない。そう薄ぼんやりと思い出す素振りをしながら答える準備もできていたのに、結局それを聞かれて答えたのは大分後の話で、その時にはもうハオに持たせたペットボトルは病院のゴミ箱に捨てた後だった。
病院に向かう車の中で、ウォヌは電話でウジが目覚めないことを聞いたからか、病院についた時にはボーっとしてた。スングァンは怖がってジュンから離れないし、バーノンはそんなスングァンの手を必死に握ってた。もしかしたらバーノンはその時からスングァンが普通じゃないことに、気づいてたのかもしれない。
結局タクシー代を出したのも、病院の中で行き先を確認したのも先導したのもジュンで、警察の人たちの前では言葉が不自由な振りをしてたってのに。それでも時間差で後から来たからか、ギリギリそんな姿は見られずにすんだらしい。
たどり着いた病室の中にはジョシュアもいて、だからもう大丈夫だと思ったのに、何を油断したんだろう。扉の側にはペットボトルを握りしめたハオがいて、まだその手には力が入ったままだったのも目に入っていたのに、ハオの状態すらすぐには気づけなかった。
警察の人たちは病室のすぐ前まで来ていた。やっぱり1人じゃなくて複数人で。
病室の中にはエスクプスとジョンハンと、ウジとミンギュ以外が揃っていたから、話を聞くのは丁度良かったんだろう。
「ヒョンッ! 危ないッ! 逃げてッ!」
先に部屋の中央に進んでたスングァンが叫ぶ。
ジュンの後ろからは2人ほど警察の人がついて部屋に入ってきていて、入口にいたハオが一瞬緊張したのに、「警察の人だから」と言葉少なに説明したのは自分なのに、どこに暴漢がいたのかと体中の毛穴が開いたかもしれない。
「出て! 出てください! 早く!」
一番に動いたのはジョシュアだった。その言葉に、スングァンが叫んだ意味を知った。
次に動いたのはウォヌで、警察の人たちを有無を言わずに追い出して、病室の扉を閉めた。
「逃げて! 早く! ハニヒョンッ! 行かないでッ!」
そこにハニヒョンなんていないのに、スングァンは今どこにいるのか。
慌てて駆け寄ってスングァンを抱きしめた。
腕の中で、スングァンの身体が驚くほどに震えてた。
それは守ったつもりでいたのに、全然守れていなかったことに気づかされた瞬間でもあった。
あぁでも、本当に守らなきゃいけない相手は、まだいたのに。
スングァンは全員にかなりの衝撃を与えたのに、しばらくしたらキョトンとしてて、スングァンに対してビクついてるディノに対しても「ケンチャナ?」って自分から声をかけたほど。
すぐに、それは今ここにはメンバーしかいないからだってことにも、気づくことになったけど。
警察の人はできれば一人ずつ話を聞きたいと言ったらしいけど、それを当然のようにキッパリ断ったのはジョシュアで、守らなきゃいけない人がいる時の、ジョシュアの強さを知った。その場限りじゃない感じの強さは、ジュンにとっても心強かった。
だからその時はただただホッとしただけで、自分に足りてないものについて考えさせられたのは、もっとずっと後だったかもしれない。
ジュンがディエイトの前に立った時、ディエイトはまだペットボトルを握りしめてた。強く。
それを手渡したのは自分で、気持ち的には後を頼んだ......って気持ちではいたけど、それを渡されたディエイトの負担までは考えてなかった。
ディエイトはそれを強く強く握りしめすぎていて、簡単には離せなかったほど。
「ハオ。ハオ?」
呼びかけたけど、その言葉は届いてなかったかもしれない。
「ごめんな。ごめん」
ミアネって簡単な言葉なはずなのに、言葉はディエイトに届かずに目の前にポトリと落ちた。
ほんとに、そんな気がした。
聞き慣れない言葉を聞いた。そんな顔をしたディエイトが、少ししてから頷いた。でもその口からは何も出てこなかった。
その後、ジュンはディエイトのそばから離れなかった。
病室の扉が開くたびに怯えるスングァンがいたから誰も気づかなかったけれど、ディエイトもまたその瞬間には身体を強張らせてていた。
いざとなったら戦うつもりでいたのかもしれない。
筋肉が震えて腕に力が入るたび、「もう大丈夫」って言いながらその腕や肩や背中を摩り続けた。
ディエイトが落ち着いたのは、ちょっとだけ横になって仮眠を取った後からだったけど、目覚めても変わらないんじゃないかと、その静かな寝顔から目が離せなかったジュンだった。
後悔はどうして、後からやって来るのか。
最善を選んだつもりだったのに、守ったつもりだったのに。
泣いてる場合じゃないのに泣きそうだった。
