「殺し屋にでもなろうかな」と、ウォヌが言う。
普通に掲示板で、「日付、時間、場所、性別、身長、殺害方法、成功報酬」が掲載されていて、誰でも仕事を受けられる世の中だった。
脆弱で、寂寞とした世界。
何かが欠けていて、何かが足りない世界。
貧しいものは貧しい世界から抜け出せず。
哀しいものは哀しい世界から抜け出せず。
卑しいものは卑しい世界から抜け出せず。
それでもウォヌにはミンギュがいて、ミンギュにはウォヌがいる世界。
「ダメだよヒョン」と、いつだってミンギュが止める。
もしも本当に殺し屋になるっていうのなら、最初の相手は俺にしてよ。そうしたら、殺し屋になったウォヌヒョンを、見なくてすむし......とミンギュが笑っていうから、いつだってなんとなく、手が出せないでいる世界。
きっと踏み込んでしまえば簡単で、きっと前と後ではそれほど違いはなくて。
でもそれをミンギュは嫌がるから............。
手に入れた報酬で未来が買えるかというと、きっとそんなものは買えないだろう。
せいぜいがゆっくりと眠れる場所を確保できるだけ。
でもきっともう、ぐっすりとは眠れなくなるだろうけど。
唯一ミンギュだけ失わなければいいんだけど......と思って、それなら今の暮らしのままでも特に問題ないかとも気づいて、結局ウォヌは、誰かを殺す暮らしを回避する。
そんなことの繰り返し。
「きっとヒョンが誰かを殺したら、すぐに判るよ」と、ミンギュが言う。
真面目に学校に通ってる人間の方が少ないのに、何故かいつだって学生服姿のミンギュは、教える人間すら逃げ出した世の中でも学校に通っている。
酷薄で、寂寞とした世界。
何もかもが意味がなくて、何もかもが曖昧な世界。
望めば望むほど、失っていく世界。
愛せば愛すほど、裏切られる世界。
願えば願うほど、底が抜ける世界。
それでもミンギュにはウォヌがいて、ウォヌにはミンギュがいる世界。
「俺にも判るよ」と言えば、ミンギュが笑う。
行ってくると学校に向かうミンギュが、学校には行ってないことを知っている。
兄弟でもなんでもないのに、一緒に育った弟たちのために、食料をどこからともなく手にいれてくるミンギュの気配が、変わった日のことをウォヌは覚えてる。
きっと踏み込んでしまえば簡単で、きっと前と後ではそれほど違いはなくて。
そう強く信じて、いつだって笑ってるミンギュを抱きしめる。
失ったものの変わりに手に入れたものは、きっと大したものじゃないだろう。
だからせめて、一緒に眠る時ぐらいは安らかにいて欲しくて。
唯一ウォヌだけ失わなければいいんだと思ってくれるなら、ずっとずっと、一緒にいるから。
神様なんていない世界。
それでもウォヌにはミンギュがいて、ミンギュにはウォヌがいる世界。
The END
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