妄想heaven

SEVENTEEN全員でのドラマか映画が見たいな......

プロデューサーWOOZI

 

キラ~ンって目が光ってた。そう言ったのはホシだった。ブースの中から外にいたウジを伺った時に、目が光っていたらしい。

そう、今日は歌録の日で、全員がプロデューサーWOOZIを恐れていた。なぜなら今日ウジは、朝から機嫌が悪かったから。

「どうだった?」

ブースの中から聞けば何度か頷きながら「おぉ」としか言わない。音程を治されることもなく、何かを指示されることもなく、歌詞通りに歌ったら「オッケ。じゃぁ次」と言うだけなのだから、皆がいつもと違うと怯えていた。

「なになになになに? なになに?」

ホシが一番怯えていたかもしれない。だっていつも、音程やら発音やら歌い方やら息継ぎ、果てはマイクとの距離まで、ありとあらゆることにツッコまれるのが常だというのに、何も言われずに「オッケお疲れ」と言われたらそりゃ戸惑うだろう。

ほぼほぼ、普通に歌っただけでブースを追い出されるように出てきたホシが、ここにウジはいないと言うのに、「なんで? なんで?」と今更ながらにオドっていた。ブースの中では何も言えなかったんだろう。

「俺何かした? 勝手に冷蔵庫にあったプリンを食べたのは俺だけど、あれウジのじゃないだろ? でもごめん。俺が悪いことしたからバチが当たったのかも」

そしてホシは勝手に自分の犯した罪まで暴露して、謝っていた。

「え? あれ俺のプリン! 取ってたのに!」

そのプリンはどうやらスングァンのものだったらしい。

「ちゃんと買って返すつもりだったよ。帰りにコンビニ寄るよ。倍にして返すから許してよ。ほんとにごめん。ごめんなさい」

ホシは心の底から謝って、スングァンも買ってくれるならと怒りはしなかった。

全員の音源を一度頭から聞き直すというウジ以外が、控え室的な別室に揃っていた。いつもならもっと皆が皆好き勝手に騒がしくしてるはずなのに、誰もがホシと同じように感じていたんだろう。

「ウジを怒らせたのは誰だ? 犯人は、この中にいるだろ?」

何故か統括リーダーエスクプスが全員を見渡してそんなことを言うもんだから......。

「あ、じゃぁ俺かも? 最後に寝たの俺だったけど、リビングのエアコンと電気とテレビを消し忘れた」

いやそれは忘れすぎだろう......と誰もが思ったけれど、次に謝ったのはジョシュアだった。だけどそれはあまりウジに関係ありそうもない。

「勿体ないだろ」

そう言ってしっかり注意しはじめたミンギュだったけれど、「あ、俺が一番に起きた時に部屋が温かかったから、誰かが親切してくれたのかと思ってた」と喜んでたのはドギョムだった。

部屋が暖めてあることと、ギリギリ電気までは親切かもしれないけれど、テレビつけっ放しは明らかに親切とは関係ないだろう。ニコニコ笑ってるドギョムにあちこちから呆れた声がかけられる。

「あ、それなら俺のせいかも。夜中にシリアル食べた時、牛乳ほとんど使い切ったから」

ウォヌの告白に、「それだ」「絶対それだよ」「何してるんだよ」とあちこちからブーイングが。きっとウジも夜中にシリアルが食べたくなって起きてきて、牛乳がなくて不機嫌マックスになったんだろうっていう推測。いや、釜山の男なのに、それではあまりにも小っちゃくないか......という意見も出るには出たが、「食べることへのウジの執着の強さを甘く見るなよ」とエスクプスが言い切るものだから、何故か皆が納得した。

「シリアルだ! 牛乳だ! ついでにコーラも買って来い!」と誰かが言えば、ディノとバーノンとスングァンが元気に「行ってくる!」と出て行った。なんとなく気づまりな空気が晴れるなら、買い出しなんてドンと来いってことだろう。

まぁ買い出しと言ったって、一階まで降りて道の向こう側にあるコンビニに行くだけだから、どんなにトロトロしたって十五分もかからない。

「でも」

話しが少し落ち着きそうになった時に、「でも」と言い出したのはジョンハンだった。

「食べ物への執着は確かに凄いけど、ウジがそういうの、仕事にまで持ち込むかな? 食べ物でテンションあげて仕事するならウジらしいけど、食べ物で仕事に影響受けるなんてウジらしくないけど」

