授業中だというのに、ホシは寝てた。多分5分から、長くたって30分ぐらいなはずだけど。
「ジフナ。なぁ俺、どれぐらい寝てた?」
隣りの席のウジに聞いたというのに、「知るかよ。俺も寝てたし」という返事。
まぁ、類は友を呼ぶというから、仕方ない。
それに授業と言ったって、今は次の文化祭でこのクラスは何をするかっていう話を決めてるところで、全体的にまとまりもなくやる気もないクラスだからか、「一番労力使わない合唱でいいじゃん」という女子と、それすら面倒という男子とが、言い合うのも面倒そうに言い合っていた。
そこにホシが「はいはいはいはいはいはい! はいッ!」と、元気を通り越してただただウルサイ感じで手をあげる。当然両手をあげてるし、なんなら自分のイスに立ち上がってるし、クラス中が注目するなか、「文化祭、俺バンドやりたい」とか、謎なことを言い始めた。
そういうことは、日頃からそういう活動をしてる人が言うはずなのに、ホシがバンド活動に興味があったことなんて、幼馴染のウジは全くといっていいほど知らなかった。
まぁそれでもそこまでなら、「まぁ頑張れ」って気持ちで流せば良かったけれど、なんでかホシが「俺とウジとチョノヌとムンジュンフィでバンドするから」とか言い出した。
「は?」当然ウジが言葉を失ってホシを見上げる。
「ん? なんで俺?」特に驚いた風ではなかったけれど、名前を呼ばれたウォヌも疑問を口にした。
「............?」何も言わなかったのはジュンで、咄嗟に理解できなかったのかもしれないけれど、それでもホシのことは見てた。
まぁそれもそのはずで、特に仲良しでもない4人だったからだろう。
ホシとウジは幼馴染だからいいとして、ウォヌとジュンは同じクラスになってからその存在を知ったほどだったから。
朝の挨拶ぐらいはしたかもしれないが、長く話した記憶すらないというのに、なんでその4人でバンドなんだか。
しかしすでにクラスの女子も男子も、なんでか乗り気で喜んでいる。
自分たちはあまり頑張らずにすむからかもしれないし、4人のバンドを楽しみと思ってくれているのかもしれないけど......。
「いやお前、バンドって、何かできたっけ?」
ウジの素直な質問に、ホシは当然のように「俺ができる訳ないじゃん」と堂々と答える。
「俺も何もできないけど」
ウォヌがそう言うのに、なんでかホシが「大丈夫。ジフニはドラムもピアノもギターもリコーダーもカスタネットもタンバリンもトランポリンも、大抵のものはいける」と自慢気に答えていた。
「いや、1つ楽器じゃないの、混じってなかった?」
ウォヌが普通にツッコむのに、ホシは「バッカ、全部楽器だったじゃん」と答えていたけれど、横からウジに「トランポリンじゃなくて、トランペットな。でも本当にできるのはクラリネットだけどな」と訂正されて、「あぁ、そっちな」と、何も思わないのか軽く流していた............。
「おしッ。反対意見がある人~?」
何故か何の話し合いもしてないっていうのに、ホシが決をとろうとしてた。
ウジとウォヌは反対に手をあげたというのに、多数決というものにあっさりと負けた。
まだ驚きが浸透しきっていないジュンもいたというのに......。
気づけば文化祭のクラスの出し物は決まってた。
ポスターとかの前準備は女子がするという。
当日の照明や舞台設営は男子がするという。
担任は満足して、じゃ、後は4人で相談したり練習したりして......と去っていき。
高校2年は結構大切な時期な気がしないでもないのに、放課後に4人、クラスでの居残りが決まってた。
なんでかハツラツとしてるホシをよそに、残り3人がモヤモヤしつつも残りの授業もちゃんと受けて、そして放課後。
「いや、どうしてこうなった......」ウジは頭を抱えてた。
「俺ら、仲良かったっけ?」ウォヌは当然のように確認してきた。
「バンド......」そしてようやくそこまでたどり着いたジュンが呟く。
「いや俺さ、昨日の夜3時ぐらいまでゲームしてたから、眠たくて眠たくて眠たくてさ。さっきの時間で、うっかり寝たんだけど。そうしたら壮大な夢を一瞬で見てさ」