ディエイトはペットボトルを手放してから、逆に身体中から力が抜けてしまったようだった。
ジュンよりも早くディエイトの異変に気づいたのはジョシュアで、スングァンの次にベッドをあてがわれてた。
泣きそうなジュンに気づいてくれたのもジョシュアだった。
「ジュナ。お前も、もう大丈夫だから」
そう言って頬に手を当ててくれた。たったそれだけの言葉と動きで、ジュンの身体からも力が抜けて行く。
スングァンが叫ぶたびに、必死に抱きしめに行っていたけれど、もうそれだって行かなくても大丈夫な気もして、もうずっと、ハオの側だけにいてもいいんだって言われてるようで............。
それからはハオのそばにいた。
ジョンハンが戻ってきて目覚めて見れば、一気に安心感が増した。一緒に戻ってきたエスクプスが、当然のように全員に話しかけていく。
ハオが言葉少なになってしまったことも、誰かから聞いてもう知っていたのかもしれない。
「俺が、行かなきゃいけなかったのにな......」
誰よりもメンバー思いなエスクプスの弱さももう知ってる。だからこそ本当はそんなことないって否定したかったけど、少しだけボーッとエスクプスを見てるだけのハオを前にしては、言えなかった。
「大丈夫。ちょっと今、俺たち放心中だけど」
言えたのはそれだけ。自分の言葉に縋ってもいたかもしれないけれど、もう少ししたら落ち着くはずだからって願いながらそう口にした。
13人揃えば、きっと。
何もかもいつも通りに戻るはず。そうも信じてた。
握ってた手が握り返されたのは、ウジとミンギュが戻って来た頃かもしれない。
全員がホッとした頃。きっとハオだって同じだったのかも。ようやく緊張が解けて、スングァンが突然叫んでも、ハオの手が無意識にペットボトルを探すこともなくなった。
ミンギュが「大丈夫か」ってディエイトのもとに来た時、ディエイトは頷くだけで何も話さなかった。それから横になってたベッドの上で、目を閉じてしまった。
「大丈夫。もう少しだけ寝たら、元に戻るから」
だからまたジュンがそう言ったのに、ミンギュは目を閉じたディエイトに向かって、「ありがとな。それから、ごめんな」って言った。
ディエイトの閉じてた目が開いて、ちょっとの間、2人は見つめ合っていた。
それからディエイトはすぐにまた目を閉じてしまったけど、口元が笑ってた気がする。
不思議だけど、チングっていう存在は、守ってもくれるけど背中を叩いてもくれるから。うまく言えない言葉を理解もしてくれる。それから待っててもくれる。そこには打算なんて何一つなく、当たり前のように手を差し出してくれる。たまたま同じ年に生まれたってだけなのに、当然のように、俺らチングじゃんって言うから。
ジュンだって何度、ホシやウォヌやウジに助けられてきたか。
年上ってだけで尊重される世界は最初慣れなかった。それが余りにも強過ぎて、少し不思議でもあった。でもヒョンたちが当然のように守ってくれるその姿に、その愛情に、やっぱり助けられてきた。
まだ寝てなきゃいけないはずのユンジョンハンだって、ジュンのもとに来てくれた。
眠るディエイトを見下ろしながら、「ありがとな」って言う。
「お前のことも、ミョンホのことも、頼りにしてる。チャニのことを守ってくれて、ありがとな。でもお前等のことだて、俺は守りたいんだよ」
笑ってたら優しげなのに、麻酔が切れて間もないからか、ジョンハンの表情は動かなかった。でもその言葉はジュンに沁みて、泣きそうになったかもしれない。
ジョンハンの横には当然のようにエスクプスがいて、「もう戻れって」とジョンハンのことをベッドに戻そうとしてたけど、「ヒョン、俺、次はもっと上手くやるよ」って言えば、「次なんてあるかよ」って言ったのはエスクプスの方だった。
エスクプスの強い視線は、心で何かを決めたかのような強さだった。きっと何もできなかったことを後悔したんだろう。でもすぐに前を向いたのか、「絶対次なんてない」と自分にも周りにも言い聞かすように再度言う。
後から、1人でジョシュアも来て、エスクプスやジョンハンと同じように「ごめんな」と言ってくれて、「ありがとうな」とも言ってくれた。それから、「何もしなかった俺が言うことじゃないけど、1人で無理はするなよ」とも言ったはず。
ヒョンたちは皆、自分たちは何もできなかったと言うけれど、当然のようにジュンのこともディエイトのことも弟として気にかけてくれる。それだけで嬉しいのに。
不思議なことに、本当にそれだけでジュンは癒されて、何も守れなかったと思ってる気持ちだって少し静まってきたほど。
