妄想heaven

SEVENTEEN全員でのドラマか映画が見たいな......

キムミンギュが恋をした × キムミンギュに恋をした

봄은 좋아합니까?(春は好きですか?)

それは春の出来事。
春はそう、出会いの季節だから。

 

MINGYU side

その人を知ったのは、入社して二年目の春。
出会うきっかけはたくさん会ったはずなのに、二年も無駄にしたことを、どれだけ悔やんだことか。
キムミンギュは、自分のどん臭さを呪ったかもしれない。

そこは本社とは別にもうけられた支社だったけれど、普通の住宅を利用したもので、プログラマーやらエディターやら、自由に働く人間たちが集う場所。
二階には住み着いてる人もいて、自宅が別にあって通ってくる人たちは一階のリビングなどで、適当な場所で働いている。

もともとそこは社長の実家で、社長の母親が亡くなった後、手放したくないけど誰かに貸してしまえば来られなくなってしまうという理由から、家はそのままに支社扱いにしたという。
なんだか今どきな働き方ができる場所だけれども、かなり昔からあるらしい。

そしてそこのリビングで、仕事中なのに気持ち良さそうに微睡んでる人がいた。

かけた眼鏡がそのままで、眼鏡が曲がってしまうんじゃないかと気になったのが最初で。たまたま、目覚める瞬間を見てた。大あくびして、眼鏡を外しておでこを擦ってた。そしてそのままもう一度寝るという。その一連の動作のどこで恋に落ちたのかはわからない。

でも、その瞬間には恋に落ちていたんだろう。

だって目覚めるのを待ってしまったから。まだ本社に戻らなきゃ行けないっていうのに。
真横に座るか真正面に座るか悩んで悩んで、何回かは座り直して、結局真正面に座って待った。
目覚めた瞬間には、名乗りたくて。
それから、名前を、いや声を聞きたかったから。

 

WONWOO side

「あの、はじめまして、キムミンギュです」

そう真正面から挨拶されたけれど、ちょうど眼鏡をかけてなくて、よく見えてなかった。

それが本社で若手ホープと言われてるキムミンギュだと知ったのは、帰った後に普段は滅多と話さないプログラマー仲間のヌナが、「眼福眼福」とキムミンギュがいた場所を擦りながら拝んでいたから。
社長の娘婿にどうか......という話だって出てるぐらいの、一番人気らしいという話も聞いたけど、ウォヌの中ではぼんやりした印象しかない。
まぁ眼鏡をかけてなかったからだけど......。

名乗られたけど、黙って頷くだけだったのは社会人としてどうか......とか、思われたかもしれない。せめて会釈に見えるぐらいは頭を動かすべきだったのかも。
だってじぃーーーっと見られたから。

思わず意味が判らなくて首を傾げたら、「名前を」と言われて、あぁ、自分も名乗らないとダメなのか.........と気がついた。

「イジュンギです」

とりあえず、お気に入りの俳優の名を名乗ってみた。
なぜに偽名を......と言われても困る。本名を名乗ったのなんて、会社に入った時が最後ぐらいだから。
仕事上のやりとりで使うツールやメールですら、「ナマケモノ」の画像とともに、そう名乗って使っているぐらいなのに。
まぁ同じ部屋で働くヌナだって「ヌナ」だし。二階で働く先輩たちだって、「1号」と「3号」だし。
ちなみに「2号」は半年も持たずに消えたらしい......。
時々来る新人さんは「脱蟻地獄」だったはず。支社でのんびり働けば楽なのに、時折頑張ってスーツを着て本社で働いてたりする。ウォヌはスーツなんて入社する時ですら着なかったというのに。

そんな自由な暮らしをしているせいか、名前を聞かれたら、その時好きな俳優の名前を告げることにしてる。勝手なルールだけど。そしてここ数年はずっと同じ人を名乗っているけど問題は起きてないから問題ないだろう。

 

MINGYU side

出会った次の日には、用事もないのに支社に顔を出したのにいなかった。

昨日も同じ部屋にいた女性に聞けば、必ず出勤してくるのは木曜日だけで、後は天気や気分や朝の星占い次第らしい。

だから二年もの間気づかなかったのかと、ちょっと納得。

毎週木曜日に必ずケーキを差し入れてくれるなら、出勤してきた時には連絡をくれると言うヌナと、謎な契約を結んでしまった。
もちろん本人から連絡を貰えるようになった暁には、契約解除もしてくれると言う。
ある意味悪魔の契約。でもミンギュにとっては非常にありがたい契約だった。

