何者にも、何事にも、勝ってきたと思う。もちろん色んな人たちの助けを受けながら。
だけど勝ち続ける人生なんてありえない。だから全てに勝てる強さよりも、負けない強さがあればいいと思う。
スングァンが泣いてるのは、何度も見てきた。
嬉し泣きも、悔し泣きも、HITの時だって泣いてた。
もっと幼い頃はよく、寂しくて泣いてたし。
ケンカばかりして、それでもよく泣いてた。
でも一番よく泣いてたのは、うまく踊れなくて、うまく歌えなくて、なんでもっともっと頑張らなかったんだろうっていいながら、悔しそうに泣く姿。
「できるだけのことはしたんだろ?」
そう言ってやればスングァンはいつだって力強く頷いて、「今できる精一杯を出すよ」と前を向く。
きっと今だってそうだ。できるだけのことは、してるはず。
だって一緒じゃない未来なんて考えられない。それなら前を向くしかないから。
思えば、スングァンは良い意味でも悪い意味でも、メンバーを巻き込んでドタバタすることが多かった気がする。もちろんスングァンのせいじゃないこともたくさんあったけど。
あれはそう、宿舎がはじめて二つに分かれてまだ数日目だった頃。
念願の一人部屋に喜んでたはずなのに、宿舎の中にいる人の気配が少なすぎて、落ち着かなくて眠れなかった日。
「お、おっとけ.........」
小さい呟きだったのに廊下から聞こえてきたスングァンの声を拾ったのは、完璧起きていたからだろう。
ドアを開けて覗いてみれば、当時まだマネージャーになったばかりのヒョンがいて、泣きそうなスングァンと廊下で向かい合っていた。
「ぉ? どうした?」
「............ハニヒョン」
泣きそうだったスングァンにしてみれば、地獄に仏ならぬ、地獄に天使な心境だっただろう。
なにせユンジョンハンは、どんなゲームも反則スレスレどころか真っ向勝負の反則で勝ちに持っていける強引さとズル賢さと図々しさと度胸と天才的な詐欺師みたいな力を持っているから。
「こ、こないだ言ってた、自分のクローゼットの中身をスタジオに持っていくって番組、今日だって............」
「ぁあ?」
話には聞いていたけど、ジョンハンだって今日だとは聞いていなかった。スングァンが単独でゲスト出演する予定の、新しいバラエティの話。
自分の家のクローゼットの中身を持ち込んで、出演者たちとのコーディネート対決。
もうどこかで見たことがあるような企画モノだけど、スングァンは喜んで引き受けて、メンバーたちにその話を自慢してて、兄たちは嬉しそうなスングァンに、楽しそうだとか、お前ならできるよとか、一緒になって喜んだのは記憶に新しい。
その時だって、こんな感じで~とか、あんな感じで~とか、色んなコーディネイトの話をしていたし、「ミンギュヒョン、こないだ買ったジャケット貸してよ」とか、ミンギュと話してたところだって見ていた。当然ミンギュは快諾して、本番前には一緒に一度コーディネイトを考えよう......とか言っていたはずなのに......。
でも目の前でスングァンがこれだけ悲愴な顔をしているんだから、スングァンだってその番組が今日だとは知らなかったんだろう。
「すみません。決まってたゲストが流れたとかで、繰り上がったんです。昨日の夜、連絡入れてたつもりだったんですけど、送ってなかったみたいで......」
昨日の夜と言ったって、今が夜中の三時なことを考えると、何時間前の話だって感じだ。テレビの収録がある前日なら、スングァンは夕飯を少なめにするし寝る前には必ず浮腫みとりの運動をするし、水分だって控えるのに。昨日の夜には一緒になってチキンを食べたから、もちろんそんな予定なんて知らなかったんだろう。
「お、おっとけ.........」
色んなことを考えすぎて頭がパンクしてるのか、それしか言葉が出てこないスングァンだった。
けれどすべてを一瞬で理解したユンジョンハンの動きは早かった。
今が夜中だとか、メンバーたちは寝てるとか、寝たばかりの人間もいるとか、そんなことは関係なかった。
「ディノやッ。下のミンギュのとこから一番大きいコロコロ借りてきてッ」
とりあえず寝てたディノを叩き起こして宿舎から追い出した。
それから「スニョアッ! 」とホシ部屋にも駆け込んで、ディノ以上に乱暴にたたき起こすと「ミンギュとウジをまずは連れて来て、それから下のメンバー起こしてきて」とホシまでもを走らせた。
ホシと一緒の部屋のバーノンはかなり騒がしかっただろうに、起きる気配は皆無だった。そしてバーノンはそのまま放置。バーノンを起こさなかったのは、多分起こしてもボーっとしてて役に立たないと判断したからだろう。
