「なんでそんな酷いこと言うんだよッ」
泣きそうになりながらそう言ったのはスングァンで、立ち上がった時にはその目から、涙がもう零れ落ちそうになっていた。
泣く5秒前って感じ。
練習室の中、メンバーはあちこちに散らばっていたから、状況が判ってたのはスングァンの目の前にいたバーノンと、二人の間にいたジョシュアぐらいだろう。
揉め事か......と誰もが思ったかもしれないが、ひとまずジュンは関節を伸ばす柔軟体操を黙々と続けていた。ウォヌも微動だにせず、手元のゲームから視線を動かしもしなかった。
ホシは心配そうな顔して近づいてこようとしてたけど、「はいはい、犬も食わない奴だから」と言うディノと、「ホシヒョン行っても役立たないよ」と地味にヒドイ発言をしたディエイトに遮られ、諦めた。そもそも足の関節が少し痛いと言うジュン以外のパフォチが集まって全体練習がはじまるまでにとダンスの細部を詰めてる所だったから、確かに気にしてる時間はないし、見ればすぐにドギョムが動き出していたから、大丈夫だろう。
ミンギュも「どうした?」と声はかけたけど、現在進行形でウジを膝枕していたため動けずにいたし、膝枕を堪能しているウジは僅かな時間でも休息を取るつもりなのか、目を閉じたまま騒ぎを気にする素振りもない。
後は困った顔で、二人の間にいるジョシュアだけ。
今ここにジョンハンがいたら、きっとその場で善悪をきっぱり判断して、事なんてあっという間に収めていたかもしれないけれど、この手の話題に敏感なエスクプスとジョンハンはまだ来てなくて......。
ジョシュアがどちらの味方をするのも躊躇った僅か数秒の間に、スングァンの目からは涙がポロポロと零れ落ちて、「俺だっていらないよッ」という言葉を残して練習室を出て行ってしまった。
「スングァナッ」
ドギョムがそのまま後を追う。ジョシュアも一瞬腰を浮かしかけたけど、自分までもがいなくなってしまっては事情を正確に把握している人間がいなくなってしまうと、追いかけるのは諦めた。
バーノンも事情はもちろん知っているけれど、きっとバーノンの説明じゃ、誰も判らないだろうから.........。だって目の前にいるバーノンが、『なんでそんな事で怒るの?』みたいな顔して首を傾げていたから。
飛び出してったスングァンとドギョムの姿を見て、ホシとミンギュが情けないほど困った顔になる。ディノやディエイトに「大丈夫だって」と言われたって優しいホシはやっぱり弟たちが気になるんだろう。同じようにミンギュも気になるのか、「ヒョン、ヒョン、俺動きたいんだけど」と寝てはいないだろうウジに声をかけるも「俺の枕が勝手に動くな」とあっさり拒否されて、動くに動けず。さらに情けない顔になっていた。
そしてそこに、エスクプスとジョンハンが「お待たせ~、みんないるか~」と遅れてやってきた。
「ん? なに? 何があった?」
ジョシュアがジョンハンを尊敬するのは、そういう所だった。いつもと違う空気を察知する能力がハンパないから。しかも「何かあった?」とは聞かず、「何があった?」と聞くあたりも凄い。
ジョンハンは入ってきた瞬間に、情けない顔で自分を見るホシとミンギュの視線に気づいたんだろう。困った顔で、助けを求めるような顔。だから瞬時に事の大小はともかく、「何かあった」ことには気づいたのだ。だからこそ「何があった?」っていう言葉。
もちろん一番に詰め寄るのはジョシュアだった。何があったとしても、ジョシュアは見てたはずという信頼感なのか。
「あー、うん。この写真が............」
見ればジョシュアの手には、一枚のポラロイド写真。スングァンとバーノンが揃ってソファの上で寄り添って眠ってる姿は、弟たちが可愛いと思ってるジョンハンにしてみれば、愛らしいに尽きる写真。
「写真? これが原因?」
「ポラロイドだから一枚しかないから」
「とりあいになったのか?」
たった一枚の写真に二人が写ってるのだから、そう考えるのは自然だろう。だけどジョシュアの困った顔を見て、話はもう少し複雑なことにジョンハンも気づいたんだろう。
「ヤー、ボノナ。お前はまったく......」
ジョシュアがジョンハンを尊敬するところは、こういう所でもある。起きた出来事を知る力というよりも、それが起きた原因が判るところ。それは何かの特殊能力があるとかじゃなくて、ただただ、日々のメンバーとの関係性だろう。
いつだって全員を見てる。いつだって全員を気にかけている。いつだって話しかけて、いつだって話を聞いてやって、いつだっていつだっていつだって、驚くほど全員に愛情を注いでる。