まぁ長くても夏前には終えられると思ってた契約が、まさかの秋終わり頃まで続くとは、正直思っていなかったけど......。
それ以前に知ったばかりの名前が偽名だったと知るのも夏だなんて、春のミンギュは知りもせず、カッコイイ俳優と同じ名前だけど全然負けてないとか思っていたりして......。

ケーキを持って木曜日に通う暮らしをはじめて気づいたことは、その人がよく寝てるってことぐらい。よくこれでクビにならないな......と心配するほど、寝てる。
ネットがあれば仕事はどこででもできて、本社から直接人が来ることの方が珍しいぐらいだから、寝ててもバレないのかもしれない。それにしては寝てるけど。

でも、支社の「ナマケモノ」さんは、仕事ができるってことで有名だった。しかも〆切を落としたこともない。どんな仕事でも嫌な顔せずとも引き受けてくれる。ただし、どこかに出かけていったりはしてくれないけれど......。

会社の垣根を越えても、指名で仕事が入ることもあるぐらいだから、結構なものなんだと思う。
誰が作ったのかもわからない中途半端なプログラムを渡されて、不備やバグを見つけて欲しいなんて仕事も名指しで入ってくるほど。

だから知り合ってからは、そんなこともミンギュにとっては自慢の一つだった。

 

WONWOO side

毎週木曜日にケーキを持ってくる男。それがウォヌの中でのキムミンギュだった。

春は柔らかいイメージで、ついつい眠りに誘われる。
まぁウォヌが自席としてるのがリビングにある冬にはコタツになる平たい長方形のテーブルで、コタツは使ってないけどまだ布団やカバーはそのままで、そんな所に座りながら働いてると、油断してなくても睡魔に負ける。

まぁ勝とうともしてないけど。
ということで、ウォヌはよく寝てる。
起きれば同じ部屋で働くヌナが、「ケーキ食べな〜」と言ってくることが増えた。
今日はどこそこのチーズケーキだとか、キャロットケーキだとか、説明つきで。

どうやらキムミンギュは、ヌナのことが好きらしい。
だからヌナのことを諦めるまで、このケーキは続く。そう思うと密かに甘いものが好きなウォヌは嬉しくなる。自分でケーキを買ったりなんてしないから。

でもヌナは人間全般に興味がないから、きっと続いたって夏前までだろうと思ってたのに、ケーキは夏を過ぎても届けられ続けた。

それに起きた時に、かけたままだった眼鏡が外されていることも増えた。
同じ部屋で働くヌナがそんなことをしない人だってことは知っているし、今までそんなこと誰もしたことがない。となれば、犯人はキムミンギュなんだろうって、いくらボーっとしてるウォヌでも簡単に推理できた。

親切なのか、嫌がらせなのかは謎。
時々は起きてる時にも来るから、そんな時には話しかけられるけど、あんまりは会話にならない。まぁそれはほぼほぼウォヌがボーっとしてて、返事をしないからだけど。

「春は好きですか?」

無理して会話を探すことはないのに......と思ったのは、そんなことを聞かれたから。
考えてみたこともない。まぁ嫌いではないけど。眠るのが幸せな季節だから。
でも考えてる間にも、「俺は好きですよ。出会いの季節だから」って話が続けられて、出会いなんて全くないけど......って考える間にも、話はまた変わってた。

高校までは出たけど、その後は趣味がそのまま仕事になっている。
そんなウォヌには、出会いなんてほぼなかった。春だからって、誰かに新しく出会うこともないから。

 

 

여름은 더워서 싫어습니다.(夏は暑くて嫌いです。)

出会ってはじめての夏。
誰もが薄着になって、心は少しだけ開放される夏。

 

MINGYU side

夏になったら......。春には夏になる頃には、もっともっと親しくなって、一緒に海とか行っちゃってるかも? とか思っていたというのに、春と変わらず、毎週木曜日にケーキを買う日々が続いているキムミンギュだった。

そして衝撃的なことに、愛おしいとまで思っていたその名前が、「偽名」だったことも知った夏。

「ウォヌや」

そう、社長が珍しく支社にいた時に、その人のことを呼んだから。
いやもうそれ以前に、夏になったら薄着になって、気持ちだって開放されて、ちょっとは懐に入れるもんじゃないの????って思ってたっていうのに、いつものテーブルにはいまだにカバーがかけられていて、その人は結構な厚着をしてた。

まぁ、部屋にガンガン冷房をかける人がいるからだろう。
一緒に働いていて、毎週木曜日に「ケーキありがとう」と言いながらニヤっと笑うヌナが、暑がりらしい。もう限界脱げないっていうぐらいの薄着で、さらに部屋をガンガンに冷やしてる。
パソコンは熱に弱いから......って言葉を言い訳にしながら。