ジュンとディエイトはちょうど中国で仕事をしていて不在だった。
ちょっとだけ、こんな時は宿舎が二つに分かれたことが悔やまれるけれど、そんなことを言ってる暇もない。
「お前はシャワーして少しでも浮腫みとる運動でもしとけ。後はヒョンがどうにかするから」
そう言えば、スングァンがちょっとだけホッとしたような表情をやっと見せた。
マネヒョンにタイムリミットを聞けば、荷物を運び出す必要があるからと、二時間も早く来たらしい。それならなんとかなる。多分。
ディノに続いてホシまでもが走っていったから、何か起きたことには気づいたんだろう。
「どうしたの? 何かあった?」
一番にやって来たのはミンギュだった。その後ろには、まだ仕事中だったのかウジがしっかり目覚めた状態でついて来ていたから、さらになんとかなる度は増したかもしれない。
二人に対して事情を一度に説明すれば、「おっとけ~」とミンギュも頭を抱えたふりをする。でも「ぉおおおお~」と謎に呻いたウジは、ちょっとだけ考える素振りを見せた。
エスクプスがミンギュさえいればセブチは大丈夫というのはだてじゃない。そしてセブチの頭脳であるウジの思考力も、だてじゃない。何より弟思いな二人が動かないはずがないし、セブチが大切と言って憚らないウジが、思考回路をフル回転させないはずがない。
いくら事務所の、マネヒョンのミスだからと言って、そんな言い訳が現場で通じる訳がない。本当なら100%どころか、200%の状態でスングァンを送り出してやりたいけれど、それが無理でもできるだけのことはしてやりたかった。
コロコロを押しながら戻って来たディノと一緒に、今度はエスクプスとドギョムもやってきた。二人にジョンハンが説明してる間にも、ミンギュとウジが簡単に打ち合わせを終えていた。
「ドギョマッ。ミョンホに連絡して。あの、ミョンホが大切にしてる自分で描いた服を借りるって」
「ぇえいヒョン。勝手に借りたって、ミョンホは別に怒んないよ」
「こないだ書を入れるって言ってた額縁も勝手に借りるし、ミョンホの絵も持ってくから、まとめて聞いて」
さすがにそこまで勝手に持って行くとなると、一応聞いておこうという気になったのか、ドギョムが頷いて素直にスマホに手を伸ばしてた。
すぐにホテルにいたジュンとディエイトは捕まって、簡単に事情を話せば「なんでも持ってっていいよ」と当然のように快諾してくれた。
「絵もだよ? どこかに載せる予定とかあるなら、それは避けるけどってウジヒョンが言ってるけど?」
ドギョムは言われるままに連絡係を仰せつかってるだけで、そう言わされてはじめて、ウジがちゃんとディエイトを捕まえて確認して欲しいという意味を知って関心してた。
そんなドギョムの横では、ホシがコキ使われていた。
ウジが「俺たちの部屋の、黒のシャツ全部持ってきて」とか、「ドギョムの部屋のストライプのシャツも全部」とか、「シュアヒョンのニット系全部」とか、「シュアヒョンとウォヌには衣装部屋から、衣装ケース適当に空にして持って来てって伝えて」とか、次々と指示を出していて、言われるがままに走ってる。
でもホシもそうだけど、ドギョムもその方が楽なんだろう。考えるよりは、走っている方が。
ドキドキしながら焦るより、言われるがままに猛ダッシュする方が。
ディノはディノでミンギュの言うままに、スングァンの私服をクローゼットから取り出してはコロコロに詰め込んでいた。
「ジュニのサングラスと、ハニヒョンのは細見の、絶対スングァニ無理じゃね?って感じの服出して」
結局ウジが言うところでは、十三人それぞれのモノを持って行くらしい。
話が見えなくて、オロオロしてるだけのマネヒョンが「スングァンさんのクローゼットの中身だけなんですけど」と狼狽えていた。
「ヒョン、車が足りないと思う」
ミンギュがそう言えば、クプスが事務所の車を取ってくると言っていなくなった。
その頃にはジョシュアもウォヌも、空の衣装ケースを持って手伝いにきていた。話は誰かから聞いたんだろう。
「スングァニは?」
「シャワー。出てきたらマッサージしてやって」
そう言えば、シュアは理解したんだろう。何せ昨日一緒にチキンをたらふく食べたんだから。
メンバー全員が、いや正確にはバーノンは寝てるしジュンとディエイトは不在だけれど。でもそれ以外の全員が必死に動いてたかもしれない。それぞれが、それぞれ。できることを。
一瞬のワンシーンにも、十三人分の洋服や、ディエイトの絵や額縁にわざわざ入れた手書きの服なんて、映らないかもしれない。それでも現場にそれを持っていくのは、スングァンがSEVENTEENのブスングァンだからだ。
