ウォヌの家に「キムミンギュ」がやってきたのは、ウォヌがまだ小学生の頃だった。
当時、「みんなのキムミンギュ」が売りの家事ロボットは、その見た目と、驚くほどの低価格と、細やかな仕事ぶりから、こぞってどこの家でも買い求めたってことだったけど、ウォヌの家にやってきたキムミンギュは残念ながら不良品だった。
「明日は遠足だから、早く起こしてね」
そう頼んだのに、次の日、ウォヌが起きたら昼前だった............。
父親も母親も忙しくて、一人になることが多かったウォヌのために買われたから、『ウォヌと一緒にいること』ってのが一番大切なこととしてインプットされていたのかもしれない。
「遠足だって言ったのに」
そう言えば、「だから遠足用の、スペシャルなお弁当作ったよ」とミンギュは笑って美味しそうなお弁当を見せてくれた。結局それを、家のリビングでミンギュと一緒に食べたけど。
そうやってはじまったミンギュとの思い出は、生活の一部だったからこそ腐るほどある。
まだ自分も子どもでミンギュのことをちゃんと理解する前は宿題を手伝ってもらったことだってあるけど、すぐにそんなことはしなくなった。だって答えは間違えてるし、なんでかあちこちに「キムミンギュ」ってサインをするし、しまいには「問題が判りにくい」と苦情申し立てまで書くから。もちろんウォヌは珍しくも先生に呼び出されて怒られた。
雨が降ればミンギュは迎えに来てくれる。でもなんでか傘一本で来るから、小さい頃は良かったけれど、ウォヌが高校生になると、確実に二人とも半分ずつは濡れたけど。
いやそもそもミンギュは雨に濡れてもいいんじゃないの?って思ったけど、元が不良品なだけに雨に濡れたら壊れそうな気もして、しょうがないと早々に諦めたのはウォヌの方だった。
時々ミンギュはウォヌの部屋を模様替えする。
そんなことはしなくてもいいし、するならできればウォヌがいない時にしてほしかったけど、なんでかミンギュは、ウォヌが寝てる間にする。しかもしっかり終わらせることがなく、中途半端でやめるから、起きたらいつだってウォヌは何かで足をぶつけたりするはめになる。
でも料理は美味かった。
ウォヌの好きなものばかりを作ってくれるから、それは当然かもしれないけれど......。
大学生になる頃には、世の中にはもう「みんなのキムミンギュ」なんていなくて、ミンギュの存在も覚えてる人の方が少なくて、なんでか時々大学の図書館とかでウォヌを待ってるミンギュのことを、誰もロボットだなんて気づかなかった。
「何してんの?」って聞けば、「遠足用のお弁当作ったから」って笑うミンギュと一緒に、大学の庭にあるベンチでお弁当を広げて食べた。
たぶんその頃が一番、見た目的には友達っぽかったかもしれない。
ウォヌが小学校や中学校の頃にはヒョンっぽくて。
大学生の頃にはチングっぽくて。
ウォヌが社会人になる頃には、当然ながら少しずつ弟っぽくなって。
いつのまにかミンギュは、ウォヌの子どものように見られるようになっていた。
「いや、お前壊れないな」って言えば、「そりゃ当然、自分のメンテナンスに命かけてるもん俺」ってミンギュが笑ってた。
でも時々残業してるウォヌの会社に忍び込んできて、「遠足用のお弁当作ったよ」って言ってくるから、ほどほどにポンコツなのは相変わらずだったけど。
会社勤めだってもうそろそろ終わるだろうって頃になっても、孫みたいなミンギュは相変わらず笑ってて、「もうすぐ、毎日遠足できるじゃん」とウォヌが仕事を辞めるその日を楽しみにしてたけど、そんなミンギュよりもウォヌの方がよっぽどポンコツだったみたいで............。
真っ白い病室の中にも、ミンギュはいた。
ウォヌの飲む薬の管理をしながら一緒にずっといた。
「あら、みんなのキムミンギュなんて、懐かしい」
病院には年寄りが多いからか時々そう言われたけれど、ウォヌがそのたびに「いや、コイツは俺だけのキムミンギュなんですけど」って丁寧に訂正してた横で、やっぱりミンギュは笑ってた。
「俺最新じゃないから、病室にも一緒にいられるんだよ」
っていうのがミンギュの自慢だった。精密機器に影響を及ぼすような技術が自分の中にはないっていう、意味の判らない自慢話をよくしてたけど、ウォヌの耳にそれが届いていたかは判らない。
ウォヌの調子のいい時には、病院の庭でも遠足をした二人だったけど。
春。ミンギュはウォヌを見送った。
それからミンギュは、ウォヌが望んだように色んなものを整理して、家を片付けて、しばらく過ごしていたけれど、不意にその動きを止めてしまった。
自分のメンテナンスに命をかけてたはずなのに、その命をかける理由を失ってしまったからかもしれない。
春。ミンギュはウォヌの後に続いた。
きっとミンギュは追いつけたはず。
「なにお前、ついてきたの?」ってウォヌが言えば、「一緒に遠足しよう」って、きっとミンギュは笑ってるはず............。
The END
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