「ウォヌや?」

思いっきり声に出してしまったけれど、出して良かったと思う。本当の名前を知れたから。
社長は勘違いしたのか、「あぁ、ナマケモノは仕事用のハンドルネームみたいなもんだよ。本名な訳ないだろ。本名はチョン・ウォヌだよ」としっかり紹介してくれたから。

「え、俺にはイジュンギって」

そう言えば、夏になっても眠そうな顔をしてる人は、普通に「俺が好きな俳優さんの名前だよ」と教えてくれた。
いやまぁ、あの時、本名を教えてくれとは確かに言わなかったけど、そんなことって、そんなことって......。

思わずなんで教えてくれなかったんだ......って顔でヌナを見てしまったけれど、「本名なんて私も知らないし」とあっさりと言い返され、ヌナはケーキを持って消えてった。

 

WONWOO side

珍しくも社長が来た。まぁ夏にはいつだって来る。
社長の母親が亡くなった季節だから。
木曜日にはキムミンギュも来る。ケーキは最近、夏だからか、涼し気な見た目のものに変わっていた。

「え、俺にはイジュンギって」

そして何故か、名前に驚いていた。
あぁ、確か好きな俳優の名前を名乗ったなって思いつつもそう答えたら、謎に震えてた。
それから何故か、ヌナと見つめ合っていた。
二人の仲は進展したようには見えないけれど、それほど悪くもないのかもしれない。

夏が好きだとか、夏には海に行きたくないですかとか、夏の夜にはビアガーデンとかもいいですよねとか。何故かヌナにではなくて自分に色んな夏の話題をしていたけれど、そのどれも、ヌナは好きじゃないだろう。

「夏は暑くて嫌いだって」

そう教えてやったら、ひどくガックリしてた。
夏になると仕事場は寒くて死にそうで、薄めの毛布に丸まって仕事をすることもある。それでも耐えられなくなると、木曜日に出てくるのも控え目になる。

少しでも昼間に近くなると暑すぎて外を歩くのは嫌だし。
家のベッドの中で仕事をしながら微睡むのが一番幸せだし。

「飲みにいきませんか?」

そう誘われたのは、木曜日だけど出遅れて、でもキムミンギュのケーキも食べたくて、どうにか夕方には出てきた日の出来事。
まぁケーキだけ食べて帰るのかよ......って思われたのかもしれない。

でもウォヌは首を横に振った。
だって、バスカードしか持ってなかったから。

 

MINGYU side

「飲みにいきませんか?」

そう誘ったのに、首を振られた。
木曜日なのにいなくて、「昼間には絶対に来ない」というヌナの言葉を信じて、一度本社に戻って仕事してから舞い戻ってみたら、夕方頃になって出てきたというウォヌが、ケーキを食べていた。

夏には絶対に距離が詰まってるはず。そう信じてたのに全然詰まってなくて、だからこそ、この夕方な時間に出会えたことが嬉しくて、誘ってみたというのにあっさりと断られた。しかも首を振るだけで。

でも、その時のミンギュは知らなかった。断られた理由が「バスカードしか持ってない=お金がない」からだったなんて。
スマホも持ってない人だってことは知ってた。連絡先を交換したいと言った時に、持ってないって断られたから。
いやイマドキ、持ってない人なんていないはずだから、わかりやすい拒否なんだと一瞬ショックだったけど、ヌナが「持ってない人なんて、最近滅多と見ないよね」と笑ってたから、本当に持ってないようだった。

その理由が誰とも連絡を取ることがないから......だと知ったのは、夏も終わり頃。
飲みに行かない理由もお金を持ち歩いてないからだって知ったのもその頃。
好きなケーキはモンブランだって知ったのもその頃。

疑問に思うことは、しっかり聞かなきゃいけないんだと知ったのもその頃。
伝えたいことを、しっかりと伝えて、ちゃんと伝わったか確認しなきゃいけないと理解したのもその頃。

「ヌナのこと、諦めないんだね」

なんて、ミンギュが膝から崩れ落ちそうなことを言うような人だから。

 

WONWOO side

それは一番好きなモンブランのケーキだった日のこと。
夏の終わり頃。
何故か二階の先輩たちもヌナも、この時期は実家に帰るという。そんな季節のこと。

だから木曜日だけど今日はケーキはないだろうと思ってたのに、キムミンギュは律儀にやってきた。
ウォヌの一番好きなモンブランを持って。
今日はヌナがいないから、部屋の温度も快適で、珍しくもウォヌが簡単なシャツ一枚っていう姿だった日。