確かに......。どんなに忙しくたってどんなに時間がなくたって、どんなに体調不良だって新しい曲を歌を考えて、皆の歌割に頭を悩ませているのを知っている。時には「もう少しキレイに歌って」とか「歌に透明感出して」とか「空飛んでる感じで」とか難しいを通りこして謎なことも言うし「半音ズレてる」とか「音が汚い」とか「声がうるさい」とか、厳しいを通りこして酷いこともたまに言うけれど、それまでにウジが費やした時間や労力を考えれば、大したことじゃない。たかがシリアルごときで、ウジがあんな態度をとるだろうか............。

その場にいた全員の中に、寝ても起きても移動中でも別の仕事で働いている時でも、いつもセブチのために働いているウジの姿が浮かんだんだろう。

「そうだ! 仕事の合間に仕事するような仕事好きのウジを甘く見るなよ」と、何故かエスクプスがその場にいた全員を見渡してのたまった。

いやいや、さっき「食べることへのウジの執着の強さを甘く見るなよ」とか言ったのはどこの誰だよ......という皆からの視線は、気づいてないのか、スルーしたのか。

ということで、結局はまた最初に戻って「どうなってんだ......」と全員で悩むはめに。すぐにコンビニから戻ってきたスングァン、バーノン、ディノもその話を聞いて「確かに......」と納得してしまったもんだから、謎にシリアルと牛乳とコーラと。ついでにと買ってきたコンビニデザートの数々とスナック菓子と、どうしても買いたいとスングァンが言い張った中華マンがひろげられて、なんちゃってパーティな感じになっていた。

人数が多いもんだから、少しずつ回して食べたってすぐに消えていくあれやこれや。コーラも結構な数買ってきたというのに、果てはシリアルすらあけられてしまい「そのまま食べても美味しいよね」なんて言いながら。

食べ始めたらそっちに夢中になってしまい、うっかり何で悩んでたかを一瞬本気で忘れてしまったほど......。

思い出したのは、「なんでここに牛乳あるの?」とスッカリ話題を忘れてたディエイトがトボけたことを言いだしたから。

「あ、牛乳しかないじゃん」

牛乳があるというか、牛乳しかないというか......。

「誰だよ牛乳以外全部片づけたの」

目の前のテーブルの上には本当に牛乳しかなかったから、ウォヌすら驚いていた。見れば食べ終わったものを横からテキパキと片づけているミンギュがいた。さすが主婦。料理を作りながら後片付けもきちんとこなしていけるタイプなんだろう。テキパキすぎて、お菓子の細かいカスすらキレイに拭き取られている。

「コーラももうないじゃん。せめて一本は残しとかなきゃダメなんじゃないの?」

ジョシュアがまともそうなことを言ったけれど、そのジョシュアだって一緒に食べて飲んだのだ。当然のようにジョンハンに「シュアだって一緒に飲んだだろ」とツッコまれていた。

全員が残された牛乳を前に途方にくれたかもしれない。しかしそこを救ったのは我らが統括リーダーエスクプス。

「ぎゅ、牛乳を片づけろ。それがなかったら何もなかったことになるッ!」

ちょっとどもっていたけれど、エスクプスが統括リーダーらしく男らしく、姑息なことを言いだした。しかし皆が「おぉ!」「さすが!」「やっぱりリーダーだよ」とか言うものだから、なんとなくエスクプスも『俺が言ってやったぜ』的な気分になったんだろう。かなりフフンって顔をしてキメていた。

ジョシュアだけが首を傾げていたけれど、ひとまず何も言わず。

そして何も疑問は浮かばなかったのか、素直にミンギュが牛乳を片づけていた。もちろん捨てるなんてことはしない。宿舎の冷蔵庫にいれるべく、持って帰ることにしたようで、手近にあった誰かのカバンの中に牛乳を放り込んでいた。細かいところまでよく気がつくミンギュだが、ちょっと大雑把というか、かなりうっかりというか、ちょっとヌケてるというか......。とにかく時々ミンギュは誰もが考えつかないような失敗をする時がある。そして誰も気づかなかったけれど、ミンギュが牛乳を放り込んだそれは、ウジのカバンだった......。

そして気づけば結局食べて飲んだだけ。

「よし。とりあえず、流れに身を任せよう」

エスクプスが真剣な顔で、役に立たないことを言う。しかもとぼけてる訳でもなく真面目な発言。

流れって......? それは一体どんな流れなんだ???と、理解できてないメンバーと。

流れかぁ......。それはもう諦めってことだな......と、理解しつつも打つ手がないことに気づいたメンバーと。

どちらも理解できていなかったのは、言葉のニュアンスを掴みそこねたディエイトぐらいだろうか。

「でもさ」

ちょっとだけ泣きそうな顔で声で、「でもさ」と口にしたのはスングァンだった。

「でもさ、怒ってるなら怒ってるで。理由を教えてくれたらいいんじゃん。俺ら、悪かったらちゃんと謝るし、ダメダメだっていうなら頑張るし、求められてるものがどんなに難しくても大変でも、俺ら簡単に諦めたりしないよ? それでもどうしてもどうしてもうまくいかなくて壁にぶち当たったら、その時は一緒にうまくいかなくなったらいいじゃん。怒るにしても、泣くにしても、ウジヒョンが一人なんてダメだよ」