不思議なことに、自分よりも誰かの方が、ジョンハンに思われている……と誰かが思うことはほぼないのだ。時々エスクプスが「俺を最後にするな」と甘えて文句を言う以外は。
その写真を持ってきたのはジョシュアだった。スタッフから貰ったそれはポラロイドだったから当然一枚しかなくて、それを二人に差し出した。
いつのまに撮られてたんだろうと二人とも嬉しそうで、揉める要素なんて微塵もなかった。でもスングァンが「一枚しかないからジャンケンッ。ジャンケンしようッ!」と嬉しそうに言ったのに、バーノンが思った以上に素っ気なく「俺はいらないよ」と口にした。
スングァンは驚いて、それからちょっと黙って。
いつもなら盛大に文句を言うはずのスングァンが、じぃぃぃっとバーノンのことを見てた。きっとバーノンが笑って「冗談だよ」と言うのを待ってたんだろう。でも待っても何も言ってくれなくて、スングァンが我慢できなくなって自分から「冗談?」とちょっとだけ小声で聞いた。小声だったのは、自信のなさからきたんだろう。
「え? 俺いらないよ?」
もう一度同じ言葉を聞いても、スングァンはやっぱりちょっとだけ黙って待った。でも待っても「嘘だよ~」なんてバーノンは言わなくて......。
「なんでそんな酷いこと言うんだよッ」
泣きそうになりながらそう言ってスングァンは立ち上がって、涙はもう零れ落ちそうで、泣く5秒前の出来事。そこからはだいたい皆が知ってる通り。
ジョシュアからだいたいの話しを聞いて、ジョンハンが盛大にため息を零した。
「じゃぁコレ、俺が貰うわ」
ジョンハンがジョシュアの持つポラロイドに手を伸ばせば、それよりも早くバーノンがポラロイドを奪い取っていった。
「俺らの写真だし」
これまたバーノンは当然のように言う。スングァンにはいらないと言ったくせに、ジョンハンにはやらないという態度。
「まったく、お前は......」
「そうだぞ。スングァンにちゃんと、『俺たちの写真はお前が持ってればいいだろ』って言ってやらないと」
話しを横から聞いてたエスクプスも理解したとばかりにそんなことを言いだしたけど、ジョンハンの答えとはちょっと違ってた。
「なんでジャンケンぐらいしてやらないんだよ」
「え、そこ?」
エスクプスが素で驚いていた。
「だって負けたらアイツ、毎日ジャンケンしよって言ってくるし。俺らの写真をどっちが持ってたって何も問題ないじゃん。これからだってずっと一緒にいるんだから」
バーノンの考え方は、俺のものは俺のもの。お前のものも俺のもの......の、逆バージョン的なもの。平和主義者だからというよりは、きっとスングァンに対して心が広いとか深いとかじゃなくて、フルオープンな状態なんだろう。本当に心の底から、自分のものをスングァンが持ってたって気にしないはずで、なんなら自分の部屋の荷物が勝手にスングァンの部屋に移動されてたって、自分の財布がスングァンのカバンの中にあったって、自分のスマフォがスングァンの手の中にあったって、なんら問題とは思ってないんだろう。それぐらいバーノンの中ではスングァンはもう、ただの仲間でも家族でも同じ年で兄弟みたいなもの......も全て飛び越えてしまって、もはや自分自身と重ねて考えても不自然でないほど、特別な存在なんだろう。
「だからってジャンケンはするんだよ。勝ち負けは関係ないんだから」
ジョンハンが言うことを、エスクプスは今度こそ理解したんだろう。
「確かに、勝ち負けは関係ないかも。ハニは俺に勝っても負けても、要求は通してくるし。俺はどっちでも嬉しいし」
いや勝っても負けても要求を通されるなら、ジャンケンの意味はどこにあるのか......と思わなくもないけれど、エスクプスが嬉しいのならしょうがない。
でもきっと、そういうことなんだろう。
ジャンケンをすることで、その特別な一枚の写真がより良いものになるのかもしれない。少なくともスングァンは、そうすることで二人にとっての大切な思い出がまた一つ増えると信じてるんだろう。二人ともが大切に思ってる写真っていう共通認識のもと、勝って喜ぶことも、負けて悔しがることも、それもすべてこれまでとこれからの過程で幸せで。知らぬ間に撮られていた写真一枚で、またたくさんの思い出が作られていくと......。
「その謎な無限の愛っぽいものより、ジャンケンにつきあってやる小さな優しさの方がよっぽど嬉しいんだからな。特にスングァンみたいに何にでも嬉しがったり喜んだりするヤツは」
ジョンハンの言葉に、思うところがあったんだろう。
「わかった。謝ってくる」
そう言ってバーノンが写真を持ったまま、出て行った。
「まだまだだな」
エスクプスが判ったような顔で言う。
「お前もな」