「ヌナのこと、諦めないんだね」

美味しいケーキをいただきながらもそう言えば、お茶を運んできてたキムミンギュは膝から崩れ落ちそうになっていた。
ヌナのことを好きなこと、バレてるとは思わなかったのかな......と思っていたら、真横に正座で座られて、引っ張られて身体の向きを変えられて、気づけば真正面から向き合っていた。

「俺と付き合ってください」

そう言われたから、「どこに?」って聞いたら、「やっぱり......」と言われた。
何が「やっぱり」なのかがわからなかったというのに、キムミンギュは理解したとばかりに、「俺が好きなのは、あなたです」って言われた。

とりあえず頷いたら「わかってないでしょ」って言われた。
まぁわかってなかった。
だって、とりあえずモンブランが美味しいから。

「俺は、モンブランが一番好きだよ」

って答えたら、「わかりました」って言ってくれた。
今後はもしかしたらモンブラン率が高くなるかもしれないなってちょっと期待して、嬉しくなった日。

それからキムミンギュは、木曜日の昼間に来てケーキを置いて帰り、夕方にはまた支社に戻って来るようになった。

「飲みにいきませんか?」

そう言うこともあったけど、「ご飯にいきませんか?」「お茶しませんか?」「一緒に帰りませんか?」だったり。その時々で言葉は違ったけれど、それは毎週木曜日に繰り広げられるようになった。

それから月に一度はモンブランが届けられるようにもなったし、それは毎回違う店のもので、ウォヌのことを楽しませた。

 

 

가을을 좋아합니다.(秋が好きです。)

秋。
それは夏の恋が終わる季節。それから冬を前に少しずつ心が何かを準備する季節。

 

MINGYU side

気持ちを伝えたけれど、特に何もなく夏が終わった。
一緒に帰ること数度。でもバスに乗るというウォヌと大きな通りまで歩いてそこで終わるだけ。

でも「飲みにいかない」理由はわかった。
バスカードしか持ってないから。それから、飲むとその場で寝てしまうから。
お茶にいかない理由は、ケーキを食べた後だから。
ご飯にいかない理由は、お腹が空いてないから。

一体一日何食食べてるんだ......と聞いてみれば、ほぼほぼ一食しか食べてないらしい。そして時々は、ケーキだけしか食べない日もあるとか。

夏の恋が終わったと嘆いている知り合いもいたけれど、まだ恋すらはじまってない。
好きだとは伝えたけれど、多分まだ浸透していないだろう。

それでも「あ、モンブランだ」と呟くその一言だけでも、ミンギュのことを幸せにしてくれたけど。

「キスしてもいいですか?」

そうは聞いたけど、答えは待たずに口づけた。
ビックリしてたけど、拒否はしなかった。
でもきっと、キスした理由はわかってないかもしれない。

スマホを持ってない理由が「誰とも連絡を取ることがないから」だと知ったから、ミンギュは自分の連絡先を入れたスマホを用意した。自分と同じ機種の、自分と同じカバーの、自分の連絡先だけ入ったそれを手渡して、もう一回キスをした。

やっぱりビックリしてたけど、キスになのか、手渡されたスマホになのかは謎。

 

WONWOO side

「キスしてもいいですか?」

聞かれた意味を理解する前に、目の前に男前なキムミンギュの顔が迫ってた。
背はキムミンギュの方が高い。
っていうか、前世でどれぐらい徳をつめばお前みたいな奴になれんの?ってぐらいに、見た目も良ければ性格も良くて、身長もあって、上司や先輩たちからの信頼も厚くて、後輩たちからは慕われていて、誰とも仲良くなって、買ってくるケーキはいつだって美味しい。どうすれば、そんな男になれるんだろう。

でもそんなキムミンギュが好きなのは、自分だという。

前に言われたから知ってたけど、それを本気だとは思ってなかった。
いや何があれば本気と判断するかは難しいけれど、一緒にバス停まで歩くことを何度繰り返しても、それ以上には進まなかったから。

進みたいとも思ってなかったから。

時々誰かと飲みにいったって話題を聞いたって、バスカードしか持ってない自分が「俺も」と言うことなんてなかったから。

でも、気づけばキスしてた。

ビックリしたけど、手渡されたスマホにはもっとビックリした。こういうのって、自分で買うものじゃないのかな......って思ってたら、またキスされた。
二回目なのに、舌が入ってきてもっとビックリした。
なんでか首の後ろに支えるようにして回された手が、キスよりももっとドキドキさせた。