感受性の豊かなスングァンらしい。自分で口にした言葉に心が揺さぶられて泣きそうになっていた。誰かに泣かれるのが苦手なドギョムが慌てたようにスングァンに駆け寄って、「大丈夫。きっと大丈夫。お、怒ってもないかもしれないし」と、根拠のない慰めを口にした。

感受性の豊かなディノも、スングァンの言葉にハッとなったようで、「お、怒られても、俺はウジヒョンの側にいるよ」と今にもウジの側に駆けだしそうな勢いで宣言していた。実際に駆けださなかったのは、やっぱりちょっとだけ、ビビったからかもしれない......。

がしかし、冷静だったのはウォヌとジュンとジョシュアで、スングァンの言葉に皆がそれぞれ心打たれてる間に、何かが引っかかったようで『ん?』となっていた。そしてちょっと首を傾げたもの同士、視線があったんだろう。首を傾げあった三人は、さらに確認しあうように頷いたりもしていた。

そして代表して口火を切ったのはジュンだった。

「ウジが怒ってるっていうの、そもそも間違いなんじゃないかな。不機嫌そうに見えたから怒ってるって話になったけど、そもそも不機嫌に見えたのはいつもみたいにダメだしや指示や助言がなかったからで、言葉そのものが少なかったからだよね?」

確認するように皆を見渡しながら話しだしたジュンは、普段は不思議な行動をとったり子どもみたいなイタズラをして楽しそうに笑ってることが多いのに、真面目な顔を見せるとその話をしっかりと聞かなきゃと思わせるから不思議だった。

「いつもは確かに、好きなようにさせてくれても、色々言ってくれるよね。ダメだしもいっぱい言われることもあるけど、ちゃんと理解するまで、言葉を尽くしてくれて、ウジは絶対、簡単に諦めたりはしないよね。ほら、まだ言葉が苦手で話すのも聞くのも難しかった頃のハオには、歌ってくれたり、歌のイメージの写真や動画を見せてくれたりしたよね。それでも難しかった時は歌うのはもちろん、イメージを掴むためにホシと一緒に踊っても見せてくれたし、微妙な音程を伝えるために、ドギョムもハオのパートを完璧に覚えて歌わせられてたよね」

ちょっとだけ昔の懐かしい出来事。今ならディエイトも大抵のことなら理解できるし、理解できなくても理解するための努力を一人でもできるだろう。

「俺、誰かに歌えって言われた訳じゃないよ。俺がやりたいからやったんだよ」

歌わせられた訳じゃないと言いたかったんだろう。いつも優しいドギョムが、ディエイトに言う。

「大丈夫。ちゃんと判ってるよ。だってみんなみんな、助けてくれたよ」

歌割を限りなく少なくすれば話しは簡単だったかもしれない。実際に事務所の人たちの中には、『ディエイトはそれぐらいでいいでしょ』っていう人は少なからずいた。

でもウジは妥協しなかった。諦めたりもしなかった。同じようにメンバー全員、ディエイトのことを諦めたりしなかった。

ディエイトの練習には歌も踊りもジュンがほぼつきあっていたけれど、そこにはいつも、『俺はゲームしてるだけ』って顔で練習場の隅っこにウォヌがいたり、『眠れないから起きてるだけ』って顔でエスクプスがいたり、『ダイエット中だから付き合う』っていうスングァンがいたり。ホシは『俺は踊りは誰にも負けない』って言いながら、何度だって本気で踊って見本を見せてくれた。

それなり以上には、歌えるし踊れてた。でもそれなり以上程度では全然ダメだった。頑張っても頑張っても歌も踊りも目指してる場所の足元にもたどり着けなくて、でもまだ頑張らなきゃいけないのに気持ちも身体も限界で。そんな時にはいつだってジョンハンがやってきて『今日は終わり』って少し強引に手を引いてくれた。決して『ムリするな』なんて言葉は口にしなかったけれど、気持ちはそうだったんだろう。

