beautiful world_1
「アイツらうるさいから嫌い」
「アイツらって?」
楽屋のなかで、隣りにいるジョシュアにだけ聞こえる程度の声でジョンハンが言った。
不機嫌なのが丸わかりな顔と声で。問いかければジョンハンが並んで座ってる二人の右側を指差した。
二人の右側にあるのは壁だけ。
ジョシュアが思わず笑う。二人の右側は壁があるだけだったけど、それだけでジョンハンの気持ちが判ったから。
隣りには、歌番組で共演する別のグループがいて、確かに壁越しでも賑々しい声が聞こえてくるけれど、今日はテレビカメラが入って密着してると説明を受けていたから、それもしょうがないだろう。
それに、楽屋の中でいつも通りに歌おうとしてたドギョムに「隣り撮影してるから、ここでは歌うな」と注意してたのは、隣りにいるグループが嫌いと言ったジョンハンだったのも知ってる。
いつだって騒がしいメンバー達を前に、隣りで撮影があるから今日は静かにしていろと説明してたし、我慢してても時折爆笑するホシやディノやウォヌやミンギュは、当然のように楽屋から追い出されていた。
だから今楽屋には、静かな時は本当に静かなジュンと、ずっと寝てるウジと、本を読んでるthe8と、自分たちぐらいしかいない。
ジョンハンが、隣りにいるグループが嫌いな理由も判ってる。
昔、まだ自分たちがデビュー前で、事務所の先輩たちの見学っていう名目でテレビ局に来てた時のこと、確か最初にバーノンのことを何か言われたんだと思う。スングァンが我慢できずに睨みでもしたのか、テレビ局の廊下で「なんだよ。なんか文句あるのかよ」って絡まれたから。
「アイドル目指すなんて高望みしすぎなブサイクもいるし、チビすぎる奴もいるし、女みたいのまでいて、なにコイツら」
物凄い普通に悪口を言われて、ジョシュアは思わず笑いそうになったけど、横にいたジョンハンが横から突いてくるから堪えたのを覚えてる。いやでも、絡まれたスングァンもバーノンも、当時はまだ幼った印象のディノも、びっくりして固まっていたから、それは結構ショッキングな出来事だったのかもしれない。
なにより自分たちの仕事場って訳でもないから、文句も言わずにエスクプスが「すみません。俺らまだ、ただの練習生なんで」と頭を下げていた。
彼らはもうすぐデビューすることが決まってて、挨拶まわりをしてるって話だったけど、デビューすることが決まってもまだまだ苦労が続くんだろうなって、なんでか他人事のように考えてたジョシュアの横では、「女みたいのまでって、俺のこと? いや、俺のこと? 俺のことなら、そこらのヨジャグループより俺の方がキレイなのに?」とか、図々しいことをジョンハンが言い始めていたけど。
まぁもちろん、チビすぎると言われたことをふる無視してたというのに、「ウジヒョン、気にしなくていいよ」とかわざわざミンギュが口にして、「ぁあ? 俺はまだ成長途中なんだよ」とウジはキレていたけれど、絶対もうそれ以上は成長しないだろうと、全員が思っていたりして......。
結局スングァンとバーノンとディノ以外は、それほど落ち込むことなく普通だったかもしれない。
なんでかジョンハンとウジはキレ続けていたけれど、自分たちはデビューが決まったとしても、もちろんデビューしてからも、そんなことはしない。ただそれを学んだと思ったらいいんだよと、弟たちには言った気がする。
それから月日は流れに流れて、無事に自分たちもデビューした。
当然、誰かに文句を言ったり絡んだりするようなことは、誰もしなかった。
少し先にデビューした彼らが、頑張っていることも知っていたけれど、カムバすれば1位を取ることが多くなったセブチと違って、彼らはきっと数えるほどしか1位を取ってないかもしれない。
でも1位を取ることの大変さは、誰だって判ってる。それに1位が取れなかったからといって、実力がない訳でもないことも。頑張ってない訳じゃないことも。
1位を多く取ったって、出演する順番が1番後ろになったって、楽屋がどんどん広くなったって、いつだってカムバした時には不安になるし、その瞬間は震えるし心から安堵するし。
「なんかイライラする」
「わかるそれ」
まだ不機嫌なジョンハンに、ジョシュアが同意したらちょっとだけ驚いていた。
でも同じ95ラインだからかもしれない。
あの時一人頭を下げたエスクプスが、優しすぎたからかも。
隣りの楽屋から撮影前に挨拶に来た時に、白々しく「デビュー前から一緒に頑張ってきたグループ」としてセブチを紹介したいと言われて、ジョンハンはムッとしたというのに、エスクプスが「いいですよ。俺らの方が後からデビューしたから後輩だけど、同時期に頑張ってたのは確かだから」とあっさりと快諾してたから。