手の中のスマホを握りしめながら、二回目はもういいんだ......って思ってた。

でも気づいたら家にいて。バスに乗った記憶すらなく。でも手の中には相変わらずスマホがあって。返さなきゃって思ったのに、『おやすみなさい』っていうメッセージに、『うん』って返信していた。

  

MINGYU side

キスした後からボーっとしてたから、思わず一緒にバスに乗ってしまった。
一番後ろに席に座って、ずっと手を繋いでた。簡単にスマホの使い方だって説明したけど、多分何も聞こえてなかっただろう。

時々ウォヌはミンギュのことをまじまじと見つめてきて、「ん?」って聞いても何も答えてはくれなかった。

二回目のキスが濃厚すぎたのかもしれない............と思いはしたけれど、それでも後悔はしてなかった。

無意識なのか、降りるバス停が近づけばちゃんとウォヌは立ち上がり、いつも通りの動きをしてた。
もちろんミンギュも一緒にバスを下りて、ウォヌが歩くのについて行く。

坂道と、階段と、何度か道も曲がって。
少し古びた家が、ウォヌの家だった。

「また明日」

家の傍でキスなんてしたら嫌だろうと挨拶だけで我慢したというのに、そんなミンギュのことを不思議そうに見ながらも、ウォヌが自分の唇に手をやった。
物凄い堪えたけど、きっとそんなことすら気づいてないかもしれない。

家の中に消えるまで見送って、はじめて歩く道を、なんだかスキップしたい気持ちなのを我慢して戻った。
道なんて覚える必要もない。スマホのアプリが歩いた場所を記録してるから。

帰りのバスの中から、早すぎるかなと思いつつも『おやすみなさい』ってメッセージを送ったら、『うん』って言葉だけが返ってきた。

キスと同時にスマホを渡して正解だったと思ったのは、キスだけだったら夢でも見たと忘れられそうだったから。手の中にスマホがあれば、嫌でもキスしたことを覚えてるだろうから。

 

WONWOO side

何度か返そうとしたけど返せなかったスマホが、ウォヌの手にはある。
一緒に働くヌナや先輩たちが、持ったなら連絡先をと言ってきたけれど、「借りてるだけだからダメ」だと、ウォヌにしてはキッパリと断った。

それに連絡がくれば返信はするけれど、それを私用には使ってない。
返せないならせめて購入費や毎月の使用料を払いたいとまともなことを口にしたウォヌなのに、そのたびにキスされて、「お代はこれで結構です」と笑われるだけだった。

「でも、キスだけならいつまでたっても払い終わらないのに」

そう言ったら、物凄いミンギュが驚いていた。
深い意味はなかった発言だったのに、後から考えたら、なんだか深い意味があるような気がしてきて、珍しくもモヤモヤした。

ミンギュと同じケースのスマホを持ってることがバレた日に、ヌナが「あぁ、ケーキがもう食べられなくなるのかぁ」と呟いていたけれど、木曜日のケーキは相変わらず続いてる。

月に一度は、美味しいモンブランが届くのも。

それから時々は一緒に帰るようにもなったけど、でも不意に、一緒に帰らなくなった。
それはミンギュと一緒にやってくる、新人ライターとプログラマーの人が増えたから。本社では春から新人として入っていたらしい新人さんは二人で、ライターさんは女性で、プログラマーさんは男性で。

イマドキって感じの若者の二人だった。
シュっとしてた。

ミンギュのことを二人とも凄く慕ってて、「先輩先輩」とうるさかった。
プログラマーとしてはウォヌだって先輩だというのに。

まぁ「1号先輩」「3号先輩」「ヌナ先輩」「ナマケモノ先輩」とは呼んでくれたけど、慕ってくれる気配はなかったけど。

 

 

겨울인데 따뜻합니다.(冬なのに、温かいです。)

冬。
とっても寒い季節だから、誰かの温もりが必要な季節。

 

MINGYU side

二人で帰る日が減ってしまった。
まぁ新人を二人任されて、その二人が支社までついてくることが増えたからだろう。

そのまま支社に居つくのかと思ったけれど、二人は本社で働くことの方が多かった。
支社で働く人たちの仕事ぶりを学んで欲しいっていう会社からの要望もあって、支社まで連れて行くことがあるけれど、行ったってミンギュにまとわりつくことの方が多かった二人だから、同じライターやプログラマーといえども、何かが違うのかもしれない。

