HOME;RUN

9回裏。ツーアウト。9-0。ランナーなし。
誰が見ても終わってる試合なのに、バッターボックスではホシが、何故かバットを高々と持ち上げてホームラン宣言。

ほとんどの人は呆れてて、誰かはバカにして笑ってる。
もしもホームランだったとしても、それはたった一点でしかないのにって。

話は試合の3日前に遡る。
17カラットのダイヤモンドがニュースになっていた。
その大きさといい、透明度といい、多分世界最大で、そんな稀有な存在はもう二度と出てこないだろうって。

そのニュースがテレビから流れてたのは、長くて2分程度だったはずなのに、何故か風呂上りにリビングを通りかかったユンジョンハンが、「あ、俺これ欲しいわ」とか呟きながら去って行った。

それもまた一瞬のこと。どれぐらい本気での言葉だったのかすら、判らないほど。

珍しく家にいたウジがダイニングテーブルで、それを聞いていた。
台所では湯を沸かしてるジュンがいて、冷蔵庫を漁っていたホシがいて、風呂上りに水を取りに来たウォヌがいて......。
大抵のことは可能にしてしまう96ラインが奇跡的にその場には揃っていた。

考えるよりも前にウジの手が動いたのか、手元の電子端末で、17カラットのダイヤモンドの情報を引き出していた。
身寄りのない金持ちの年寄りが亡くなって、その人がかなりのコレクターだったらしく、有名な絵画とかも含めて色んなものが見つかったらしい。ダイヤはその中の一つって話だった。

「へぇ。キレイじゃん」水を飲みながら、ウォヌが覗き込む。
「次のハニヒョンの誕生日プレゼント、それにする？」激辛カップラーメンを作るために湯を沸かしてるだけなのに、お湯から目を離さないジュンが言う。
「俺らが貰っちゃっても、いいんじゃない？」持ち主がいないなら、別にいいじゃんと冷蔵庫の中からチクワを見つけ出したホシが言う。
「まぁ............問題ないだろ」最後にウジが、頭の中で計算した結果イケると判断したのか頷いた。

すぐにダイヤモンドの所在は掴めたから、本当ならパッと行ってパッと掻っ攫ってパッと帰ってきたらそれで終わりだったんだけど、なんでかホシが「はいはいはいはい」と元気に手をあげたと思ったら、「ボールの中にダイヤモンドを仕込んで、場外ホームランでダイヤモンドを外に持ち出すのどう」って言い出した。

いや、「持ち出すのどう」って言われても............。
まずダイヤモンドを一旦盗みだして、それからボールの中に入れて、野球場に持ち込むのが難しいわ......っていう事実はどう処理すればいいんだか............。

「お、おぉ」

しかしウジが真剣にその案を検討する横で、ウォヌが「じゃぁはい」と何故か静かに手をあげて、「俺は影のフィクサーでいい」ってさらに謎なことを言い出した。

いやしかも、「が、いい」じゃなくて「で、いい」ときた。
謙虚なんだか横暴なんだか適当なんだか、全然判らない。

「お？　おぉ」

とりあえず今度もウジがちょっと首を傾げつつも、「ウォヌは影のフィクサーな」とキーボードを打ちつつどこかにメモってる。

96ラインが謎な打ち合わせをはじめてた頃、エスクプスがリビングを通り過ぎる。
ジョシュアも起きてきて冷蔵庫を開けて去って行った。
なんでか95ラインの三人は、弟たちを信じているというか、疑ってないというか、一緒にいるのを見て仲良くしてるな良かったなって感じで喜んでいるだけっぽい。

「じゃ、とりあえずジュニが盗んできて、ボールの中に入れて、もろもろセッティングする役な」

と謎に面倒なところを全部丸っと押し付けられているというのに、激辛カップラーメンのためにふんだんに沸かした湯を、今度はすべて蒸発させようと必死なジュンは、「わかった」ってだけで、文句を言う風情もない。それもまたちょっと不思議だったけど。

「え？　ちょっと待って。どういうこと？　普通に盗って来ちゃダメなの？　ジュニヒョンが一回盗んだら終わりなのに、なんでそれを野球のボールの中に埋め込むことになったの？」

物凄いまともなことを口にしたのはマンネのディノで、しかしそれは、試合がはじまる数時間前のこと。

お前もちょっと手伝ってとウォヌに呼ばれ、96ラインの計画を聞いて、当然のことながら普通に驚いて、普通にツッコみをいれたディノだった。

しかも呼ばれた理由が「俺は影のフィクサーだから、手下が必要じゃん」というウォヌによって............だったのだから、どこからどうツッコんでいいかって感じだっただろう。

「と、とりあえずなんで野球なの？」

ディノがそう聞けば、ホシが「俺おれ、俺の案」と嬉しそうにアピールしていたけれど、褒められると思ってそうなのが謎だった。

ホシいわく、「俺、昔読んだマンガで見た気がする。なんか、難攻不落の要塞から盗んだ情報を持ち出すのに、野球のボールに詰めて、場外ホームランで持ち出すってやつ」と楽しそうに教えてくれたけど、あっさりとディノに、「難攻不落の要塞なんてどこにもないのに？」とツッコまれていた。