見てくれていて、気にしてくれている。そんな存在がいるだけで救われることがある。
当然のように愛してくれるから。さすがにマンネラインに向けるのと同じ愛情を向けられるとこそばゆくなるだろうが、向けられる愛情はそれほど変わらない。そこに信頼があるだけ、ちょっとだけ誇らしい気持ちにもしてくれるぐらい。
気持ちも少し落ち着いて、ディエイトもいつも通りな感じがしてた頃、劇的に状況を改善させたのはウジだった。
ウジとミンギュが戻ってきて13人揃ったこと、それだけでも全員の心に安心感や、力強さを与えてたのかもしれない。4つしかベッドのない病室で、当然のように13人で寝ようとしてる。
そんな自分達が、ジュンは自慢だったし、その姿が嬉しかったし、ちょっとだけ楽しくもあった。
なんでか移動車の中に積んであった寝袋までくれた。ディノがその存在を知っていて、欲しがったらしい。1つだけだったから、それはきっとマネヒョン用なんだろう。それを見て、やっぱり笑ってしまった。
アイドルだっていうのに、物凄い変なとこで根性いれて頑張ってる気がして。
全員が寝てたのかは判らない。少なくともジュンは寝てなかった。ディエイトも、目は閉じていたけど起きていたかもしれない。
時々誰かが誰かと入れかわり、ベッドの上で皆が順番に寝てた。
それでも入口横の椅子にはウォヌは座り続けていたかもしれない。そこから勝手に、誰かが入って来ないように。
スングァンが叫んだのはやっぱり突然で、抱きしめるしかできないのに、それでもベッドから降りてスングァンのもとへ行こうとしたのに、「五月蠅いッ黙れッ。今何時だと思ってんだ」って怒鳴りつけたウジの言葉に驚きすぎて固まった。
それはジュンだけじゃなくて、病室にいた全員がそうだった。スングァンも含めて。
労りと優しさが必要だと思ってた。抱きしめて、背中を擦ってやって、大丈夫と口にして。守れなかった分、その心を今度はちゃんと癒して。それが必要だと思ってたのに。
ウジは怒鳴ったけど、そこには怒りなんてなかった。本気でお前何言ってんの?って感じの呆れた口調で、「だってヒョン、ボノニがいないんだよ」って途方に暮れた感じで言うスングァンにも「じゃぁお前の横にいるヤツはニセモノかよ」って当たり前のような感じで答えてた。
やっぱり自分は守れなかったと落ち込んでた時に、なにもかもお見通しなユンジョンハンがやって来て、「ウジは、ヒョンたちやお前らがいるから、あれができたんだよ」って言った。
誰かは絶対抱きしめて、大丈夫って言うはずだから、それなら自分は別の道を行く。ウジはそう決めただけだと、ユンジョンハンはさもウジ本人から聞いてきたのかって感じで語るけど、それは簡単に騙されてしまいたいと思うほど本当っぽかった。
ちょっとだけ感動して、やっぱりウジは凄いと尊敬して、「でもお前の方が凄かっただろ」っていうユンジョンハンの言葉は素直に受け取った。
やっぱりちゃんと守れなかったって気持ちは最後まで残ったけれど、それでも「チーム戦には勝ったんだからいいだろ」って笑うユンジョンハンの言葉には、頷けたから。
次の日、病室の中でスングァンが笑ってた。
まだベッドの中でボーッとしてたディエイトのところには、次から次へと誰かが来てた。
きっと全員が少しだけ落ち着いて日常を取り戻して、色んなことに目が行くようになったからだろう。
ウジは車椅子に乗って検査に連れ出されてた。
何がどうなってそうなったのかなんて判らないけれど、なんとなく楽しそうなミンギュが次々と誰かれなく連れ出して、湿布を貰ったり、薬を貰ったりとしはじめた。
その理由をちゃんと知って理解したのは、ウォヌと2人で呼び出された時のこと。それから最終日、ウジとスングァン以外の全員が呼ばれ、それは改めて説明された。
最後の日は、雨が降っていた。
狭い病室で13人で過ごすのにも慣れて、気づけばスングァンが叫ぶことはなくなっていて、ディエイトだって97ラインの中に入っていつものように笑ってた。
今日にも全員で宿舎に帰れるという日、ウジとスングァン以外が集められた。
説明を聞いて、納得できないと言ったのはディノだった。
でもジュンは何も言わなかった。きっと95ラインのヒョンたちが動いたはずで、この場にいないウジが、それで納得したはずだから。
13人で笑っていられるなら、面倒なことはもう誰かに任せてしまえばいい。
ただ13人で、一緒にいられるだけで、それでいいから。
The END
11205moji
start:20220214
finish:20220612