冬になっても、ウォヌはよく眠っていた。まぁ座ってるコタツが本格的に稼働して眠りを誘うからだろう。

寝てる姿を見つけるたびに眼鏡をはずしてやる。
それから木曜日のケーキは今も変わらない。
ヌナとの契約は終わっていたけれど、ただただウォヌが喜んでくれるから。

それから今も、チャンスがあればキスをしている。
できれば自分からしてきて欲しいところだけれど、いつだって我慢できなくなって自分からしてしまう。

一緒にいる時間を増やしたいと伝えたけれど、多分伝わってないだろう。
引っ越し先を探してるとも伝えたけれど、一緒に暮らしたいと思ってることなんて、絶対気づいてないだろう。

でもとりあえず引っ越した。二人で暮らすのにいい感じの部屋で、支社に近い場所で。

新人の歓迎会も含めて、支社の先輩たちとの親睦会も含めて、引っ越し祝いも含めて、飲めば寝てしまうというウォヌのためにも家飲みだとばかりに、新しい家での飲み会をすることにした。

そう伝えたら、ヌナにはあっさりと「パス」と言われた。
二階に住まう先輩方は、「酒が出るなら行く」とのこと。
新人たちはただただ、「先輩の家に行けるなんて」と喜んでいた。

ウォヌにも「来るでしょ?」って当然のように聞いたら、大分長い長い間をとってから、頷いてくれた。

 

WONWOO side

飲み会を開くというその話題を、多分前から聞いていたんだろうけど、忘れた。
その日、支社のキッチンを使って、夕方からミンギュは焼きそばを作っていた。中華風だという。

「なんで? 料理」

そう問えば、「ほら、今日、親睦会やら歓迎会やら、こみこみの飲み会だから」と言う。
そう言えば、そんな催し物があると聞いた気がする。
飲み会なのに、なんで焼きそばを作っているのか疑問に思っていると、「俺の家でするって」って言葉に、ミンギュの家での飲み会だったことも思い出した。

「先輩」

って誰かが入ってきて、「手伝います」と言う声に押されるようにして、ウォヌは自分の席に戻る。

確か、「来るでしょ?」って言われた、頷いた記憶がある。
新しい家のお披露目もかねてと言っていたけれど、別に見せてもらう必要もないし、先輩たちとは今更親睦を深める必要もないし、新人さんたちとは親睦を深めたいとも思ってないし、どうせヌナは来ないだろう。

飲めば寝てしまう自分は迷惑にしかならないし、バスの時間が無くなれば家には帰れないし、相変わらずバスカードしか持ってないし、寒い季節は早く家に帰って布団に入りたいし......。

行きたい気持ちもあるにはあったけど、二人きりじゃないし......。

そんな自分の気持ちにドキリとした。
ミンギュから貰ったスマホは、今も返せずにいる。
相変わらず、キスをする。時々はキスをしなくて、ただただ抱きしめられる時もある。首の後ろに回される手には、今もドキドキする。

いつのまにか、自分のもののように思えてきたスマホと同じように、ミンギュのことも、自分のもののように思ってしまっていたのかもしれない。

フリーズしたかのようにパソコンの前で固まってた。胸には、スマホを抱きしめて。
タツは温かい。だから、いつの間にか眠ってしまった。
思ったよりも深く深く。
相変わらず眼鏡を外されたって起きなかったし、「時間ですよ」「行きますよ」って声も聞こえた気がしたけれど、それでも起きなかったから。

 

MINGYU side

家で料理する時間も惜しいと支社で焼きそばを作っていたら、ウォヌが驚いていた。きっと飲み会のことを覚えてなかったんだろう。
もうそんなことでは驚かない。
後輩が手伝うというので任せてウォヌの様子を見に行けば、スマホを胸に抱いてボーっとしてた。

家には朝から鍋の準備もしていて、酒だってちゃんと買ってある。
後はウォヌの好きなモンブランも用意しておこうとケーキを買ってきた隙に、ウォヌは寝落ちしてた。

いつものように眼鏡を外してやる。
それから時間ギリギリまで放置して、「時間ですよ」「行きますよ」って声をかけたけど、ウォヌは起きなかった。

「先輩、もう行きましょうよ」

っていう後輩と、「飲みだ飲みだ」と喜んでる先輩たちに急かされて、ひとまず移動することにする。

新しい家は支社から近いから、ひとまず料理を出して乾杯でもしたら、また様子を見にくればいいやと思って。
もちろんメッセージも送っとく。

「起きたら連絡ください」
「飲み会は気にしなくてもいいです」
「家のお披露目は、また今度でも大丈夫です」
「でも起きたら連絡ください」

本当は「愛してます」とかも送りたかったけど、ウォヌには情報量が多すぎて伝わらないかもと我慢した。

 

