駅の中、エレベーターを呼ぶために、「⇧」ってボタンを押した。
そしてそのまま、ミンギュはエレベータに乗らずに通り過ぎた。
エレベーターを呼んだのは自分のためじゃなくて、少し後ろから松葉杖をつきながら歩いてくる男の子がいたから。
緑の練習室でまだまだ頑張ってた頃。地下鉄に乗るのだって、普通にしてた頃のはなし。
別に良い事をしようと思ってした訳じゃないのに、突然目の前に神様があらわれた。
親切なことをしたから、願い事を1つだけ、叶えてあげましょうって。
駅の階段をのぼってたはずなのに、なんでかオレンジ色に輝く空の上にいて、あぁ、空の上だから太陽の光を直接あびて、紫外線にさらされてるじゃん......って、普通に考えたのを覚えてる。
もしもその場にいたのがバーノンだったら、願いは「世界平和」とかだったかもしれない。ユンジョンハンならもっと現実的な何かだったかも。その頃から一人忙しかったウジは「時間」とかを望んだかも。ホシあたりは物凄い簡単なことを願って後から皆にバカにされそうだけど、きっと「欲しいものは全部自分の力で手に入れるから問題ない」とか謎にオトコマエなことを言いそう。
そしてミンギュはなんでか、深く考えずに「3年後の世界を見る力が欲しい」って口にした。
だって目の前にいるのが本当に神様だとは思ってもなくて。
あぁ、こりゃ自分の夢だな......って思ってて。
大抵起きる前の数分で見る夢は壮大だから、こりゃ今日もスングァンと一緒に二度寝して遅刻確実だな......って思った程度で、深く考えたりもしなかったから。
いやいや、もしもこれがリアルに起きてる出来事だって知ってたら、きっとミンギュだって「23億」ぐらいは言ったかもしれないけれど............。
で、ミンギュは謎に、「3年後の世界」を見ることができる力を手に入れた。
でもいつだって自分たちは踊ってた。そして歌ってた。それから笑ってて。時には泣いてたけどそれは当然嬉し泣きで。
緑の壁の練習室でもなくなってたし、全員で過ごした宿舎はいつのまにか分かれてたり、謎に豪華になっているのを時々見てた。でも毎日見る訳でもないし、3年後の世界を見たことすら忘れた頃にやってくるリアルな3年後の世界に、時々「あ、これ前に見たかも」って思う程度だったから、これまた特別な何かがある訳じゃない。
3年後の世界の宝くじの番号......とかが見られたら物凄いありがたいけど、見られるのは本当に自分が体験するであろう世界だけだと、薄々気づいてもいて。
だから見えたって、別段何も関係なかった。
だって見えたからって、今の世界で頑張ることを辞める訳じゃないし。
それでもいつか、ウォヌヒョンと自分が二人部屋で暮らすんだなって思って一人ニヤけたりはしたけれど......。
でもある日。見たくないものを見た。
ウォヌヒョンが、自分から去っていってしまう、3年後の世界。
あぁ、夢と信じたいけれど、それはどうしたって、3年後の世界。
「なんで俺のこと、置いていくんだよ」
「いつまでも一緒にはいられないだろ」
バカみたいに泣いてた、3年後の自分。
別れの時なのに、困った顔で笑ってたウォヌヒョン。
「別れたくない。俺は別れたくないよ」
「..................」
泣いて縋ったのに、ウォヌヒョンは何も言わずに行ってしまった。
そんな、3年後の世界。
思わず膝を抱えて練習室の隅っこにしゃがみ込んでしまったほど、ショックだったかもしれない。そんな3年後の世界。
まだ今じゃない。どうにか頑張れば、迎えなくて済むかもしれない未来。そう信じたいけれど、そのために何をしていいか、必死に考えたけど......。
「なんでお前、そんな泣きそうな顔してんの?」
そう言ってやって来てくれたのはウォヌヒョンで、当然のようにミンギュの隣りに座り込む。
だから余計に泣きそうになる。
いつだってポジティブで前向きなミンギュだったから、あと十分もしたら、3年後の世界にビクついて、今の幸せを手放す必要はないって気づけただろう。
もしも本当に3年後に別れが訪れるにしても、今、ウォヌを抱きしめることができる幸せを謳歌しようと気づけただろう。
でもまだ今は、ショックが大きすぎたのかもしれない。
「ヒョン、俺、3年後の世界が見えるんだよ」
思わずそう、ミンギュは誰にも言ったことのない秘密を口にしてしまったから。
冗談だとでも思ったのか、「凄いじゃん」ってウォヌが笑う。
「で、なんでお前、そんな泣きそうな顔してたの?」
それからまた、同じことを聞いてくれた。
だから余計にミンギュは泣きそうになったかもしれない。
3年後には、別れがくるっていうことに……。
「ウォヌヒョンが、俺のことを置いていっちゃった。引き留めたのに、行っちゃったんだよ」
3年後の出来事なのに、思わず横に座るウォヌに縋ってしまったほど。
ミンギュが3年後の世界が見えるってことを、ウォヌが信じたかどうかは判らない。でも揶揄ったりもせず、ウォヌがミンギュの手を握りしめながら、「3年後なら、兵役だろ。どうせ」ってあっさり答えるもんだから......。
「え?」
「俺がお前のことを置いていくなら、それぐらいしかないだろ?」
ウォヌが飄々という。
「でも、兵役なら、3年後はおかしくない?」
「そうか? でもほら、最近、兵役延長できる制度できたじゃん。俺らもその頃には世界のトップとかにたって、適用されてそうじゃない?」
やっぱりウォヌが飄々という。しかも、何気に幸せなことも言われた気がする。
「なに? お前3年後のこと今から悩んでんの?」
「だ、だって俺には3年後の世界が見えちゃうんだもん」
自分でも驚くぐらいにショックを受けてたはずなのに、なんでか気づけば幸せになっていた。
「なぁ。お前は3年後の世界が見えるかもしれないけど、俺は1分後の世界が見える」
「え?」
「たぶんハニヒョンあたりに怒られてるはず」
「え?」
謎なことを言い始めたと思ったら、練習室の鏡の前にひかれてるカーテンを引き寄せたウォヌによって一緒にそこに巻き込まれて、そのカーテンの中でなんでかウォヌからキスされていた。
驚いてる間にも、なんだか舌まで入ってきて、ちょっと堪能してしまったミンギュだったけど、「そこッ! 見えてるぞッ! 全然隠れてないからなッ!」と、確かにジョンハンの怒る声がした............。
The END
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