しかしジョンハンにそう言われて、「え? 嘘だろ?」と慌てていた。ジョンハンがそれに楽しそうに笑いだしたから、冗談だと思ったんだろう。それでも「冗談だよな? 冗談だろ?」と問い詰めていたから、半信半疑だったのかもしれない。
黙々と一人で柔軟体操を続けてたジュンは、ちょっとだけニヤリとしていた。バーノンの謎に無限の愛っぽいものが、理解できたから。弟の成長を喜ぶような思いで、ちょっとだけニヤリ。
結局一度もゲームから視線を外しもしなかったウォヌも、心の中だけで、ちょっとだけニヤリとしていた。相手が望むものをスマートに差し出せないバーノンが、まだまだだな......と、弟の成長を期待するような思いで、ちょっとだけ心の中でニヤリ。
そしてホシとディエイトとディノもまた、結局はバーノンたちを気にしてたんだろう。
「ほらやっぱりただの痴話喧嘩だったでしょ。ほら、練習しよ、練習」
そう言ったのはディノで、ジョンハンたちの会話に意識を向けまくっていたホシをせっついていた。
「ホシヒョン行かなくて良かったよ。あんなの、ホシヒョンには判んないよ」
謎にホシをディスってる感じなのはディエイトだったけど、『確かに俺には原因を突き止めるのもムリだし、聞き出すのもムリだし、聞き出せたとしても理解するのもムリだし、理解できたとしても解決は当然ムリだし......』とホシ自身がちょっとクラクラしながら思ってたので、ディエイトが文句を言われることはなかった。
後残すは、ここにいるのはウジとミンギュだけだが、ウジは本気で寝始めていたようで全然聞いていなかった。だけど何かがあれば、エスクプスが全員を集めて話し合いの場を設けるはずだから、気にしなくても問題ないだろうと判っていたんだろう。
ミンギュはそんな眠りについたウジの頭を撫でていた。寝てなければ鬱陶しそうに振り払われる手が振り払われないのを良い事に、ウジの小さい頭を撫でまくっていて、そっちに夢中になったようで全然話しを聞いていなかった。ある意味ミンギュも謎に無限な力っぽいものを持ってるのかもしれない。誰かに対する愛というよりも、なんにだって夢中になって楽しめる力みたいな、犬属性的なものを。
「足の調子は?」
ジョンハンがジュンに向かいながら声をかける。その通り道とばかりに、膝枕中のミンギュの頭を撫でていく。「全員が揃うまで、ウジはそのままな」と言いながら。それに当然ミンギュが嬉しそうな顔をする。
ジョシュアがジョンハンを尊敬するところは、たくさんある。
自分の大切なものを、恥ずかしがらずに大切にする。大切にして何が悪いって態度を隠したりもしない。言葉を我慢したりもしない。きっと大丈夫だろうとか、たぶん大丈夫だろうとか。そんな勝手な憶測もしないし、油断したりもしない。
絶対に自分の手で目で心で、大切なものを自分が満足するまで確かめていく感じこそ、もしかしたら謎に無限な愛なのかもしれない。
「ジスヤ~~」
全員を一周したのか、ジョンハンが嬉しそうな声で顔で、ジョシュアのもとへと戻ってくる。
何もできなかったことを、ただ見ていただけだったことを、責めたりもしない。だけど誉めたりもしない。ジョシュア自身がうまくやれたなんて微塵も思ってないことを判っているからだろう。
誰もがジョシュアはいつだって平静な顔で態度で誰にだって平等に接していると思っていたけれど、実際には少し違う。誰が正しくて、何が正解なのか、ジョンハンみたいに瞬時に判断する能力がないだけ。もっと誰かが誰かのプリンを勝手に食べちゃった......的な判りやすい話ならジョシュアだって簡単に「悪いのは自分だって判ってるだろ?」と諭してあげられるけど。それだってついつい相手の立場にたってしまうから、ジョンハンのようにガツンと言ってその後すぐにガシッと息苦しいほど抱きしめてしまうようなやり方は、やろうと思っても出来ない。
そんなジョシュアのこともジョンハンはちゃんと知っているから、ただ「お疲れ~~」と言って笑いながら抱き着いてきてくれる。それがジョシュアにとっては一番の癒しだと、当然のように知っているから。
もう少ししたら誤解が解けたバーノンとスングァンと、それを嬉しそうに見守るドギョムが戻ってくるだろう。そうしたらまたジョンハンはその三人のもとにも当然のように向かって、大丈夫かどうかを確認するはず。
それがまた、やらなきゃいけないと思いながらやってる訳でもなく............。それはほんとに、驚くほどに、アイノカタマリ............。
The END
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