WONWOO side

目が覚めたのは、胸に抱いてたスマホから、楽しそうな声や、騒がしい感じの音が聞こえてきていたからかも。

時計を見れば、飲み会がはじまるという時間はとっくに過ぎていた。
うっかり寝てしまって、飲み会に乗り遅れたんだと気がついた。

ちょっとだけ後悔する。
だから自分もミンギュの家に行きたかったんだと気がついた。
焼きそばも食べたかったし。

でも電話から聞こえてくる先輩たちのバカ笑いに、新人さんたちの楽しそうな声に、誰かの声にこたえるミンギュの声まで聞いてしまって、誰かと一緒にその場にいたくないとも思う。
でもやっぱり、行きたくて。
今から行ってもいいだろうか。起きたんだけどって連絡したら、「今からでも来てください」って言ってくるだろうか......って思ってたら、電話の向こうからまた声が聞こえてきた。

『おい、この電話、繋がってるじゃん』
『電話切らないでくださいよ。奇跡的につながってるんですから』

ってミンギュの声がした。
思わず切ってしまったのは、新人さんの声で『誰と繋がってるんですか?』って声が聞こえてきたから。

それからメッセージを見た。
起きたら連絡くださいってメッセージ。最初にそれを見てたら、絶対に嬉しかったはずなのに。なんだか、嬉しくなかったメッセージ。
あんなに楽しそうな場所には、自分は行けないって気持ちになって、凹んでしまった後では、そのメッセージには返信もできなくて。

でも電話が切られたってことに気づいたミンギュが、家から猛ダッシュしてるなんて知らなかったから。
ちょっとだけ泣きそうだったのは、ミンギュが飛び込んでくるまでだった。

それはウォヌからはじめてミンギュにキスをした日。
「一緒に暮らしましょう」ってミンギュが言った日。
飲み会なんか放置して、一緒にウォヌの家に帰った日。
二人ではじめて、一緒のベッドで眠った日。

といったような、もろもろ、あった日。 

 

그리고 다시 봄.(そして、また春。)

そして、また春。
一年も経てば、何かが変わっている春。

 

MINGYU side

朝からミンギュは、サンドイッチを作ってた。
ウォヌはまだ起きてこない。
今日は木曜日でもないから、支社には顔を出すつもりはないんだろう。
「好きです」って言えば、最近では「知ってる」って返してくれるようになった。
もうバスカードもウォヌは持たない。

そんな春。

去年新人さんとして入った二人は、気づけば辞めてしまっていた。
せっかく親睦会も開いたというのに。
でも今年も新人さんが入ってくるという、一人は営業で、一人はプログラマーで。
どちらもミンギュが指導することになる。

何故かどちらもウォヌに興味を持つことになり、ミンギュがイライラすることになるとは、まだ知らないミンギュだったけれど、春は出会いの季節だし、新しいことをはじめる季節だし......と、最近浮かれている。

家でネコでも飼おうか......と、ウォヌと最近話してるから。
ペットショップとかじゃなくて、保護猫を貰ってこようかとか、最初から二匹にしようかとか、話すことは尽きない。

それから木曜日には、今でもケーキを買っている。
何故かヌナにも1号、3号先輩にも、いつのまにか「旦那」と呼ばれているミンギュだったけど、ウォヌ自身が変わったあだ名だと思ってる程度で気づいていないので、何も問題ない。

 

WONWOO side

一緒に暮らし始めて、はじめての春が来た。
ずっと一人で暮らしてきたのに、驚くほどにミンギュとの生活は暮らしやすかった。

元々暮らしてた家は祖父母の家だったので、そのまま残してる。
時折ミンギュと一緒に掃除しに行っては、空気の入れ替えをしてるけど、今はもうバスカードすら持ってない。

ミンギュから貰ったスマホは、相変わらず、ミンギュとのやりとりしかしてない。

春なのでよく微睡んでいるのは相変わらずだったし、気づけば眼鏡が外されていたけれど、特に何も問題ない。

支社の近くに住んでるからミンギュが帰りがけに迎えにきてくれて一緒に帰る。
一緒に暮らしてから、三食しっかり食べるようになった。
もうすぐ、ネコを飼うかもしれない。
そんな暮らしが自分に訪れるなんて、予想だにしていなかった。

「でもあれ、ミンギュって、ヌナのことが好きじゃなかった?」

今更ながらに聞いてみたら、「最初からあなただけですけど?」って笑ってた。
変わったことは、特にない。
支社ではミンギュが「旦那」と呼ばれていたけれど、いつの間にそんなあだ名が決まったかは謎だった。