各自でやらなきゃいけない宿舎の決まりはいっぱいあったのに、気づけばミンギュがいつだってフォローしてくれてた。バーノンはいつもさりげなく優しくて『一緒に』なんて言葉を口にすることなく待ってくれていた。そしてディノはいつだって、まだ自分のことに精一杯なディエイトにも、『ヒョン、ヒョン』とまとわりつくようにして慕ってくれた。

誰かにヒョンと呼ばれることも、誰かをヒョンと呼ぶことも、ディエイトが苦手意識も持たずに慣れることができたのは、きっとそんなディノがいたからだろう。

「僕たちが君を諦めないのは、僕たちが僕たち自身を諦めたくないからだよ。君はもう、僕たちの一部だから」

ゆっくりした話し方はそれだけでも優しかったのに、中国語でそう言ってくれたのはジョシュアだった。確かあれは、ウジが珍しく声を荒げて「違うよッ。だからそこはそうじゃないんだって」と言った日。

たぶんウジだって、事務所からのプレッシャーに焦ってたんだろう。韓国語では反論ができなくて、『僕だって頑張ってるよッ』ってディエイトが中国語で怒鳴り返した日。

泣きたくないけど泣きそうで、泣き顔を見られたくなくて、涙が零れそうだからとその場から逃げ出したくなった日。でもジュンがディエイトを抱きしめるよりも早く、エスクプスがディエイトを抱きしめて「ごめん」と言ってくれた日。そしてディエイトよりも早く、スングァンが泣いてくれた日。ドギョムは何度も何度も声をかけようとして、かける言葉を見つけられなくて辛そうな顔をしてた日。

いつもなら「まだいける。まだやれる。まだ俺たちはできる」と前向きな発言ばかり口にするジュンが動けなくなっていて、ウォヌがそんなジュンの横に寄り添っていた日。

「反省してくる」と言って出ていってしまったウジを、ジョシュアとホシが追いかけていった日でもあって、「誰も悪くないよッ」とディノが悔しそうに叫んだ日でもある。

ミンギュが、ディエイトの好きなものばかりを作ってくれると言った日。ジョンハンが、「今日はもうみんな終わり。さぁ、俺たちの家に帰ろう」と言ってくれた日。

確かに誰も悪くなくて、気が付けばそこには優しさしかなかった。でも哀しくて辛くて。何もかもがうまくいかなくて。

ウジとジョシュアとホシが帰ってくるのを待って、結局全員で、スタジオからトボトボと帰った日でもある。

今はもう懐かしいばかりの、毎日壁にぶつかってばかりの日常だった。でも確実にその壁は乗り越えてきたし、打ち破って来たし、時には皆で笑って逃げ出して回り道して、また出直して。十三人もいるからいつだって誰かが頑張っていて、そんな姿に引っ張られて気づけば全員でまた頑張って。そんなことを繰り返して今があるってことを、誰もが判ってた。ディエイトほどではないにしろ、苦しかった思い出は全員の中にあったから。

それでも誰もウジに何かを言うことなんてなかった。それはいつだって、ウジが誰よりも頑張って働いて、誰よりも努力してたのを知ってるからだろう。

メンバー以上に仕事をしてるのに、メンバーと一緒に歌っても踊っても完璧。作曲もできてステキな詩が書けて。プロデュースもしている。それを天才だとか、才能があるだとか、誉めてくれる人もメディアも多いけれど......。

そのたゆまぬ努力を、費やしてきた時間を、諦めたベッドの上での眠りを、全部全部知ってるから。

「言葉が少ないのは怒ってるというよりは、何かに悩んでるのか」

ウォヌの言葉に、朝から言葉が少なかったウジの姿を皆がそれぞれ思い出していた。

「それか、体調が悪いとか......かな。ウジはなかなか我慢強いから」

続けたジョシュアの言葉に、全員がハッとなった。

ジョシュアの言葉に一番に立ち上がったのはジョンハンで、続いたのはエスクプスだった。年上だからか、普段からメンバーへの愛情がとても強い二人。

様子がおかしいのなら、不機嫌だとか怒ってるだとか考える前に、一番にそれを思い浮かべなきゃいけなかったのに......。

その勢いなら一人で仕事を続けてるウジの所まで猛ダッシュして、二人してウジを苦しいぐらいに抱きしめて、体調を崩してないか悩みがあるのかと問い質しそうだった。

そうならなかったのは、ウジの方からみんなのいる部屋へとやって来たから。

だけどエスクプスとジョンハンの勢いが削がれたのは、ウジがやって来たからだけじゃなく、部屋に入ってきた途端にウジが、「みんなごめんッ」と勢いよく頭を下げたから。

「理由は? 」

「ウジが謝る必要なんて、きっとないだろ?」

エスクプスもジョンハンも、今はもう冷静だった。

今日のウジのいつもと違う態度にも、突然の謝罪にも、何か理由があることなんてもう判ってる。それにウジが自分たちのことをいつだって一番に考えてることも知ってるから、きっとそこにはウジが謝る必要なんてないことも、判りすぎるほどに判ってた。