エスクプスは優しすぎるんだろう。セブチにだけ向けてればいいのに、その優しさは、自分たちをかつて傷つけた相手にも向けられる。
それはきっと誰かが傷つくことが、エスクプスには堪えられないのかもしれない。
それが誰であろうとそのその誰かの立場になって考えてしまうから。エスクプスは誰にでも、バカなぐらいに優しいから。
だからジョンハンは、怒る時にはエスクプスの分まで二人分怒ると決めているという。そんなジョンハンだって、結局は優しいんだけど。
だから多分、あの出来事で、一番怒ってたのは自分かもしれないと、ジョシュアは思っている。
でもまぁ、怒ったって95ラインの自分たちは平和主義者の集まりだから、何があるってこともないとも判ってる。
だってセブチが廊下に集まって移動する時、テレビカメラがちょっとだけいいですかってやってきてそのグループのイメージを聞かれた時にthe8が、「あぁ、うちのハニヒョンのこと女の腐ったのみたいって、ウジヒョンのことゴマ粒みたいって、ボノニのことハーフでカッコイイって、いつか言ってきたヒョンたちだよね」とデカイ声で言い切ったから..................。
慌ててエスクプスが「やー、ミョンホやッ」と叫んでいたけれど、まぁ遅かった。
「いやお前の方が酷いこと言ってるわ」とジョンハンもウジも怒っていたけれど、半分以上は笑ってた。もちろん自分も、面白くなって爆笑したけど。
まぁ生じゃなかったことが救いといえば救いだったけど、多分生でもthe8は言っただろうなとは思う。そう思えばさらに笑えてきたけれど。
それこそあの頃とは違う。スングァンがすかさずテレビカメラの前に出てって、さらに面白いことを言い出して、その場の雰囲気を丸っと楽しいものへと変えていたし、バーノンはただただ褒められたと喜んでいた。
「あれ? 違った? いや、当時の俺の韓国語の実力だと、そう聞こえたんだよ多分」
ジョンハンとウジに詰め寄られても、the8はどこふく風。飄々とやり過ごしてた。
でもきっと、the8は言葉の壁があった分、その時に言い返せなくて悔しい思いをしたんだろう。
The END
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「あぁ、うちのハニヒョンのこと女の腐ったのみたいって、ウジヒョンのことゴマ粒みたいって、ボノニのことハーフでカッコイイって、いつか言ってきたヒョンたちだよね」
the8がテレビカメラの前だと言うのに、さらりとそう言い切った時、慌ててるエスクプスやthe8に怒ってるジョンハンや、なんでか爆笑してるジョシュアを見ながらも、ミンギュはその時のことを一瞬で思い出していた。
「アイドル目指すなんて高望みしすぎなブサイクもいるし、チビすぎる奴もいるし、女みたいのまでいて、なにコイツら」
なんで絡まれたのかは正直判ってなかったけれど、気づけば真正面から悪口を言われてた。あの時は確か、クプスヒョンが「すみません。俺らまだ、ただの練習生なんで」と言いながら前に出て、代表して謝ってくれたはず。謝る理由なんて何もなかったけど。
クプスヒョンが前に一歩前に出たら、シュアヒョンがマンネな三人を揃って後ろに追いやった。だからその三人の前に自分は身体を入れて立った記憶がある。そんなミンギュの前にはウォヌとジュンが立ちふさがったはず。
その時ミンギュは後ろから、「顔をあげろブ・スングァン」っていうウジヒョンの声を聞いた。さすが、どんなに小さくたって一番男らしいかもしれない釜山な男なだけはある。どんな時にも前を向けってことだろう。
背中越しに聞いたウジのその声に、ちょっとだけカッコイイと感動してたりして。
でもなんでかスングァンは酷く落ち込んでいて、自分がうまく立ち回れなかったからだと思ってるからなのか、みんなに向かって「ごめんなさい」って謝ってもいた。もちろんみんなから、「なんでお前が謝るんだよ」って言われてもいたけど。
誰もがスングァンを慰めていたかもしれない。そんな中やっぱりウジヒョンだけが、「いつか絶対、俺が「ざまぁみろ」って叫んでやる」って言ってて、やっぱりカッコよくて笑ったかもしれない。ざまぁみろなんて、どんな時に叫ぶんだよ......とも思って。
でもミンギュはたまたま、ウジが叫んだ時に居合わせたから、本当に叫んだことを知ってる。
それはデビューした時でも、はじめて1位を取った時でもなかった。
もう誰もそんなこと、覚えてないだろうってぐらい時が経った2018年のこと。そうそれは、ブスングァンが新人賞を一人でとった時のこと。
それは作業室の中、受賞の話を事務所の人から聞かされた後のこと。
「ざまぁみさらせ。クソ野郎ッ!」
ミンギュだけ聞いたその叫び声は、さすが釜山の男ってぐらい、口が悪かった。