ホシが意気揚々と、夢の話を聞かせてくれたけど、要約すると、夢の中で4人は一緒にいて、芸能人をしてて、キラキラした中で過ごしてて、なんなら一緒に住んでたりもしてたらしい。
「あ? それでどうしてこうなった......」ホシと付き合いの長いウジは、やっぱり頭を抱えてた。
「いや、お前の夢にお邪魔したのは悪かったけど......」ウォヌはまるで自分がホシの夢に出てきたのが悪かったかのように言う。ちょっとこんがらがってきたのかもしれない。
「で、バンド......」そしてジュンが呟く。
まぁそうだろう。
ホシは時々なんかを思いついたら勝手に突っ走るけど、それ以外の3人は、別段前に出ようという性格でもないし、目立ちたいとも騒ぎたいとも思う方でもない。
明らかに巻き込まれ事故にあったようなものだった。
「ウォヌヒョン」
ニコニコしてるホシ以外がそれぞれに固まっていた時間が動き出したのは、教室の入口に背の高い男前が立っていたから。しかも足も長くて、見た目頭も良さそうで、絶対廊下に他の学年とかクラスから女子がやってきて覗かれるタイプの男。
「まだ?」
「ぉお、まだまだそう。先に帰ってろよ」
「わかった」
ウォヌ以外にも3人いるのに、ウォヌしか見てなかった男が去って行く。
「誰? 弟?」
ホシが躊躇なく聞けば、ウォヌが「まぁそんなもん」と答えていたから、本物の弟ではないんだろう。
でもそんなことより、ウジが「年下のくせに背が高すぎてムカつく」と言えば、「いや、ほとんどがお前より背は高いだろ」とホシが答えたことにより、「とりあえず一発殴らせろ」と立ち上がったウジと、当然のように「なんでだよ。嫌だよ。バカになるだろ」と言いながら逃げるホシに、「それ以上どうやったらバカになるんだよ」と言いながら追いかけるウジに。
まぁ結局、バタバタだった。
でもそれにジュンが笑って、やっと「バンドか」と納得できたようだった。
「でも実際問題、俺ら、バンドって何すんの? バンドってドラムとギターとベースとボーカルなイメージだけど、そのどれも、俺できないけど」
ウォヌが現実的なことを言い、「俺ピアノ弾けるけど」とジュンが言えば皆が「おぉ」と言ったというのに、「あぁでも弾けるのは好きな曲だけだから」とも言うから、どこまで役立てるかは判らないっぽい。
「いや大丈夫。バンドって言っても、エアバンドだから」
ホシが心配するなって感じで、音楽にあわせて、バンドの振りだけでいいという。
バレて怒られたら嫌だから、ポスターにも最初から書いておくという。
まぁおふざけなんだったら、それも許されるだろう。
誰一人真剣な人間がいないだけあって、話し合いはそれほど時間はかからなかった。
面倒だから週一ぐらいで居残って、曲を適当に決めてそれにあわせて適当に練習するぐらいでいいだろうっていう話にもなって、初日の話し合いは1時間もたたずにお開きになった。
教室を出る時、ホシが全員に向かって「せっかくだから、どっかでなんか食ってく?」って言ったというのに、ウォヌが「俺はパス。ミンギュが待ってるから」と言う。
「ミンギュってさっきの奴? でもお前さっき、先に帰ってろって言ってなかった?」
ホシがやっぱり何の躊躇もなく聞いたけれど「でも待ってるもんあいつ。先に帰ってろって言って、帰ったことは一度もないし」とウォヌが言う。
そして事実、校舎を出るところで「ウォヌヒョン終わった?」って言いながら、ミンギュがあらわれた。
そしてウォヌとミンギュが帰って行くのを、思わず見送った三人。
当然のようにジュンは何も言わなかったけど、ホシは「いや何あの謎な関係」とか言っていたけれど、「いや別にいいんじゃねぇの? だいたいお前だって、学校帰りになんでか俺んちに帰ってくるじゃん」とウジが言えば、「あぁまぁそっか」とホシが笑ってた。
当然ジュンは、何も言わなかったけど............。
結局3人で飯でも行くかという話になったのに、それも無理だった。
ジュンが行きたいという店は有名な激辛店ばかりで、ウジには絶対行けない店ばかりだったから。
だからホシとウジは、いつもの道を二人で帰った。
「なぁ、なんかさ。自分でいうのもあれだけどさ。なんで全員、反対しなかったんだろ? 文句も言われなかった気がする」