「歌詞を全部......、書き直す......」

誰の歌にも何もツッコまなかったのは、不機嫌だったからじゃなく、歌詞がしっくりこないとウジ自身が思ってたからだった。このままいくなら、あちこちどうにかしなきゃいけないけれど、書き直すなら、歌い方を修正したってしょうがない。だけど、書き直すには時間がないことも判ってて。

嬉しいことに個人の仕事を抱えてるメンバーもいる。ジュンとディエイトは仕事で中国に行くことも多くなった。全員揃っての写真撮りや撮影だって、かなりギリギリの時間でやってたりする。今日の歌録も、今日だけで終わらせる予定で組まれてた。もちろん編集作業の時間は別に取られてたけど......。

カムバックのためにダンスの練習も並行してやってる中、スケジュールに空きなんてないだろう。削るとしたら、メンバーと関係者の睡眠時間ぐらいかもしれない。

「ごめんヒョン。でも絶対、今のよりもしっくりくるのがあるはずだから」

ウジがまた、エスクプスに頭を下げる。

「............判った。行ってくる」

エスクプスが大きく息を吐いて、部屋を出て行く。出て行き際に、「ハニ、俺に元気ちょうだい」とジョンハンを抱きしめてから行ったけど。

リーダーとして、事務所に話を通しに行くんだろう。まずはマネージャーに事情説明とスケジュールの調整を頼んで、そのまま事務所スタッフたちを集めてもらって。そんな時間はないことも判ってるのに、そこをどうにかしてもらいに行くのだから、ジョンハンを抱きしめるぐらいはしていくかもしれない。

「ウジ、音源は、どうした?」

冷静な声に顔に雰囲気で、ウォヌが聞いてくる。

「ごめん」

ウジがまた謝って、「それでいいだろ」とウォヌが返して。

二人のやりとりの意味が判らなかったのか、皆が不思議そうにそれを見てた。

「なに? どういうこと?」

聞いたのはジョンハンで、こんな時に臆せず何でも言えるのも聞けるのも、良い意味でも悪い意味でも空気を壊すことなんて苦でもないジョンハンぐらいだろう。

「クプスヒョンを信じてない訳じゃないけど。もしも事務所に押し切られて今日の音源使うってことになったら嫌だから、全部消した。ほんとにごめん」

書きなおそう。それで録りなおそう。そう思った瞬間にはすべて削除していたんだと、ウジはさらに謝った。でも誰も、ウジを責めたりしなかった。出来上がってくる結果が違うのだから、きっとそっちの方が、凄いものができるんだと信じてるから。

「とりあえず、イメージだけ伝えてよ。歌詞が変わるならパフォーマンスが変わるから」

ホシが言えば、ディノが「曲は変えないんだよね? リズム系は一緒でしょ?」と積極的に参加してくる。

「大丈夫! みんなで頑張ったら、絶対どうにかなるよ!」

明るく言い切ったのはドギョムで、皆で頷きあって、部屋には前向きなヤル気が漲った。

ジュンとディエイトが揃って身体を動かすために、地下の練習場に移動していった。二人は中国での仕事のための準備を、はじめてしまおうと思ったんだろう。スケジュールが押すにしても移動時間は変えられない。ならギリギリでの動きになるはずだから、国に帰ったとしても直接現場入りだろうと推測できるから。

「俺らもちょっと行ってくる」

ジョンハンとジョシュアが二人して、皆に軽く手を振って出て行った。特に何も言わなかったけど、全員が判ってた。事務所との話し合いをしているエスクプスの援護射撃のために向かったんだろうってことが......。代表で皆の意見を伝えることがそれほど得意でもないのに、ましてやあっさりと快諾してもらえるような内容でもないのに、一人矢面に立って、震えながらも足を踏ん張って、気持ち押し負けそうになりながらも、メンバーのことを思って耐えてるだろうエスクプス。

情けない顔をしてるだろうエスクプスの右横には、不敵に笑うジョンハンが。左横には柔らかく笑うジョシュアが。そこに二人が揃うだけで、押しても引いてもしなやかにすべてをやり過ごせてしまうような、無敵の空気が生まれる。錯覚だとしても、思い込みだとしても、エスクプスには二人の存在がなによりで。