でもその言葉を聞いて、やっぱりその時もミンギュはその日の出来事を思い出した。
それからウジヒョンが、自分のことじゃなくて、セブチのことでもなくて、スングァンのことでそう叫んだことが嬉しくて、やっぱりウジヒョンはカッコイイと思った出来事。
「お前の方が酷いわ」
そう言って、目の前ではウジヒョンがthe8に文句を言っていたけど、きっと怒ってたりもしないんだろう。それこそあの時叫んだことで、ウジヒョンの中では話は終わっていたのかもしれない。
誰も知らない、ミンギュだけが知る出来事は、ちょっとだけミンギュをいい気分にさせた。
The END
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セブチの中で、一番怒らせてはいけない男。
それはthe8かもしれない............と、ウォヌは思っている。
「あぁ、うちのハニヒョンのこと女の腐ったのみたいって、ウジヒョンのことゴマ粒みたいって、ボノニのことハーフでカッコイイって、いつか言ってきたヒョンたちだよね」
テレビカメラがあろうがなかろうが、気にしないで言い放ったから。
ジョンハンとウジから文句を言われても、「あれ? 違った? いや、当時の俺の韓国語の実力だと、そう聞こえたんだよ多分」とかトボけていたけれど、絶対そんなことはないだろう。
いやでも、さらにもう一歩踏み込んで誰かを傷つけようとするなら、ジュンは自分が止めようと思っていたと言っていたから、ジュンだって同じ穴のムジナといえばムジナかもしれない。だって、the8は言うだろうな......って思いながらも止めなかったんだから。
あぁでもどうだろう。
いつもなら一番賑やかなホシが、さっきから一言も口をきかないから。
多分、あと十年経っても、絶対に同じ空間にいたら口をきかないだろうし、言葉を交わそうとも思わないだろう。案外ホシは執念深いから。
きっと自分のことを言われたなら、笑ってやり過ごせるんだろう。でも弟たちのことを言われたから、許せなかったのかも。
仕事だからって誰もが妥協しても、きっとホシだけは絶対妥協しないって言いきれる。
だからもしかしたら、セブチで一番怒らせてはいけない男、それはホシかもしれない。
でもあの頃のように、誰も困ったりはしない。
だってスングァンが今や、育ちに育ってるから。どんな場面だって空気だって、一瞬で変えてくれるから。
あぁでもどうだろう。忘れてたけど、一番怒らせてはいけない男。それはもしかしたらドギョムかも。今もなんでか、ジトってした目で睨んでる。
攻撃力は低いけど、影響力は大きいかもしれないから。
The END
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ホシヒョンが口を閉じて、一言も話さない。目が怒ってるし。
ドギョミヒョンがこれまた黙って、ジトってした目で睨んでる。
二人ともいつもは明るくて楽しそうで優しくて、いつだってディノのことを愛してくれるヒョンなのに......。
「あぁ、うちのハニヒョンのこと女の腐ったのみたいって、ウジヒョンのことゴマ粒みたいって、ボノニのことハーフでカッコイイって、いつか言ってきたヒョンたちだよね」
気づけばthe8ヒョンが爆弾発言をしてたから、何かがあったんだろうけど、実はディノは何かがあった事実すらもう覚えてなかった。
二人とも相当怒ってるから、それはそれは、なことだったのかもしれない。
「ホシヒョン、ドギョミヒョン。怒らないでよ」
そう言えば、「お前に怒ってる訳じゃないよ」とホシヒョンが言ってくれたし、ドギョミヒョンも「俺も」と言ってくれたけど。
怒るってことが、これほど似合わないヒョンたちもいないっていうのに。
「怒らないでよ。怖いよ」
そう言えば、二人ともディノのことを見て、それからちょっとだけ困った顔をする。
見ればテレビカメラの前で、スングァンが楽しそうにその場をまわしはじめていた。
誰かを許せないと思うほどのことが、あったんだろうけど......。
それでもヒョンたちには笑っていてほしいと言えば、「行こう。チャニの驕りでコーヒー飲もう」とかホシヒョンが言い出して、ドギョミヒョンも「そうだな」って言ってくれて。「なんだよそれ」って言ったけど、コーヒーぐらい安いもんだと思う。
いつも通り、ホシヒョンもドギョミヒョンも笑ってくれるなら。
コーヒーぐらい、全然、幾らでも奢ってあげるのに............。
あぁでも何故かその後。ぞろぞろヒョンたちがついてきて、結局13人分のコーヒーを買うことになったディノだったけど............。
The END
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