「だいたい、野球なんてホシヒョンやったことないじゃん。場外ホームランなんて、どうやって打つんだよ。いやそもそも、どこで野球なんてするの？　野球って確か、一人じゃできないよ。自分たちのチームだけじゃダメで、敵チームもいるんだよ」

と、ディノがまともなことを言う。
それをウォヌが、「ウリマンネはエライな」って嬉しそうに見てた......。

「大丈夫。俺たちにはウジがいるからな。たとえ俺が打った球がぼってぼてだったとしても、勝手に飛んでって場外ホームランになるように、仕込んでるから。それに最悪バットに当たらなくても、勝手に自分で飛んでいくようにもしてるから」

いやそれじゃぁますます、野球のボールに詰める意味が判らない。それにぼってぼてな当たりが勝手に場外ホームランになるってのも問題だけど、まさかの当たらなくてもホームランになるだなんて、あり得なさすぎる。
相手のピッチャーだって、一番近くにいるキャッチャーだって、審判だって、もちろん両チームを応援してるだろう観客席の人だって、そんな目の前で起きる奇跡みたいなことを、黙って見てるとは思えない。

やっぱりまともなディノが、「そんなの、テレビカメラとかで抜かれたら、バットに当たってないのが一発でバレるじゃん」と言ったのに、ホシからはさらに驚くことを聞かれた。

「お前何言ってんの？　テレビカメラなんて、ある訳ないじゃん。ただの草野球なのに」

ますますもってして、わざわざ野球のボールに詰める意味も判らない。
飲みやの親父さんチームに、ごっつい夜のお姉さんチームの試合に、なんでか最後だけでいいから出させて貰えることになったらしい。

呆れすぎて言葉を失ったディノが、最後には諦めた。
まぁその時にはすでに試合まで2時間を切っていたし、ジュンは大分前に動き始めててここにはいなかったし、まぁ野球のボールに詰めたそれを場外ホームランを打って手に入れたって、よくよく考えれば問題ないような気もしてきたから。

だからディノが「で、場外ホームランしたボールは、その後どうなるの？」って聞いたのに、なんでかその場にいたウォヌにホシにウジに、「「「え？」」」って驚かれて見つめられて、ディノの方がのけ反った。

「え？　まさかと思うけど、その後のこと、考えてなかったの？」

そのディノの言葉に、ウォヌにホシにウジがそれぞれ目を見合わせて、「いやいや」「まさかまさか」「そんなバカなそんなバカな」とか言い合っているけれど、見るからに胡散臭い。
あげくの果てにはホシが「そこもジュニに頼む？」とか言い出した。

いやいやいやいや。それはないだろう。それなら最初に盗んだジュニヒョンが、そのまま持って帰ってくればいいじゃん......っていうディノの視線を感じたのか、ウォヌが慌てて「いや、それはないって」と言っていたけれど、よくできた96ラインだというのに、結構ヌケてるとこもある。

不思議だけれど、それでも四人集まれば最強の天才の集まりだっていうのに............。

「野球ボールは、バットに当たらなくても場外ホームランになるんだよね？　で、そのボールはどこに飛ぶの？」

これまたディノが鋭いことを言った。
そこでようやくウジが思い出したのか、「大丈夫。ボールはちゃんと、このチップを入れたメガネに向かって飛んでくるようにしてるから」と、メガネをひとつ取り出した。

「おぉ～ジフナ～」とホシが喜ぶ。
「さすが！　そんなことだと思ったよ」とウォヌも一緒になって喜ぶ。
「だろ？　凄くね？」とウジまでもがテンション高く自慢げ。

しかしこれまたディノに、「じゃぁ野球ボールはここに飛んでくるってことだよね？」と冷静に言われ、全員でやっぱり「「「ん？」」」って顏。

ホシとウォヌが思わずウジを見たけれど............。
ウジはじっと、自分の手元のメガネを見つめてる。それからおもむろに、「いや、170メートルが限界？」って疑問形。
まぁ試したことはないんだろうが、それでも今ここにあると、確実に無理だろう。だってこの家の周り、200メートル以内に野球場なんてないから。草野球ができる場所も含めて。

運悪く。うん、確実に運悪く。そこを通りかかったのはエスクプスだった。

「「「「ヒョンッ」」」」

思わずディノまでそこに乗っかって、ウォヌとホシとウジと一緒に叫んでしまった。

「さすがヒョンッ。ナイスタイミングッ！」と何故か褒めるウジに。
「クプスヒョンしかいないわコレは」と勝手なことを言うホシに。
「ヒョンッ。ありがと」とすでにお礼を口にしたウォヌに。

「な、な、なんだよお前ら」と、当然ながらエスクプスはビクついていた。

ホシが車のキーを渡し、ウジが手元の端末で地図アプリを出して場所を指定し、ウォヌが「早く早く」と言いつつも、肝心のメガネをエスクプスにつけさせていた。
かなり無理やり。しかし、エスクプスが「んぁ？　なに？　俺が？　そこに？　行けばいいのか？」と確実に流されていく。