でも無敵といったって、ただ負けない気持ちが強くなるだけ。けして押しが強くなったり、強気になって誰の話しも聞かずに押し切ったりはしない。そこにはやっぱり、ただ頭を深く深く下げるエスクプスがいるのは変わらない。

ジョンハンとジョシュアしか知らない、弱いけど強い、強いけど脆い、でも決して負けない、我らが統括リーダーの姿......。

その頃、残されたメンバー達がいた部屋の中では、緊張感が走っていた。

全員で頑張ろうって気持ちでヤル気が漲っていたはずなのに、全然違うベクトルでの緊張感。

そもそもは「みんなごめんッ」と言ったウジが、「とりあえず、俺がお金出すから、腹ごしらえしよ」と、男前なことを言い出したからだった。

いつもなら皆の口から「おぉ〜〜」と声があがり、「さすがウジ」「俺らのウジ」「男前ッ」「一生ついていきますッ」などなど、喜びがすぐに溢れ出すというのに、あがったのは微妙な「おぉ?」って声と沈黙。

だって腹ごしらえも何も、結構みんな、腹いっぱい。ナゼナラソレハ、なんちゃってパーティをさっきしてしまったから......。

そこですでに部屋の空気はピキーンとなっていたけれど、一人空気の読めなかったホシのおかげか、「あ、じゃぁ俺も財布渡すからプリン買ってきてよ。好きなだけ」とか言いながら、自分の財布をスングァンに差し出したりしたために、部屋の中の緊張感にウジが気づかなかっただけのこと。

「プリン? 何それ」

「俺が冷蔵庫にあったスングァンのプリンを勝手に食べちゃったからさ」

「ふ~ん」

ホシと話しながら、自分の財布を取り出そうとウジがカバンに手を伸ばして、次の瞬間には「うぉッ?」っと変な声をあげた。

誰も知らなかったし、やらかしたミンギュですら気づいていなかったけれど、ウジのカバンの中には、牛乳が入っていたから............。そりゃ普通にカバンを手にした瞬間には想像もしてなかった重みに「うぉッ?」ともなるだろう。カバンの中には財布とスマフォの充電器ぐらいしか入っていないのだから。

覚えのない重さを不思議に思いながらもカバンに手を突っ込んでみれば、何故か牛乳。掴んで取り出して目の前に持ってきても、やっぱり牛乳。

「..................牛乳?」

不思議そうに呟いたウジの右手には、全員が見覚えのある牛乳。

さすがのホシも真横でそれを見て、固まっていた。部屋の空気はさらにピキーン。

何がどうなってこうなって自分のカバンの中に牛乳が入っていたかは判らなかったけれど、誰がやったかはすぐに判ったんだろう。さすがウジ............なのか。それともそんなことをやらかすヤツはミンギュしかいないとバレてるあたり、さすがミンギュ............なのか。

「キムミンギュ............」

「あ? うぉ? 俺?」

「お前しかいないだろキムミンギュ」

「いや、ほら、いや、ほら?」

「どういうつもりだキムミンギュ」

フルネーム呼び。しかも言葉に続けられるようにして呼ばれる名前の音程が低くて、怒っているのか、怒る準備をしてるのか、後ちょっとで着火するのか爆発するのか。地を這う感じの声の低さにビクビクする。

いつもなら「ヤー何やってんだよミングゥー」とか言って笑ってくれるドギョムも黙ってる。何せ自分たちのなんちゃってパーティがバレるのが怖いから。

部屋に漲る緊張感。

『ごめん。カバン間違って入れちゃった』

そんな無難な謝罪を口にすれば、怒られはしてもそれなりな展開になるというのに、さすがミンギュ。思わず口に出た言葉が最高にバッドチョイス。

「え、あ、いや、ウジヒョンの身長が、もう少し伸びたらいいな............って思って?」

何故に疑問文。しかもよりによって、何故そんなことを。

「バッ」

たぶん「バカ」と言いかけたんだろう。ギリギリ耐えたのはマンネなディノだったけれど、決してミンギュに気を使ったからではなく、物凄い怒った感じの気を発し始めたウジが怖かったからだろう。

「ブホッ」

盛大に噴き出したのはウォヌで、一瞬笑いを我慢したけれど、唐突な展開が面白すぎてダメだったんだろう。

ビックリしすぎたドギョムは口がポカーンとなっていたけれど、次の瞬間には青ざめていた。思ったのは『ミンギュが殺られる......』だったとか。

「逃げろッ」

ドギョムが叫び、「わー、ごめん。そんなこと微塵も思ってないよ」と言いながらもミンギュも命の危険を感じたのか次の瞬間には猛ダッシュで部屋から飛び出て行った。当然その後を牛乳を持ったままのウジが追っていく。結構本気の速度で。追いついたら手にしてる牛乳で殴るんじゃないかっていう勢い。