それから時々来るだけだった「脱蟻地獄」な新人さんが、すでにベテラン風情で「蟻地獄上等」って名前に変えて支社に住み着きだしたけど、それだってウォヌには大した影響じゃない。

去年の新人さん二人は、仕事があわなかったのか辞めてしまった。
ミンギュと一緒に暮らし始めてからは、特に影響もなかったので、それもまたどうでもいいことだった。

春だからか、ミンギュは最近張り切っている気がする。
それぐらいが、ウォヌにはちょっと問題なぐらい。
朝、なかなか起きれなくなるから。
まぁ起きなくても問題はないんだけれど............。

 

MINGYU side

ウォヌが微睡んでいる。幸せそうに支社で。
いつもと違うことと言えば、ミンギュと一緒に本社から、ほかの人間も数人来てるってことぐらいだろう。

急遽入った仕事の依頼は、至急バグを見つけて欲しいってもの。
でもそれは、現在リアルに稼働させてるプログラムの一部とかで、しかも政府絡みらしい。

誰からの依頼かも伏せられた仕事。
できれば特定の場所まで出向いて欲しいという依頼だったらしいが、「仕事は引き受けてもいいが条件はうちの人間は出向かないことだ」という社長の一言で、仕事がウォヌのところまでやって来た。

ウォヌの前には、ノートパソコンが一台置かれた。
データを外には出さないとかで、パソコンごと持ち込まれたらしい。

実はちゃんと働いているウォヌをあまり見たことがなかったミンギュだったので、どんな感じで仕事をするのか楽しみにしていたというのに、マウスも使わずにそのプログラムを頭から最後までツラツラと見たウォヌは、そのノートパソコンすら閉じてしまって、そのまま本格的に眠りにつきはじめて、思わずミンギュの方が焦ったほど。

ノートパソコンを持ち込んだ人たちは当然驚いていたけれど、その場に一緒にいた社長が「うるさい。邪魔するな」と言うもんだから、それは問題ないらしい。

聞けば、バグを見つける時にはウォヌは決まって寝るらしい。
どこが変だとか、気になった箇所とか、それが寝て起きたら判ることが多いからと聞いた時には、ちょっとだけ驚いたけど。
確かに目覚めた時には、「多分ここだと思う」とウォヌが指摘した場所を、二階の先輩方が確認したら、確かに動きがおかしい箇所が見つかっていた。

「愛してますよ」

そう言えば、「俺も」って答えるまでに、大分時間がかかる人なのに。
外食しても、食べたいものが決まるまでに、物凄い時間がかかる人なのに。
ミンギュが渡したスマホの代金が、まだまだ払い終えてないとか、真剣に思ってる人なのに。

そんなの、一緒に朝を迎えた日に減価償却だって終わったっていうのに。

  

WONWOO side

起きたら昼だった。
サンドイッチがテーブルの上に置いてあって、「起きたら食べてください」ってメモがあった。

スマホには「起きました?」「食べました?」「起きたら連絡ください」ってメッセージが入ってた。

「起きた」「食べた」「連絡した」

そうメッセージを送れば、ミンギュから電話がかかってきた。
なんか嬉しくて、そう言えば、「俺も嬉しいです」って返事。

「出会った瞬間に、俺は恋をしたんですよ。それは、去年のはなしですけど」

電話越しにミンギュがそう言ったから、ウォヌは出会いの日を思い出した。
それは三年前の春。
普段は本社になんて行かないのに、健康診断があるとかで珍しくも行った日。

自分の勤める会社の本社なのに、地下鉄の駅を出て二分で会社があるはずなのに、道に迷ったウォヌを、親切にも会社まで案内してくれたのがキムミンギュだった。

背が高かったのを覚えてる。キラキラしてて、眩しかったはず。
面接に行くのかと勘違いされて、「頑張って」と最後は言ってくれたのも覚えてると言えば、ミンギュが驚いていた。

「出会った瞬間に恋に落ちたのに、三年も前の、自分が新入社員として入った時に出会ってるはずがない」

そう言っていたけれど、花粉症対策でゴーグルにマスク姿だったことを話せば、ミンギュも思い出したらしい。
明らかに見た目変だったけど、本社にも仮面をつけて働いているような課長とかもいる会社だったから気にしなかったことを。

二年も無駄にしたとミンギュは悔しがっていたけれど。

「愛してる」

珍しくもウォヌからそう言えば、すぐに悔しさなんて忘れたんだろう。
「今日は早く帰ります」
ってミンギュが言う。
「うん」
ウォヌが頷く。

春。

キムミンギュが恋をした。
そして、キムミンギュに恋をした。

 

The END
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