しかしそこでまたディノが、気づいてしまった。
だって野球ボールの回収役のエスクプスが早く早くと急がされているっていうのに、肝心のホームランを打つはずのホシが、目の前にまだいるっていう事実に............。

「ホシヒョン、ところでなんでまだここにいるの？　ホームラン、打つのってホシヒョンなんだよね？」
「「「………………」」」

ディノの言葉に、ホシとウォヌとウジが見つめ合っている。
大抵のことは可能にしてしまう96ラインのヒョンたちなのに......。

「いやもう一度言うけど、ジュニヒョンにそのまま持って帰って貰えば？」

ディノがかなりまともなことを言っているというのに、ホシが「アウチッ」とかオーバーリアクションとともに言い出して、そのままエスクプスに向かって「急いでヒョン、俺のことをまず野球場に送ってくれないとダメだから」とか言い出した。

いや、いやいや。エスクプスは急かされるだけ急かされて、とりあえずホシと一緒に出掛けていったけれど、送り届けた野球場からホシが打った場外ホームランしたボールが、自分のかけてるメガネに向かって飛んでくるってことは、まだ知らない。

いや、いやいや。
そしてどうなったかというと、「早く早く」と急かされた結果、エスクプスは最終止まり切れずに壁に突っ込んでいた。
その後には野球ボールに当たって倒れてた。

自分のメガネに向かって飛んできたなんて当然知らないし、それがパッカーンと割れてキラキラのダイヤモンドが出てきた時に、頭を打った直後だったから、ラッキー、これ、俺のもんじゃね？って思って警察に届けて新聞にも載っちゃったけど、それはエスクプスを責められないかもしれない。
だって誰もそんなことは、説明しなかったから......。

結局、全員でその案件に当たることになったのは、表の世界の人たちはそんなこと知りもしなかったけれど、裏の世界では当然ジュンがそれを盗んで、ホシが謎に場外ホームランを打って、何故かそれを警察に届けたエスクプスのことが話題になってしまったから。

このままでは、ちょっとどころか大分バカにされてしまう。
だからそれは最初から演出だったんだ......みたいな顏で、他人みたいな顏でそれを盗んで盗まれて奪って奪い返して。

なんでかミンギュとジョンハンは、列車から飛び降りたりもした。
当然それは、再度ジュンがソレを盗み出した場所のすぐそばに、珍しい記念列車が止まっていて、カッコイイ内装がニュースで報道されて映えていたからだろう。

「列車のさ、逃げる場所なんてないところで逃げ切るのって、カッコよくない？」

なんてことを言い出したホシがいたから。まぁホシは場外ホームランを打ったから、列車は結局我慢させられていたけれど......。

当然その時だってマンネなディノが、「いやだから、列車は諦めようよ。普通にジュニヒョンがまた盗ってくるだけでいい加減諦めなきゃ、ね、ね」とまともなことを言っていたというのに、「面白味のないやつだな」というウォヌの言葉になんでか負けていた。

結局影のフィクサーだというのに、ウォヌもバリバリ活躍した。ディノも一緒に列車の中で追い詰める役回りを頑張った。
一度は捕まったミンギュにジョンハンに、でも結局それをカッコよく掠め取ったのはディエイトだったりして。

「ごめんコレ、なんの意味があるの？」

ってディエイトは言っていたけど、ディノだってもう全然判らない。
でも気づけば総力戦になっていて、95ラインも、96ラインも、97ラインも、マンネラインも。
17カラットのダイヤモンドを巡って奪って奪い返して。
あぁでもそれは、サッカーでいえばパスがキレイに通るような、そんな感じ。
誰が敵で味方か判らない感じの騙し合いも入って、でもそれを全員が楽しんでいるような。

結局はジュンがまた活躍して、町の宝石屋さんのディスプレイにそれを飾ってきた。
誰がどう見ても、それはニセモノだろうって感じの店のディスプレイに。
それをまた盛大に盗んで、店の店主は一応警察に届けて、でも警察は町の悪ガキたちの仕業だろうとちゃんとした捜査なんてしなかったけど......。

精巧に作られたニセモノは、本物として持ち主のもとへと返っていった。
誰かに売られることもなく、結局はもとの持ち主の古い知り合いのもとへと、譲られていった。

似てるようで全然違うものがそれぞれに盗まれて。
結局、すぎてしまえば全員で謎に汗をかいたけど、楽しかったからよしとするか......って感じ。

ダイヤモンドは今や、リビングのテーブルの上に投げ出されてる。
新聞とか、雑誌とか。そんなものの上に放置されている。
たぶん誰もそれがホンモノだとは、もう気にしてもいないかも。

「いや、これ、最初から俺らがニセモノでも全然良かったんじゃない？」

ディノがまたしてもまともなことを口にしていたけれど、時折リビングを通りかかるジョンハンが、それを見てニッコリ笑うから、それはやっぱり、やるだけのことはあった気がする。

TheEND
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