次に続いていったのはウォヌだった。何故か爆笑しながら追いかけていったから、ただただ楽しくて、どんな展開になるか見たいってだけだろう。助ける気なんてさらさらないだろう。だけどなかなか猛ダッシュするウォヌも珍しい。

「ミ、ミンギュが、真剣ヤバイ......」

ドギョムがそう言いながら追いかけていったけど、慌ててた分だけ走り出しが遅かったから、助けられるかどうか。

その場に置いてかれたのは、ホシとスングァンとバーノンとディノ。

全部が一瞬過ぎて状況に着いていけなかったホシは、キョトン顔。「お、お、お、落ち着け。とりあえず落ち着け」と全然落ち着いていないのはスングァンで、「落ち着いてるけど?」と答えたのはバーノン。だけど落ち着いているというよりは、どうしていいか判らなかったっていうのが正しい状況だろう。

本当に案外落ち着いていたのは、マンネのディノだったかもしれない。

「ヒョンッ、ヒョンヒョンッ。ウジヒョンを止められるのはヒョンしかいないじゃん」

そう言ってホシに詰め寄ったから。確かに年上三人がいない今、ウジの怒りを鎮められるのはホシぐらいだろう。だってウォヌはもう完璧楽しんじゃってるし............。

 「ウ、ウジや~~~~」

ホシが大分遅れて走ってく。ディノがそれについていく。

そして残されたのはスングァンとバーノンの二人きり。

「とりあえず俺ら、プリン買いに行く?」

バーノンの提案に、落ち着くことを放棄したスングァンが頷いて............。

本日二回目のコンビニに向かった。とりあえずプリンは好きなだけ買っていいと言われたし............。

けれど結局ホシのお金で買えたプリンは僅か4個。気前よくお財布ごと渡してくれたけど、プリン4個が限界な額しか入ってなかったという......。

仲良く、スングァンが4個買って、バーノンが4個買って......ということも考えたけれど、何故かそれだと1個足りない。メンバーの総人数13マイナス、4×3でプリン12個。そんな簡単な計算なのに、落ち着いているように見えて全然落ち着いてなかったんだろう。二人して「クプスヒョンの分と、ジョンハニヒョンの分と......」と一人ずつ名前を呼びながら指折り数えて足りなくない?足りなくない?足りないよねと言い合って、結果諦めた。

とりあえずプリン2個ずつ食べて落ち着こうって話になって、さっきの部屋には戻らず、二人きりで陽当りの良いテラスに腰を下ろして、プリンを堪能することにした。

スングァンがプリンの蓋を二つ分開ければ、バーノンがスプーンを二つ取り出して、それぞれ交換。甘い匂いと柔らかいプルンプルンのプリンを前に、平和で幸せな空気に満たされていたけれど............。

色々気になることは山盛りだった。

エスクプスと事務所の話し合いの結果がどーなったのかとか。ジュンとディエイトのスケジュールは大丈夫なのかとか。どこかに走っていってしまったミンギュたちはどこまで行ったのかとか。ドギョムやホシやディノは追いつけたのかとか。ウジの怒りは収まったのかとか。

そしてミンギュは無事なのか、無事なのか、無事なのか............とかとか。

「牛乳シャカシャカしすぎて、ヨーグルトとかになったら面白くない?」

早くも2個目のプリンに手を出し始めたバーノンが言う。ちょっと笑いながら。

「面白いけど、まだ心臓バクバクしてるから、心の底から笑えないかも」

「大丈夫だよ」

バーノンの「大丈夫だよ」って言葉が安請け合いすぎると思ったのか、ちょっとだけ唇を飛び出させてブーって顔をしたスングァンだったけど、プリンはやっぱり美味しいのか、スングァンも2個目を食べ始めた。

「プリンは美味しいけど、やっぱり全員一緒がいいよ。全員で『おしッ』って頑張りたい。ウジヒョンも早く、許してくれたらいいな............」

スングァンはよく、バーノンのことを平和主義者だと言うけれど、バーノンからしてみれば、スングァンの方がよっぽど皆の平和を愛してる。皆が笑ってるとそれだけで幸せそうで、誰かが辛そうだと誰よりも辛そうで。

「大丈夫だよ」

バーノンがまた同じ言葉を口にすれば、信じられないのか、「ヤー、安請け合いするな」と文句を言ってくる。だけど、「ほんとに大丈夫だよ。ウジヒョンが優しいの、俺知ってるし」とバーノンが続ければ、興味をひかれたんだろう。

