「お前何言ってんの?」
はじめて出会った時、ウジはホシの言ってることが判らなかった。
何を言っても「んにゃ。」としか聞こえなかったというのに、後で聞けば「明日もここで会おうぜ」とか、「今度俺んち来いよ」とか言っていたらしいが、全然言葉の内容と、発した音との量がみあってなかった。
ホシは最近では珍しくなった獣人で、大人になれば虎の姿にもなれるというが、ウジと出会った頃はまだまだ子どもだったせいか、そうと判るのはキレイな尻尾ぐらいで、それもズボンの中に隠していれば到底獣人だとは判らないほどだった。
まぁホシは人の言葉を話せなかったから、普通の人とも言えなかったけど。
ウジの暮らす町は古くからある町で、山奥にある水場は、昔から色んな種族が集まると噂があった。ハラボジにはよく、自分たちが子どもの頃にはそこには天使だってやってきていた......という話を聞かされた。まぁ嘘臭いけど。
でもそこで、ウジはホシと出会った。
遠くに人影が見えたと思った次の瞬間には何故か物凄い距離を詰められていて、それでも恐怖を感じなかったのは、ホシが楽しそうに笑って、まるで遊ぼうと言ってるようだったからかも。
でも言葉も通じないし、ホシはいつだって「んにゃ。」としか言わないし、ウジが自分の昼用に持ってきたおむすびを差し出せば、一口でペロリと食べてしまった。それでも「美味い」でも「ありがとう」でもなく、やっぱり「んにゃ。」だったけど。
尻尾を見せてくれたから、ホシが獣人だってことはすぐに気づいた。けど、獣人と友達になる方法なんて判らないし、ウジにだって学校があるし、毎日毎日こんな山奥の水場になんて来られないし......。だからその水場に行くのは週に一度だったというのに、いつだってどこかから見てるのか、ウジが行けばすぐにホシはあらわれた。それから嬉しそうに「んにゃ。」って言う。
「お前、だから何言ってんの?」
全然会話なんてなりたってないのに、なんでか楽しかった。
だから町で一番年寄りのハラボジに聞きにいった。調べても判らなかったから、獣人と話す方法はないのかって。
なんでも知ってるっていうハラボジの知識は確かに凄くて、あっさりと「名前を交換したらいい」と教えてくれた。
誰にも教えてはいけない名前は、確かにウジも持っていた。多分誰でも持っているだろう。
親はその名で呼ぶ。隣近所の人たちだって聞いてるはずだから知ってもいるだろうけど、その名前を本人から教えない限り親以外は呼ばない。その名前を獣人に教えればいいという。
あの、「んにゃ。」としか言わないホシが、自分の名前を呼べるのかはかなり怪しかったけど、ウジは誰にも相談もせずに、それを知ったその日のうちに、あの水場まで駆けて行った。
当然ホシはすぐにあらわれて。
その日のことを、時々だけど今、ウジは後悔してる。
だってあれ以来、ホシはいつだって煩いから。
「ジフナッ」
水場に行けば会える存在だったのが、ホシは気づけばウジとともに町中にも姿を現すようになって、今では普通の人のような顔をして、町の男として暮らしてる。
ウジと話すようになって、人の言葉を覚えたからだろう。
「美味い店みつけたけど、行くだろ?」
毎日誘ってくる。
でもホシが見つけてくる店は本当に美味いから、付き合ってやるけど。
「なぁ、明日の予定は? 仕事休みだろ? 俺んち、泊るだろ?」
なんでか仕事が休みの前日は、ウジが泊りにくるものだと信じてる。
断ったら物凄く哀しい顏をするし、頷いたら物凄く嬉しそうな顔をする。
尻尾はズボンの中にしまわれているけれど、きっと出してたら、ブンブン振り回してるんだろうなって感じ。
ウジが食べる横で、楽しそうに一日の出来事を話してる。それから笑ってる。時々は怒ってる。でもその間もずっと、ウジのことを見てる。
「いや、お前。昔は「んにゃ。」しか言わなかったじゃん。詐欺じゃん」
そう言えば、人の言葉を完璧に話すホシが可愛らしく「んにゃ。」と言う。それからウジの耳元で、「尻尾触らせてあげるけど?」とか囁くから、尻尾の触り心地を思い出して、ついつい「行く」と言ってしまう。
昔は「んにゃ。」しか言わなかったくせに、駆け引きさえできるなんて、やっぱり詐欺じゃん......とか、思いながら......。
The END
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