言われてみれば............。ウジはまぁ、長い付き合いのホシの言い出したことに、最初から諦めてはいたけれど、ウォヌもジュンも、流されるタイプなのかもしれない。
結局、週一ぐらいで居残るならいっか............という話だったのに、気づけば結構居残っていた。というのも決まった曲をやりやすいようにと編曲しはじめたウジが、結構本気になっていたから。しかもエアバンドの練習をするために借りた楽器で、ベースのウォヌも、ギターのジュンも、エア練習で良かったのにやりだせば結構楽しかったらしく、しかも結構簡単に弾きこなせてしまっていたから。
だから楽しそうに歌うホシの後ろでは、いつの間にかちゃんと演奏できちゃってる三人がいた。
しかも一曲だったら寂しいとか言い出したのは、なんでか居残りの場にいつのまにか入り浸ってウォヌのことを待つミンギュで............。
見えない場所で待っていた最初のころ、時々廊下をただ通り過ぎるだけで確認してた頃、そのうち教室の入口近くの席に座り出して、気づけば目の前にいて、「ウォヌヒョンが一番カッコイイけど」を枕詞にしながら、他のメンバーのことも褒めてくれるミンギュがいた。
特に誰もツッコまず、深くは詮索せず。まぁそれも知ってしまえばミンギュが良い子だったからだろうけど、気づけば完璧マネージャーみたいな感じだったかも。
おかげで激辛好きなジュンと激辛がダメなウジも、一緒にご飯に行けたりもした。
それはミンギュがなんでも激辛にできちゃう調味料を用意してくれたから。
結構な時間一緒に過ごしたというのに、全然テンポなんて一緒じゃなかった。
見てる方向もバラバラで、考えることもバラバラで。
朝も昼も一緒にいるなんてこともなく。
別段教室の中で話すこともない。
当然のようにホシはウジの側にいつもいたけど、それは昔からだから。
ウォヌはよく、授業中も窓の外を見てた。
一度ホシがその視線の先を見たら、グラウンドでは体育の授業中だったミンギュがいた。背が高いと、やっぱりすぐにそれと判る。
それをウジに伝えれば、「別にそれぐらいいいんじゃね? お前なんて小学校の頃、クラスが違うのに俺のプールの時間になんでか一緒にプールに入りに来たじゃん」と言われれば、「あ、そうだった。それでなんでかすっごい怒られたんだわ」と笑ってた。
「いや、なんでかじゃねぇわ」というウジの文句は、きっとホシには届かなかっただろう。だってなんでか、「プールは一緒に入りたいじゃんだって」と力説してたから。
放課後になればまた集まって、一緒に練習をする。
もうその頃には一番静かで澄ました顔してるジュンが一番変わり者だってことも判ってた。
なんでかって、ショパンは弾けるのに、バッハは弾けないらしいとか。授業についていくことはほぼできないのに、成績はいつでも1桁台だとか。まだ出会えてないけど、運命の人がいると真剣に思ってるとことか。脳細胞が破壊されると言いながら、激辛なものを食べるところとか。それでもって時々、辛いことに怒ってたりするし............。
「ジュニは変わってる」
そうホシが言えば、まぁ大抵の人たちは「お前もな」と言うけれど............。
でもそんなこんなで、ちょっととぼけた4人は一緒にいた。
文化祭当日、放送部のアナウンスで聞くまで、ウジもウォヌもジュンも、自分たちにバンド名なんてあることも知らなかったけど、それも、らしいといえばらしかったかもしれない。
でもスタンドマイクの前でなんでかテンション爆上がりになったホシが自分たちのことを「クユズ」と呼ぶ姿は、結構カッコ良かったりして。
たぶん伝説に残ったよこれ......と言ったのはホシ本人だったので、それが本当に伝説に残ったかどうかは判らない。だけどテンションあがりすぎたホシがスタンドマイクを回し過ぎて、マイクの線に絡まって倒れそうになり、ジュンに助けられていたのは、ある意味伝説に残ったかもしれない。
特に打ち上げもなく、4人がその後特別な関係になったかというとそうでもなかったけど、時折ウォヌやウジが、「ジュナッ」って呼ぶ声が校舎に響いてた。大抵は移動教室の時で、なんでか一人違う方向へと進みはじめるジュンがいたから..................。
The END
5230moji