2019年、ドギョムはミュージカル『エクスカリバー』の舞台に立った。
エスクプスは舞台をはじめて見た日、泣きすぎて驚くほど目が腫れて、ブサイクになってジョンハンに笑われた。
でもしょうがない。舞台の上にいるドギョムを見ただけで、なんだかもう色々思い出して泣けてくるんだから。
ドギョムはよく、マンネラインの三人が昔は可愛かったのに、よく育ったといって感動するとか言うけれど、それを言うなら96ラインだって97ラインだって、エスクプスにしてみれば昔は可愛くて、今も可愛くて、いつも頑張ってくれて、ついてきてくれて、支えてくれて、どこにだしても自慢にしかならない弟たちで。でも誰よりも優しくて頑張り屋のドギョムが、プレッシャーもたくさんあっただろうに、通常の仕事もこなしながらも頑張って、感動する舞台を作り上げていて。
途中から号泣しそうになって、観劇の邪魔になりそうなほどだった。
「いや、お前も泣くって絶対」
泣きすぎて途中からちゃんと見れなくて、もう一回、舞台のチケットをマネヒョンに取ってもらうようにお願いしたエスクプスだった。
「俺も泣くかもだけど、そこまでは泣かないって」
ジョンハンはエスクプスが泣きすぎてブサイクになってると言ってからかったけど、舞台の上に立ってるドギョムを見た瞬間に、涙が止まらなくなった。
思ったのは、ヤバイ。エスクプスにバカにされる......だったけど、止まらないものはしょうがない。
だって考えなくても、それは当然と言えば当然だったかもしれない。
優しさの塊のような男はいつだってジョンハンと同じホテルの部屋に泊まってくれる。いつだって「ヒョン、大丈夫?」って言ってくれて、「ぇえい、俺のことなんて、気にするなよ」って言ったって、「気にしてるとかじゃないよ。ヒョンがいいようにしてくれるのが、俺にとってもいい感じなんだよ。ほんとだよ。嘘じゃないよ」って何度も何度も、言葉を尽くしてくれる。
持ってたハンカチで鼻水をぬぐいながら、流れる涙はそのままに、ただただドギョムを見てたジョンハンだったけど、途中耐えられなくなってきて、両手で顔を覆ってしまった。鼻が真っ赤になってしまって、舞台終わりに楽屋に寄った時にはなんだかもうボロボロだった。
そしてやっぱりジョンハンも、マネヒョンにチケットの手配を頼んでいた。
95ラインの中で、一番冷静にドギョムの舞台を見てたのはジョシュアかもしれない。ただ、ドギョムだけは知っている。そんなジョシュアが謎に舞台に通いまくっていたことを。
一人でも来たし、誰かとも来たし、時には連日来てたこともある。エスクプスやジョンハンのように涙を流したりはしなかったけど、それでもドギョムの舞台を一番堪能してくれていたことを。
「焼きつけたよ。あぁ、俺が見たお前を、お前にも見せてやりたい」
ジョシュアのそんな言葉に、実はドギョムの方が泣かされたりしたけれど、いつだって終演後には楽屋に来てくれて、まるで今日はじめて見たかのように、いつだってしっかりと抱きしめてくれて、「俺は泣いてないけど、物凄い感動したよ」と言ってくれた。
「自慢の弟だ」
そうも言ってくれて、やっぱりドギョムの方が泣かされることが多かった。
96ラインの四人は、最初、一緒に観劇した。
はじまる前からホシは興奮してて、「俺、ドギョマに向かって叫びそう」とか、恐ろしいことを口にしていた。カラットに対して公式が観劇する際の注意点を確か出していたはずなのに、それを興奮したメンバーが破ってどうするって感じ。
横に座るウジから冷たい視線を向けられて「いや、そんなことしないよ。我慢する。我慢するって」と言っていたけれど、結構本気でギリギリだったかもしれない。
歌に音に芝居に照明に熱量に、何度も反応してホシの足がビクッて動いていたから。きっと今にも、自分自身が踊りにいきたくて堪らなかったのかもしれない。
でもホシ以外の三人も、それは同じだった。
途中からウジは頭の中に曲が聞こえ始めた。新しいセブチの曲。いつかのセブチのための曲の、欠片のようなもの。それをつかみ取りたいばかりに、ウジは途中から耳を塞いでしまったほど。ジュンだって何度も、自分が歌ってるような感じで、両手を広げてしまいそうになった。ウォヌはずっと、これは「感動という刺激」だと思っていた。
ドギョムが歌う。動く。踊る。話す。