スングァンを呼んでくれた人にも後悔させたくたない。いやどうせなら、セブチのブスングァンに声をかけて良かったと思って欲しい。
それならやっぱり、十三人分のあれやこれやは必要だった。
「あ、スングァ二のだっさい帽子忘れるなよ」
ウジが失礼なことを言っているが、まぁそれも必要だろう。
そしてそんなウジの指示に、ドギョムが「はいはい~。だっさい帽子ね~」と探しに走る。
センスが良い服の中に、謎にダサい帽子があれば、それだけでもエピソードトークの幅が広がる。
ウジが大量に買った黒のシャツは、メンバーのためでもある。似たようなシャツがあるってだけでも面白いのに、メンバー分の服まで買うウジの話だってエピソードの一つ。
ディエイトの自慢の服を額縁に入れて飾っておいて、その横にディエイトの描いた絵をそのままの姿で置いておけば、ちぐはぐな印象が面白いだろう。でもどちらもディエイトの作品だっていう話もとっておきなエピソードの一つ。
明らかにスングァンが着れなさそうなジョンハンの服だって。スタイリッシュな服や、カワイイ服や、爽やかな服や。十三人もいるんだから、着れる服があれば勝手に来たってメンバーは怒らない......。「まぁミンギュヒョンの服は大きすぎるし、ウジヒョンの服は小さすぎるし、ハニヒョンの服は細すぎるけど」って、スングァンならそれぐらい、笑って言えるだろう。
「あ、スングァ二がたまに履いてるだっさいサンダル、あれもさりげなく置いておきたい」
ウジがさらに失礼を通り越して酷いことを言っているが、まぁそれも必要だろう。
ドギョムが「はいはい~。だっさいサンダルね~」と素直に探しに走る。
「バレーボール、バレーボール。サイン入りのは失くしたらダメだから、普通の方のバレーボールも~」
ウジがそう言えば、今度はホシが「はいはい~。普通の方のバレーボールね~」と言いながら探しに走る。
気づけばスングァンがシャワーを終えていたけれど、バタバタするメンバーを見ながら泣きそうになっていた。
ジョシュアがスングァンのそばにいて、「ヒョンがマッサージしてやるから。な?」と優しく声をかけていた。
「大丈夫。荷物は大方準備できるし、車はもう1台、クプスが運転していくし。現場のスタッフが足りないかもだけど、ミンギュとドギョミもつけてやる。な? この短時間で、できるだけのことはしただろ? 後はお前が現場で頑張るだけだ」
そう言ってやれば、スングァンが力強く頷いて、「ヒョン、精一杯やるよ」と前を向く。
バタバタと用意したあれやこれやを全員で車に積み込んで、ジョンハンまでもが汗だくになって働いて、スングァンとマネヒョンと、運転手としてクプスと、現場で手伝うためのミンギュとドギョムもいなくなった後、なんだか力尽きて死屍累々って感じで倒れてたら、「ぉお? なに? みんなどうしたの? 騒がしくて目が醒めちゃったよ」と言いながらバーノンが起きてきた。
「いや、絶対ウソだろお前。騒がしくてっていうなら、とっくの昔に起きてきてたはずだって」
多少元気が残ってたウォヌが反論してたけど、寝起きのバーノンの頭には沁みなかったようで、「俺はもう一回寝るよ~」と消えてった。
その日の夕方には、大量の荷物とともにスングァンが帰ってきて、コーディネート対決は当然勝ったと自慢していたし、現場に手伝いにいったミンギュもドギョムもクプスまでも、カメラに抜かれたんだと騒いでいた。
持っていったあれやこれやは、当然のようにかなり話題になったんだとスングァンが楽しそうに語ってた。まぁ当然「なんであんなサンダル持っていったんだよ~。誰だよあれいれたの」と文句も言っていたけど......。
それでも夜明け前と違った楽しそうな表情に、嬉しかったのを覚えてる。
片付けはバーノンも一緒に手伝って、また全員でチキンを食べて。
いつだって「できるだけのことはした」。そう言って生きていけばいい。
そうすれば笑って生きていける。そんな気がするから。
「できるだけのことはしたいから」
今まさにそう言って、スングァンが事務所のスタッフを押し切ってカラットランドに参加することにしたことは、その時のジョンハンはまだ知らなかったけど。
でも、それだって悪くない。
後悔せずに生きるには、自分の気持ちのままに頑張るしかないんだから......。
そうやって生きるスングァンが、もちろんほかのメンバーたちも、ジョンハンにとっては何よりも自慢なんだから。
The END
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