「なに? 優しいのは俺だって知ってるよ?」

「そうじゃなくて、今回の話し」

「今回?」

「歌詞を変えたいと、多分少し前から思ってたんだと思うけど、こないだ宿舎のダイニングテーブルでノートをウジヒョンが広げててさ。その瞬間は見てなかったけど......」

騒動が起きた瞬間は知らないけれど、その直後の出来事は見てたんだとバーノンが教えてくれたのは、数日前の出来事。

真夜中が大分近づいていた時間帯。ウジのためにコーラを入れてあげたらしいミンギュが、何故かそのコーラをウジにぶちまけていた。

「何してんだよッキムミンギュッ」

「わぁッ。ごめんッ」

慌てたミンギュはさらにやらかして、ぶちまけたコーラを拭き取ろうとウジのノートまで擦ったのか、書かれてた文字のほとんどが消えるという事故を起こしていた。

ミンギュが土下座して謝っていたし、「あーもうッ。ほんとにもうッ。あーッ、うーッ、もーッ」とウジが謎なうめき声をあげていたけれど、必要以上には怒ったりはしてなかった。

さっさと寝ればいいのに、自分のために夜食を作ってくれてたミンギュのことを、うっかり発動したくらいじゃ怒れなかったのかもしれない。

「なんでコップをちゃんと置くまで持ってないんだよ。何がどうしてそーなってこうなるんだよッ。あーもうッ。俺ベタベタだよッ」

ベタベタになったとウジが怒鳴れば、「シャワーの準備するよ」とミンギュが走っていった。

ちょうどそんな土下座あたりからの出来事を、たまたま遭遇したバーノンが見てたらしい。ミンギュがいなくなったその場で、見事に消えてしまったページを前に頭を抱えながら、書いてた文字を思い出そうと必死になってたウジのことも見てたらしい。曲に乗せて口ずさむようにして、言葉を必死に思い出そうとしてたから、それが「歌詞」だと判ったとか。

「でもさ。きっとミンギュヒョンは自分が書きかけの歌詞を消しちゃったことは気づいてないと思う。気づいてたらもっと落ち込んでたはずだし。ウジヒョンはコーラをぶちまけたことには怒ったけど、歌詞が消されちゃったことには怒ってなかったし。わざとじゃないのが判ってたからだと思うけど」

ウジが新しいノートを買ったことも、新しいノートには油性ペンで文字を書くことにしたことも、たまたま知ったんだと教えてくれた。

きっと新しく歌詞を書きかけていただけに、今の歌詞のまま行くのがムリだったんだろう。でもそれを、誰のせいにもしなかったあたり、ウジらしいと言えばウジらしい。

キツイことも言うけれど、誰かのせいになんてしない。さすが釜山の男って感じだろうか。

「だから、大丈夫だよ。ウジヒョンは、怒ったって、許してくれない訳じゃないし。必要以上に怒ったりはしないし。全然ちっさくないもん」

バーノンが言えば、聞かされた話しの内容にちょっと感動したのか、「やっぱりウジヒョンさすがだね。ウリジフニ万歳!」とテンションもあがったようだった。

それでもちょっとドキドキしつつ部屋に戻ってみれば、ウジは机に向かって歌詞を考えていた。ホシとディノは踊りを考えていて、ウォヌはゲームに夢中。ミンギュは殴られたような後もなく、楽しそうに笑いながらあちこちを片づけていて、ドギョムが戻ってきた二人に「お帰り~」と近づいてきてくれて。

どうなったのか聞こうと思ってたところに、エスクプスとジョンハンとジョシュアが戻ってきて、意識はそっちに向いてしまった。

皆を見まわしたエスクプスが二カッと笑ってピースしてくれたから、すべては問題なかったんだろう。

「ごめんもありがとうもいらないから、ヒョン大好きって俺に言って」

エスクプスがデレたようなことをウジに言い、いつもなら無視するか怒ってみせるはずのウジが、「ヒョン大好き」と素直に口にして、エスクプスを労っていた。

もちろんその後、「ラップ部分も書き直しだから」とプロデューサーとして当然のようにラップ部分の書き直しを指示してエスクプスに「うへ~」と言わせていたけれど。

我らがプロデューサーは、見た目に反して男らしいし、仕事はできるし、それなのに諦めないし、妥協しないし、セブチを一番愛してる。

がしかし、その後やる気の塊になったプロデューサーWOOZIから、新しい歌詞での歌録の時に、ビシバシどころかいつもにも増して責め立てられることになるとは、まだ誰も知らなかった............。

 

The END
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