弟が、仲間が、メンバーが、違う場所で一人戦うその姿に、感動して、刺激されて、負けたくなくて、見守りたくて、色んな気持ちがたくさん襲ってきて。途中から耐えられなくなってきて、ジュンと手を繋いで見てしまったほど。
やっぱり全員、もう一度チケットの手配をマネヒョンに頼むことになった。
ミンギュは、ドギョムのことが自慢だった。それは昔から。だから色んなことに対して自信のないドギョムを、頑張りすぎるドギョムを、辛くても努力をやめないドギョムを見るたびに、どれだけ悔しかったか。
「ほら、だから、言った通りじゃん」
俺たちのドギョムはなんだってできるし、誰にも負けないし、どこでだってやってける。そう何度も、何度も、何度も。舞台終わりの楽屋でも、色んな場所で今回の舞台の話題が出るたびに、ネットニュースを見るたびに、カラットたちの感想が届くたびに、仕事先のスタッフが褒めてくれるたびに、バカみたいに何度も口にしていた。
「知ってるって。お前が言わなくても」
冷静だったのはディエイトで、ドギョムの自慢ばかりするミンギュに苦笑い。
どこに出しても恥ずかしくなんてないし、どこに出したって一番なのに、才能があるのに努力を怠らず、なのに謙虚で優しくてなんて、誰にも負けるはずがないというのに、本人だけはそんな自分に自信が持てないでいる。そもそも性格上、誰かに勝とうとすら思ってないドギョムのことが、同じ97ラインとして、ミンギュとディエイトはいつだってもどかしかったから。
「ぇえい。お前らは身内びいきなんだよ」
ドギョムは嬉しそうに笑いながらも、素直には信じない。ヒョンたちの言葉にも、「うちのヒョンたちは親バカぎみなんだよ」と言うし、弟たちの言葉にも、「ぇえい。おだてたって何も買ってやらないぞ」とか言って笑ってるから。
やっぱり二人とも、観劇は一度では当然のように終わらなかった。
スングァンは、言葉が出なかった。ちょっとだけ悔しくて羨ましくて、でも誇らしくて。物凄い必死に拍手した。
「アンコールの時、ドギョミヒョンと俺、目があったよ」
そう自慢してくるディノに「俺も」と小さく答えるのが、限界だった。
だって口を開いたら、何かが漏れてしまいそうだったから。気持ちなのか、記憶なのか、何かは判らないけど。
「わかる」
一緒にいたバーノンが、何も言わないスングァンにそう言ってくれた。ディノはディノで興奮していて全然気づいてくれずにその後も話しかけてきたけれど、返答がなくても気にならないぐらいにディノ自身も興奮していたから、何も問題はなかった。
楽屋で待っていた。衣装のまま、舞台用のどぎつい化粧をしたドギョムが戻ってきた時に、興奮したディノが「凄かった」以外の言葉が見つけられなくて苦労していたけれど、気持ちはスングァンだって一緒だった。
ただ、抱き着いて、「ヒョン......」ってしか言えなかったから。
「お疲れ様。カッコよかったよ」
にこにこと笑いながら、バーノンがいつも通りな感じで言葉を口にするのが、逆に尊敬されたほど。
ディノは興奮しすぎて宿舎に戻ってからもしゃべり続けてウジに嫌がられていたし、逆にスングァンは黙ってしまって皆に心配されていたし、「ドギョミヒョンって主役っぽかったね」とか天然発言をして全員を驚かせていたのはバーノンだった。
多分、あと数回見れば、バーノンも内容を理解するだろう。
千秋楽を無事に迎えた後、ドギョムがメンバーが全員揃ってる場所で、「ありがとう」と言いつつ頭を下げた。スケジュールの調整に苦労したことを気にしていたのかもしれない。
「でも俺、また舞台やりたい」
必死な顔で、心配そうな顔で、そうとも言った。
迷惑は承知だけど、やっぱりやりたいんだと言うドギョムに、全員が全員、「当然だろ」「今回で終わりな訳ないじゃん」「やればいいだろ」「やらなきゃヒョン」などなど、あちこちから声があがる。
いつかドギョムは、この世界でその名を残す存在になるだろう。ドギョム以外のセブチの全員がそう信じてるというのに。本人だけがまだそれに気づいていない。
それこそ王となるかもしれない。でもきっとそれは、時間がかかるだろう。だってドギョムは決して誰かを押しのけて、誰かを犠牲にしてのしあがってまで王になろうとはしないはずだから。でもそれこそがドギョムだから。自慢の弟で、チングで、兄で、仲間で、家族だから。
王とは誰のためのもの............。
The END
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